sizefetish-jp2cn-translated-text / 2.2 Text Prepared with Dict /[ICECAT] 箱庭シリーズ #1-9 [that123] JP.txt
AkiraChisaka's picture
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#1
黒川真美は、学校の帰りに、クラスメートで、同じ写真部に所属する中条司の自宅に招待された。
司が言うには、見せたいものがあるらしい。
中条家の玄関の入ってすぐの横のところに、この家の地下室へと続く階段があった。
どうやら、この地下室は土足のまま入っていくことが可能なようだ。
司に案内されて階段を下りてゆき、中条家の地下にある部屋に入っていった。
*
司が部屋の入り口近くにある明かりのスイッチを,
付けると真っ暗闇だった部屋の中の様子が次第に見えてきた。
意外なことに,そこは普通の地下室と言うよりも,
小さなホールぐらいの広さはありそうな空間が一本の柱もなく,そこにはあった。
今まで,司はこの空間の事をただ単に「地下室」としか言っていなかったので,
今日初めてこの場所に入った真美はここがこんなにも広い場所とは思っていなかった。
だが,真美がさらに驚いたのは,緑に覆われた山々,青く美しい海原,川に架かる二本の鉄橋,
高層ビルが林立する都会,一戸建て住宅やマンションが立ち並ぶ住宅街…といった
光景がこの広大な地下空間いっぱいに広がっていたことだ。
ただし、それら全ての建築物や構造物は、精巧にできた150分の1スケールのミニチュアだった。
この地下空間には、中条家自慢の鉄道模型のジオラマの世界が広がっていたのだ。
「どう?驚いた?」と司が真美に尋ねると
「う、うん。すごい」としか、目の前に広がっていた光景に圧倒されていた真美は答えられなかった。
「このジオラマに感動してもらえて,制作者としてうれしいよ」と司は照れながら言った。
「これ、全部司が作ったの?」
「まぁ親父が九割で、俺は一割ぐらいかな」とバツが悪そうな司。
「やっぱり、手先が不器用な司が全部作れるわけないよねー」
「なんだよその言い方は~」
厳しいところを真美に的確に指摘されて不満げな司。
「でも、このジオラマの出来は本当にすごいね。私、結構、感動しちゃった」
「そこまで感動してくれるのはありがたいんだけど、これで終わりだと思ったら大間違いだ」
と司が言った。
「えっ?何?まだ何かあるの?」
「説明は後だ。俺の腕にしっかり掴んでおけよ」
真っ白だった視界が元通りになってきて,真美はようやく周囲の変化に気付き始めた。
周りには数人の人影があり、さっきまでいた場所とは明らかに違う。
しかも、その人々は立ったまま全く身動きをしていない。
真美が、彼らに近づいてみるとどうやら本物の人間ではなくよく出来たマネキンのようだ。
周囲の突然の変化に戸惑っている真美に、どこからともなく司が現れ、
「こっちの方に飛んできてたんだな」と、声を掛けた。
「ちょっと、司。一体、私に何の術をかけたの?それに、ここはどこなの?
