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ルーキー配信者えりの惑星激震ASMR
"次の配信何しよっかな〜。みんな、えりに何してほしい?"
目前に浮かぶ、手のひらに収まるようなサイズの黒い立方体型のカメラに向かって話しかける女性。少し遅れて、彼女のコンタクトレンズ型デバイスに映るストリーミング配信サービスの画面にぽこぽことコメントが流れてくる。
25歳OLの絵里は、えりという名義で配信者として活動している。ちやほやされたくて始めた配信だったがつい最近までは同時接続者も10名前後で、思うように視聴者が増えない日々が続いていた。しかし先日、視聴者からの提案を受けて1000分の1サイズの惑星——えりの惑星では、宇宙開発中に無数に見つかる小さなサイズの惑星が消費財として流通しており、さまざまな用途で使用されている——に降り立ち、1650メートル6千万トンの肉体で小さな街をぐちゃぐちゃに踏み砕いたり、おならで建物や人間を粉々にしたり、おしっこの濁流で都市の表面と地下を満たしたり、その惑星の建物などとは比べ物にならない大きさの排泄物を残していったりする配信をしたところ、過去にない数の同時接続者数を達成した。翌朝、えりは酒が抜けてから自分のやったことの恥ずかしさに顔から火が出そうになりながらも、生配信の録画から恥ずかしいシーンを削除した切り抜き動画を投稿した。これがSNSでバズった。動画は拡散され、えりのチャンネルの登録者数は大きく伸びた。Webメディアの取材を受け、えりの発想を誉めるインタビュアーに、"実はリスナーさんのコメントのおかげなんです(笑"などと応えながらも隠せないえりのドヤ顔がサイトに掲載された。配信者のマネジメント事業を行う事務所から契約を結ばないか? との打診が寄せられたが、聞いたことのない事務所だったので断った。こんな事務所で収まる私じゃない、このペースでチャンネル登録者数が伸びれば1年後には大物配信者の仲間入りも固いだろう。そのタイミングで大手事務所からの契約の依頼を承諾すれば話題性も十分、そうなったら仕事もやめて配信一本で食べていくのも可能だ。最近は仕事中にも、ついにやにやしてしまう。
それが小人の惑星を蹂躙する切り抜き動画を投稿してから2週間くらいの話だ。あのころは確認するたびに伸びていたチャンネル登録者数や動画の視聴数も、今ではすっかり落ち着いている。チャンネル登録者数が増えたため、普段の配信の同時接続者数は前と比べればずいぶん増えたのだが、このペースでは仕事を辞められるのはいったい何年後だろうか。あのとき事務所に所属しておけば……と思ってもあとの祭り。原因は何となくわかっている。配信内容のマンネリ化だ。小さい惑星を単に蹂躙するというだけでは、今や簡単にはウケなくなっていた。配信の内容を工夫する必要がある。
(うーん、今日の同接数もいまいち……。リスナーから何か良いアイデア出てこないかな……)
今日は"小さな惑星でバカンス!"と称して、4000分の1ほど大きさの惑星の、季節が夏になっている領域の適当な島国にパラソルやサマーベッド、浮き輪を持ち込んで、白いビキニに大きなサングラスで配信している。直立したえりの身長は山脈よりも高いので気温の暖かさは感じられないのだが、大切なのは雰囲気だ。
えりはこの惑星で散歩してみたり、軽く水遊びをしたりした後、パラソルをはるのにちょうどよい場所を探しながら途中にある街を戯れに蹴散らしたり、沿岸の浅瀬に足を突っ込んでかき混ぜたりして遊びつつ、ようやくパラソルとサマーベッドを街の上に広げ、サマーベッドの上にごろんと乗っかったところだ。ぎしぃ、とパイプがきしみ、サマーベッドの足がえりの体重で街の中に沈み込んでいるが、気にせず視聴者からのリクエストのコメントを眺める。
山や森、都市の上には、一定の間隔で、先が膨らんだ楕円の中にジグザグ模様が描かれた跡が並んでいる。えりのピンク色のビーチサンダルのウレタンフォームが、木だろうが建物だろうが、そこにあるものをその数万倍から数百万倍の強度でぺっちゃんこに押し潰し、すべてを平等に元が何であったのか判別不可能な地面にへばりつく薄い膜に変えてしまった跡だ。
沿岸の街は押し寄せた波によって都市機能を喪失してしまっている。えりはこの惑星の海で泳ごうとしていたのだが、惑星の下調べをしておらず、海は泳ぐには浅すぎた。陸地の近くではうつ伏せになっても水面がえりの存在感を主張してやまない太ももの半分にも届かず、それでも形だけ手足を動かしてみたのだが、水泳というよりは駄々をこねているようになってしまった。その際、沿岸の都市には数十メートルの高さの大波が断続的に襲い掛かり、人や車や電車や住居や道路を押し流してしまっていた。
そんな小人の世界のことなど興味なしとばかりに、えりはコメントに流れる配信ネタを1つ1つ評価していく。
(歌枠……あんま伸びないしなぁ。オンラインゲーム……ストレス溜まるし指示コメントがうざいからパス。うーん、微妙だな〜)
そんな中、1つのコメントに目が留まる。
"小さい惑星でASMR配信"
コメントの投稿者は〇〇〇〇さんだ。この人は古参のチャンネル登録者で、視聴者数が少ない頃からえりの配信を見てくれている。えりのチャンネル登録者が伸びるきっかけとなった惑星蹂躙配信も、もともとは〇〇〇〇さんのアイデアによるものだった。
"ASMRね〜。興味はあるんだけど、機材とか全然わかんないんだよね。しかも高そうだし"
ASMRとはAutonomous Sensory Meridian Responseの頭文字から作られた言葉であり、視覚や聴覚などに対する刺激によって得られる心地のよい感覚を指しているのだが、えりの惑星の配信者の間ではもっぱら、まるで耳元で囁かれているかのように気持ちの良い音を聴かせることとして通用している。えりにとっても、耳かきとか咀嚼音とか囁き声とかのアレね、という認識だ。
そんなえりの心を読むように、〇〇〇〇さんのコメントが続く。
"もし興味がおありでしたら、機材を購入しましょうか?"
そのコメントにえりは目を輝かせる。願ってもいない申し出だ。
"え~~~! 機材買ってくれるの? 〇〇〇〇さんありがと~~! 好きだよ♡"
サマーベッドのぴんと張られた布を突き破らんばかりに圧力をかけているえりのお尻は、上空1000メートル近い位置にある。きゃっきゃっと騒ぐえりの身体の下では、住民の避難が続いている。えりが無意識に体を動かすだけでも大地が揺れ、建物が倒壊する。地上ではサマーベッドやパラソルの足に向かって戦車隊から砲撃が続けられているが、光を鈍く反射するパイプに傷一つつけることはできない。サマーベッドの上のえりの顔や胸、股間に向かって戦闘機からミサイルが何発も撃ち込まれているが、えりはそれを手で払うことすらしない。水着を焦がすことすらできない小人のミサイルなど、相手にする価値はない。
"じゃあ後で欲しいものリストに機材入れておくから! 〇〇〇〇さんよろしくね! えり嬉しい!"
