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陰気。
高校へ進学してからそう言われることが増えた。
確かに涼那は活発な女の子ではない。
いつも教室では一人で過ごしているし、放課後は部活やアルバイトをすることもなく真っ直ぐ家に帰る。
友達も数える程度しかいないので休日に出かけることもない。
入学からそんな日常を過ごしていた涼那に対し、クラスメイトたちは暗く陰気な存在として影で嘲笑していた。
それを知った涼那は、ちょうどよい玩具として彼らを使うことに決めた。
人を縮める特別な力を不用意に使わないように、他人と距離を置いていた涼那だが決して聖人君子というわけではない。
むしろ弱い者イジメは大好きだった。
突如として目の前の空間が歪む。
左右の揺れが上下の揺れと繋がり、さらには前後にも揺れが広がる。
胃の中身が逆流して吐きそうになる。周囲には自分と同じように腹部や頭部を抑えてその苦しみに悶えるクラスメイト達。
一瞬前まで普段通りだったはずだ。全ての授業を終え、各々が帰り支度を始めたところまでは何の異常もなかった。
意識が途切れるまでの時間はほんの数秒だった。
教室で倒れ込んでいた高校生たちが目を覚ます。
ひどい頭痛に顔を歪めるが、それは次第に弱まり消えていった。目を開けてみれば強烈な違和感が襲い掛かってくる。
おかしい。
さっきまで確かにいつもの教室で帰り支度をしていたはずだ。男子生徒の一人は、間違いなく自分の席に着席して教科書類を整頓していた覚えがある。座っていたはずなのに、何故か床に倒れ込んでいたのだ。体を起こして立ち上がろうとした瞬間、巨大な影が男子生徒を完全に覆い尽くした。それを疑問に思うことが男子生徒の生涯最期の思考だった。
「おっ。なんかプチッてした」
涼那は男子生徒を押し潰して肉片に変えたお尻を擦り動かす。
なんの色気もない純白のパンツは、女子高生の平均的な肉付きをしたお尻をしっかりと覆い尽くしていた。
先ほどシミにした男子生徒が、僅かな筋となってこびり付いていた。
わざわざ小人がいる椅子を選んで座り込んだ涼那は、人気が消えた教室内を楽しげに見渡していた。
「クラスメイトのみんな聞こえる~? みんなが陰口を言ってる涼那ちゃんだよ~! いい加減にムカついたから今から皆殺しにしま~す。たくさん後悔しながら死んでね」
意地悪く笑う涼那の視界に一人の小人が映り込む。
先ほどお尻で潰した男子生徒の使っていた机、その上に一人の男子生徒がいるのだ。
友達だったらしく帰りがけに遊ぼうと声をかけに来ていたのだ。
不運なことに、彼は友人が目の前で女の尻に潰される光景を目撃してしまった。
女の巨体が動くたびに布と皮膚が擦れるような音がするのだが、その中に混じって人間の肉が轢き潰されるグチャグチャという音が聞き取れた。
本能的に女に背を向けて走り出した彼だったが、狭い机はすぐに行き止まりになってしまう。
地上までの高さは80センチもないのだが、小さくなった彼にとっては高層ビルの屋上に匹敵するほどの高さ。落ちれば死ぬ。あまりの高さに足がすくんで動けなくなってしまう。
「ねぇ、なにしてんの? …………ほら、早く降りないと叩き潰すよ?」
涼那は小さな手を握って拳を作ると、机の端で動けないでいる男子生徒の頭上に翳す。
自分の体の何倍も巨大なそれはまるでダンプカーのようだった。
殺さないで。潰さないで。
男子生徒にとって生まれて始めての命乞いであった。
女の子の片手に怯えながら、心の底から誠意を込めて乞い願う。
憐れな小人を鼻で笑った涼那。小人をもっと怖がらせてやろうと、その矮小な体のすぐ近くに拳を振り下ろしてやった。
女の子が机を叩いた振動で男子生徒は宙に浮かび上がり、両手脚をバタバタ動かしながら床へ落下していった。
床に叩き付けられた小人は即死してしまったようでピクリとも動かない。
「こんなんで死んじゃうんだ。雑魚すぎじゃん」
涼那が椅子に座ったまま脚を伸ばし、真っ黒なローファーで小人の遺体を足元に手繰り寄せた。
しっかり体重を掛けられるようになるまで近づけると、爪先に力を込めて遺体を瞬時に押し潰し、そのままグリグリと形がなくなるまで捻ってやる。