マネキンばっかいっぱいあって、なんか気味が悪~い」と少し怒り気味の口調で、司に突っ掛かる。
「ここがどこか知りたい?ここは中央だけど」と司。
「まぁ、もっと分かりやすく言うと、あのジオラマの世界の中にある駅だ。
要するに、オレが、オレ自身とオマエを小さくして、ジオラマの世界に入り込んだってことだ」
とさらに続けて司は言った。
「私を小さくしてって、まさか、もう元の大きさには戻れないっていうようなことは、
ないでしょうね。…まさか、ね」と不安がる真美。
すると司は伏せ目がちに
「ごめん。実は、そのまさかなんだ。戻るために必要な道具を置き忘れたみた」
と最後まで司が言い終わる前に、彼は背中に跳び蹴りを食らっていた。
真美の跳び蹴りを食らった司は、背中の痛みに耐えながら
「さ、さっき言ったことはいわゆる一つのジョークって奴だ。
元の大きさに戻るための機械はちゃんと持ってきてるから、心配すんな…」と言って、
そのまま、彼は床ににバタリと倒れてしまった。
数分後、司の背中の痛みが和らいできたところで、彼は起き上がり、
近くのベンチに座っていた真美が、彼のほうに寄ってきた。
「ごめん、背中痛かった?」
「あぁ、かなり。 まぁ元はと言えば俺が騙したのが悪かったし、お互い様だ」と司は言った。
「そう、もう大丈夫そうね。じゃ、そろそろ詳しく説明してもらおうかな。
わざわざ私を小さくしてまで、この箱庭の世界を案内したかったんでしょ?」
「一気に話すと長くなるけどいいな?」
「うん」
真美が相槌を打った後、司が説明を始めた。
「元々、鉄道模型愛好者は模型の列車を運転したり、
模型に超小型カメラを取り付けてジオラマの風景を低い視点から眺めたり、
あるいは、ジオラマの世界を創ること自体に喜びを感じる人々が居たんだ。
でも、どうせなら自分の手で列車を運転してみたり、自分の目でジオラマの世界の風景を見たり、
自分の足で自分が創った街を歩いてみたくなったり。
そんな願いを叶えるために開発されたのが、今、俺が手に持っているこの機械なんだ。
この機械さえあれば、ジオラマの世界の標準の大きさになって、さっき言ったようなことが、
簡単にできるようになったわけだ。それが、俺達がちょうど産まれた頃の話」
「へぇ~、じゃそれなら、あそこに停まってる模型の電車とかを、司は実際に運転できるわけなんだ」
「まぁ、そういうこと。これから俺が運転する電車に、真美を乗せてこの世界を少し案内してやるよ。
ちなみに、俺が運転する列車に、家族以外の人間を乗せるのは初めてだ」
「初めてとか言われると、なんかうれしいな」
「そう言ってくれると、こっちとしても、乗せる甲斐があるってもんだ。
じゃ、俺について来てくれ」
二人は、模型の列車が停車しているプラットフォームに歩いていった。
プラットフォームに停車中の車両は、やはり元々普通の模型の車両なので、
外見は本物の車両と比較しても遜色はないものの、内側はいかにも模型といった安っぽい感じだった。
だが、先頭車両だけは他の車両とは、まるで違っていた。
まず、運転席の設備は見る限りは、本物の運転席のものと変わりはなく、
さらに運転席の後方部分には、前方の景色を見るためのちゃんとした座席が設けられていた。
司が言うには、「最近の鉄道模型の車両の中でも、先頭車両だけは内側の設備も本物に近づけて、製作されている」とのこと。
運転席横の扉を開いて、二人は車両に乗り込んだ。
ちなみに、両端の車両の乗務員用の扉以外の扉は開くことのないハリボテである。
司が運転席に座って、準備が出来た。
「じゃ出発するよ」と声をかけた。
「うん。なんか少しドキドキしてきちゃった。いつもと同じように、電車に乗ってるだけなのに」
「ふ~ん、それって俺が運転するせいか?」
「べ、別にそういうわけじゃ…」そんな真美の反応に、司はニヤニヤしつつ
「出発進行!」と言って、列車を加速させていった。
*
動き出した列車は、構内のポイントをいくつか渡り、複線の本線へと進入していった。
次第に、線路は高架になり、特有の走行音をたてていた。
そして、列車はある高架駅のホームに、静かに滑り込んで停車した。
