sizefetish-jp2cn-translated-text / Text Unready /[十六夜] 教師と生徒 [b5463788] JP.txt
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朝、9時15分。
一時間目などとうの昔に始まったこの時間、校門の前に仁王立ちするのは2年A組担任。
服装は白いTシャツにジーパン。担当は社会と国語を兼任しているが、その筋骨隆々の肉体は体育教師にも勝る。
そんな逞しい教師がまるで門番の様に校門の前に立ち塞がるのは何故か。
そんな彼の前に、ひとりの女生徒がトコトコ歩いてくる。
暑くなるこれからにふさわしい半袖のワイシャツにミニのスカート。紺のソックスとローファーを履いた足で軽快に地面を蹴りながら黒く長い髪を靡かせ、その顔は笑顔である。
どこにでもいる若かりし登校少女。今の時間を除けば。
少女は仁王立ちする教師の前まで来るとぺこりと頭を下げた。
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「先生、おはようございまーす」
「…」
教師は挨拶を返さず、代わりに、その下げられた頭にゲンコツを落とした。
「いった~い」
「おはようございますじゃない! 今何時だと思ってるんだ! もう一時間目はとっくに始まっとるんだぞ!!」
「あぅーごめんなさい…」
「毎日毎日遅刻して! 他の生徒に迷惑がかかると思わないのか!?」
「じゃあ…なんで先生はここにいるんですか?」
「一時間目は小テストをやるつもりだったが…お前がいないから仕方なく自習にしたんだ」
「わぁ! 先生ありがとうございます」
女生徒は教師に抱きついた。
教師は無言で拳を振り上げると再びその頭に振り下ろした。
「いった~い」
「とっとと教室に行かないか!!」
教師に怒鳴られ慌てて走り去る女生徒。
「まったく…!」
ふん! 教師は鼻を鳴らした。
二時間目。
「…でだ、この文法を用いる理由はだな…」
と、教師は突然チョークを走らせる手を止めた。
「すー…すー…」
静かな教室内に響くかすかな寝息。
教師はぷるぷると震える拳の中でチョークを握り潰した。
そしてその寝息の発信源に向かってずんずんと歩いてゆく。
周囲の生徒が彼女を起こそうとしていたが、教師が近づくと皆が明後日の方向を向き始めた。
教師はその生徒の前まで来ると思い切り息を吸い込み…。
「霧島ーーーーーーーーーーーーっ!!」
「ひゃん!!」
飛び起きる霧島と呼ばれた女生徒。
何が起こったのか理解出来ないのかきょろきょろと辺りを見回している。
そして目の前に鬼の様な形相で仁王立ちする教師を見つけた。
「あ、先生。おはようございます」
「寝るなあああああああああああああああ!!」
教師の怒声が窓ガラスを振るわせる。
その光景に生徒達はため息をついた。
「霧島の奴、また岡本先生怒らせてるよ」
「ほとんど毎日だもんねぇ」
「霧島、残りの時間は黒板の横に立ってろ」
「はーい」
すー…すー…
「寝るなと言っとろうが!!」
ゴツン!
頭を抱えて蹲る霧島。
生徒達はまたため息をついた。
5時間目授業中。
この間、受け持っている授業の無い教師は明日の準備のために資料室へと向かっていた。
「まったく霧島の奴め……む?」
資料館へと続く連絡通路を歩いていたとき、中庭の物陰から微かに煙のようなものが見えた。
何か思って見てみるとそこでは見知った女生徒が二人、タバコを吸っていた。
「須藤! 武山! お前達何やってるんだ!!」
「げっ! 岡本!」
それは自分のクラスの生徒だった。
確かにこれまで態度や服装で何度も指導を受けている生徒達だがまさかタバコにまで手を出していようとは。
「この…すぐに職員室に来い! 親も呼ぶからな!」
「やべっ! 逃げんぞ!」
「逃がすと思ってるのか!」
「触んじゃねぇよ! 武山! もういい、やっちまえ!」
その瞬間、教師は視界がぐらつくのを感じた。
急速に失われていく意識の中で見たのは、武山が自分に向かって何かの液体をかけた事だった。
「ぐ…!」
なんとか意識を取り戻す。
薬品をかけられたのか。だが痛みを覚えるわけでもない。いったい何を…。
と、そのとき、恐ろしく巨大なものが上空を占めるのを感じた。
何かと思って見てみると、そこには自分の生徒である須藤と武山の姿。ただし、山の様に大きくなってである。
彼女達の履くかかとを潰されたローファーはまるで黒光りする小さな山の様だった。
「う、うぁああああああああああああああああ!」
教師は悲鳴をあげていた。
「よっしゃ! 成功したぜ!」
須藤が教師を見下ろしてにやりと笑った。
地面にいる教師からは彼女達の短いスカートの中が丸見えだったが、教師も、彼女達も、そんな事は微塵も気にしていなかったし気にしている余裕も無かった。
「でもいいの須藤? ここでこいつ縮めたら騒ぎになると思うけど」
「したってぜってーバレないから大丈夫だよ。見ろよ、あいつ蟻みたいに小さくなってるぜ。ゴミだろゴミ」
教師は1000分の1にまで縮められていた。
つまり身長は2㎜弱。小さな蟻と同程度。大きな蟻から見れば5分の1以下の大きさ。まさに虫けら以下の大きさである。
状況が飲み込めずただただ唖然とするばかり。
「早く行こ。見られたら怪しまれるよ」
「何言ってんだよ。こいつ今まで散々俺達の事ナメてきたんだぜ。仕返しするチャンスじゃねぇか」
言うと須藤は教師の横にローファーを履いた足を踏み降ろした。
その振動と衝撃で教師は地面の上を吹っ飛ばされた。
「あはは! ゴミみてぇに転がりやがった。オラ、ちゃんと逃げないと潰すぞ」
ズズゥゥウウウウウウウン!
  ズズゥウウウウウウウウウン!
教師から見ればグラウンドの敷地よりも広いローファーが踏み下ろされている。
逃げようとしているのではなかった。ただその爆風によって吹っ飛ばされ続けていた。
途中、1㎝ほどの蟻の横を吹っ飛ばされたが、その蟻は次に足が踏み降ろされたときに巻き込まれて潰された。
持ち上げられたとき、節が折れた身体がぐしゃぐしゃになって靴のそこにこびりついていた。
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「そうだ」
須藤は片足のローファーを足を振って脱ぎ捨てた。
長さ250m幅110mの超巨大なローファーが数百m吹っ飛び大地へと転がった。
ルーズソックスを履いた足が地面に降ろされる。
「お前、前にだらしないからってこれ思いっきり伸ばさせたろ。ダサいったりゃありゃしねぇ。また伸ばしてみろよ」
教師の前に突き出されたルーズソックスに包まれたつま先。
それは幅90m高さ10数mの小さな白い山脈だった。
その中には足の指があるのであろうが、うっすらと見えるその形だけでも自分よりはるかに巨大である事がわかった。
底辺部分は黒く薄汚れていて色々なゴミが着いていた。そのひとつひとつが、今の教師と大差ない大きさだ。つまり自分はあそこにああしてへばりつく事が出来てしまうのである。
ローファーから脱がされたソックスを履いた足が地面に降ろされた事によりその周辺はじんわりとした刺激臭が漂った。
汚れから察するにローファーもソックスも数日洗われていないのでは無いだろうか。むせ返るような臭いだった。
教師はその臭いから逃れようとよろよろと走りだした。
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「ほらお前も潰してやろうか? こう見えても俺達はもう何人もこうやって殺してるんだぜ」
「…!?」
鼻と口を押さえたまま教師は目を見開いた。
まさか! 自分の生徒が!?