「これでオッケー。じゃあ次は誰にしようかな」
教室内を見渡す涼那。
狂気を秘めた瞳が動くたび、小人たちは生きた心地がしなかった。
あの目に自分が映ればそれが最期の時ということだ。
不運にも涼那の視界に映り込んでしまったのは、床を走る三人の女の子だった。
席が近く普段から仲良くしていた三人組は、教室の外に逃れようとドアに向かって必死に走っていたのだ。
もちろん、この虐殺を始める前にドアはしっかり施錠しているので、例え無事に辿り着くことが出来ても外に逃れることはできないのだが。
涼那が椅子から立ち上がり、狙いを付けた三人へ向けて歩き出す。
普通の女の子が立てる普通の足音が、小人たちにとっては轟音となって鳴り響いている。
当然、床にいる小人たちはそれを嫌でも味わうことになる。
涼那が次の犠牲者に選んだ女の子たちは、巨人が生み出す轟音と振動に足を止めてしまうが、その音が自分たちに向かって近付いていることに気が付くと、無様なフォームで走り始めた。
恐怖で筋肉が上手く動かせなくなっていたのだ。何度も転びそうになりながら、なんとか教室のドアまで辿り着いた三人。
いつも何気なく開け締めしているスライドドアに手を掛け、全体重を掛けて動かそうとする。
もちろん、ドアが動くことはない。
このドアは人間用に設計されているため、例え小人が千人集まったところで一ミリたりとも動くことはないのだ。
あまりに無情な現実に泣き叫ぶ女の子たちは、ドアを力の限り叩いた。
もしかしたら廊下に誰かいるかもしれない。そんな可能性に掛けて大声を張り上げて助けを求める。
「どう? ドアは開きそう?」
自分たちの真上から降り注いでくる女の声。
平均よりも少し背の低い女の子の声が、遥か頭上から聞こえる異常事態。
肩幅ほどに足を開いて普通に立っている涼那は、視線を真下に向けて話しかける。
足元には制服のボタンくらいの大きさしかない生き物が三匹。
ただただ呆然と自分を見上げているのだった。
「もう少し待ってあげるから頑張ってみなよ。もしかしたら開けられるかもよ?」
涼那は制服のポケットからスマホを取り出す。
タイマーアプリを起動させて30秒後に鳴るように設定して、小人たちに見せてあげる。
女の子が片手で扱える小さめのスマートフォンだが、小人にとっては野球場のスクリーンのようなものだ。
一秒ごとに減っていく数字が何を意味しているのか、考えるまでもないことだった。
三人は再び巨大なドアと向かい合い、渾身の力を込めてドアを開けようとするがやはりビクトもしない。
そんな様子を楽しげに観察する涼那が無意識に爪先をトントンさせている。
待ち時間を過ごすときの癖だった。
小人たちにとっては背後で巨大な怪物が暴れ回り、自分たちに襲い掛かろうとしているかのように思えて心を蝕まれていく。
喉が枯れ、手の皮膚が剥がれて出血しても、彼女たちはドアを叩き続けた。
その頑張りが実を結ぶことはなかった。
「はい、時間切れ。ドア開けるのそんなに大変かなぁ?」
ガラガラと。
目の前で高層ビルの如き巨大な扉がレールに沿ってスライドしていく。
自分たちが三人がかりで成し得なかった偉業を、涼那は片手だけで楽々とこなしてみせる。
渇望していた光景が目の前に広がったが、三人の仲良し女子高生たちは呆然としていた。
あまりにも広すぎるのだ。
いつも何気なく利用していた廊下は、混雑しているときには狭く感じることもあったというのに、今となっては屋外と錯覚するほど広大な存在になっている。
僅か1.5センチの虫ケラにとって、人間の通う学校という建物は大自然に等しいのだ。
「外に出たかったんでしょ? ほら、せっかく開けてあげたんだから早く出なよ」
涼那はその場で床を強く踏み付ける。
彼女たち三人に直接触れることはなかったが、あまりに近くを踏んだので衝撃だけで三人とも転げ回るはめになった。
まるで綿埃くらいの存在感でしかなかったが、転がった先で立ち上がって走り出す様子に、やはりあれは人間だったのだと再確認できた。
校舎の外に逃れるため最も近い階段に向けて走る三人。