「目的地に到着っと。真美はこの「箱庭」に入るのは今日が、
初めてだし時間もあんまりないみたいだしな。
ここは、この箱庭で、最初に案内すべき場所じゃないんだけど、お楽しみはまた今度って言うことで」
「っていうことは、また司がここに連れてきてくれるんだね」
二人は列車から、ホームに降りた。ホームに掲げられている駅名表には「新都中央」と書かれていた。
「ここは、「新都中央」っていう駅で、市の中心部に一番近いっていうのが設定。
いかにも架空の地名っぽいだろ」とこの駅の設定を、司は言った。
「さてと、じゃ改札の外に出て、箱庭の都会を案内してやるよ。
まぁ、はっきり言ってあまり面白いものでもないけどな」
ホームから階段を降りて、駅の改札口を通って、二人は外に出た。
これから、模型の高層ビルが立ち並ぶ街中でも、真美に見せてやるかと、
司が考えていると、彼は大事なことを忘れているのに気付き、彼の中でイヤな考えが広がった。
「そういや、大体いつもこのくらいの時間にアイツはやってくるよな。
今日、初めて箱庭に来た真美が、何も知らずに、もしもアイツの姿を見てしまったら…」
司の不安が募る間に、真美は一人で駅の側を通る道路に出ていた。
「おーい、ちょっと戻ってきてくれ。言い忘れてたことがあるんだ」と大声で、司は呼びかけた。
「なーに?」
「今日は、火曜日で妹が帰ってくる時間がもうすぐなんだ」
「妹さんが、帰ってきてくるのが何か都合が悪いの?」
「単に、帰ってくるだけなら何にも問題はないんだけど、
地下室から明かりが漏れてると、部屋に荷物を置いてすぐに、ここにやってくるんだ」
「それが、そんなにも都合が悪いの?」
「妹は、そのままの大きさでここにやってくるから問題なんだよ」
「そのままの大きさ?」真美は、どうやら自分が縮小していることを忘れているようだ。
「忘れたのかー。俺たちは今、小さくなってここにいるんだから...」
*
ついに、司が恐れていた事態になってきた。
ミシッと何かが軋む巨大な音が、二人の耳に届き、
続いてドスーンドスーンと周期的な音が、耳に届いた。
「ねぇ、この音は何?」
真美は大きな声で司に聞いた。
こうでもしないと、声が司に届かないと思ったからだ。
「この音は、妹が歩いてくる音だ」
司が、叫び返す。
「でも、それだけならなんでこんなに大きい音がするの?」
真美は、まだ分かってない。
そして、高層ビルの間から、セーラー服を着た巨大な少女の姿が見え始めた。
立ち並ぶビルは、巨人の履く白のニーソックスと同じぐらいの高さしかない。
逆に言えば、それだけこの少女が巨大であることを示していた。
巨大な少女は、街の大通りである片側三車線の道路を窮屈そうに歩き
大通りと高架鉄道が立体交差している場所で動きを止めた。
巨大な少女は、両足の間に高架の線路を軽く挟み、
下を線路と平行して走る幅の広い道路を、巨大な黒いローファーを履いた足で塞いでいた。
この巨大な少女こそが、司の妹の奈央である。
奈央の実際の身長と体重は170?の60?で、14才、それも女の子としてはかなりの長身だ。
しかも股下は80?あり、なおかつ大人っぽい顔立ちのため、とても14才には見えない。
その容姿を活かして学校では、演劇部に所属している。
実際に、モデル事務所から声を掛けられたことも数回ある。
そんな奈央が、一たび、小さくならず、実際の体の大きさのまま「箱庭」の街並みに、足を踏み入れるとどうだろうか。
150分の1に全てが縮小化されたこの「箱庭」での奈央は、
身長255M、股下120M、体重20万トンの巨大少女となる。
今の奈央がまさにそうだ。
30mを優に越える大きさの巨大な黒のローファーを履いた奈央は、
地面に落ちている何かを探すようにして首を曲げて、視線を地面に向けた。
すると、奈央の両足の間にある駅の中から蟻のように小さな人間が出てきた。
「おい、奈央。何しにここに来た?」
「いつものように、小人の街を散歩しに来ただけだよ」
「ったく。今日は、ここを俺のダチに案内してるから、奈央みたいな巨大女がいたら、ダチが怖がるだろ?
