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窓からさす月明かりのみが頼りの暗闇で、ドアの開く音がして無機質な光が差し込んだ。キイ、とドアが閉じられる。静まり返った闇の中、物の灰色の輪郭がかろうじて見える一室に、二人の女の子が無遠慮に足を踏み入れた。 少女たちの歳の頃は10代半ばといったところだった。どちらも顔立ちは特別幼くもないが、かたっぽの女の子は髪型をツーサイドアップにしていて、その年齢をひと回りほど下に見せている。 「あ、洗面器持ってる? あと紙……それと、アレね」 「あるよ」 暗闇でロングヘアの影を揺らす少女・リンが問いかけると、もう一人の少女がプラ製の洗面器の裏を叩き、軽快な音を奏でて返答する。 物にぶつからないようにリンが窓際まで歩みを進める。月光に白く照らされた彼女の顔には、ツーサイドアップの女の子の返答に満足した様子で小さな笑みが浮かび上がっていた。 リンが部屋のカーテンを締め切り、部屋を真っ暗にする。カーテンのスライド音を合図に、もう一人の少女が高級感のある箱の中から一際明るく光るさらなる箱を取り出した。 それは中身が丸見えのガラスボックスに見える。 「おお、これはすごい。まるで行灯みたいだ」 「アンドンってなに?」 「ほら、和紙とか竹とか使った、和風の灯りだよ。四角いヤツ」 「ふーん、スズは物知りだなぁ」 「えへへ」 大好きなリンに褒められて、スズは頬を朱に染めながらほのかに笑った。 行灯——もとい中が丸見えのガラスボックスには、とても明るい内部にはミニチュアの街がある。 しかもそのミニチュアの街には、まるで巣箱に群がるミツバチのように小さな人間たちが行き交っていた。 「なんか、何人かがこっちを見てる気がする……小さすぎて表情はわからないけど」 「ないない。だってこれ、マジックミラーだもん。マジックミラーは、明るい方からはただの鏡に見えるんだよ?」 「わかってるけどさ」 リンは近未来的行灯のようなボックスに照らされた顔。そこに困ったような笑みを刻み、同じく照らしあげられたスズのあどけなさげな顔を見やる。 ガラスボックスに見えるこの箱は、実のところ六面がマジックミラーでできていた。真っ暗闇に堂々と潜む女の子たちから街の様子は見えるが、人工太陽で真昼のごとく明るく照らされた街から外の様子は見えないようにできているというわけである。 中に暮らす人間たちは「都市を使った実験として、六面が鏡になっている箱に入れられている」と聞かされている。 エレベーターなどでよくある「鏡によって空間が広く感じる効果」を都市で試すとか、そんな取ってつけたような説明を受けているらしい。 しかしリンとスズの二人には関係のないことだ。あとですべて処分する予定だし、とくに興味はない。 スズが顔の目の前にボックスを持ってきて街の様子をうかがうと、数週間に渡る実験に慣れてきたとても小さな住民たちが当たり前のように生活している。 これだけ長いこと暮らしていれば、そろそろこの小さな世界に愛着がわき、自分の新しい住処だと錯覚し始めるのかもしれなかった。それを今からめちゃくちゃにしてやると思うと胸のドキドキが激しくなる。 目をギリギリまで近づけても表情は読み取れないけれど、なんとなく彼らの喜怒哀楽は伝わってきていた。スズが頭を動かすたび、頭頂部から伸びたツーサイドアップがぴょこぴょこ動く。その髪束の動きは、踊るようなスズの胸の高鳴りを表しているようだった。 せわしなく眼球を動かし、舐めるように視線を走らせる。被験体にとって、本来ならドアップで女の子の顔がガラスの向こうに広がっているように見えるだろうが、これはマジックミラー。間近でまばたきを繰り返しても住民たちは驚かない。 「リン、フタ外していいよ」 「はいよ……ん……しょっと!」 