「駅前とかでたむろってるとうぜぇ連中が絡んでくるんだよ。そういう連中はこうやって縮めちまうのさ。余裕だぜ? 簡単に踏み潰せちまうんだ。バレねぇようにやるのがちょっと面倒だけどな」
言いながら須藤は振り捨てていたローファーを履いた。
横向きになっていたまるで山のような大きさを持つローファーが須藤の足によって簡単に向きを直されるとするりとそれを受け入れた。
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「前にタバコ吸ってんの注意してきたお巡りも縮めてよ、そのタバコの火を押し付けてやったら「ギャー」とか言いやがってあっという間に焼けて死んじまったんだぜ。ありゃ爆笑したよ。お巡りを灰皿にして火をもみ消せたんだからな」
手に持っていたタバコを吸うとその煙を教師にふき付けた。
その突風で吹き飛ばされ、また煙でむせ返る。
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「あとはてきとーに気にいらねぇ奴や目に付いた奴とか。駅とかでエロい目で見てきた親父とか縮めて放り出すのさ。するとそこを登校する女子達が何十人も通るんだよ。笑えねぇ? さっきまでエロい目で見てられてた足が次々とそいつの周囲に下りるんだぜ。当然誰かに踏み潰されちまうだろうよ。踏み潰した奴はそんな事には気付かずに歩いて行くけどその靴の底には潰れた親父がこびりついてるんだぜ。学校に着く頃にはもうあとかたもなくなっちまってるよ」
須藤は実に楽しそうに語っていた。
圧倒的な力を手に入れた事が楽しくて仕方ないのだ。
自分の教え子が、どんな方法を使ったのかは知らないが人間を縮め、何十人もの命を殺めていた。
それは、今自分の命がその危機に晒されている事を除いてもショックだった。
「須藤、そろそろ授業終わるよ」
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「おっと、じゃあとっとと潰しちまうか。あばよゴミ先公」
教師の上に須藤のローファーが掲げられた。
教師の周囲が黒い影に包まれるが、教師は動けないでいた。
まさか自分の教え子がこんな事をしていようとは。
自分の教師としての在り方を見つめなおしていた。
やがて巨大なローファーが、彼の上に踏み降ろされた。
「あ、そうだ」
と思ったらその直前で止まった。
靴底と地面との隙間は数㎜。ほとんど教師の身体に触れるか否かのギリギリであった。
ローファーが離れてゆく。
だが今度はかわりに巨大な手の指が降りてきた。親指と人差し指だ。
巨大な指は教師の身体を摘み上げた。
「どうせなら霧島に殺させてやろうぜ。あいついつも殴られてムカついてるはずだからな」
須藤は指の間に教師を挟んだまま歩き出した。
教師はその間、身体が潰れそうな力にうめき声を上げていた。
昇降口。
「これだな」
須藤は教師を霧島の靴の中に放り込んだ。
ほとんど数十mという高さから落とされたにも関わらず命を失わずに済んだのは小さくなったからなのか普段から鍛えていたからなのか下が柔らかい靴の生地だったからなのか。
だが痛み軋む身体を押さえて蹲る。
見上げると靴の入口の向こうに見える巨大な顔。
「今度こそあばよ。今まで自分が殴ってきた生徒にグチャグチャに潰されやがれ、カスが」
顔は入口から消えた。
そしてズゥゥンズゥウンという重々しい足音が彼女達が去っていった事を表している。
ようやく痛みの引いてきた身体を気遣いながら辺りを見渡してみる。
下駄箱の中の靴の中という事もあり、中はとても薄暗い。
足元もやや黒ずんでいるしジメジメした空気が溜まっている。
普段から履き潰しているのだから当然だが。
そう、ここは自分の教え子の一人である霧島の片足の靴の中なのである。
なのに目の前には広大なドームが広がっていた。
これが、今の自分の大きさなのである。
「…」
理解が出来なかった。
人間が縮むなどと言う現象も、あの二人が人を殺していたという事実も、すべては夢なのでは無いかと思っていた。思い込みたかった。
だが身体に走る痛みは夢である事を否定し、かすかに香る汗のようなツンとする刺激臭がここが現実である事を如実に示す。
自分は、これからどうすればいいのだろう。
どうしたら生きていけるのだろう。
薄暗い靴の中で、答えは出なかった。
帰りのHR。
担任の岡本先生がいつまでたっても現れない事に生徒達は困惑していた。
だがそれは教師達も同じであった。
あの岡本先生が無断で帰宅するはずなど無く、どこに行くにしろ必ず連絡は入れる。
なによりあの人は生徒の事を第一に考えているので、その生徒を不安に陥らせるような事はしない。
にも関わらずいなくなってしまったのは何故だろう。
事件に巻き込まれた? しかし岡本先生ほど屈強な人がいったい何に巻き込まれるというのか。
教師達が学校中を駆けずり回ったが結局岡本先生は見つからず、生徒達には不安を呷らぬようごまかしてHRを済ませ帰宅させた。
のちのちの職員会議では捜索願を出すべきだとの案が出た。
岡本先生がHRに参加出来ない事を告げられた生徒達は首を捻った。
あの先生が時間になって姿を現さなかったり突然予定を変更したりする事は無い。
今朝の様に生徒のために予定を変える事はあるが、何の連絡も無しにというのは今まで一度も有り得なかった。
ざわざわとざわつく生徒達を落ち着かせた後、代理の教師は明日の連絡を告げて解散とした。
生徒達が席を立つ中、霧島は席に座ったまままだ首を捻っていた。
ふと気付くと、部屋の入口で須藤と武山が自分の方を見てにやにや笑っていた。
だが相手もこちらが気づいたのに気づくと手を振って去っていった。
霧島は再び首を捻った。
ちゃんと先生に別れの挨拶をしたかったがいないのでは仕方が無い。
霧島も席を立って昇降口へと向かった。
教師はなんとかこの靴の中から脱出しようとしていた。
外に出てどうこうなるものでもなかったが、ここにいては間違いなく危険なのがわかっていたからだ。
だがまだ外に出る事は出来ないでいた。
靴の入口までの高さは30m以上あり、ローファーの繊維はスニーカーなどとは違い手で掴みにくい。
更に身体の痛みは引いたが腕の痛みだけがいつまでたっても引かないところをみるとどうやら変な痛め方をしたらしい。
片腕で、30mの垂直な壁を登るのは困難を極めた。
そうこうしているうちに辺りが賑やかになってきた。
下校の時間になったのだ。急がねば霧島が来てしまう。
だが急ごうとしても、辺りでは自分の1000倍の大きさの人間達が動いているのである。
その振動が下駄箱全体をグラグラと揺らし、とても掴まっていられるような状況ではなかった。
靴の底に落とされごろごろと転がされていた。
すると突然靴の中に巨大な指が入ってきた。
霧島が来てしまったのだ。
長い長い指は靴の入口からそこの部分まで楽々と届き、その壁面にグイと押し付けられた。
その瞬間、世界が凄まじい振動に見舞われた。ローファーが持ち上げられたのだ。
斜めになるローファーの中で、教師は230mもの距離を転落していき、つま先部分に身体を叩きつけられた。
揺れるローファーの中で痛みに耐えている間に、やがてその揺れも収まった。
そして靴の入口から紺のソックスに包まれた巨大な足が進入してきたのだ。
足は一瞬にして教師の目の前に迫ってきた。
このローファーのつま先の、どこにも逃げる場所も隠れる場所もありはしない。
靴の中にねじ込まれ暴れる黒いつま先を前にして教師は動けなかった。
その暴れる際の振動で教師の身体は宙に放り出されそのつま先の上に乗ってしまった。
更にそのソックスの繊維の穴にズボッとはまってしまったのだ。
暴れるつま先に振り回されながら必死に身体を引き抜こうとするが繊維は頑丈でちょっとやそっとの事では抜けそうに無い。
ローファーを履いた霧島はつま先をトントンと慣らした。
そして鞄の位置を直すと昇降口から出て行った。
霧島がつま先を慣らした時、それは交通事故など比べ物にならない凄まじい衝撃だった。
繊維の穴にはまったまま、がっくんがっくんと身体が揺さぶられた。
痛めていた腕が更に痛んだ。なんとか全身に力を入れる事で意識を保ち大事に至るのは免れたが、でなければ首の骨など軽く折れてしまっていただろう。
繊維の穴にはまっていたのも幸運だった。
そうでなければこのローファーの壁面に叩きつけられていたのだから。
やがて、凄まじい前方向へのGを感じた。歩き始めたのだ。
息も出来ない強力な推進力のあと半秒の停止。それが何千回も繰り返されたのだ。
ズゥゥウウウウウウウウウウウン!!