だから、今日のところは、帰ってくれ」
すると、駅の中からもう一人、小さな人間が出て来た。真美だ。
「はじめまして。黒川真美です。中条君とは、クラスでも部活でも一緒なんで仲良くさせてもらってます。
それにしても、奈央ちゃんおっきいね」
と真美は、巨大な奈央に臆することなく自己紹介をした。
「奈央もちゃんと挨拶しろ。別に巨人のままでいいから」と司が言った。
すると、奈央が意外な行動に出た。
どういうわけか奈央の体が次第に、小さくなっていき、ついには、二人と同じ大きさになった。
「はじめまして、中条奈央です。いつもウチのチビ兄がお世話になってます」と挨拶を返した。
「こら、こんな時まで、チビ兄って言うな」
「だって、ついさっきまでチビだったもん」
「今は違うだろ?」
因みに、司の元の身長は173?で何とか兄としての面目を保ってる。
「まぁまぁ、仲良く仲良く。ねっ?」と真美が仲裁に入る。
司と奈央は、二人とも同じように口を尖らせて怒っていた。
仕草が、そっくりなのも兄妹だからだろう。
「いっけな~い」と真美が突然、大声で叫んだ。
「どうした?」
「今日、塾があるから、六時までに、家に帰らないといけないんだけど...」
司が、時計を見る。時刻は、五時半を過ぎていた。
今から、急いでも間に合いそうにもない。
「はぁ~、遅刻確定か~。そんなに大事な授業じゃないんだけど...」
真美は、溜め息を吐く。
「あのぅ、黒川さん。ちょっと、いいですか?」
「ん、何かな。奈央ちゃん」
「お兄ちゃんには、聞かれたくない相談があるので、ちょっとこっちに来てくれませんか?」
奈央と真美の二人は、司から離れて相談し始めた。
二人の会話が気になる、司。
時折、「私もなっていいの?」とか「そんなことして大丈夫?」とか
「でも、それなら間に合いそう」とか言う真美の声だけが聞こえてきた。
自分ではどうしようもないので、駅の中をぶらぶら歩きまわる司。
数分経って、司は元の場所に戻った。異変に気付いたのはその時だ。
先ほどまでそこにいた二人の姿が見えない。周囲を見渡しても、二人とも見つからない。
イヤな予感がしたので空を見上げる。
空は、二人の巨人の笑顔で覆われていた。
「チビ兄、私達は先に歩いて帰ってるからね。ちなみに、模型の電動車は預かったよ」
と、奈央は手に持ってる電車を見せた。
これも、自分が電車を軽々と持ち運べるくらい巨大だと見せつけるためだろうか。
それとも、兄に対するただの嫌がらせか。
「だから、チビ兄も歩いて帰ってきてね」
と奈央が言って、
「私も巨大化すれば間に合うって奈央ちゃんが思いついてくれたの。
こうするしかないみたいだし、足元には気をつけて歩くから」と真美が言った。
「じゃあね」と言い残して、「巨人」の二人は巨大な地響きを立てて去っていった。
駅に、ただ一人取り残された、「小人」の司。
真美と奈央が歩く距離の150倍も歩かねばならないかと思うと、気が重くなる司であった。
#2
七月の夏休みのある日、この日に司と真美は海水浴を計画していた。
その日の天気は晴れだったものの、台風の影響で波が高くて
今日の海水浴は非常に危険だと朝の天気予報で報じていた。
司が真美に今日の海水浴は中止にしようと電話で伝えようとした時、奈央が話しかけてきた。
「お兄ちゃん、せっかく、海水浴の予定組んでいたんだから、
「ウチ」の海水浴場に行けばいいんじゃないの?相手は真美さんでしょ?