走り出した直後にその背後でビタン、というゴムが壁にぶつかる音がした。
思わず振り返ると、廊下に出た涼那がドアを後ろ手に締めているところだった。
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「振り返る暇なんてあるの? 私に追い付かれたら死んじゃうんだよ?」
可愛らしく小さく手を振りながら処刑を宣告する涼那。
次の犠牲者に選ばれてしまった少女たちは、無様に泣き叫びながら走る。
震える体を無理矢理に動かしたためか、少女のうち一人が足を縺れさせて倒れ込む。
残りの二人はそれを一瞥することもなく走り去ってしまった。
転んだ少女は急いで立ち上がろうとするが、何か凄まじく巨大なものが背中にのしかかり、そのまま床に押し付けられてしまった。
冷たく硬い壁のようなそれは、女の子がどれだけ力を込めて立ち上がろうとしてもその何万何十万倍の力でねじ伏せてしまう。
涼那の履くローファーの靴底は無慈悲にも一人の命を奪い去ろうとしているのだった。
「あーあ、これでおしまいだね。馬鹿にしてた陰キャに踏み潰されて死ぬなんて考えたことあった? ……ま、どうでもいっか」
グチュ。
ローファーの靴底から感じるクラスメイトの最期。
涼那の体重は小人のちっぽけな体を押し潰すには十分すぎるもので、憐れな命は圧倒的な質量に恐怖しながらも数瞬のうちに形を失い、べっとりと床と靴底にこびり付いた。
ゆっくりと踏んだせいか、足を持ち上げてみるとわずかに人の形を残していたが、人相の判別はできそうもない。
涼那は自らが殺害したクラスメイトの遺体を軽く蹴飛ばし、前を走る二人の小人にぶつけようとしたが、残念ながら遺体は小人たちの頭上を飛び越してしまった。
突如と背後から襲来して目の前に落下してきた何かに戸惑う二人の小人は、その正体が先程見捨てた友人だと分かったとき、その場で腰を抜かして座り込んでしまう。
残忍な巨人の足音が迫りくるが、逃げようにもどうやっても体に力が入らない。
「ねぇもういいでしょ。二人とも走るの遅いから、鬼ごっこ飽きちゃったよ」
足音が消えるのと同時に、真上から降り掛かる巨人の声。
震える顔を無理矢理動かして真上を見上げれば、天地を逆さにした巨大な顔が視界を埋め尽くしていた。
どこにでもいそうな普通の女の子。同じ教室で勉強していたはずのクラスメイト。
そして、今では圧倒的な力を気ままに振るって自分たちを殺し回る異常者だ。
どうやらしゃがみ込んで、地べたで動けないでいる小人を覗き込んでいるようだ。
「今から殺すけど何かリクエストがあったら言ってね。 苦しみたくないとか、手で握り潰されたいとか、もしかして食べられてみたかったりする?」
嘲笑いながら問いかける涼那。
足元に捉えた二匹の虫ケラたちは、何を血迷ったのか助けて欲しいと言い出した。
これまでのことは謝る、だからどうか殺さないで欲しい。
震え混じりのか細い声での懇願に、涼那は胸が意地悪く熱くなるのを感じていた。
「そっか。謝るなら終わりにしてあげるね。……ほら、手に乗って。みんなのところに帰ろうよ」
そう言って両手を差し出すと、二人の小人はそれぞれが左右の手に乗った。
極限まで追い込まれて冷静な思考力を失っていた彼女たちは、涼那の言葉が本気だと思えてしまったのだ。
意地の悪い笑みが瞳の奥から溢れ出ているというのにそれに気が付かない。
助かったのだと安堵して、巨大な肉の床に身を預けてしまった。
二人を手に載せた涼那は立ち上がり、元いた教室へ戻るため歩き出すのだった。
「んー? あれ? ……もしかして靴を履いたまま手に座ってない?」
これが処刑宣告だとは誰も思わなかっただろう。
次の瞬間、涼那は右手を勢いよく壁に叩き付ける。
手に乗せていた小人は、何が起きたのかわからぬまま壁で弾けて真っ赤な血飛沫となった。
少し勢いが強すぎたのか、飛び跳ねた小人の返り血が涼那のブレザーを僅かに汚す。
まるで壁に止まった蚊を叩き潰すかのごとく自然に行われた処刑。
「小人なんだから立場をわきまえないとね。 ……なんだ、こっちも土足じゃん。せっかく許してあげたのに残念だなぁ」