地上での出来事などつゆ知らず、えりは視聴者とASMR配信で何をやるかという話題で盛り上がっていた。えりも視聴者も、もはやこの惑星には何の関心も向けていない。えりが大袈裟に笑うとサマーベッドがきしみ、大地が揺れる。えりが持ち込んだ浮き輪は適当に放り投げられ、都市の一部を円形のビニールの壁で外部から切り離している。えりの水遊びによって沿岸の都市は残らず水没している。無数にあるえりの足跡の下には、都市と自然と人間がもはや分離できない薄さに圧縮されている。えりの活動は、1時間足らずでこの国に決定的な打撃を与えてしまっていた。
"じゃあ今日の配信はここまで! 次回のネタも決まってよかったよ〜。疲れちゃったからメンバー限定配信はなしかな。みんなおつえり~"
"乙""おつえり~""おやすみ~""バイバイ!""ASMR楽しみ!"
えりは視聴者に挨拶をして手を振り、配信を切ってサマーベッドから降りる。そして、"んぅ~! あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ"などと気持ちのよさそうな声を上げながら上半身を伸ばした。えりはその素足が避難する人々と軍隊を踏み潰していることなど気づかず、ビーチサンダルに足を突っ込み、パラソルとサマーベッドを畳んで浮き輪を抱えて元の惑星にワープした。
********
それから数日後の配信。黒いリボンがあしらわれた淡い水色のブラウスに、黒いスカートを身に着けたえりは、すでに小さな惑星の街の中にいた。
"みんな~、こんえり~!"
"こんえり~""今日もかわいいね!""楽しみにしてた"
こんえり、というのはえりの配信開始の挨拶だ。待機していた視聴者のコメントが流れる。配信開始時点での同時接続数は100人を超えている。最近のえりの配信と比べても数が多い。普段よりえりのテンションも高い。
"今日はこんなに沢山集まってくれてありがとう! 初見さんもいるかな? こんえり~! えりの配信、楽しんでいってね!"
"今日はね~、予告してたとおり、お待ちかねの晩酌ASMR配信をやっちゃうよ! みんなヘッドホンの準備はいいかな?"
"大丈夫""おk"……。肯定を表すコメントが波のように流れる。ASMR配信への期待が見て取れる。
"うんうん、大丈夫そうだね! あとさ、これみて! じゃ〜ん。ダミーヘッドマイクだよ〜"
えりはカメラのフレームの外側に隠していたマイクを手に取り、カメラに向ける。人間の頭部状の物体にデフォルメされた目、鼻、口と、リアルな耳がついており、首よりも下はマイクスタンドになっている。耳の内部は人間の耳の構造を正確に再現しており、鼓膜に相当する部分には高性能のマイクが取り付けられている。これによって、普通のマイクでは実現できないリアルな音の聞こえ方が再現されるのだ。
"おお!""ガチだw""高そう""これは期待"
"ほらみてみて! ちょっとかわいいよねー。知り合いの配信者の人にこれがいいって教えてもらったんだ! 〇〇〇〇さんもすぐ買ってくれてありがと!"
先日の配信の後、えりは知り合いの配信者にチャットを送り、おすすめのASMR機材を訪ねた。一度バズってから、配信者の知り合いも増えている。返信にはエントリーモデル、中級者向けモデル、最高級モデルの3種類の機材の情報が含まれていたが、えりは迷わず最高級モデルを欲しい物リストに追加した。
"今日はこの星のみんなにもえりの音を聞いてもらいたいから、ちょっと大きめの星に来てみたよ。大きさわかる?"
えりの声に合わせて、カメラがえりの周囲を引きのアングルで捉える。えりは大きな駅の近くの、いくつもの道路が合流する広い交差点の上にあぐらをかくようにしてどっかりと座り込んでいる。ブラウスの中で胸がちょっときつそうだ。えりの安産型のお尻は交差点と駅前の広場には全く収まりきっていない。太ももとふくらはぎが作り出す雄大なひし形は、交差点の周囲のごみごみとしたビルを矮小に見せている。にょっきりと伸びた太ももは斜め上空に向かって伸び、立ち並ぶビルをえりの膝頭が見下ろしている。みっしりと肉のついたふくらはぎは途中から白い靴下につつまれ、靴底のぶ厚いショートブーツの側面がそこにあった建物を粉々に砕いている。えりは決して太っている訳ではないのだが、食べるのが好きなのと普段の座り仕事で、胸や下半身には相応の栄養が蓄えられていた。周囲にはえりの目線よりも高さが高いビルもまばらに存在するが、数は多くない。しかしそれらのビルも、えりが立ち上がれば容易に見下ろせるだろう。
"いつもよりビルでかいw""どれくらいだろ?"
"この星のサイズはね~。なんと200分の1! いままで配信した星の中では一番大きいんだよー。ほら、小人がいるけど見える? おっきいでしょ!"
もちろん、この惑星はファーストコンタクトが行われる前の"生"の惑星だ。330メートルのえりがこの惑星に降り立つと、えりの近くにいてなお生存していた小人たちは我先にとえりの近くから逃げ出した。しかし、えりの出現が報道されるとむしろ、えりの様子を一目見ようと野次馬が集まってきた。沢山の人が、今この瞬間も、えりにスマートフォンを向けている。この惑星の動画プラットフォームでえりの様子を配信しているもも者もいるようだ。多くの人は、自分が死ぬことはないだろう、という無根拠な自信を抱いていた。
えりからすると、この惑星の住民の大きさは1センチにも満たない。いまえりが"軽く"運動すれば、えりの半径1メートルほど、つまり彼らにとっては半径200メートルほどの範囲にいる者は1秒もたたないうちに全員ばらばらの肉塊となるだろう。ただ、普段は1000分の1以下のサイズの惑星を使うことが多いえりやその視聴者にとっては、彼らはだいぶ大きなサイズだ。
"そうそう、ちっさすぎると音だけで死んじゃうからね。これくらいの大きさなら大丈夫でしょ! ……え? えりが大声出したら死んじゃうって? 大丈夫、死なない死なない! 一応試しとこうか?"
そういうとえりは、すう、と息を吸い、横にあるビルに向かって、
"あーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!"
と大声で叫んだ。えりの口の前にあったビルの窓は上から下まですべて粉々に砕け散り、道路に降り注ぐ。外壁にはいくつものひびが入る。歩道の舗装はめくれあがり、近くに止めてあった車は重さがないかのように跳ね回る。
"えっぐw""俺たちの耳も死んだ""車めっちゃ飛んだw"
"ほら! いつもの大きさの街だったらこんなもんじゃすまないでしょ?"
えりが普段の配信で使っている1000倍以下のサイズの惑星でえりが地面に顔を近づけて大声を出そうものなら、建物は爆散し、人間も音圧で揉み潰されて元型をとどめてはいないだろう。もっとも、えりが叫び声を聞かせたビルの中にいた人々は、形こそ保っていたものの振動で脳を激しく揺さぶられ即死している。近くの路上にいた人々も同じ運命を辿った。
"じゃあさっそく、マイクを置いて……っと。あ、ちょっと待ってね!"
えりの視線が、正面にある商業ビルに向けられる。
"これ邪魔だし、マイクが汚れたら嫌だから潰しちゃうね"
ぐん、とえりが立ち上がる。目の前にあった20センチくらいの高さのビルが、えりのブーツの靴底ですべてのフロアをぶち抜かれ、空き缶のように踏み潰される様子をカメラがとらえる。
"うわよっわ! 女の子一人分の体重にも耐えられないの~?"