前にこの家に来たことがあるし、別に問題はないと思うよ」
「なるへそ、それはナイスアイデア。あそこにでも充分に海水浴気分が味わえるしな。
悪いけど、『海』の用意をしておいてくれるか?俺は、真美に電話をしなくちゃいけないし」
「うん、わかった。でも今日は学校に行く用事があるから、先に制服に着替えてから準備するね」
と素直に返事をして、奈央は歩いていった。
普段の奈央は、大人しくて、女の子らしいのになぜか、「箱庭」の中では、まるで性格が違ってくる。
兄としては悩ましい問題だ。
司は、携帯電話をポケットから取り出して、真美に海水浴に行く用意をして、
中条家に来るように伝えた。
しばらくして、海水浴の用意を持った真美が、中条家にやってきた。
この家に来るのは二回目だ。電話で司に言われた通りに、玄関の横の階段から地下に降りる。
地下室の入り口で、司は待っていた。
「海が荒れてて、行けなくなったのは残念だね。楽しみしてたけど」
「でも、そのかわりに我が家のプライベートビーチでのんびり泳げるから、いいんじゃない?」
真美は、司の言う中条家のプライベートビーチが何なのかは、当然のごとく分かってる。
でも、野暮なことを言ったら、司の好意を台無しにしてしまう。
だから、真美は何も知らないふりをして、「箱庭」に入って、海水浴を楽しめばいいと考えていた。
「じゃ、いくよ」と司の声がして、前回と同じように、視界が真っ白になった。
わざわざ、小さくならずに、模型の上を歩いていって、
そこで小さくなればいいじゃない、と思うかもしれない。
けど、それじゃ雰囲気が出ないと思う真美であった。
だから、わざわざ小さくなって駅から、司の運転する列車に乗るのだ。
電車は、住宅街を抜け、郊外の小さな駅を過ぎ、トンネルを抜けていった。
車窓には、とてもジオラマには見えないくらいのすばらしい風景が広がっていた。
15分ほどで、列車は目的地の海岸最寄りの駅に着いた。
この海岸は、周囲を高さ100m程の三日月状の山並みに囲まれた場所に位置し。
山と山に挟まれた形の駅がある以外には海しかないような場所だ。
しかも、この海岸を知る人は、ほとんどいない(そりゃそうだ)。
まさに、絶好の海水浴スポットと言えよう(By司)。
海水浴場最寄りの駅に着いた二人は、すぐさま駅のホームから間近の砂浜へ歩いていった。
砂浜に着いて、早速海へと駆け出していった真美は、ある異変に気付いた。
目の前に広がるのは、広大な大海原(のつもり)なハズなのに、なのに。
そこには、なぜか全く海水はなく、ただ乾燥した砂地があるのみだ。
その光景を見て、真美は
「ちょっと、海で泳ぐのを、せっかく楽しみにしてたのに、海水が全くないってのは、どういうことなのか説明してくれる?」と司に食ってかかっていた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。予定通りなら、俺達が電車に乗ってる間に、とっくに済んでるはず…
なんだ…けど。やっぱ、あいつに頼んだのが間違いだったな」
「あいつってアンタの妹の奈央ちゃん?」
「しかいないだろ?」と司。
その時遠くの方から、何やらドスーンドスーンと周期的に地響きの音が周囲に響き始めた。
だんだん、その音の周期が狭まるとともに、二人が立っている地面が揺れ始めた。
「こ、これって奈央ちゃんが、ち、近付いてくると、時の音?」
真美は、奈央と初めて顔を合わせた時にも、この恐怖を経験してはいるが、
今回を入れてもまだ二回しか、経験していない。
真美みたいに、まだほとんど慣れていないと、この音と震動にはかなり恐怖を感じるだろう。
司だって、これにはあまりいい思いはしない。
「念のために、砂浜から離れて、駅のホームに避難しよう」と司は、真美に声を掛けて避難した。
音と振動が、一段と大きくなったところで、ようやく「元凶」がその姿を現した。
ストレートの黒髪のロングヘア、赤いスカーフのセーラー服に、紺色のプリーツスカート、