ぽん、と軽快な音が暗闇に鳴り響く。ほんのりと女の子の香りが溶け込んだ、新鮮な空気が数時間ぶりにボックスの中に流れ込んだ。 マジックミラーボックスの天井には小さなフタがあり、湯船の栓のように取り外せるようになっているのだ。六面がマジックミラーのこのボックスで、唯一ゴム製の部分だった。 開かれた穴の直径はわからないがそこそこ大きい。華奢な女の子の足であれば途中まで入りそうだった。 普段このフタが開くことでできる穴は餌を入れたり、人工雨を降らせたりするのに使用しているため、フタを開いたことに気づいた被験者たちは、建物の軒下に隠れ、それらが訪れるのを待った。 しかし、今この穴に入れられようとしているものは、彼らのエサでも水分でもない。 ニーハイソックスに包まれた足先がスズの目の前で持ち上がる。ほんのり香る臭気が彼女の鼻腔をくすぐった。 リンの足は、夏の日差しに靴の中で数時間蒸し上げられていた。彼女が片足立ちをして、汗の滲む足にへばりついたニーハイソックスを引き剥がす。バランスを崩さないように慎重に。 現れたのはふっくらと丸み帯びた付け根 、そしてすんなりと細い指先だった。指と指の間には、黒い毛玉がベタベタに丸まって張り付いている。 黒のニーハイソックスとは対照的な白い肌を晒したリンの脚部が、暗闇の中で街に照らされて怪しく光る。足の位置を調整するリンが真下を向く間、彼女の長髪が自身の頬を撫でて揺れていた。艶のある黒髪に、ミニチュア街からの灯りが反射してハイライトを作る。 「では、入れちゃいます」 リンがマジックミラーボックスの天井に足を乗せる。がたん、とボックスが揺れた。もう一度持ち上がったときには、蒸気できれいな足型が浮かび上がった。 顔にかかっていた前髪をどかした彼女は、躊躇なくボックスの穴に足を差し込むと、彼らにとっての空が肌色になった。なまめかしく伸ばされた足首。くるぶし数センチ上までがまず入る。思ったよりその穴は大きかった。 家々やビル群を押しつぶし、破断した瓦礫を押しのけながら親指と人差し指が接地したことをその足先で感じたあと、ゆっくりとかかとを降ろして、もう片っぽに任せっきりだった体重を足裏に返していった。 官能的な曲線美を魅せる足の形が、巨人の足跡となって大地に刻まれた。 こうなれば中で生を謳歌していた人間たちは大パニックである。建物よりも数十倍と大きな足が天より降臨し、閉鎖された空間で破壊を開始したのだ。逃げる場所もなければ隠れる場所さえない。 リンにとって、足裏の下に縮小された人間がいようが建物が建ち並んでいようが関係ない。無慈悲に隙間なく地面に降りた足は、自然物も人工物もすべてを平等にすり潰し、土の中に埋めてしまう。 もう一度足が持ち上がったときには、足の形の穴の中で、自動車やバスが鉄板と化し、ビルやマンションが挽かれたコーヒー豆のようにすり潰されている様子がお披露目された。汗っかきのリンの足裏にはそれらがべったりと張り付いて、皮膚表面を茶色に染め上げている。 大好きなリンの足に蹂躙されていく街の様子をミラー越しに間近で見ているスズの心臓は、飛び出していきそうなくらい鼓動が早くなる。ホコリみたいに小さい人間たちが、ありんこみたいに群れて蒸れた足から離れようとする様子はなんだか気持ち悪く見えた。 もともと普通の人間だったはずの縮小人間たち。罪のない人々が、女の子の足で人生をめちゃくちゃにされて、最後には汗に汚れた足裏や足指のあいだに挟まれて、その人生の幕を強制的に降ろされる。 そして自分はそれを見殺しにしているのだ。背徳感で胸が一杯になって、興奮へと変化していった。 「ふくらはぎまですっぽりハマった……スズ、今どんな感じ?」 「もうめちゃくちゃだよ……何人も、何人も何人もリンの足で死んじゃったかもしれない」 「生きてる人は?」 