"出た煽り""200倍だから体重は200の3乗倍で48万トン"
ざっ、ざっ、と近くにいる人を巻き込みながら地面をならし、えりはビルがあった所にマイクのスタンドを設置する。再びえりは地面に座り込み、マイクの高さを調整する。
"OK! じゃあマイク切り替えるね……"
えりがマイクをカメラに内蔵されているものからダミーヘッドマイクに切り替える。同時に、配信に乗る音声がしん、と静かになる。細かい雑音がなくなることで、今まで使われていたマイクの音声には雑音が含まれていたことに初めて気づかされる。えりの動きにざわめく都市の映像に対して、音声は不気味なほど静かだ。えりはマイクの耳元に口を近づけて、そっとささやく。
"どう? 聞こえる?"
まるで、えりが自分のすぐそばにいて、本当に耳打ちしているかのような音声が視聴者に届く。
"聞こえる""ぞくぞくする""耳が幸せ""めっちゃ臨場感ある!""これが聞きたかった"
"よかった~! じゃあ、さっそく~……、乾杯、しよっか"
えりは自分の背後にあらかじめ置いておいた折り畳みのテーブルを体の横に持ってくる。テーブルの上にはえりが自室から持ち込んだ食べ物や飲み物が並んでいる。テーブルの下には道路や線路、さらにそれらに面するように立ち並ぶいくつものビルがすっぽりと納まっている。テーブルの足は建物に突き刺さったり人や車を押しつぶしたりしているが、えりは気づいていない。
"最初はこれ! ストロングなやつと、こっちはさっき作ったんだよ〜"
そう言いながら、えりはカメラにストロングなチューハイのロング缶と、料理が盛り付けられた皿をカメラに見せる。料理は台形の形状が特徴的な牛肉の缶詰を皿にあけ、醤油とごま油をかけて軽く混ぜてから黒胡椒とねぎを散らした一品だ。皿には猫の柄が描かれている。アラサーOLの一人暮らし、絶妙なバランスを崩せば坂を転げ落ちるように生活が荒んでいく。晩酌のおつまみにも一手間を加え、皿を移し替えるのは、そんな状況に対する抵抗のようにも見える。
かっ……しゅぅっ
ぱちぱちぱちぱちぱちぱち………………
起こされたプルタブがアルミ缶の上面の一部を切断し、飲み口を作り出す。缶の中の圧力が下がり、酒に溶け込んでいた炭酸ガスが無数の気泡となり、水面で弾ける。
"耳が幸せ""めっちゃASMRっぽい""ずっと聴いてたい"
"それじゃみんな、かんぱーい!"
えりはストロング缶をカメラに向けて突き出すと、飲み口に口をつけ、ぐっと傾ける。
ぐぴゅ…………ぐっぷっ…………ぐっぷっ…………ぐっぷっ…………
かぷっ
めちゃっ……めちゃっ……めちゃっ……
"あああぁ~~~~、うめぇ~~~"
"鼓膜がなくなった""耳が死んだ"
"わーごめんごめん、忘れてた! これめっちゃ美味しい〜。ストロングな酒に合うわ……"
口内に残った牛肉の油分を、刺激の強い酒で洗い流す。すっきりとした口は味の濃いおつまみを求める。止まらない。
"あ、小人さんのヘリが飛んでる! 小人さんもえりと晩酌しよっか。えりの咀嚼音聞かせてあげるね!"
そういうとえりは、眼前のヘリコプターを真っ直ぐ見据えた。
小人の報道ヘリは、えりの食事シーンを克明に捉えていた。報道のカメラに突きつけられる、ヘリコプターと同じくらいの大きさのぐちゃぐちゃの肉塊。その後ろにはそれよりも遥かに大きなえりの口が開かれている。肉塊が口の中へと運ばれ、口が閉じる。閉じられた口から、にゅぶっ、と肉が付着した箸が引き抜かれる。次の瞬間、えりの口内から、水気を帯びた破裂音が凄まじい音量で響き渡る。言葉で表すなら、め゛ぢゃっ、め゛ぢゃっ、とでも表現できるだろうか。口内で肉が唾液と混ざり、歯ですりつぶされ、舌で攪拌されていく音だ。えりの咀嚼音で、ヘリコプターが激しく振動する。同時に、えりの鼻息が轟々と吹き荒れ、ヘリコプターを弄ぶ。あまりの迫力に、数十秒が永遠のように感じられる。えりが口を開くと、巨大な肉はもうどこにもなかった。いや、よく見ると、唾液でてらてらと光を反射する健康的な歯と歯の隙間に、両手で抱えるのに余るほどのサイズの肉の繊維が挟まっている。この一連の様子は無編集で全国に放送され、多くの視聴者に深刻な心的外傷を残した。
そんなことは知らず、ごぶり、ごぶりとストロング缶を飲むえり。ヘリはえりの顔の前を離れようとする。
"あ! ちょっとまって!"
それは突然だった。えりはダミーヘッドマイクに優しく両腕を回し、マイクの耳に喉を密着させるように自分の体のほうに引き付けると、口をヘリの方に向けて、
ぐぅえ゛え゛え゛え゛え゛っぷ
と大きなげっぷをした。えりが食べたものの匂いがする生暖かい暴風と下品な大音響にヘリは物理的に押しつぶされ、爆散する。
"また耳が死んだ""破壊力えぐい""たすかる""射精した"
"ごめんごめん、せっかくだからと思って……。思ったより私のげっぷ、おっきかったね"
"あれ、なんか聞こえる""撃たれてる?"
"え? 何も感じないけど……"
げっぷでヘリを撃墜して上機嫌のえりは、コメントから目を離し、辺りを見渡す。さっきえりが体勢を変えたことにより、えりの近くで写真を撮ったり配信を行っていた人々はえりの脚や崩れるがれきに押しつぶされてほぼ絶命していた。その代わりに路上には戦車部隊が展開され、距離を保ちながらえりに対して砲撃が行われていた。
"わー軍隊だ! いつもはちっちゃすぎてよく見えないけど、このおっきさだとよく見えるねー"
どうやらさっきから、えりの尻に向かって攻撃が続いているらしい。ときおり、生脚が露出している部分にかすかな暖かさを感じる。爆発が起こっているのだろう。
"あんまりバタバタしちゃうと埃が舞ってマイクに良くないから、ちょっと無視するね。みんなうるさくない?"
"大丈夫""大丈夫!""おk""げっぷの音の方が100万倍でかい"
"おっけー! じゃ、お酒なくなっちゃったし、2本目いこっかな。みんな~、飲んでる~?"
えりはテーブルの上にある瓶を手に取る。2本目はストロングなロング缶ではなく、米と麹から作られた醸造酒だ。蓋を取り外し、透明なグラスに酒を注ぐ。
っぽん!