  ズウゥウウウウウウウウウウウウン!!
振動と轟音がこの閉鎖された空間に満ちる。
それでも気を失わないのは一重に彼が常日頃から身体を鍛えていたからに他ならない。
でなければこのような過酷な環境で生きていられるはずが無いのだ。
歩いているうちに熱を発し、靴の中が暖かくなってくる。
蒸し暑さの中、教師は全身に汗をかいていた。
それは霧島も同じのようで、教師は自分がはまっているソックスの中からじんわりと汗の臭いが湧き出てくるのを感じた。
しかしこの密閉された空間内で換気など出来るはずもなく、蒸し暑さも臭いも溜まるばかり。
振動とGだけではない、これからは熱と臭いにも耐えなければならなくなった。
暫くして、足がまるで動かないときが訪れた。
多少の歩行はあるが今までの様に持続的な移動が無い。
何をしているのか。
と思っていると歩行ではないもので地面が揺れ始めた。
同時にプァァーンという警笛の音。電車である。
霧島はホームで電車が来るのを待っていたのか。
電車へと乗り込んだ霧島が椅子に座ったのが教師にもわかった。
足にかかっていた力が抜けていったのを感じられたからだ。
これで暫くは落ち着くことができるだろう。
と、思っていた矢先だった。
自分の真下にある巨大な足の指が動き出したのだ。
そのせいでソックスに刺さっている教師の身体は歩行ほどではないにしろガクンガクンと揺さぶられた。
恐らくはソックスの中に溜まった汗が気になったのだろう。
靴の中の距離を見るに、恐らく自分は親指と人差し指の間のところにはまっているのだろう。
でなければ下から上がってきた指に押し出され、この荒れ狂う足を履いた靴の中に放り出されることになる。
結局移動の無い電車に乗っている間も、教師は驚異的な揺れに晒されたままだった。
霧島家。
帰宅を果たした霧島は鍵をあけて家に入ると靴を揃え部屋へと向かった。
鞄を机の上におろすとドサっとベッドの腰掛けた。
「どうしたんだろうなぁ、先生」
いったいどこへ行ってしまったんだろう。
もしかして、人には言えないような事件に巻き込まれたとか、言う暇が無かったとかそういう事なのだろうか。
先生なら大丈夫だとは思うけど…。
そういえば今日はいっぱい怒られちゃったな。先生、顔真っ赤になってた。げんこつももらっちゃったし。
でも先生はちゃんと愛を込めて怒ってくれてる。私達のためを思って怒ってくれているのだ。
私ひとりのために授業を潰したり、校門の前で待っていてくれたりする。
他の先生達はそんな事してくれない。でも岡本先生はひとりひとりを大切にしてくれているのだ。
「明日は会えるといいな」
さて、着替えてまずは宿題を終わらせよう。
そう思い靴下を脱がそうと足元を見たとき、つま先に何かが付いているのが見えた。
生地が紺色なので白っぽい色が付いたときにはわかり易いのだ。
ゴミかな。
霧島はそれに向かって手を伸ばした。
教師は憔悴し切っていた。
蒸し暑い空間。絶え間無い振動。
意識が朦朧としていた。
いったいいつまでこの責め苦は続くのだろうか。
教師としてあるまじきと自分に言い聞かせてきた弱音を吐きそうになっていた。
その時、靴の中に響くガチャリという音。
扉が開かれた音だ。と言う事は霧島は家に着いたのか。
それを示すかのように足がごそごそと動き出し、そしてローファーの外へと出た。
教師の目が突然の明るさに眩む。同時に大量の新鮮な空気が身体を撫でた。
約一時間ぶりに感じる外の空気だった。
だが霧島が歩き出すと、今度はその新鮮な空気さえも突風となって襲い掛かってきた。
風圧で身体が軋む。過呼吸になりそうだ。
やがて女の子らしい部屋へと出た。
霧島の私室なのだろう。図らずも家庭訪問をしてしまっていた。
それもなんの断りも無く女生徒の部屋の中に。教師として確固たる信念を持つ岡本にとってそれは恥ずべき事だった。
が、今はそんなものどうしようもならなかった。
霧島がベッドに腰掛けたとき世界が震えた気がした。
そして今は、最大の好機にして危機。
霧島が自分に気付けば手を貸してもらえるかも知れない。だが逆に、須藤がそうだったようにゴミとして扱われ捨てられてしまうかも知れない。
普段、自分は霧島に強く当たっている。今日も何度もゲンコツを振り下ろしてしまった。
体罰だとなんだと言われても来た。だがわかってもらいたかった。悪事は悪事、守るべきものは守ってもらいたかった。
だがその結果須藤や武山は悪事に走り、こうして未知の力を使い人を殺めてしまっていた。
自分が生徒達を圧迫しすぎたから、それから解放されたくて生徒達に悪事を働かせてしまったのだ。
あの子達が自分を恨んでいるのもよくわかる。霧島もそうだとしたら、あのとき須藤にされそうだった事を今度は霧島にされるかも知れない。
自責の念と恐怖が決断を鈍らせた。
すると突然、辺りが暗くなった。
見上げてみるとなんと霧島が自分を見下ろしていた。
この大きさになって始めて見上げる霧島の顔はまるで空に浮かぶ月の様に巨大だった。
そしてなんと巨大な手が差し出されてきた。明らかに自分を狙っている。
巨大な手が、指が、ぐんぐんと迫ってくる。ゴマ粒となった自分からは巨大すぎる指だ。自分を潰そうと伸ばされてくる指だ。
その間、霧島の表情に変化は無い。
キョトンとした表情のまま自分を見下ろし続けている。
自分の命を摘み取る事に、なんの憂いも無いと言うのか。
視界が指先で埋め尽くされた。
最早触れる事が出来るのではないのかという距離に迫る巨大な指。
教師は頭を抱えて蹲った。
ゴミを摘み取ろうとした霧島はそのゴミが微かに動いた事に気付いた。
虫かな? それでも同じことだった。指を近づけてゆく。
そしてさぁ摘もうとしたその時、その白いものが妙な形をしているのがわかった。
? 更に指を近づけるとその白いのが小さくなった様に見えた。
しっかりと見ていたからわかる。
今のは頭を抱える仕草だ。
突然、霧島の頭の中で何かが閃いた。
まさか…。まさかまさかまさか。
霧島はその白いのが付いている足を、まるであぐらでも掻くかの様にベッドの上に持ってきた。
指が離れていった。
潰されずに済んだのか。
助かった、と息つく暇も無く突然の高速移動。
上に向かってぐいと引っ張られ、世界が90度傾いたまま固定された。
中途半端な宙吊りであった。
そして教師の視界を、巨大な顔が占領した。
閃きは正しかった。
その自分のソックスのつま先にくっついている白いもの。それは…
「先生…?」
霧島は呟いていた。
それに気付けたのは最早奇跡としか言いようが無かった。
科学的な理由は何一つ無い。他の誰にも気付くのは不可能だっただろう。霧島だったから奇跡が起きたのだ。そう、霧島だったから。
「先生なんですか…?」
ソックスのつま先の小さな小さな白い人型をしたものが微かに動き、そのあととてもか細い声が聞こえてきた。
「そうだよ…」
「なんで、なんでこんな事に」
「その前にここから降ろしてくれるか…? 頭に血が上って死にそうだ…」
「あ、はい。すみません」
霧島はソックスの裏から教師の身体をそっと押し出し手のひらへと乗せた。
その手を目の前に持ってくる。
「助かった…」
「先生、いったいなんで…」
「…。ああ…」
教師は自分の身に起きた事を話した。
須藤と武山を注意したら突然身体を縮められた事。
その須藤に殺されそうになった事。
そして霧島の靴の中に放り込まれた事を。
「…というわけだ」
「それは…縮小薬ですね」
「なに?」
「かけられたものの大きさを小さくする薬なんです。インターネットとかの裏市場で手に入れられるんですよ」
「なんだって…。なんでお前がそんな事を知っているんだ?」
「女の子の間では有名なんですよ。痴漢対策とかで持ってたいとか。でもとても高値で貴重なので一般の人の手にはほとんど回らないらしいですけど」