「小さくてよく見えないけど、とりあえず足から離れようとしてるよ。結構こっちまで逃げてきた人の中には、ガラスの壁を叩いてる人がいる。あと奥の方には悶ながら目一杯耐えてる人がいる。こういう実験なんだと割り切ってるのかも……」 つま先に携えられた巨大な五本の竜頭が、うねって人々と彼らが潜んでいた建物をもて遊ぶたび、砂煙という名の土砂が巻き上がる。ぺったんこにひしゃげた自動車が、肉塊と化した運転手ごと素足にへばりついていた。 発育途上の女の子は新陳代謝が活発だ。真夏の気温に汗をせわしなくかく少女の足に蒸し上げられて、ボックス内は着々と高温多湿の地獄と変貌している。 ふくらはぎの肉が隙間を埋めるように穴の縁に張り付いて、もはや新鮮な空気が入り込む余地などなかった。これから被験体たちの肺へと取り込まれる空気は、すべてが彼女の臭いに汚染されたものとなるのだ。 「女の子の足のニオイ嗅がされる実験? あはは、ナニソレ!」 スズは思ったままを伝えていた。しかし面白い表現をしていると感じたリンは、声をあげて笑ってしまう。無意識にうねらせた足指とそのあいだからは無数の垢がこぼれ落ち、すり潰した住宅街の瓦礫の一部になった。 「よっと」 一通り満足したリンが、マジックミラーボックスから足を引き抜いた。引き抜かれた足から、被験体にしてみれば土砂のような砂埃が再び舞い落ちていく。 同時に撒き散らされた巨大少女のフェロモンに、圧倒された男たちは酔い潰れ、骨抜きにされる。 「街の人たちには、何が起きてるのかよくわからないんだろうね……」 「そうだね。だってマジックミラーだし。この状況をちゃんと把握してるのは、私たちだけ」 「なんだかぞくぞくしちゃうよね」 汗がにじむような体温という熱気に、かいた汗が全く蒸発しないほどの湿気。砂埃の中ほのかに漂う女の子のにおい。 全面鏡張りの街の中で、何が起きているのか全く理解できない小人たちがパニックを起こして狼狽していた。 縮小された彼らにとってみれば、足指が数センチ動くだけで大災害なのだ。そんな様子が可愛くて、二人はついいじめてしまいたくなる。 「これ、入れちゃおうよ」 「ふふ、いいね」 先ほどリンが自分の足から引き剥がしたニーハイソックスをボックスの上に掲げる。床に伏せてボックスを覗き込んでいたスズの鼻に、ツンと刺さるような刺激があった。 足を直接入れているときには感じなかった別のニオイだ。汗を存分に吸って湿ったソックスのほうが強い刺激臭を放っていることを如実に表していた。 「投入!」 足すら入る広い穴だが思いの外うまく行かない。グイグイと押し込んでいく。浄化され始めていた空気が、再度異臭によって汚染され始めた。 暗闇から明るいボックスの中に舞い降りたソックスは、足で踏みにじられた住宅街の跡地に接地後、その自重でまだ被害を受けていない区画にまで倒れ込んでいって、多くの人間たちを押し潰し、その命を奪った。 汗の染み込んだソックスのほうが、生きた人間たちよりも、もっといえば建物よりも質量があると示したのだ。 何十年の月日を重ねてきた彼らの人生。それを十年と少しの人生の折り返し地点さえ通過していない彼女らの、一年も履いていないようなソックスが踏みにじるさまはあっけないものだった。 「ねえねえ、パンツ脱いで?」 「は? なんで!?」 「パンツも入れてみたいから」 「スズが自分で脱いで入れればいいじゃん!」 自分のスカートを押さえつけて、頬を朱に染めるリンが声を荒らげる。 「だって、私さっきお風呂入ったばっかりだもん。汚いほうがやりがいがあるでしょ」 嘘だった。スズもまだお風呂には入っていない。 本当はただリンのパンツを見てみたいだけ。そんなスズの自分勝手な感情と思いつきに、街はさらなる被害を被ることになる。 「……ったくもう、しょうがないなぁ」 「あ、汚いのは認めるんだ?」 「うっさい!」 