どっぽっっぽっっぽっぽっぽぽぽっ
わずかにとろみのある透明な酒が、グラスになみなみと注がれる。えりはグラスに口をつける。
ぐびゅっ…………
"ぷは~~~~! たまらん……"
"いい飲みっぷり""ずっと聞いてたい""一緒に飲んでる"
続いてえりが机の上から手に取ったのは、コンソメ味のポテトチップスの大袋だ。袋の背を左右に引っ張り、封を破く。アラサーOLの一人暮らし、1品目に多少こだわれば2品目のおつまみからは手を抜いても良い、というのがえりのルールだ。
ぱり…………ざくっ…………じゃく…………じゃく…………じゃく…………
ぐぷっ…………ぐぴっ…………
"コンソメの濃い味がこいつに合うわ~。うめ〜"
ポテチを喰らい、酒を味わいながら囁き声で雑談を続けるえり。戦車の攻撃は激化し、えりの巨大な背中でぽんぽんと爆炎が上がっている。加えて、空からも戦闘機がえりにミサイルを打ち込んでいるが、酒を飲むえりの手はとまらない。普段よりも相対的なサイズが小さいとはいえ、えりの肉体や衣服の強度は小人のそれとは桁違いであり、小人にはえりの薄いブラウスの繊維ひとつ切ることはできない。そんな中、一つのコメントが流れる。
"小人をポテチに乗せて食べよう"
"お、それいいね! うーんと……あの辺には小人がまだ残ってそうだな〜"
えりは膝立ちになり辺りを見渡す。えりの体重が両膝に集中し膝頭が交差点の下の地下街にめり込むが、えりは気にしない。今いる駅から北の方にも少し大きめの駅があり、そこに小人が集まっているのが見えた。えりはそのまま、四つん這いで駅に向かう。えりの肩幅や腰幅は歩道を含んでも道路には全く収まりきっていないが、道が狭いのが悪いと言わんばかりに両腕で道路の両サイドの建物をなぎ倒し、邪魔な電線を引きちぎる。そうして空いた領域に、ビルを矮小に見せるえりの強靭なお尻と太ももをねじ込んでいく。
狙いの駅に着く頃には、ダミーヘッドマイクを設置した交差点からその駅までの間に、80メートル近くの幅の新しい道ができていた。広くとも20メートルほどの道路を、途中にあるえりの肉体の進行を阻むものすべてを押しつぶしながら進んだ跡だ。えりは駅の東側に広がる繁華街のビルを適当に倒し、道を塞ぐ。これで沢山の小人が繁華街の中に閉じ込められた。えりは平らな部分が多いポテチを選んで、小人に向かって突きつける。
"ほらほら、早く乗って"
小人に向かって、ポテチに乗るよう促す。
えりには自分の言葉は小人には通じているかどうかはわからないが、自分の意図通りに小人が動かないことは許されない。
"乗らないと潰すよ? ほら、そっちいっちゃ駄目だって!"
ポテチから離れる小人の群れにデコピンする。もちろん全員即死だ。ポテチから離れることが死を意味すると小人に学習させる。100人ほどを消し飛ばすと、ポテチに向かってくる小人が増えてきた。そして、一人がポテチに乗ろうとしたその時、
"ちょっ!"
えりはポテチを持っている手を上昇させ、そのまま拳を叩きつける。
"何土足で乗ろうとしてんの? 全部脱いで"
えりは服を脱ぐジェスチャーをする。その間に逃げようとした小人は全員えりの拳の下に消えた。靴だけを脱いでポテチに乗ろうとした小人がデコピンを喰らいその四肢が弾けとんだ後、最終的に数十人の全裸の小人がポテチの上に並んだ。
"ふーっ、最初から言うことを聞いてれば死ななくても済むのに……。ほらほら、小人がポテチに乗ってるよ!"
移動してもえりを捉え続ける浮遊カメラに、ポテチを見せる。ポテチの上の小人はポテチの急激な移動に這いつくばって耐えている。視聴者のコメントが流れる。その中の1つに、えりの興味を引くものがあった。
"あ、それいいかも。採用!"
えりはポテチをもう1枚取り出し、近くの別の繁華街で同じように"ポテチに乗って欲しい"と小人に物理的な手段を用いて伝えた。数分後、もう1枚のポテチにも全裸の小人が並んだ。2つの繁華街にはえりに逆らいポテチに乗らなかった小人が隠れていそうなので、一切の隙間なく念入りに踏みつぶし、ダミーヘッドマイクの近くに戻る。
えりはポテチに乗った小人に囁きかける。
"君たちは今から~、このマイクの耳に向かって大きな声を出してもらいま~す! 声が大きかったほうは助けてあげる。小さいほうはポテチごとえりが食べちゃいます! 頑張ってね~"
えりは小人が乗ったポテチを、ダミーヘッドマイクの左右それぞれの耳の前に持ってくる。
"ほら、わめいて?"
えりの言葉は伝わっていないが、恐怖に駆られた小人がきゃあきゃあと小さな声を出す。
"リスナーのみんな、どう? どっちが声大きいかな?"
"全然聞こえない""もっと頑張れ""咀嚼音の方が100万倍大きい"
小人の声は数十人集まっても、炭酸の泡がはじける音にも満たない。
"あのさー、自分たちで服脱いでポテチの上に乗ってきたくせにやる気ないの? ほらほら、声出して"
そう言いながらポテチをぐらぐらと揺らす。
"ちょっと声聞こえた""右の声が大きい""左かな〜"
"おっ、やればできるじゃん! ほらほらもっと頑張れ〜"
コメントを眺めながら、ポテチを持つ手を揺らし続ける。30秒ほど経つと、コメントの意見もまとまってくる。
"はい終了! コメント的に右の小人の方が優勢かな? ということで勝者は右の小人たちでした! ぱちぱちぱちぱち〜。頑張りが足りない左の小人たちには罰ゲームです!"
言い終わるとえりは、左手のポテチを持ち上げ、丸ごと口の中に入れる。
"逆の方食べてて草""勝ったの、俺たちから見て右ねw"
えりはポテチが乗った舌を硬口蓋にゆっくりと押しつける。唾液と混じったポテチが細かく割れると、小人ごと飲み込む。
"おなか越しに悲鳴聞こえるかな?"
"あ! それ面白そう! 聞いてみよっか!"
えりは邪魔な右手のポテチも口に放り込み咀嚼しながら、膝立ちになってマイクの耳の位置におなかを近づける。
"どう? 声聞こえる?"
どぐん………どぐん………
ぐぎゅるぐぎゅる…………ぎゅるるる…………
"全然聞こえん""なんかエッチ""たすかる"
えりの胃の中には、ポテチと牛肉に加えて、配信前に食べて半ば消化されているラーメンとご飯が積もっていた。もちろんよく咀嚼されているため元型はとどめていない。真っ暗で気温と湿度がとても高い。胃酸の匂いと食べ物の匂いが混じっている。アルコールにより胃の血流が良くなり、胃酸も多量に分泌されている。ポテチにまみれて胃に送りこまれ、胃液に直接ダイブした小人は声を上げる間も無く全身が消化された。胃の内容物の上に着地した小人たちは悲鳴をあげるが、彼らの声が、えりの胃壁と筋肉と脂肪の壁を越えるのは不可能だった。
えりはその後、咀嚼音や囁き声を挟む雑談を1時間半ほど続け、その間にポテチの大袋一袋を食べ切り、飲みかけの四合瓶を空にした。えりが小人に近づいていたときには攻撃を中断していた軍隊は攻撃を再開し、今や建物に攻撃が当たることも厭わずえりの顔や頭にも狙いをつけて砲撃を行なっているが、えりは反応を示さない。
"この後はいつもの惑星でメンバー限定の配信にしちゃおっかな。別のサイトになるから、登録がまだの人は概要欄のURLからメンバー登録しておいてね! それじゃ、ここまでの人はおつえり〜。聞いてくれてありがとう! チャンネル登録と高評価もよろしくね!"
カメラに向かって笑顔で手を振りながら、配信を切る。最大同時接続者数は1000人を超えていた。投げ銭の額も過去最高だ。手ごたえを感じながら配信が確かに終了していることを確認すると、えりはふいに立ち上がる。えりの上空を旋回していた戦闘機がえりの体に衝突し、墜落する。
"あんたたちねぇ……"
地上の戦車部隊を見渡す。戦車部隊は、えりの急激な動きに退避を始めようとするが、間に合わない。
"さっきから私が黙ってりゃあポンポンポンポン……うっとうしいのよ!"