白のニーソックスに黒のローファーを履いた「元凶」-司の妹の奈央-は、
海岸の三方を取り囲む山を、なんと一跨ぎで越えて現れた。
そして、巨大な黒のローファーを履いた右足を二本の線路を塞ぐ形で置き、
これまた巨大な黒のローファーを履いた左足を、少し離れた砂浜に置いて、
二人の真上で仁王立ちしたままの姿勢で、動きを止めた。
さらに、奈央は両手で、何かの液体が満タンに入った巨大なペットボトルを抱えていた。
「ねぇ、チビ兄ちゃん。このペットボトルの水、そこに流し込んでいいんだよね?」
中学生の女の子らしいかわいい声ではあるが、
その巨体ゆえの、ものすごい音量で、奈央は司に尋ねた。
逆に、「小人」の兄は、精一杯、声を張り上げて「巨人」の妹に聞こえるように
「あぁ、そこら辺にドバーッと流し込んでくれ」と言った。
「あと、しっかりと忘れずに、巨大な私の姿を撮っておいてね」「へいへい」
司の返事が耳に届いたのかは分からないが、奈央は、
ペットボトルの蓋を開けて、右腕を前に伸ばして、すぐさま容器を真っ逆さまに下に向けた。
奈央からすれば、単に2リットルの水がドバドバと、ペットボトルの口から吐き出されたに過ぎない。
だが、「小人」の司達二人からすれば、この光景はどのようなものだっただろうか。
先程、姿を現したセーラー服姿の巨大女は、
15階建てのビルと同じくらいの大きさの巨大なペットボトルの蓋を開け、
片腕だけで膨大な量の液体で満載の容器をいとも簡単に支え、
腕を前にまっすぐ伸ばした後に、すぐさま巨大な容器を真っ逆さまにした。
瞬く間に、高度200m以上の位置から、675万リットルもの液体が、地面に降り注いだ。
地表に降り注いだ液体の一部は、二人の「小人」がいた駅のホームの間近まで迫った。
海岸一帯を襲った洪水は、すぐに治まり、そして「海」を創った。
奈央が「海」を創っている間、司は約束通りカメラを巨大な妹の方に向けていた。
一方、真美は眼前で繰り広げられる光景に、ただ只、驚くばかりであった。
「チビ兄ちゃん、これでいいの?」
「サンキュー。こっちも約束通り、お前の写真も撮っておいたからな」
「じゃ私は、これから学校行くね。あと、そこの小さなカップルのお二人さん。海水浴を楽しんでね」
と言葉を残して、「巨人」の奈央はやってきた時と同様に、山を一跨ぎして去っていった。
普段は、無表情であることの多い奈央だが、さっきは上機嫌に見えたのは気のせいだろうか。
海岸に残った「小人」の二人は少しばかり溜め息をついた。
「やっぱり奈央ちゃんはおっきいね。
私からすれば、普段でも奈央ちゃんは、170?あるからおっきな女の子なんだけど、
ここに来て、奈央ちゃん見ると踏み潰されそうなくらいおっきいし」
「別に、真美も小さくならずにここに入って来たら俺からすれば、奈央と同じ巨大女だ」
「じゃぁこんど、また奈央ちゃんに協力してもらって、司が小さくなってるときに、
私も巨大女になって、司の前に出て来てあげるよ」
「や・め・ろ。これ以上、巨大女が増えると、俺がノイローゼになりそうだからマジでやめてくれ」
「そこまで見たくないなら…」
「なら?」
「逆に、絶対に見せつけてやる♪」司の溜め息が、一層深くなった。
「それはさておき、とりあえず海に入ろうぜ。じゃなきゃ、ここに来た意味がない」
「それもそうね」こうして二人は、海へと駆け出していった。
真美は、バシャバシャと音を立てて、海の中に入っていった。
「あれ?この水しょっ~ぱい。この水って海水なの?てっきりただの水と思ってたけど」
「一応、海水浴に行くってことだったから、奈央に海水と同じ塩水を作ってもらったんだ」
「模型と同じく本物志向を追及するんだね~。
普通の水じゃなくて、塩水だと海に来たって感じがするし。
そこまで、考えてくれてるなんて司君は、えらいえらい」
「なんかムカッとくる褒め方だな」
「褒めてあげたんだから、文句は言わないの
そういえば、さ。さっき奈央ちゃんが海を創ってるとき、司はなんで写真撮ってたの?