和気あいあいと軽口を叩きながらスカートを引きずり下ろす。 やがて輝くボックスに照らしあげられたのは、白い陶器のような脚の柱二本と、少しだけ黄ばんだ白のパンツだった。 ソックスと同じようにパンツが穴からねじ込まれる。 汗と少しのおしっこをにじませた、見せてはいけないものを隠すための布切れが、大質量を伴って世界にのしかかる。人工太陽が遮られ、夜を勘違いした街灯が自動点灯した。 湿度がさらに高くなって、悪臭が強烈にななっていく。押し付けられた空気圧に耳閉感を感じたときには、彼らの身体は竜巻にさらわれたみたいに巻き上がり、何もかもがボックスの中でかき混ぜられていた。単なる女の子のパンツ一枚でさえ、小人たちにはひとたまりもなく、生死を左右するのである。みじめでみじめでしかたがない。 「なんかもう災害みたい」 「ほんと? それはやばいね」 「んふふ、でもこれからもっとひどい災害で、この子たちをいじめてあげるんでしょ?」 「まーね」 言いつつ、リンはマジックミラーボックスを手にとった。中から靴下とパンツをほじくり出しながら洗面器を探す。 そろそろ目は暗闇に慣れてきている頃かと思ったけれど、想像よりあたりの様子がわからない。きっと行灯みたいなボックスをずっと見ているからだろう。 「ここだよ、ここ」 次の瞬間、部屋がぱっと明るくなった。 リンの焦る様子を見たスズが、いつの間にか壁際で立っていたようで、電灯のスイッチを入れてくれたのだ。 まだ暗闇に目が慣れていなかったという予想は当たっていた。突然部屋が明かりに満ちても、ちっとも光に目がかすまない。 部屋の中は可愛いぬいぐるみが2,3体。一つはリンが手作りして、スズへプレゼントしたものだ。 いちご柄のシーツが敷かれたベッドには、もう一つ別の箱が置いてあるのが見えた。これも同じく小人を閉じ込めたマジックミラーボックスだ。今後の楽しみのために、今は暗闇に包み込んである。 果たして明るい部屋の中、リンが抱えるボックスの中身は悲鳴の嵐である。もとよりひどい悪臭被害に見舞われて阿鼻叫喚は阿鼻叫喚だったのだが、今度はボックスの鏡張りが入れ替わった。部屋がマジックミラーボックスの中身の明るさを上回ったことで、相対的に箱の中身のほうが暗いことになる。 リンとスズにはただの鏡張りの箱にしか見えなくなったけれど、中からは外の様子が見えるようになったのだ。 リンがそんなボックスを洗面器の中に移し、スカートをはしたなくずりおろした。すでに下着が取り払われている女性器からは、粘液がにじみだして彼女の興奮を示している。 だが、今回使う穴はこちらではない。彼女の生殖器官よりも背中側にある穴が、高まる排泄欲に生き物の口みたいにうごめいていた。 下腹部に溜まったものを吐き出す準備は万端だ。 「んしょっと」 「明るくしちゃったけど、ちょうどいいね。さすがの私もリンのほかほかうんちを見せつけられるのはゴメンだもん」 リンがミニチュア街の入ったボックスに手を付き、跳び箱を跳びそこねたみたいにまたがる。自分の排泄口とボックスの穴の位置を合わせると、ガラス張りの世界の壁には絹のように柔いもも肉が広がって張り付いていた。 中で暮らす被検体たちが真上を見上げれば、ガラスにへばりつく尻肉が影を落とし、普段食べ物や水分の補給がある穴に、ピンクの中身をチラ見せする怪物の口がセッティングされている。 巨大な少女の肛門が、当たり前のようにボックスにフタをしているのだ。 ほんのりと香るレモンティーのような女の子の優しい匂いが、街一体を包み込んだ。だがそれも一分もたず、入れ替わるように徐々に汚れた腸内の悪臭へと変貌していく。 「じゃ、出しまーす」 「汚さないように気をつけてね」 「大丈夫。慣れてるから」 今までも様々な災害に翻弄されてきた縮小人間たちが、まるでパニック映画の中に放り込まれたかのように、空を見上げて発狂する。 