そういうとえりは、戦車部隊を何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も踏みつける。
"あんたたちの砲撃なんて痛くも痒くもないけどね、撃たれたら服が汚れるし、目の前でチカチカされるとほんと邪魔なの。あーマジで腹立ってきた。いつもの惑星なら軍隊ももっとカスみたいな大きさだから気にならないけど"
服のほこりを払うえりを、戦闘機が狙い打つ。えりに向かって飛ぶ戦闘機のパイロットは、えりの巨大な瞳が自分を見据えていることに気づいた。次の瞬間、戦闘機があった場所にはまっすぐにのばされたえりの腕があった。遅れて風を切る音が聞こえる。えりの強烈な右ストレートだ。戦闘機は握りこぶしにぺしゃっと貼りついた。すんでのところで回避した機体も、えりの拳と腕が引き起こす急激な気流の変化に巻き込まれ、腕の方へひきつけられ爆散した。もう1機はコントロールを誤り、ダミーヘッドマイクに衝突する。
"あーーー! ちょっと何してんの! このマイク、あんたたちの星よりも何倍も高いんだけど! はー、マジ最悪。決めた。この星の生き物、絶滅決定ね。いまから別の星で遊んでくるけど、その後滅ぼすから"
惑星販売サイトで購入した惑星は、ウェブページからゴミ箱の形をした"完全削除"のアイコンをクリックすることで、業者の手によって一定時間以内に何らかの方法で——周辺の宙域ごと蒸発させられたり、重力を強めて原子サイズまで圧縮されたりなど——その惑星の痕跡が一切残らない形で適切に処分される。しかし、えりは自らの手でこの惑星を滅ぼすことを決めた。そして、その決定を覆すことができるものはこの惑星上には存在しなかった。えりの姿は消え、この惑星に最後の平穏が訪れた。
作業員を満載にしたバスが、クレーターの縁の上に作られた曲がりくねった道の上を進んでいく。エンジン音と車体が揺れるがたがたという音が響く。乗客は皆うつむいている。私も窓の外を見る気にはなれない。道の周りには何もなく、進行方向の先に見える山の他には、瓦礫と泥が混じった地面に、いびつな形の大小のクレーターがどこまでも広がっているだけだからだ。この辺りは私の地元のはずだ。はず、というのは、正確な位置などもうわからないからだ。
あの巨人がこの星に初めて現れたのは、今から数ヶ月前のことだった。冗談のような大きさの女の巨人は、数百万人の同胞をその体の下に押し潰しながら、都市をベッドの代わりに自慰行為をし、そして姿を消した。
巨人は"えり"と呼ばれている。言語学者と生物学者とエンジニアのチームが、彼女の話す音声を分析し、巨人が自分自身を指すのに使っていると思われる語を特定した。それを私たちの言語の表記で表現すると"えり"となる。
えりの推定身長は8250メートル。推定体重は75億トン。足のサイズは1250メートル。私たちの5000倍だ。信じられない大きさだが、えりはそれ以上に大きな姿で現れるとこともある。どこまで大きくなることができるのかはわかっていないが、観測史上最大のサイズは人間の数百万倍の大きさで、そのサイズのえりが現れたときはものの数時間で世界人口の2割が失われた。
えりは何のためにこの星にやってくるのか? えりはいつも、空中を浮遊する黒い立方体に向かって一人で話しかけたり、ポーズを取ったりしている。現在主流の見解は、えりはこの星を破壊する様子を配信する異星人のストリーマーであるというものだ。馬鹿げていると思うだろうか? しかし、そうでなければ、素っ裸で人口の多そうな都市をにやにやと見定め、避難の完了していない街の上で馬鹿みたいなダンスを踊ったりするだろうか。私の出身地を含む都市園の一帯は、ダンスを踊るえりの素足でぐしゃぐしゃに踏み潰され、人も建物と自然が判別不可能になるまで踏み固められてしまった。犠牲者の救出は不可能だろう。ここにあるクレーターはえりの足跡、つまり足の指や拇指球、小指球、かかとの跡だ。今バスが走っている道は、えりの無数の足跡の縁が形成している尾根なのだ。
数十キロにおよぶクレーター地帯を抜けると風景が変わる。クレーターの数は減り、崩れながらも形をとどめた建物の跡も見えてくる。しかしそれよりも目立つのは、それらの建物を矮小に見せる青色の山だ。標高は100メートルを超えているだろう。近づくとその山がつぎはぎでできていることがわかる。つなぎ合わされた巨大なブルーシートが、何かの上にかけられて、地面に固定されている。
あの中にあるのは、えりの使用済みのアダルトグッズだ。あの日、えりはダンスを踊った後、ピンク色の透明な樹脂で造られた棒状の性具を取り出し、白昼堂々自慰行為を始めた。えりは大地を揺らし、山を崩しながらオナニーを続け、満足するとさっきまで自身に深く突き刺さっていた全長1キロのバイブを適当に投げ捨てた。縦回転を加えられたバイブは地面に落ちると何度かバウンドし、着地地点の都市を粉々に吹き飛ばしながら、最終的に今の場所に横たわった。あのブルーシートはそのバイブを隠している。人間には、えりのバイブを破壊するどころか、わずかに動かすことすらできない。あのバイブが目に入る限り、自分たちがアダルトグッズ以下の存在だと思い知らされ続ける。そこでせめてもの抵抗として、道路からバイブが見えないように、目隠しが作られたのだ。
バスが止まる。バスターミナルの無機質な建物が目に入る。ここから先のエリアは汚染が進んでいるため、防護服が必要になる。バスターミナルの隣には、広大な空間に大量の瓦礫が集積されている。その向こうには、使用済みの機材や防護服を焼却する炉が見える。ターミナル中の更衣室で服を着替える。長い髪をまとめ、ヘルメットを被る。
汚染地域側のターミナルに降り、すでに到着している、目的地に向かうバスに乗り込む。運転手も含め、全員が防護服を身につけている。建材を満載にしたトラックも、列をなして同じ方向に向かっている。
進行方向上に見えていた山は、なお数十キロは先にあるというのに、まるで目前にあるかのようにそびえ立っている。私たちの仕事場だ。もし上空から見ればそれは、3つの物体からなることがわかる。おおむね4キロ四方の領域——大都市の行政区画1つ分くらいの広さだ——の中に、全長2キロから4キロ、直径250メートルから350メートルの円柱状の物体が3本。国が管理する上での正式名称もつけられているらしいが、作業員の私たちはそれぞれ"第1""第2""第3"と呼んでいる。"第1"と"第2"は一部が重なり合っており、最も高いところでは標高600メートルを超える。それぞれの物体は、ごつごつとした大きな塊がいくつも組み合わさってでできている部分と、極太の繊維のようなものでできている部分、さらには柔らかそうなどろどろとしたものでできている部分からなる。バスの中で防護服を着ているにも関わらず、強い臭いを感じる。いまだに熱をもち、周囲の気温と湿度を高めているそれは、えりの排泄物だ。
バスが止まる。えりの排泄物の下のほうに足場が組まれている。20メートル程の高さはあるはずだが、えりの排泄物の全体と比べるとあまりに頼りなく見える。排泄物一本の直径の10分の1ほどしかない。そこでうごめいている白い粒が、防護服を着た作業員だ。私たちはここで、えりの排泄物を覆うコンクリートのドームを建設しようとしている。えりの排泄物はただそこにあるだけで広範囲の大気を穢し、生物の生存を不可能にするため、適切に処理されなければならない。アダルトグッズとは違い、見えなければよいというものではないのだ。
表面のぬらぬらとした光沢は残存した消化液だ。防護服を着ていようが、触れれば骨まで溶ける。今はえりの排泄物自体に触れないように、周囲をぐるりと足場で囲む段階だ。
えりの排泄物の向こうには、えりのおしっこが染み込んだ死の土地が広がっている。これに対してはもう、打つ手がない。この先の土地に緑が戻るのには、数十万年の時間がかかるという。国は国土の廃棄を決定した。
ほんの数ヶ月前までは、世界はこんな形をしていなかった。少し前まで、この国の国土の7割近くは森林だった。今では森林は3割ほどしか残っていないらしい。森林だけではない。海岸線の形は変わり、いくつかの都市圏は跡形もなく地上から消え去っている。そしてそれは、この国に限ったことではない。世界中で起こっていることだった。
えりが初めて現れた後、世界は強硬派と慎重派に二分された。2度目にえりが現れた後、世論は強硬派に大きく傾いた。3度目にえりが現れたとき、えりに総攻撃が加えられた。その結果、えりを刺激し、さらに巨大化したえりによって20億人が死亡、人類の居住可能地域の2割が失われた。自殺者数が急増し、過半数を超える国で安楽死が合法化された。4度目にえりが現れた後、人類は自分たちがこの世界の主役ではなかったということをようやく理解した。それからもえりは2、3日に一度のペースで世界のどこかに現れている。
突如、スマートフォンから不快なアラームが鳴り響く。えりが現れたのだ。出現場所はこの国だ。出現自体は2日ぶり。この国に現れるのは1週間ぶりだった。
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先ほどASMR配信を終えたえりは自室に戻り、少しの準備をしてから、5000分の1のサイズの惑星のある島国の、まだ無事な都市のど真ん中にワープした。早速カメラを起動し、アダルト配信サービスのアプリを立ち上げてメンバー限定配信を開始する。
"映ってる? 声聞こえてる?"