左手の上で呆然としていた女の子は、慌てて自分の靴を脱いで放り捨てた。
だが、涼那にとってはそんなことはどうでもいいのだ。
ただただ、安堵させてから絶望させてやりたかっただけ。
左手をゆっくり閉じていき、小さな生き物が必死で抵抗するのを手の皮越しに楽しむ。
手の平で包まれた狭く暗い空間で、小人は狂ったように泣き喚いていた。
しばらくそれを楽しんでから、ギュッと力を込めて手を握れば、指の隙間から少量の血が滴り落ちてくる。
手の中でグチャグチャになった肉塊を廊下のゴミ箱に放り込み、汚れてしまった両手を水道で洗い流した涼那は、殺戮の続きを楽しむために教室まで戻るのだった。
涼那が去った後の教室は静まり返っていた。
いや、正確には30人以上がいつにもまして喧しく過ごしていた。
会話の中心は、何故このようなことになったのか。クラスメイトのあの女は本当に自分たちを皆殺しにするつもりなのか。どうやって逃げればいいのか。
どれだけ考えても意味のないことなのだが、不安を消し去るためには必要なことだった。
様々な意見があるなかで、多くの支持を集めた意見があった。
あの巨大なドアの前に集まって涼那の帰りを待ち、ドアが開いたのと同時に駆け出して左右に散って逃げようというものだ。
現実的に自分たちがどれだけ力を振り絞ってもドアは開かないのだから、開けることができる人間を待つというのはもっともな理屈だった。
彼らは息を殺してドアの影に潜み、巨大な虐殺者が戻るのを待っていたが、その待ち時間はそれほど長くはなかった。
体の芯まで突き刺さるような轟音を立てながら涼那が近付いてくるのは、誰もが嫌でも思い知らされる。
恐ろしい怪物が壁一枚を隔てた先で立ち止まったのが分かり、小人たちはより一層の緊張に表情を強張らせているのだった。
ガラガラガラ。
教室のドアが開け放たれたとき、彼らは予定通り一斉に駆け出した。
一心不乱に駆け出した小人の数は十名ほど。
命がけの逃走劇であったはずなのだが、それは数秒もしないうちに終わりを告げる。
猛スピードで迫ってきた黒壁が彼らのちっぽけな体をまとめて吹き飛ばしたからだ。
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「ごめんごめん。なんか虫が集ってきたみたいで気持ち悪くてさ~。とっさに蹴り飛ばしちゃった。もしかして死んじゃったかな?」
片足を適当に振るっただけで十人以上を文字通りに蹴散らした涼那は、床に転がって動かなくなったクラスメイトたちを見渡す。
女の子に軽く蹴られてしまったことで、小人たちは大半が衝撃に耐え切れず即死した。
骨を砕かれ、内臓が破裂し、運の悪いものは首から上が千切れてしまった。
一人だけ足が遅かったことで涼那の蹴りの威力が弱まり、奇跡的に生存している者がいたが、それでも大量の吐血で虫の息である。
教室の影にいる友人に助けを求めようと手を差し伸ばすが、それに反応してくれたのは涼那だけだった。
生存者を見つけた涼那は喜々として彼に近寄り、思い切り足を振り下ろしてやった。
あまりに力を込めて踏み潰したせいで周囲には彼の肉体が飛び散る。
涼那はそれが面白かったので何度か彼の遺体を踏み付けて遊んだが、次第に飛び散る肉片もなくなったので飽きてしまう。
「みんなお待たせ。処刑を再開しま~す」
あちこちから小さな悲鳴が湧き起こるが、それは涼那を喜ばせるだけだった。
手始めに机の上で立ち尽くしていた女子生徒を見つけたので、その上から豊満な乳房を乗せて押し潰してみる。
涼那の通う学校の制服はブレザーであり、厚めの生地で作られた上着は小人が潰れる感触を軽減してしまうのだが、それでも何かが弾けるようなこそばゆさは感じることができる。
上半身を左右に揺すってみれば、すでに人の形をなくした肉片が繊維に削り取られて上着に染み込んでいく。
たっぷりと胸を擦り付けてから持ち上げてみると、机は赤黒く汚れており、自分の制服にもシミができていた。
「うわ、汚いなぁ。ねぇ、みんなこれ見てよ。制服が汚れちゃったの」
クラスメイトを押し潰して付着させたシミを指差し、汚れだと言い張る狂人。