天で雷雲がうなるようにお腹が鳴った。やがてお尻の穴は腸内に溜まったガスを爆発音を轟かせながら発散する。 勢いよく吹き出されたおならは、靴下や下着が街の中に落とされたとき以上の乱気流と衝撃波を発生させた。 空気の圧力を無遠慮に叩きつけされたアスファルトが砕け散って地下が丸わかりになって、深く植わっているはずの電柱やビルなどが巻き上げられた。 「んっっ……あっ!!」 しぼられた糞便が締まる肛門の形に変形して押し出される。大便という名の竜が壊滅した地を目指して下る様子は、まるで世界の終わりだった。 マジックミラーボックスの中で反響する悲鳴。しかしその声が二人の少女たちに届くことはなく、箱をじっと見つめているドアップの女の子の顔は、ニコニコとして頬を赤らめている。 「ふふ、今この中でリンのうんちが街を押しつぶしてると思うと……興奮しちゃうなぁ」 六面体の鏡面には、中の様子を想像してにやけているスズの顔が映っていた。 リンのトイレの音を独り占め。本当なら誰にも聞かせないような下品な音を自分だけが聞かせてもらっているという状況下に、スズはゆがんだ優越感を覚える。 彼女が腰を落とすリンの顔をみると、強く歯を食いしばってまぶたをぎゅっと閉じ、眉尻を儚げに下げている。 少しの羞恥をにじませていているその様子が「かわいいな」と思った。 ブリブリ、と下品な音が響き渡る。ボックスの中を反響しているその音は、品のない楽器を奏でるみたいに高い音になってリンの肛門がふさぐ出口からあふれてきた。 スズは思わず笑ってしまう。 「あっはは! すごい音。中にいる人たちにはどんなふうに聞こえるんだろ。耳の鼓膜が破れたりしちゃうのかな?」 と、ドン、とやけに鈍い音が箱の中から聞こえた。リンの可愛らしい肛門から伸びていた便がちぎれ、街に落下した音だ。 ただの便の塊であっても縮小人間にとってしてみればひとたまりもない。すでに壊滅済みの都市に追い打ちをかける形でのしかかった茶色の塊が、数千トン以上の大質量と40度近い熱気をもって倒れ込み、その内部に建物を埋めた。 下敷きにされた住宅やビル、マンションなどの中には、まだ幾人もの生きた被検体たちが災害が過ぎ去ることを祈って隠れ潜んでいたが、あっけなく圧縮されていく。 「はぁ……快感快感。やめられない」 「おしっこ出る?」 「んにゃ。おしっこはさっきあらかじめしてきたから大丈夫そう」 「わかった。じゃあはい、トイレットペーパー」 「ありがと」 リンがトイレットペーパーでお尻を拭う。 その後、丸めた紙を今しがた排泄に使ったミラーボックスに押し込んだ。 「じゃ、縮めて捨てちゃうよ」 「おっけ」 パンツとスカートを履き直すリンの声に返事を返しながら、スズが持ち込んでいた怪しげな装置のボタンを押す。その正体はこのミラーボックスとペアリング済の縮小装置だ。 最終的に縦横と奥行きが5mmの箱になったミラーボックスをひょいとつまみ上げるスズ。鼻に近づけてみても臭いも少ししかしなくなった。角砂糖よりも小さくなったそれは、パクっと口の中に簡単に入れてしまえる。汚いから食べないけど。 ほのかに異臭の漂うボックスをまじまじと見た。今となってはこんな小さな箱の中に、数千人を閉じ込めていたとは思えない。いったい彼らの大きさはどのくらいだろうと考えたけれど、やめだやめ。これだけ小さな箱の中に詰まる人間たちの身長なんて、計算するのもめんどくさい。 鏡張りの中は今頃どうなっているだろうか。中で便から逃れて生き残ることができた人たちは、ガラスの向こう側でぐいぐいと巨大化した少女たちの顔を見て何を思っただろうか。 様子が全くわからないぶん想像は捗るというもので、リンとスズはそれぞれにみじめに死んでいく街とその住民たちを思い描きながら、部屋から角砂糖のような箱を持ち去った。 |