「…武山のうちは資産家だからな。手に入れるツテがあったと言う事か…」
「先生…」
「俺が不甲斐無いばかりにあいつらを悪事に走らせてしまった。俺が…」
「先生、それは違いますよ。先生が私達の事を思ってしてくれているのはちゃんとわかっています。そんな自分を責めないで下さい」
「霧島…」
「先生は間違ってなんかいません。だから私も先生のゲンコツはちゃんと受け止められます。えへへ、とっても痛いですけど」
言いながら霧島は自分の頭をコツンと叩いた。
「そっか、今まで悪かった。どうか許してくれ」
教師は広い広い手のひらの上で土下座をした。
「え? え? なんで謝るんですか?」
「やはり…」
「あ、もしかして私が怒ってると思ってました? 須藤さんみたいな事されるとか? しませんよそんな事」
けらけらと笑う霧島。
実はこのとき、その笑い声のあまりのボリュームに教師は手のひらの上をのたうっていた。
「先生には感謝してるんですよ。ちゃんと私達の事見てくれてますもん」
「ぐ…そ、そうか…済まなかった…。しかしこんな事になるなんて、元に戻る術は無いのか?」
「同じ様に裏市場で元に戻れる薬も売ってるんですけど、縮小薬よりももっと高くて希少なんですよ。普通は手に入れられませんね」
「そうなのか…俺は一生このままか…」
霧島の手のひらの上、教師は落ち込んだ。
「先生、元の大きさに戻りたいですか?」
「当たり前だ。こんな、こんな小さな身体じゃ何も出来やしない。くく、教え子の手のひらに乗せられているんだぞ…はぁ」
「じゃあはい、これをどうぞ」
「ん…?」
もう片方の手の指の間につままれた小さなビン。その中には白い液体が入っている。
「それはなんだ?」
「元の大きさに戻る薬ですよ」
「な、なんだと!?」
教師は立ち上がっていた。
霧島はきょとんと首をひねる。
「どうしました?」
「お前、さっきその薬はとても希少で手に入らないと言っていたじゃないか!」
「はい。でも私は持ってますよ」
「な、なんで…」
「えへへ、いつか必要になるかもと思って」
屈託なく笑う霧島。
「じゃあ先生ちょっと待っててください。すぐに準備しますから」
「ま、待て。その薬はとても貴重なものなんだろう? 俺なんかのために使っていいのか?」
「はい。そのために持ってたんですよ」
「?」
「えへへ」
立ち上がった霧島はテーブルに手を置いて教師を降ろした。
霧島が手を貸すと言ったが、女の子の手のひらから降りるために手を借りていては大人としての威厳が損なわれると教師は手の端から飛び降りた。
高さは10m以上ありそれは建物3階から飛び降りるに等しい行為だったが、教師は着地と同時に受身を取りショックを吸収した。
それを見た霧島はおぉーと賞賛した。
「さすが先生です」
「当たり前だ」
とは言うものの全身疲労に加え片腕が使えないとあってちょっと苦労した。
霧島はビンのふたを開けると、その薬を教師の上に一滴垂らした。
それだけで教師は溺れかけてしまったが。
「ぐは! …何も起こらんな」
「薬の効果が出てくるには時間がかかるんです。今からだと、一晩明かせば元の大きさに戻ってますね」
「そうか。暫くはこのままなのか。だが、助かった。本当にありがとう」
「いーえ、先生のためですから」
「しかし残りの時間はどう過ごしたものか。うちには帰れんし…」
「あ、うちに泊まっていってくださいよ。ごはんとか用意しますよ」
「馬鹿な事を言うな。俺は教師でお前は生徒だ。そんなわけにはいかん」
「でもそのまま外に出るのは危険ですよ?」
今の大きさは蟻並。
身体能力を考えれば蟻以下だ。
例えば一匹の蟻に出くわすだけでも、死を意味する事になる。
「しかし…」
「任せてください先生。ちゃんと面倒見ますよ」
にっこりと笑う霧島。
生徒に面倒見ると言われて情け無いといったらないが、今は背に腹をかえていられる状況ではなかった。
「…わかった、済まないがよろしく頼む」
「はーいわかりました。じゃあちょっと待っててください。すぐ着替えちゃいますから」
言うと霧島はワイシャツを脱ぎ捨てスカートを脱いだ。
それを教師は慌てて止める。
「ま、待て待て! いったい何をやってるんだ!」
「ふぇ? 着替えてるんですよ?」
「俺がここにいるだろう! ちょっと待ってろ、すぐに物陰に行くから」
「私、気にしませんけど」
「そういう問題じゃあない!」
まったく…。
のっしのっしと歩く教師。
助けられ、貴重な元に戻る薬を使ってくれ、さらに元に戻るまでの世話までしてくれると言う霧島だが、やはり霧島は霧島だった。
中身が変わるわけではない。
教師は机の上においてあった鉛筆の影に入り、霧島が着替え終えるのを待っていた。
着替え終えた霧島は机へと向かい宿題を始めた。
霧島の格好は、いかにも霧島らしいというか、とびぬけた特徴の無い質素なものだった。
教師は霧島が宿題している様を横に積み上げられた本の上から見ていた。
「あぅ…わからないよ」
「授業中に寝てるからそういう事になるんだ」
「先生、教えてください」
「家庭教師に来ているわけじゃないんだぞ。宿題は自分の力でやるものだ」
「あぅ?…」
と、最初は自力でやらせていた教師だがあまりにも先へ進まないので気付けば全般に口を出していた。
「だからなんでそんな答えになるんだ! そこをこうしてこうしてこうすればいいんだよ!」
「あ、本当だ! ここはどうなるんです?」
「それくらい自分で解かんか! ここはだな─」
結局宿題の大半を教師が片付けていた。
「何で俺が宿題をやってるんだ。というか俺が出した宿題もやらせただろ」
「ありがとうございます。それじゃあ私夕飯の準備を始めますね」
言って立ち上がった霧島を見送りながら、教師は ふと思う。
「霧島。お前、親はどうした?」
「今は海外に出張に行ってるんですよ。お母さんもお父さんについて行っちゃいました」
「…じゃあお前ひとりで暮らしているのか!?」
「はい、そうですよ」
それだけ言って霧島は部屋を出て行ってしまった。
まさか一人暮らしをしていたとは。
それならば連日のような遅刻も授業中の居眠りも、恐らく家事に追われての事なのだろう。
そうとは知らず自分は…。
「あ、違いますよ?」
「…なに?」
「最近深夜に面白いドラマがやってて、それ見てたらついつい寝る時間が遅くなっちゃって」
「…」
「…」
「こらああああああああああああああ!!」
「きゃいーん!」
霧島は慌てて部屋を出直していった。
まったく。と思うも、霧島が一人暮らしをしているのは事実。
今まで、学校の中だけで見ていて、まさかそんな事になっているとは思いもしなかった。
教師が見るのは学校の中でだけ。となってしまっていたのだ。
なさけない。生徒を守るのが教師の仕事なのに自分はそれを満足に果たしていなかったのだ。
怠慢であった。
もっとしっかりしなければ。岡本は肝に銘じた。
夕食を済ませた二人。
「なかなか美味いじゃないか。家庭科の評価がいいのもわかる」
「えへへ、ありがとうございます」
その後、非通知にした電話を借りて方々に謝罪と混乱を招かないようにした説明を済ませ、ようやくひと心地着く。
「それじゃあお風呂入ってきますね」
「報告しなくていい。ゆっくりしてこい」
「先生はどうします?」
「俺はいい。今日は仕方が無い」
「でも大分汗かきましたよね? 私の足の臭いとかも付いてるかもしれないし」
「…。明日、家でゆっくり入るから大丈夫だ」
「……一緒に入りませんか?」
「本気で言ってないよな?」
ギロリと睨み見た先では霧島が頬を染めていた。
「わかってるだろ、俺は男だ。そして教師でありお前は生徒だ。本当ならこうしているのもあり得無い事なんだぞ」
「そ、そうですよね。すみません。入ってきますね」
霧島はそそくさと部屋を出て行った。
「本当に人懐こい奴だ。将来が心配だ」
言うと教師はテーブルの上に横になっている本にもたれかかった。