もしかしたら話し合えるかもしれない、と考えていた者も考えを改めるしかなくなった。
あの女を相手にして交渉の余地など無い。
悪口を言われて腹が立った。だから殺す。
そんな常軌を逸した思考のもとで行われる殺人行為だが、涼那にとっては珍しくもない害虫駆除のようなものだ。
そう、彼女にとっての自分たちは紛れもなく害虫なのだ。
だからこそ、話し合うなどありえない。
害虫から交渉を持ちかけられた経験など誰にもないし、仮にあったとしても害虫側が提示できる条件など人間にとって価値あるものではない。
ようやく自分たちの立場を理解した生徒たちは逃げ場のない教室の中で、それでも必死に逃げ回る。
限りなく低い可能性であるが、それが生き残るための唯一の手段であるからだ。
今朝、自分が持ってきたカバンが高層ビルのような高さになって聳え立つことに強烈な違和感を覚えるも、カバンは巨人の視界を遮って自分たちを隠してくれる。
手を取り合って逃げ回っていた恋人たちは、カバンの陰に隠れて巨人をやり過ごそうとしていた。
お互いに抱き合いながら恐怖の時間が終わるのを待っていたが、不意に周囲が明るくなったあと、再び暗がりに戻るという奇妙な減少に遭遇した。
「見つけちゃったぞ~」
なんてことはない。
自分たちがカバンの陰に隠れるのを見ていた巨人が、当然のようにカバンを持ち上げたことで光が差し込み、続けてしゃがみ込んだことで光を遮ったのだ。
自分たちを真っ直ぐ見下ろしている巨大な存在は、そこにいるだけで尋常ではない威圧感を放っている。
敵うはずがない。
大きい生き物は強い。自然の摂理であり、全ての生き物にとっての共通見解である事実が、小人の心を一瞬にして侵食してしまう。
命を奪われる恐怖、理不尽な暴力への怒り、そんな感情は急速に失われていき、目の前の存在に対してある種の感動を覚えるほどだった。
だからこそ、比喩ではなく魔の手が迫りくる段階にあっても逃げ出しはしなかった。
次の瞬間、恋人たちは仲良く巨人のデコピンで上半身を消し飛ばされたのだった。
床を這い回る虫ケラ達を次々に踏み潰す涼那。
どれだけ必死に走ろうが、物陰に隠れようが、残忍な巨人にとっては大した手間でもないらしく、むしろ無駄な抵抗を面白がっていた。
命が潰れる瞬間を楽しむために靴を脱いでみると、床の冷たさが足裏に伝わってくる。
膝下までの紺色ニーソックスは少女の汗を吸って湿り気を帯び、女の子らしい小さな足を指先までくっきりと形を浮かび上がらせる。
ソックスを履いた足裏で一人の男子生徒を押し付けると、凄まじい体積を持つ若い肉の壁に押し潰されたくないと全身を使って暴れまわる。
小人の弱々しい抵抗は涼那にちょっとしたくすぐったさを伝えることができ、その成果として最初にソックスのシミとなることができた。
若い少女の代謝によって生じる体臭。もちろん、涼那は毎日お風呂に入る普通の女の子であるが、それでも完全に体臭を消すことができるわけでもない。
特に通気性の悪いローファーの中で籠もった臭気はしっかりと靴下に染み込み、周囲にそれを振り撒く。
先ほどのくすぐったさが気にいった涼那は、小人を足裏で挽肉に変える前に嬲ることにした。
「女子高生の足指だぞ~。もっと頑張って押し返さないとプチッてなっちゃうぞ~」
女子高生の足指。
しかもその親指だけで一人の女生徒を床に押し倒した涼那は、一瞬で潰してしまわないように細心の注意を払いながら徐々に体重を乗せていく。
凄まじい異臭を放つ巨大な肉の塊を両手で押し戻そうとしているが、誰にもにもそれが不可能だと分かってしまう。
何十人もの人間が一度にのしかかってくるかのような圧迫。すでに肋骨が砕かれ、砕けた骨が体中の臓器や筋肉を傷つけた。
今日まで普通に生きてきた女の子は、同年代の女の子の足元、その指先から漂う凶悪な体臭に涙を流しながら全身を壊されてしまう。
こんな惨めに殺されることがとても悔しかったが、大量の血が喉を塞いでいたせいで文句一つ言うことは叶わなかった。
「はい、プチ~」
何秒間か弄んだ女の子を一瞬で押し潰した涼那。
辺りを見渡せば、教室の至るところに赤黒い汚れが付着している。