"聞こえてるよ!""待ってた"
目の前に浮かぶカメラに向かって手を振るえり。
"みんなお待たせ! 今回はリクエストにお答えしてー、じゃん! いつも仕事で着てる服だよ~。どう? 可愛い?"
えりはメンバー限定配信で着る衣装をリクエストで決めている。全裸のときもあれば、水着やコスプレ衣装のこともあるが、今日は普段のOLとして働いているときと同じ装いだ。白いシャツに、グレーのスーツジャケットとスカート。量感のある胸は、ジャケットのボタンに重労働を強いている。スカートは太ももにぴっちりと密着しており、肉付きの良い下半身が窮屈そうに納まっている。靴はヒールが細めの黒いパンプス。脚にはストッキングを履いている。首には赤いストラップの社員証入れが掛けられており、手書きで"えり"と書かれたカードが入っている。
"かわいい!""脚がエッチ""胸がきつそう""ケツもきつそう"
"さっきの配信のみんなのえっちなコメントでちょっとムラムラしちゃって、このままじゃ寝られないから……ここで解消してくね"
この惑星は、えりがメンバー限定配信で何度も訪れている惑星だ。普段の配信ではその都度新しい惑星を購入することも多いが、アダルト配信者向けサービスを用いたメンバー限定配信に移行するころにはえりも気分が高まっている。新しい惑星でファーストコンタクトに驚く小人を眺めるよりも、自らの渇きを癒すのが優先事項であるため、何度もこの惑星に訪れている。
"ほら見て! さっきまでおっきい星にいたから、めっちゃちっちゃく見えるね!"
ここではえりの身長は、ヒールも含めると8500メートルになる。この国の最高峰の2倍以上の高さだ。カメラがえりの目線の高さから足下をとらえる。灰色の絨毯のように見えるのが小人の街だ。緑色のわずかに盛り上がっているように見えるのは山で、尾根と尾根の間、平地に繋がる谷の部分にも住宅や田畑が浸食しているのが見える。さらに遠くを見渡すと、広い範囲で茶色い地面が剥き出しになっているところがいくつも見える。以前えりが配信を行った跡だ。
"開放感あるな""サイズ差やばいw""あれこの前オナった所?"
カメラが今度はえりの足下にズームインしていく。遠目からだとオフィスのフロアマットの上に立っているように見えるが、徐々に道路や建物が判別できるようになってくる。ごちゃごちゃとした街区が数ブロック分が丸ごとえりのパンプスの下に納まっている。ヒールの高さは250メートルで、周辺にあるどんなビルよりも遥かに高い。一番高いビルでもヒールの半分にすら届いておらず、大半のビルはヒールの10分の1ほどの高さしかない。ヒールの太さはえりにとっては1センチだが、この惑星では50メートルに相当する。さらにカメラがズームインを続ける。建物の入口から、砂粒のような大きさの人々が道路に出てくるのがわかる。えりからするとそのサイズは0.4ミリにも満たない大きさで、肉眼で判別するのが困難なレベルだ。
"相変わらずちっさ! 君たちはちっさすぎるから死刑で~す"
えりはヒールを支点に、つま先をわずかに左右に振り、地面を撫でる。逃げ惑う小人を捉えているカメラのフレームが真っ黒になる。画面に収まりきらないえりのパンプスだ。えりがつま先を元の位置に戻すと、そこにあった街区は跡形もなく消滅していた。カメラには映っていないが、体重の掛けられたヒールは周囲を引き込みながらごりごりと地面に深く突き刺さる。そこにあったビル群は、えりの膨大な体重を受け、地中深くまで圧縮されてしまっていた。つま先とヒールが作る空間の下にいる人々は、パンプスの天井が生み出す圧迫感と、パンプスがえりの体重を必死で受け止める際に上がるぎしぎしという悲鳴に強い恐怖を感じていた。
"あ、今日ちょっともうダメかも。いきなりオナニーしちゃうけどいい?"
えりのメンバー限定配信では通常の配信と似たような企画や雑談を最初に行うこともあるが、えりはそれらをすっ飛ばしてオナニーを行うことを宣言した。賛同のコメントが流れる。
"みんなありがと! 一緒に楽しもうね!"
"やった~""服脱いだ""準備OK!"
"今日もみんなが送ってくれたおもちゃを使っちゃうよ"
どずうぅぅぅん、と街を下敷きにして置かれた黒いバッグの中には、いくつものアダルトグッズが詰め込まれている。えりはその中から肌色の物体を取り出す。勃起した男性器をシリコンで精巧に模した性具、ディルドだった。えりは他にももっと可愛らしい形のバイブなども持っているが、今日はこいつを使いたい気分だ。
玉の部分も含めて24センチとえりにとってもなかなか大きなサイズだが、この惑星の住人にとっては全長1.2キロメートルに相当する。安定感を与えるその重量は、3千万トンに相当する。なお、これを軽々と持ち上げるえりの体重は75億トンだ。
これらの道具は、視聴者から、使用済みの道具を惑星上に置いていってほしいという要望付きでプレゼントされたものだ。すでにえりは惑星の上にいくつもの使用済みのアダルトグッズや衣服を捨てて帰っている。
"ほら見てみて、でっかいでしょー!"
えりはディルドを、上気した自分の顔と並べてみせる。ディルドのほうが顔の縦の長さよりも長い。えりの目が爛々と輝く。
"でっか……""獲物を狙う獣の目になってる""彼氏のより全然でかい"
"今日はこの子でいっぱい気持ちよくなっちゃうからね!"