今日は一日色々な事があって疲れたのだろう。
それだけで、眠りの中へと落ちていった。
カポーン
気が付けば教師は風呂にいた。
正確には、湯船の上に浮いた、ペットボトルのふたの中にいたのだ。
ふたの中はある程度湯が満たされ、足は届かないが淵に腕をかけ楽な体勢で浸かる事ができていた。
このふたの中だけでもプールの様に広いが、その周囲に広がる本当の湯船はもはや海と言っても差支えがないほどに広大だった。
湧き上がる湯気が視界をぼかし神秘さを呷る。まるで桃源郷を見ているかのようだ。
「先生、入りますよー」
ガラリと扉を開けて入ってきたのは霧島。
風呂に入るという事で、身には布一枚纏っていない。
突然の事だが、教師の中に反論しようと言う気持ちが湧き上がらなかった。
ただ流れてゆく状況を見つめるのみ。
霧島が、浴槽の淵を跨ぎ湯船に足を入れてきた。
高層ビルよりも巨大な脚がゆっくりと湯船の中に沈められてゆく。
もう片脚もそろりそろりと入れられた。
霧島は湯船の中に立っていた。
教師から見ればその深さは数百mだが、水面は、霧島の巨大な脚の膝ほどまでにしか届いていなかった。
太ももから上は、湯に触れもしなかった。
霧島の身体を、丁度真下から見上げる形になった教師。
肌色の柱の先には少女の秘部が見えた。
黒い密林が霞にかかりまるで朝の霧に沈む樹海だ。
更にその上には霧島の上半身へと続き、巨大な乳房を見ることが出来ていた。
その乳房の谷間の間から霧島が笑顔で見下ろしていく。
脚が動き出した。
同時に下がってくる肢体。
霧島が、湯に身体を沈めようとしているのだ。
静かにやってくれてはいるが、それでも湯面に波が立つのは免れない。
ザブザブと揺れるふたの中で更に波にまかれる教師だった。
やがてあの山の様に巨大な乳房が水中に消えると、あの遙か上空の彼方にあった霧島の顔が目の前まで来ていた。それでも数百mは離れているのだが。
霞の向こうにぼんやりと見える笑顔はとても幻想的だった。
「はぁ…気持ちいい…」
その「はぁ…」だけで顔の前を遮っていた湯気は吹き飛ばされた。
吐息に押されペットボトルのふたも霧島から離される。
「あ、すみません」
霧島は指でふたを押し戻した。
この広大な湯船も霧島にとっては脚を伸ばすことも出来ない湯船である。
つまりこの大海のどこにいても霧島の手の中にいるに他ならない。
「先生、気持ちいいですか?」
「ああ…」
「よかった。そういえばもうすぐ身体測定がありますね」
「そうだな。さっき見て思ったんだがお前って着痩せする方なんだな」
「そんな事無いですよ。でも最近少し大きくなったなぁとは思うんですけど、確かめてみます?」
霧島はゆっくりと身体を持ち上げた。
大量の水飛沫を上げて巨大な乳房が水中から現れる。
更に上半身はぐんぐんと上へ上へと登ってゆく。
霧島がこの湯船の中で膝立ちになったのだ。
ぷかぷかと浮かぶペットボトルのふた。それに向かって上体を倒してゆく。
ふたを含めた周辺数百mの海域が霧島の影に包まれた。
上空には乳房の二つの山がぶら下がり今にも落ちて来んばかりの迫力だった。
そしてその乳房がゆっくりと下ろされてゆく。
その先端、乳首がふたを狙いながら。
ふたの中にいる教師からは上空をピンク色の乳首が埋め尽くしたのが見えていた。
その乳首が、そっとふたにのしかかった。
ふたの中に乳頭を入れたのだ。
ふたが半分ほど湯に沈み込んだところで乳房の降下は止まった。
霧島はふたの底を押さえ、ふたを乳首に押し付けたまま上体を起こした。
乳首が、ふたという帽子を被っているかのような光景になっていた。
教師にとってはプールサイズのふたも、乳首の乳輪を覆うまでとはいかなかった。
乳輪はふたの淵からははみ出ていた。
「先生、どうですか?」
言いながら霧島はふたをどかした。
するとふたの中に入っていた湯がみんな流れ落ち、あとには乳頭に乗っている教師だけが残された。
「この大きさじゃよくわからん」
「えへへ、そうですよね」
霧島は再びふたの中にお湯を入れ、それを乳首にあてがうと教師を戻した。
そのあとふたは胸の谷間に固定され波に流されなくなった。
教師の視界を遮っていた湯気も、霧島の呼吸のお陰で曇る事が無くなった。
雲か霞のような湯気が霧島の鼻の穴や口に吸い込まれたかと思うと今度は吐息が周辺の湯気を吹き飛ばす。
ただの呼吸が大気をも変えてしまうのだ。
霧島というたった一人の少女の存在がこの世界のすべてに影響を及ぼすのである。
脚を動かせば海中では激流が流れ海面は大シケに見舞われる。
手で湯を掬い上げようものなら池ほどの量もある湯が流れ落ちる。
今はこうして横になっているが、身体を湯面に浮かせれば、この巨大な乳房は文字通り山となるだろう。火山島である。内部に膨大なミルクというマグマを内包した生きた山となるのだ。
人々がその島に住み付く事だって可能だ。この島で暮らし、魚を捕るために湯船と言う海に漁に出てゆく。そしてひとたびこの火山が噴火したらその斜面に住み着く人々は夥しい量のミルクに流され飲み込まれてしまうだろう。
そうでなくとも、彼女が乳房をぷるんと振るわせればその表面に付いた小さな家など簡単に宙に投げ出される。人々も同じだ。
霧島の身体が少し動くだけで、彼らにとっては天変地異なのだ。
ふと、ふたが乳房の谷間から解放された。
霧島が指で取り除いたのだ。
すると霧島はふたを指でつまみ上げるとそれを自分の乳首にあてがった。
「ん…っ」
コリコリ
ふたの角をこすり付ける。
凹凸のある表面が良い刺激をもたらしてくれる。
それだけではない。今は先生をそこに乗せているのだ。ひいては先生にしてもらっていると拡大解釈することもできる。
おしよせる快感に乳首がピンとたった。今ならそこにふたを引っ掛けられるだろう。
こすりつけられている間に、ふたの中の湯はほとんど流れ出してしまっていた。
湯の少なくなったふたの中でころころと転がる教師。
やがて。
ぴゅー
乳首からミルクが出た。
ぴゅーぴゅー。飛び出たミルクはふたの中へと溜まっていった。
だがすぐにふたの中もいっぱいになり、こぼれて湯面へと落ちていった。
「はぁ…はぁ…えへへ、先生どうですか? ミルク風呂ですよ」
「甘い」
全身ミルクまみれになってそこに浮かぶ教師。
霧島の唇があてがわれそこにたまっていたミルクを飲んだ。
周囲も中もぺろぺろと舐められふたはきれいになった。ついでに教師の身体もキレイになった。
「あ、おいしい」
「もう出るか。のぼせそうだ」
「そうですね」
霧島はもう一度ふたに湯を入れ教師の身体を洗い流すと、教師をふたに入れたまま立ち上がり、風呂場を後にした。
「ぐー……はっ」
教師は目を覚ました。
どうやら眠っていたらしい。
なんか変な夢を見ていた気がするが…。
頭を振って覚醒させる。
するとそこに─。
「あがりましたよー」
霧島が帰ってきた。
パジャマ姿でまだ濡れた髪がキラキラと光る。
上気した頬がよく温まっている事を示していた。
手に持っているペットボトルのふたの意味はわからなかったが。
教師は目を背けた。
「どうしました?」
「見るわけにはいかないだろう!」
「あ」
霧島は自分の格好を見下ろした。
パジャマを着ているが、その下には何も着ていないのだ。
つまりボタンの間から素肌が見えてしまっているのだ。
「私は気にしないですけど」
「男の前でそういう事を言うんじゃない! ちゃんと自分の身を守らんといつか後悔するぞ」
「そうなんですか? 私は本当に気にしないんですけど…」
と言いながらパジャマの上から胸をふにふにと揉む。
目を背けた教師だがそれが視界の端に入ってしまったのにはまいった。
しばらく自分の胸を揉んでいた霧島はやがて大きく伸びをした。温かくなった身体からエネルギーがあふれてくるのだ。
両手の指を絡め頭の上に向かって思い切り伸ばした。
そのときである。
ブチン!