あれらは一つ一つがさっきまで生きていた人間だったはずなのだが、いまとなっては何だかよくわからない汚れでしかない。
もう残っているクラスメイトも少なく、全員を集めても十人ちょっとだった。
彼らは無慈悲な殺戮を続ける狂人から逃れようと教室内を走り回るうち、いつの間にか部屋の隅に集まっていた。
眼前には自分たちをしっかりと見据えた女子高生が一人立っている。
彼女は両手を後ろ手に組み、何か楽しげに思案しているようであった。
「ねぇねぇ。君たちに助かるためのチャンスをあげよっか? このまま私に踏み潰されて、グシャグシャにされたくないでしょ?」
幾人ものクラスメイトの命を奪った紺ソックスを見せつける。
生き残った小人たちはそれだけで恐怖し、その場で膝を屈して泣き叫ぶのだった。
そんな無様に意地悪な笑みを浮かべる涼那だったが、そのまま踏み潰したくなる衝動をグッと堪えて足を降ろした。
「君たちが役に立つ存在だって証明して欲しいの。そうしたら奴隷にしてあげるね」
奴隷。
そんなものは歴史の教科書の一文でしかなかった。
あらゆる権利を剥奪され、将来に夢見ることもなく、単なる労働力として生涯を終える。
中には遊び半分で命を奪われることもあったという。
だが、今の彼らにとってはそれが唯一の救いだった。
死か永久の隷属。
この二つしか選択肢がない状況に追い込まれれば、隷属もまた救済になることがある。
もちろん、隷属したところで涼那の気分次第で踏み潰され、握り潰され、叩き潰され、殺害されないまでも拷問されるかもしれない。
それでも今この場で殺されるよりはマシだと思われた。
だからこそ、彼らは心の底から奴隷にしてくれと懇願するのだった。
「うんうん。そうだよね。殺されたくないもんね。……それじゃ、さっき脱いだ靴を運んできてよ。それが出来たら約束通り奴隷にしてあげるからさ」
小人たちは教室の中心に転がっている涼那のローファーを目指して走り出した。
あなたのために懸命に働きます、というアピールのつもりだった。
涼那はそんな彼らを冷ややかな目で見送ると、彼らが身を寄せ合って震えていた教室の隅を背もたれにして座り込む。
平均的な肉付きをした脚を適当に投げ出し、制服の胸ポケットから取り出したスマホに視線を移す。
あの小人たちが靴を運んでくるのは容易なことでない。
いや、恐らく不可能だろう。
大きさだけを考えても彼らにとっては大型バスと同じくらい、重量はそれすらも上回るのだから人間の力で動かすことは現実的ではない。
だが、人間は限界まで追い込まれたときにいつも以上の力を発揮することがあるのだから、もしかしたら動かせるかもしれない。
いずれにせよ、多少は努力する時間を与えてあげよう。
意地悪ないじめっ子は自分のニヤケ顔がスマホの画面に映し出されるのを見て、思わず苦笑してしまうのだった。
無理だ。
なんとか動かそうと頑張ってみたが、この真っ黒な小山はピクリともしない。
押しても動かず、引いても動かない。
自分たち十人は力を合わせて思いつく限りの方法で女の子の靴を運ぼうと頑張ったのだ。
だが、あまりにも大きく重い。
人数が今の十倍いたとしても動かせる自信がない。
冷酷な殺戮巨人の方を振り返ると、熱心にスマホの画面をタッチしているようだ。
普段から休み時間中もずっと同じように過ごしており、どうやらお気に入りのゲームでもあるらしい。
人が命をかけた不条理な命令に挑んでいる中、それを命じた本人はゲームを楽しんでいる。
先ほど自ら奴隷になりたいと懇願したばかりだというのに、この余りに大きな差に嫌気を覚えてしまうのだった。
ふと、ローファーの踵に抱き着くようにして動かそうとしていた女生徒がその場に座り込む。
その女生徒はこんなの時間の無駄だと言い張る。
あの女はこれが不可能だと知って、それでも自分たちを苦しめるために嫌がらせをしているだけに過ぎない。最初から助けるつもりなんてないのだと。
誰もが思い浮かんでいながらも口にしなかった可能性。
いや、すでに可能性ではなく事実だろう。
そして、女生徒はこのまま逃げ出そうと提案した。
先ほどこの教室内で吹き荒れた殺戮の嵐を経験してなお、まだそうした方がマシだと言うのだ。