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えりの獣じみた喘ぎ声が大地を揺るがす。えりは地面にしゃがんでのけぞるような体勢になって、長いストロークでゆっくりと性器にディルドを出し入れしている。ディルドの複雑な凹凸を、お腹の側で感じ取ろうとしている。スカートとストッキング、そして下着はすでに脱ぎ捨てられ、オフィス街を丸ごと押し潰している。ストッキングはえりが仕事中にかいた汗をたっぷりと吸い込んでおり、周囲の大気を25歳OLのつま先の凶悪な香りで暴力的に染め上げている。えりの片手は反った身体を支えるために背後に置かれているが、何棟もの家を巻き込んで、住宅街にずぶずぶとめりこんでいる。小人の街の中でオナニーをすると、自らの肉体の強大さが感じられ、さらに興奮が高まる。
どすんとお尻を地面につき、態勢を変える。えりのみっしりと肉のついたふくらはぎと太ももが、ワイパーのように小人の街を削り取る。ディルドを地面に突き立て、騎乗位のごとく腰を振る。えりの好みは逸物を全て飲み込み、その上でなおも腰をぐいぐいと押し付け逸物のサイズ感と硬さを膣全体で感じるパワフルな騎乗位なのだが、それをディルドで再現するためにはディルドがしっかりと固定されていなければならない。小人の街には吸盤がつくような平らな面はないのでディルドが安定せず、思うように腰を振り続けることができない。フラストレーションが溜まる。
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コーヒーに波が立つ。休憩所の窓ガラスが小刻みに揺れる。今回のえりの出現位置からここまで数百キロメートルは離れているというのに、えりによって生じる大地の揺れはここまで届いていた。国内にえりが現れた場合、工事は即座に停止される。えりが近場に現れたときはもちろん、距離があっても地面の揺れが高所での作業に大きな影響を与える。えりの振動で排泄物が崩れ、作業員が圧し潰される事故もあった。皆で汚染地域から戻り、防護服を処理して念入りにシャワーを浴びた後、えりをとらえるニュース映像を見守る。
えりはいつものように、何十万人もの人を踏みつぶしながら、街の上で激しくオナニーをしている。遮るものは何もない。しゃがんでいても4000メートルはある。人間が作った街を矮小に見せていた。こんなものを放送して良いのか? とも思うが、えりは人間ではないので人間向けの放送コードや法律の適用外だという。確かに、平然とあんなことができるなんて人間だとは思えない。軍隊の攻撃が、人口が多い地帯からえりを移動させるために行われている。この世界の軍隊がえりに対してダメージを与えることができないというとこは、あの総攻撃で嫌というほど思い知らされた。大体サイズの差が違いすぎる。それでもなお、被害者の数を可能な限り減らすために、慎重な攻撃が続けられていた。
********
えりの配信は続いている。騎乗位をあきらめ、しばらく前から周囲を飛び回っていた蚊のような戦闘機をすべて叩き落してから、えりはカメラに目を向けた。
"はー、この星地盤弱すぎ。女の子の腰振りに耐えられないとかないわー。こっちも使っちゃおうかな"
そう言うとえりは、バッグの中からもう1つの道具を取り出す。3.5センチの球体。この惑星では175メートルだ。ビルよりも大きい。そんな球体がいくつもいくつも連なっている。アナルビーズだ。同じくバッグに入れてきたローションをたっぷりと塗る。えりの膣からは、愛液が肛門まで垂れてきている。こちらにもさらにたっぷりのローションをつけて、指でくにくにと馴染ませて準備をする。
"ドキドキ""なんかつよそう""球でっか"
"小人さんにも見せてあげる。ビルよりもおっきい球をえりのお尻の穴が飲み込んでいくとこ"
えりは都市を押しつぶしながら横向きに寝転がると、一番端の球体が肛門に触れるように位置を調節し、球体をゆっくりと押し込んでいく。えりの肛門が、ビルよりも大きな球体を1つずつ飲み込んでいく。
"ふわっ……あ~……この圧迫感……いいわぁ~~"
えりの口の正面にあった住宅街が、蕩けたえりの声で消し飛ぶ。えりは複雑な表情をしながら、球体を2つ、3つと肛門に送り込んでいく。
"気持ちよさそう""声で街が消えたw"
"あ~キく。普段と違う刺激もいいかも……"
まったりとアナルビーズを出し入れする。横になっていても、自分の頭よりも高い建物は存在しない。この星の小ささが感じられる。視界の端には戦闘機が見える。攻撃しているようだが何も感じない。好きにやらせている。えりの気まぐれでいつでも殺せる。それはこの星に存在するものすべてに対しても妥当する。この星にえりの意思に逆らうことができる存在はなかった。手っ取り早く済ませたければ、惑星を縮小してしまえばいい。えりがこの星に訪れるになってからまだ日が浅いころ、惑星に降り立ったえりの目の前でいくつもの火花がきらめいたことがあった。もちろん痛くもかゆくもなかったが、舐められているように感じ、惑星を一気に縮小して大きな大陸の半分くらいを足で踏みにじってやった。もちろん、一気に滅ぼしてしまってはもったいないので手加減している。でも、あのときは気持ちよかったな……。
体が熱くなってくる。えりはジャケットとシャツを脱ぎ捨て、ブラジャーも外して全裸になる。汗がたまった胸の谷間が冷やされて気持ちがいい。脱いだ衣服はそれぞれ乱雑に投げ捨てる。服の内側にこもっていた熱気が都市に降りかかる。支えを失った布は内側の空気を押し出しながら都市の上に覆いかぶさり、その重量でまだ無事だった広い範囲の都市を押しつぶす。えりの巨乳を支えるブラジャーの強度は人間の建築物のそれを凌駕しており、市街地から郊外までの広い範囲をカップの外側で削り取りながら山にもたれかかった。"えり"と書かれたカードが入った社員証入れはジャケットを脱ぐときに一緒に首から外れ、沿岸の工業地帯を500メートル×300メートルほどの範囲にわたって隙間なくぴっちりと圧縮した。
えりは肛門にアナルビーズを挿入したまま、膣にディルドを挿入していく。安産型の下半身は、容易にディルドを飲み込む。肛門の側にアナルビーズの存在を感じる。
ごろりと仰向けに寝転がる。えりに向けられる、小人の視線を想像する。埃のような大きさのヘリが見える。この瞬間も、えりの全身が世界中に中継されているのだろう。ディルドを抜き差しする腕の動きが速くなる。お腹の裏を執拗に刺激する。もう止まらない。目をつぶり、コンタクトレンズ型デバイスに流れる視聴者のコメントを眺める。えりと一緒にオナニーをする者。えりが無意識に破壊した小人の世界の様子を細かく描写する者。えりの身体を称賛する者。性器から脳に伝わっていく快楽に、えりが想像する小人の恐怖心、日々の仕事のストレス、視聴者を自分が興奮させている事実が混ぜ合わされる、次の瞬間、えりの膣と肛門が、ずっぷりと挿入された1000メートル近いサイズの道具をねじ切らんばかりに収縮し、えりは絶頂した!
"イ゙グイ゙グイ゙グ! イ゙ッグうぅううぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅうっ~~~~~~~~~~~~ッ!"