「ふぇ?」
「ッ!?」
教師は前方に向かって飛び込んだ。
その瞬間─
ドカン!!
たった今まで教師がいた場所に、何か巨大なものが飛来し激突してきた。
勢いの衰えないそれは机の上で何度か壁や本などにぶつかったあとくるくると回って停止した。
一瞬で机の上に伏せていた教師はゆっくりと立ち上がると、飛んできたものを確認した。
それは、自分にとっては巨大だが、ボタンであった。
ちらりと霧島の方を見ると、パジャマの胸の部分のボタンが無くなっているのが見えた。
答えは簡単。霧島が伸びをした時、盛り上がった胸の圧力に耐え切れなくなったボタンが弾け飛んだのだ。ただそれだけだった。
だがあと一瞬回避が遅れれば、あのボタンの直撃を受けて確実に致命傷を被っていただろう。
少女の胸が弾き飛ばしたボタンに当たって死ぬなど、馬鹿げた話だった。
「だ、大丈夫ですか!?」
慌てて駆け寄ってくる霧島。
自分の胸元のボタンがなくなっている事などまるで関係ない。元々気にしていなかったが。
膝を折り、両手を机の淵にかけ、その上にいる小さな教師に顔を寄せた。
教師は拳を握りぷるぷると震わせていたが、怒鳴りはしなかった。
「き、気にするな。だが今後は気をつけろ…」
思い切り怒鳴られると思っていた霧島は覚悟していたのだがそうはならず首を捻った。
教師はまた本を背もたれにドカッと座り込むと腕を組んで怒鳴りたい衝動に耐えていた。
教師として、自分の生徒の少女の前で、間違っても「お前の胸が大きくて死にそうになった」とは言えなかったのだ。
別のパジャマに着替えた霧島と教師は今後について話し合っていた。
「とりあえず明日の朝には元の大きさには戻ってるんだよな?」
「はい、それは保証します」
「うむ。しかし須藤と武山が…俺はいったいどうしたらいいんだ…」
「先生迷わないで下さい。いつもみたいにまっすぐぶつかってください」
「だがそのせいであいつらは…」
「その時は仕方がありません。彼女達が人を殺めたのは事実なんです。ちゃんとそれ相応の罰を受けなければ…」
「…そうだな。明日二人に会ったら、自首するように勧めよう」
教師はうんと肯いた。
俺の生徒だ。俺が面倒を見なければならない。
教師としても責任感と誇りが前を指す指針となる。
「さて、もう寝るとするか」
「え!? これからドラマが始まるんですけど…」
「今、十一時だぞ。何時までなんだ?」
「に、二時半です…」
「却下。寝ろ」
「はい…」
しぶしぶ布団に入る霧島。
教師も本にもたれかかった。
「あれ? 先生はそこで眠られるんですか?」
「他に無いだろう」
「でもそこだと風邪を引いてしまいますよ。一緒に寝ませんか?」
「…」
布団をめくって「どうですか?」を表現する。
「お前は今まで俺が言ってきた事の意味を理解していないようだな…」
「す、すみません。でも本当に先生が風邪をひいてしまったら…」
「…。気持ちはありがたいよ。だが考えても見てくれ、俺がそこで寝てお前が寝返りをうったりしたらどうなると思う?」
「あ…」
「俺はここで寝させてもらう。なに、身体は鍛えているから問題無い」
「で、でしたら私もそこで…」
「何を言ってるんだお前は。そんな事する必要は無い」
「でも先生だけをそんな目に遭わせられません」
ズズンという足音が響く。
霧島がベッドから降りたのだ。
「戻れというのが聞こえないのか!」
「うぅ…」
「前から手間のかかる奴だったが聞き分けだけはよかったじゃないか。いったいどうした?」
「そ、それは…」
「もう一度だけ言うぞ。そのままベッドに戻って寝ろ」
「…はい」
霧島はベッドへと戻っていった。
それを見た教師はふぅと息をもらし、そして眠りについた。
時計の音だけが聞こえる部屋。
そこに、小さな小さな寝息が聞こえ始めた。
教師のものである。
心身が極限まで疲労し、深い深い眠りへと落ちていた。
ちょっとやそっとでは起きはしないだろう。
むくり。
霧島が起き上がった。
そしてそろりそろりと教師に近づいてゆく。
暗い中、目を凝らしてその小さな身体を見つめる。
「先生…?」
ポソっと呟いてみるも寝息には全く変化が無い。
唇をキュッとかみ締めた霧島は、教師の身体をそっと摘み上げるとそのままベッドの中へと滑り込んだ。
布団を頭から被り全身でその布団の中に入る。
暗闇の中、霧島は自分の手のひらの上に寝転がった教師を見つめた。
「先生…」
唇から熱い吐息が漏れ教師の身体を撫ぜた。
指でその身体に触れてみる。
小さな小さな身体だが、とても逞しかった。
指先に、そこに教師がいることを確かに感じる事が出来た。
いつの頃からだろう。
自分が先生に特別な思いを抱くようになったのは。
理由なんか無かった。
ただいつでも真っ直ぐなその背中に自分は惹かれていたのだと思う。
そして今、その背中が自分の手の中にある。
この日をどれだけ夢見て待ち望んだ事か。
指をどかしてみるも先生が目を覚ます気配は無い。
もう少し、踏み込んでも大丈夫だろうか。
霧島は少しだけ舌を出すと、その小さな身体には走らせた。先生の味がした。
そう言えば先生は今日、自分の靴の中に閉じ込められていたのだ。きっと汚れてしまっただろう。きれいに、してあげたい。
ぺろぺろと、何度も舌で舐めてゆく。手のひらの上に涎が溜まるほどに。一心不乱に。
すると。
「ん…」
「ッ!?」
起こしてしまったか!?
霧島の身体が緊張で強張る。
「…ぐー…」
だが教師は再び寝息を立て始めた。
起こしはしなかったようだ。だがこれ以上は危ない。
教師の身体と手のひらから涎をふき取った。
ここでやめなければ先生を起こしてしまう。
だが、わかっていても身体が疼く。
もう我慢出来ないのだ。
ブチブチブチ!