ドアは開かず、窓には届かない。
逃げ場のない空間でどれだけ逃げ回ってもいずれは巨人に見つかり、無残に殺されてしまうことは明白だ。
どうやったところで自分たちが生きて家に帰ることはできない。
そこまで思い至った瞬間、彼らの中にあった微かな希望が消えてしまった。
次々にその場に座り込んですすり泣き出す。
女の子の靴を運ぶだけのことができず、そのために生き残る道が潰えてしまう。
途轍もなく惨めで憐れなことだった。
「無理そうならいいよ~。戻っておいで~」
涼那が声を掛けると小人たちは一斉に涼那の方へ振り向く。
先ほどまでと同じ姿勢で寛いでいる巨人は、意地悪な笑みを浮かべながら手招きしていた。
殺される。
彼らの脳裏によぎるのはクラスメイトたちが虐殺される無残な光景。
次は自分たちの番だ。
しかし、それが分かっていても逃げる術がない以上、従うことしかできない。
せめて機嫌を損ねないように走って帰ろう。
そんなくだらない媚売くらいしかできなかった。
「はい、お疲れ様でした。私の靴ってそんなに重かったかな?」
左右を肌色の壁に塞がれた三角空間。
特に意識することもなく投げ出されていた涼那の脚は、小人達を閉じ込める肉の檻となっていた。
小人の正面に覗くのはスカートを天井にした何の変哲もない白い下着。
それがあまりに巨大であることを差し引いても、異性の劣情を引き起こすことは難しいだろう。
「う~ん、流石にちょっと無能すぎるから奴隷にしてあげられないなぁ」
唇に指先を当ててさも検討しましたと言わんばかりのフリをしているが、検討なんて一瞬もしていないことだろう。
最初から絶望させた後で殺すつもりだったのだ。
一応、微かな可能性に掛けて精一杯の謝罪をしてみた。お役に立てず申し訳ございませんと。
同い年の女の子、その股の間から必死の命乞いであったが、涼那は小馬鹿にするように鼻で笑うだけだった。
やがて喉が枯れて言葉が尽きる。
「ん? もう言いたいことはないのかな? ……じゃあ、処刑しちゃうよ。せっかくそんな所にいるんだし、太ももで挟んであげるね」
左右の肉壁が突如として動き出す。
小人の何百何千倍も巨大なそれがまったく自然体のまま動くさまは、もはや津波と感じるほどの威圧感を放っていた。
柔らかい肉の波。
一応、小人たちも諦めずに抵抗した。
太ももが閉じるのがあまりに早く足先の方へ逃げる暇はなかったので、押し潰されないように腕を突き出してみた。
だが、女の子の太ももは凄まじい質量を誇るものであり、線香よりも弱い小人の腕では到底受け止めることは叶わず、あっさりと圧し折られてしまった。
指で触れればフニっと沈み込むような柔らかい太もものはずなのに、挟み込まれた小人たちは一切身動きがとれなくなってしまう。
脂肪の奥で躍動する筋肉が僅かに動くたびに体中を締め付けられ、あらゆるパーツを少しずつ壊されてしまう。
グジュグジュグジュ。
不健康に白い肌の下に隠されていた圧倒的な脂肪と筋肉。それによって人が磨り潰される音はやけに水気を含んでいた。
「んっ……! なにこれ気持ちいい! ちっちゃいのが素肌でプチプチしてる!」
何度も経験したはずの小人が弾ける感触。
だが、そういえば太ももで押し潰したことはなかったかもしれない。
想像していた以上の感触に驚きながらも、しばらく太ももを擦り合わせて余韻を堪能する。
他も小人たちも適当に踏み潰さないでこうすればよかった。
あまりに残酷な後悔が浮かんでくるが、よく考えれば後悔などする必要がない。
必要な玩具などいくらでも用意できるのだから。
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「まずは隣のクラスから使っちゃおうかな」
太ももの汚れをティッシュで拭き取り、形すら残らなかった遺体をそのままゴミ箱に捨てる。
この楽しみが邪魔されないように校舎内の人間は全て縮めておいたのだ。
ドアを開けることも、窓を開けることも、階段を降りることもできない小人たち。
全学年合わせて600人以上が今も不安を抱えながら助けが来るのを待っていることだろう。
涼那が十分に満足するまで遊ぶことができそうだった。