えりのイキ声はえりが出現した地方都市の、まだ無事だったすべての建物を破壊した。振動で山が崩れ、土砂が街に流れ込む。汗にまみれた巨大な背中や尻は小人を建物や道路ごと地中深くへと押しつぶして圧縮し、長い腕や脚は大地を掘り返すかのようにのたうっていた。全身で快楽を表現しても咎める者は誰もいない。えりは体内で生じた気持ちよさを全身から放出するかのように、肉体を震わせた。
視聴者からのコメントや投げ銭が高速で流れる。快楽を貪りながら矮小な惑星を蹂躙するえりに自己投影する者、えりと同様に性具で女性器を慰める者、えりが使う道具を自らの性器に置き換えてえりを激しく抱く妄想をする者、えりののたうち回る脚から逃げ惑う惑星の住民に自らを重ねる者など様々だった。
********
あたりを見渡すと、配信開始時は存在していた灰色の都市はすべて茶色いむき出しの地面に置き換わっていた。自らの破壊の成果をながめながら、ぐぐぐっと伸びをするえり。股間から抜き取ったディルドとアナルビーズは、ぽいぽいと適当に放り投げておいた。相当の重量物が高高度から落下し、2つの街が瞬時に爆散する。しかしえりはその様子に視線すら向けなかった。
"はーっ、はーっ、あー、気持ちよかった。みんな、投げ銭ありがとね!"
視聴者からも感想のコメントが流れる。一通り目を通し、返事をしていく。
"ふぅ、これでコメント全部読めたかな? 次回も一緒に気持ちよくなろうね。ASMR配信から聞いてくれてた人は長時間ありがとう! ゆっくり休んでね。次回の配信日時がきまったら告知しまーす。それじゃ、おつえり~"
カメラに向かって手を振り、配信を終了する。ふう、と一息つくと、ぴくん、と下腹部から脳に信号が走る。
"来た来た……。今日はまだ終わりじゃないからね"
えりは一人つぶやくと、この惑星に持ち込んでいたASMR用のダミーヘッドマイクを、まだ崩れていない山に突き立てた。
********
えりが5000分の1サイズの惑星に降り立つ少し前、えりが200分の1サイズの惑星でASMR配信を終え、自室に帰った直後。200分の1サイズの惑星は混乱に包まれていた。あの巨人は、軍隊を一瞬で粉砕して、そして一瞬にして消え去った。夢ではない。あの巨人の破壊の跡は生々しく残っている。しかし巨人の姿はどこにもなかった。次の瞬間、すさまじい揺れが2度、都市を襲った。揺れは全世界で観測されていた。何が起こっているのか、人々にはわからなかった。そんな混乱の中、惑星の北極と南極に、直径7000キロメートル、高さ3000キロメートルもの超巨大な円柱状の物体が出現したというニュースが世界をめぐる。色は黒く、上面には網状の金属が張られている。物体は自重で大地にめり込み、地殻まで到達しているようだ。街頭の大型ビジョンで、宇宙ステーションが捉えたその物体の画像を眺める男は、その物体に見覚えがある気がした。
"あれは……スピーカー?"
********
えりはASMR配信の後、メンバー限定配信が始まる前に、ASMR配信を実施した200分の1のサイズの惑星をさらに50万分の1の大きさに、つまりえりの大きさを基準にすると1億分の1の大きさに縮小した。そして、部屋にある部屋にある小型の高性能スピーカーを持ち出し、それらを惑星の両極に、衝撃で惑星が壊れないように慎重に設置した。まだ惑星が滅んでもらっては困るのだ。このスピーカーはテーブルの上などに置くと、天板を振動させて音を増幅してくれる。ただ、それがかえってうっとうしいので、えりはこのスピーカーを購入してからほとんど使っていなかった。
えりが5000分の1サイズの惑星でメンバー限定配信を行っている間、この惑星は混乱に覆われていた。あの巨大な物体はなんなのか? 島国に現れて突然消えた巨人との関係性は? 巨大な物体は海だけでなく大陸にも一部重なっている。そこに住んでいた人々はどうなってしまったのか?
突然、その時が来た。
"惑星のみなさん、こんにちは"
えりの囁き声が惑星を揺るがす。スピーカーから同心円状に広がっていく轟音の壁は、極地の様子をうかがう偵察機や巡洋艦をスピーカーに近いものから順番に飲み込み、木端微塵にする。
"ちょっと声が大きかったかな? ごめんね!"
大気がビリビリと震える。極地を中心に海は泡立ち、大陸が砕ける。
"この星の小人さんはさっき、私のこと沢山攻撃したよね。そんな小人さんには、お礼に私の排泄音を大音量で聞かせてあげます"
この惑星の人々には、えりがしゃべるの内容は理解できなかったが、惑星に対する死刑宣告が行われたということを全員が理解していた。
えりは5000分の1の惑星で、ダミーヘッドマイクが突き刺さった山に向かって喋っている。そして、正面の山が崩れないように気を遣って放尿を開始した。今日はたっぷりとお酒も飲んでいる。今日のえりの尿の勢いと量であれば、この程度の山などたやすく削り取ってしまえるだろう。あ~めっちゃ出るわ~、気持ちい~、などと思いながら、えりは酒臭いおしっこが渦巻くのを眺めていた。
じゅごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごご!!!
えりの水音と共鳴し、世界中の海が逆巻く。海を通じて音の波が惑星を何周も巡り、波が増幅しあう。数キロの高さの波が生まれる。海岸からものすごいスピードで引いた波が一気に押し寄せ、沿岸の都市を舐めとっていく。
もちろんこれで終わりではない。えりはマイクに向かってお尻を向ける。興奮と肛門への刺激で活発になったえりの腸は、惑星に死をもたらす最悪の物質を、ぐん、ぐん、と送り出そうとしていた。
ミ゙ヂッ!!ミ゙ヂミ゙ヂミ゙ヂッ!!ブボッ!
湿った爆音が響き渡る。えりの暴飲暴食をささえる強靭な内臓が生み出したうんちが顔を出す。
惑星は宇宙に浮かぶ密室だ。えりの排泄音は極地に設置されたスピーカーを通じて、惑星の大気と、海の水と、地殻とマントルを暴力的に振動させる。人体も振動に共鳴し、内側から爆発していく。真空の宇宙に、音の逃げ場はない。海は荒れ狂い、大地は避ける。えりの排泄音で80億人が血の煙となっていた。
どさっ、どさっ、と健康的な4つの塊を生み出したえり。えりの排泄物は5000分の1の惑星上をさっそく汚染し始める。元200分の1の惑星、現1億分の1の惑星の上には、動くものは何も存在しなかった。えりの宣言通り、惑星のすべての生物が絶滅していた。それも、えりの排泄音だけで。
ふぅ~、と一息つく。立ち上がり、衣服を回収しようとする。
ブバッ!!!!!!!!!!
何の前触れもなく、えりは一発のおならを放った。マイクはその爆音を忠実にスピーカーに伝える。すでにいくつも入っていた亀裂に合わせて、惑星が粉々に砕けた。いくつかのかけらに散らばった惑星は、重力の作用によってお互いをひきつけあい、しばらくすると元の形に戻ったが、惑星が砕けた衝撃で、表面に築かれていた黴のような微生物の痕跡はきれいさっぱり大気圏外に吹き飛ばされ、燃え尽きていた。海はマントルへと流れ込み、赤茶けた塊になっていた。えりが置いたスピーカーだけが無傷で、マントルの赤を黒いボディに反射させていた。
"あ〜気持ちよかった。流石に絶滅したかな? ……うわっ、うんちめっちゃ出てる"
えりはマイクから口を話すと、この惑星の地表に向かって話しかけた。
"えりのうんちの掃除よろしくね! また来るから"
その後えりは、5000分の1の惑星から今日着てきた衣服とマイクを、1億分の1の惑星の跡地からスピーカーを回収して自室に戻ったのち、ブラウザから惑星購入サービスを開いて1億分の1の惑星の"完全削除"ボタンをタップした。