霧島はパジャマの前を思い切り肌蹴た。ボタンが次々と弾け飛ぶ。
先ほど、自分が飛ばしてしまったボタンが先生をかすめたときは本当に冷や汗をかいた。
霧島は教師を乗せた手を自分の胸にあてがった。
教師の身体が、丁度乳首に触れるように。
乳首の先端に教師を感じた。
ポツンという存在が、確かにあった。
「ん…っ」
そのまま胸を揉み始める。
同時にもう片方の手は下半身の秘所へ。
身体が燃え上がる。
快感が乳首へと伝達させそれを大きく盛り上げる。
乳頭と手のひらに挟まれる教師の安全を考えながら、それでも手はぐいぐいと揉む動きを止めはしない。
教師は、教師からしたら家よりも大きい乳頭の頂点に押し付けられていた。
あと少し大きく勃起すればその小さな身体は乳頭の先を彩る小さな赤いシミへと変えられてしまうだろう。
そこは霧島が全神経を使ってカバーしていた。
山の様に巨大な乳房とそれを揉む手に挟まれた教師は未だに爆睡していた。
だがそれも昼間の苦労があったからこそ。今、彼の意思は深い眠りの底にあり、自分の身体が教え子のオナニーに使われているなど見当も付かなかった。
やがて動きはどんどんエスカレートし、身体の中の熱がピークに達したとき、霧島は絶頂を迎えた。
「っ…!!」
声には出せない。耳を劈く様な喘ぎ声で起こすわけにはいかなかった。
声に出せない分の快感を身体で表現する。
先ほどまではまるで胎児の様に丸まっていたが絶頂に至った瞬間両足がビーンと伸ばされた。
乳房を掴む手にもより力が込められキュッとそれを掴みしめる。もちろん教師の事は意中にある。
秘部からも大量の愛液が溢れてしまったがそれは問題無い。
風呂から上がったときに専用の下着に着替えていたので愛液は一滴も外に漏れてはいなかった。
「はぁ…はぁ…」
荒い息が漏れる。
手のひらを目の前に持ってくるとその中央で教師が気持ち良さそうに寝息を立てていて、それを見た霧島も笑顔になった。
「はぁ…。おやすみなさい、先生」
霧島はその小さな教師にキスをすると、教師の身体を両手で包み込むようにして眠った。
待ち焦がれた、熱い夜だった。
翌朝。
目を覚ました教師。
「んっ…んー…」
目を開いてみるとそこには眠る前とは違う光景。
目に見えるもの全てが、本来見慣れてきた大きさになっていた。
自分は元の大きさに戻る事が出来たのだ。
霧島に、感謝しなくては。
が、景色に違和感を覚える。
確かに先日は1000分の1の大きさから見ていて今1倍の大きさから見ているのだから違和感を覚えるのは当然だ。
だがそんな事では無い。見えるものの大きさが違う? いや、そうじゃ無い。眠る前と今では完全に場所が違うのだ。
見回してみるとそこには昨日自分が眠りに付いたはずの机があった。ではここは…。
見て気付く。ここはベッドだ。ベッドの中で普通に眠っていたのだ。
「俺は机の上で眠ったはずだが…くんくん…身体が臭う? …まぁ昨日は風呂に入っていないからな。そういえば霧島は…」
と、その時、自分の身体にすがるものがある事に気付く。
そして自分の身体にかかっている布団が不自然に盛り上がっている事にも。
教師はため息をつきながら布団をどけた。
「おい霧島! お前いったい…─」
布団をどけた教師は固まってしまった。
そこには自分に抱きつくようにして眠る霧島がいたのだが、そのパジャマの前が大きく肌蹴られていたのだ。
あらわになった大きな乳房が自分の身体にぎゅっと押し付けられていた。
「う…ん…」
霧島の淡い桜色の唇から艶かしい声が漏れる。
教師はつまりながら叫んでいた。
「きっ…きっ…きっ……霧島ぁーーーーーーッ!!」
「ふぁい?」
薄く目を開く霧島。
意識が目覚めたことにより抱きついていた腕の力が弱まる。
その瞬間教師は慌ててベッドから転がり出た。
何が起きているのかわからない霧島はベッドの上にペタンと座り込んでいた。
寝ぼけ眼のままキョロキョロと辺りを見回している。
そしてその胸元では乳房がはっきりと露出されていた。
「お、お、お、お、お前…!」
「あ…先生…おはようございまーす…」
「お、おはようございますじゃない! いったい何故こんな事に! ええいとにかく胸を仕舞え! 胸を!!」
霧島はとりあえず布団で隠した。
「何故だ! 何故…! …まさか俺がやったのか!? 霧島、済まない! 俺は、俺はとんでも無い事を…!」
「とんでもない事ってなんですか?」
「だ、だから俺がお前を…」
「ああ気にしないで下さい。先生のせいじゃありませんから。それよりも元の大きさに戻れてよかったですね」
「い、いやそんな事よりもだ」
「とりあえず私着替えちゃいますね」
言うと霧島がまた胸をさらけ出したので教師は慌てて部屋を出て行った。
朝食。
「元に戻れてよかったですね」
「ああ、お前には本当に感謝してる。ありがとう。だが随分と迷惑をかけたな…」
「いーえ、気にしないで下さい。でも先生、本当に今日彼女達に会うんですか?」
「ああ、もう一度会って今度はちゃんと話をしてみようと思う」
「また小さくされちゃうかも知れませんよ」
「その時は…その時だ。俺のやり方が彼女達を追い詰めてしまったのなら俺は彼女達に謝らなければならん。その上で彼女達には自首するよう頼む」
「先生…」
「とにかく、世話になったな。俺は授業の準備もあるから先に学校に行く。お前はあとから来い。一緒に登校しているところをPTAに見られたりしたらたまらんからな」
「わかりました」
元々荷物など持っていなかった教師である。
ポケットに入っていた小銭も無事だったのでそれを使って学校へと戻った。
一人家に残された霧島はポツンと朝食をとっていた。
ふと、自分履いている下着が濡れている事を思い出す。
かえようと思い立ち上がって、昨日先生とした事も思い出しにんまりと笑う。
今日も楽しい日になるといい。
霧島は学校の準備を始めた。
朝の教室。
生徒達が集まりガヤガヤと賑やかである。
その中の一組である須藤と武山はまた別の人間を潰した話で盛り上がっていた。
教師の事など、もう話題にすら上らなかった。
そしてその騒がしい室内に、霧島の姿は無い。
暫くしてチャイムが鳴り教室の戸がガラリと開けられそこから教師が入ってきた。
この時、須藤と武山は思考が停止した。
何故、あいつがここにいる!? あいつは確かに…。表情が凍りついた。
教師も、その二人の様子に気付いた。だがすぐに食って掛かりはしない。
今回の事で、冷静に落ち着ついて考える事も大切であると学んだのだ。
ふぅと呼吸を整えて教壇に立った。そしてそこに霧島の姿が無い事に気付く。
「あいつめ…。あの時間に起きてて遅刻するのか…」
やれやれと頭に手を当てる教師。そして出欠を取り始めた。
ひとりひとり、クラスの生徒の名前を呼んでゆく。
その間も二人からは目を離さなかった。教師には二人ががたがたと震えているのがわかった。怯えているのだ。自分達のしでかした事が明るみに出る事を。
あとで落ち着いて話をしよう。そう考えていた。
ところが、須藤の名前を呼んだとき、ビクリと身体を震わせた須藤がガタンと立ち上がって教室から走り出ていったのだ。武山も大慌てでそれを追う。
「あ! 須藤! 武山!」
教師も教室を出て二人を追いかける。
他のクラスがHRをしている廊下を走る3人。
そして廊下の角を二人が曲がり、数秒遅れて教師も曲がった。
ドン!
「ひゃう!」
そこにいた生徒とぶつかった。
それは霧島だった。
「き、霧島! すまん、大丈夫か?」
「はい、大丈夫です」
お尻を摩りながら立ち上がる霧島。
「霧島。須藤と武山がどっちに行ったかわかるか?」
「え? 須藤さんと武山さんですか? こっちには来てませんよ?」
「なに? 確かにこっちに曲がったんだが…」
見渡してみても二人の姿は見えない。
完全に見失った。
「二人がどうかしたんですか?」
「出欠で名前を呼んだだけで逃げ出してしまってな。かわいそうに、そうとう怯えていたんだろう。彼女達にも罪悪感はあったという事だ」
「先生は優しいですね。あの二人は人殺しなんですよ?」
「だが、やはり俺の生徒だからな。俺が面倒を見なくては…」
「先生はやっぱりカッコイイですね」
自分の好きな先生。
この真っ直ぐなところが大好きなのだ。
「仕方ない。またあとで会ったときか、手紙でも書いてだそう。…ところで霧島」
「はい?」
名前を呼ばれた霧島は期待した目で教師を見上げた。
その霧島の頭にゲンコツが振り下ろされた。
「いった~い」
「なんで遅刻してるんだ! あの時間なら遅刻するはずなどないだろう!」
「えへへ、実は昨日の夜眠れなくて、あのあと二度寝しちゃいましたいった~い」
「罰として今日の掃除当番はトイレ掃除を命じる」
「あぁ! ひどいですぅ」
「いいからとっとと教室に行け! もう一時間目が始まるぞ!」
「はーい」
霧島は教室に向かって駆け出した。
去り際に振り返り、教師が辺りをキョロキョロ見回しながら歩き出したのを見て霧島はペロっと舌を出した。
その手の中には二つの小さな小さな人影が閉じ込められていた。
掃除の時間。
トイレの中。
掃除中の看板を出しておけば誰も入っては来ない。
そのトイレで、霧島は一人笑っていた。
「気分はどうですか? 須藤さん、武山さん」
手のひらの上のクラスメイトに話し掛ける。
二人は、霧島の手のひらの真ん中で抱き合って震えていた。
「よくも先生に手を出してくれましたね。その報いは受けてもらいますよ」
霧島は開いている手を二人に近づけていった。
すると─
カシャン
  カシャン
何かが指先に触れた。
見てみるとそこには緑色の染みが出来ていた。
「ざ、ざまぁ見やがれ! てめぇも縮んじまえ!」
須藤は持っていた縮小薬を投げつけた。
それは指先に命中した。やがて効果が現れる。
はは、ははははは!!
だが霧島はにこりと笑うと再び指を近づけ始めた。
!! そんな馬鹿な! 何故小さくならない!? 何故だ!!
驚愕の表情を浮かべたまま須藤と武山は霧島の巨大な指先に摘まれた。
霧島はそれを目の前に持ってきた。
「私に縮小薬は効きませんよ」
「…!!」
指の間で潰されそうな圧力に耐えながら、あり合えない真実を聞いていた。
あの薬は今まで誰にでも効いた。老若男女試したのだ。なのに何故だ! 何故、こいつには効果が無い!?
「私は今朝、あなたたちを縮めるのに薬を使いませんでしたよね?」
「…!」
「そういう事です」
霧島は上履きの片方を脱ぎながら言う。
「お小遣いに困ったからいくつか売っちゃったんだけど、それでまさか先生が被害に遭うなんて思いませんでした。私が軽率でした」
脱いだ上履きの中に二人を落とす。
1cmくらいの高さから落としたというのに落ちたとき二人はそこから動けなくなってしまった。
彼女達にとっては10mもの高所なのだ。こんな高所から降りられるのは教師の岡本くらいのものである。
二人は上履きの中から遙か天空に浮かぶ霧島の顔を見上げた。
「お、俺達をどうするつもりだ!」
「あなた達が私に先生にやらせようとした事を、あなた達にしてあげるんです」
須藤と武山は固まった。
自分達がこいつにやらせようとした事? それは…。
見上げていた霧島の顔がにっこりと笑った。
「さようなら」
二人の視界に、紺のソックスを履いた巨大な足が現れた。
それが、この上履きを目指して降りてくる。
自分達がこいつにやらせようとした事。 それは…。
二人は抱き合ったまま迫ってくる巨大なつま先を見上げていた。
汚れてもいない。ゴミもついていない。綺麗なソックスだ。それが、圧倒的な重量感を持って降りてくる。
綺麗なソックスはやがて汚れるだろう。私達によって。
須藤は悲鳴を上げていた。
「うわぁああああああああああああああ!! わぁああああああああああああああああ!!
 いやぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!! ───」
 ストン
霧島の足が上履きにおさまった。
同時に、霧島の耳にあのか細い悲鳴も届かなくなった。
くにくにと上履きの中の足を動かして踏み残しの無いようにする。完全な消滅だった。
足の裏に何も感じ無い事を確認した霧島はクスリと笑うと上履きをトントンと慣らし、トイレの掃除を始めた。
帰りのHR。
教師は今日一日学校中を駆けずり回ったが二人を見つける事は出来なかった。
靴はあったから家に帰ってはいないはずだが結局この帰りのHRにも姿を見せなかった。
はぁ…どうしたものか。
HRが終了し解散してゆく生徒達。
そんな中、近づいてくる生徒の影。
「先生?」
「霧島…。あいつらいったいどこに行ったんだ…」
「先生…。でも彼女達はとても罪深い事をしました。どうしても、許される事は無いと思います」
「だが罪は償わせてやりたかった…。でなくばあの子達の心は一生救われないだろう…」
「人を呪わば穴二つと言います。もしかしたらもう、彼女達は殺した人々の恨みに引っ張られてしまったかも…」
「出来ればそうはならないで欲しい。どんなに罪を重ねても俺の生徒なんだ。生きていて欲しいよ…」
「先生……」
ポロリ。
霧島の瞳から涙がこぼれた。
「ど、どうした霧島!」
「すみません…。先生のためにと思ってやったのに…逆に先生を苦しめる事をしてしまいました…」
「え? な、なんの事だ?」
「うぅ…安心してください。彼女達は明日になったらまた学校に来ます。その時にお話してあげてください」
「え? え? 霧島?」
「それと…もうこんな事件は二度と起こりません。あの薬はこの世から無くなりました。彼女達の様に簡単に手を染めてしまう人はいなくなるはずです」
「霧島…」
霧島は涙を流しながら廊下に向かって歩き出した。
だが教師はその背中を追えずにいた。ただ手だけが、その背に向かって伸ばされた。
教室を出る直前で霧島は歩みを止めた。
そして振り返り、涙を流しながら笑って言った。
「先生…。私、もっと先生が好きになりました…」
「…え?」
「あと、あの先生を元の大きさに戻した薬は、本当は元の大きさに戻るための薬じゃなくて1000倍の大きさになる薬なんです。覚えておいてください」
それだけを言うと霧島は廊下へと消えていってしまった。
残された教師はただ唖然として、霧島の消えて行った教室の出口を見つめていた。
廊下。
霧島の上履きの中から二つの小さな光が出てきた。
「先生に感謝してください。先生が優しすぎるから、私はあなた達が殺せなかった。でも私の事を喋ったら、その時は…」
光は彼方へと消えて行った。
それぞれの光はそれぞれの自宅のベッドの中へ。
一連の事はすべて夢だったのだ。これから目覚めるのだ、と。
光も去り、誰も居ない廊下で霧島は一人空を見上げた。
「地上に降りてきて良かった。先生、あなたに会えたから…」
暫く空を見つめていた霧島だが、やがて家路へと付いた。
翌日。
須藤と武山が登校してきて教師は二人と話をしたが二人は何も覚えていなかった。
そばにいた霧島の話によるとあまりのショックで記憶が失われてしまったのではないかという事。
もしもそうであるというのなら、人間としては失格かも知れないが、一連の事件の事は黙っておこう。
この子達がたくさんの命を手にかけた事を覚えていないのなら、そのまま忘れ去ってしまえばいい。
そうすれば彼女達のこれからの人生に大きな枷がついて回る事は無くなる。
亡くなった人々には申し訳無いが、それでも教師は自分の生徒を守りたかった。
死んだら、謝りに行こうと誓った。
「よかったですね、先生」
「ああ…もう二度とこんな事にならなければいい。亡くなった人々には俺が謝っておこう…」
「先生、なんか考えが柔らかくなりましたね」
「そういうのも大切だと、今更ながら学んだからな。お前のお陰でもある。ありがとう」
「えへへ。そういえば先生、今朝のニュース見ました? 世界中で同時多発テロがあったって」
「ああ、なんでも突然数百m規模の爆発が発生したとかだろう? しかも狙われた場所には関連性も重要性もまるで無く、どんなテロ組織の仕業かも見当が付かないそうだ。恐ろしいな」
「ですね。あ、でも、関連性は無いって言ってましたけど、実はひとつだけあるんですよ」
「なに? そうなのか?」
「はい。その爆発テロがあった場所はですね、みんなあの縮小薬を持ってる人がいたところなんですよ」
「そうなのか。でもなんで…というかよくそんな事知ってるな」
「はい。がんばって調べました」
そんな話をしながら二人は職員室の前を通過した。
その時、職員室のテレビでは礼の爆発テロの事が報じられていた。
無作為の爆発。目的の意図不明。
わからない事だらけで世界中が大混乱していた。
だが妙なのは爆発と言うには衝撃が小さかった事とこの妙な爆発の跡だった。
専門家達が散々頭を捻ったが爆弾の種類は特定できなかった。
小さな人々の頭では理解できなかったのだ。
その奇妙な爆発跡が、その長さ230m幅90mの窪みが、巨大な足跡である事になんて。