というか、奈央ちゃんが、わざわざ頼んでた気もするけど…」
「あれはな、奈央の趣味なんだ」
「趣味?」真美は、怪訝そうな表情を浮かべる。
「真美が初めて奈央にあった時や、さっきみたいに、
箱庭に奈央が、そのままの大きさで入ってきたら、小さくなってる俺達からすれば、
奈央は巨人に見えるだろ?奈央自身は、単に「巨人」って言われるより、
なぜか「巨大女」とか「巨大妹」とかって言われる方が好きみたいなんだけど…
で、箱庭の街を巨大女として歩くのも好きみたいなんだけど、
奈央がもっと好きなのが、小人視点から巨大な自分の姿を、
俺にカメラやビデオで撮ってもらうことらしい。
撮った写真やビデオは全部、奈央に渡してるから、あんまり見たことないけど」
「へぇ~、そういうのが好きって、奈央ちゃんかなり変わってるね~」
「実際、かなりどころではないと思う。何が原因でこんな趣味を、持つようになったんだろうか…」
「でも、わかる気もする。私も前回帰る時に「巨大化」したじゃない?
その時、模型の街の中で自分が巨人になったような気がして、なんだか気持ちよかった。
そうでなくても、例えば、東京タワーみたいな高い建物から下を見下ろすと
歩く人間が蟻に見えたり、走る車はミニカーに見えたり。
自分が、街を見下ろす巨人になったような錯覚に陥るのはよくあることだと思うよ。
でも、奈央ちゃんは単に模型の小さな町並みを見下ろすことよりも
どっちかっていうと、模型の小さな町並みを見下ろしている巨大な自分の姿を、小人目線で見てみたいから
司に、ビデオとか写真を撮ってって頼んでるんじゃいないかな?
実際に、奈央ちゃんに聞いてみればはっきりするんじゃない?」
「それは、わかってるんだけど...実の妹に、そういうことは聞きにくくね?」
「なら、私が聞いてあげよっか?
司じゃなくて、私になら、奈央ちゃんは素直に話してくれるかも知れないから...」
「よしっ。じゃ、この件は真美に任した。うまく、奈央から聞き出してくれ」
「そのかわり、こんど、ここに「巨人」で入ってもいいかな?」
「それって、真美が「巨人」になりたいっていう理由があって、言ってるんじゃないよな?」
「そんなわけ…あるかも♪」
「『あるかも♪』って、なんじゃそりゃ。まぁ、俺が言い出したことだし、その条件は飲んでやる。
でも、そんなに巨大になりたきゃ、ゴジラにでもキングギドラにでも勝手になりやがれ」
「随分、ひどい言い方ね。女の子を怪獣と一緒にしないでくれるかな?」
「ゴジラよりはるかにでっかい生き物は、女でも十分、巨大怪獣と同じようなもんだよ」
互いに、笑い合う司と真美。夏の厳しい日差し…ではなくて部屋の明かりの光が二人に降り注ぐ。
二人は、奈央が創った海に戻っていき、それからしばらくの間、それぞれ海水浴を楽しんでいた。
が、そんな中、彼らを空腹が襲った。
腹がぐぅぐぅと音を立てて空腹を訴えていた。
現在、時刻は13時過ぎ。腹も減るはずである。
だが、昼食を取るにも、ここは実際の海水浴場ではなく、
ジオラマの中の中条家専用海水浴場なので「海の家」なんかがあるはずもない。
海から上がった二人は、昼食をどうするか相談した。
「初めから、なんか食い物持ってくればよかったな。
ここにいても仕方ないし、とりあえず家に戻ろう。
一応、今日は、母さんが家にいるはずだし、
いなけりゃ冷蔵庫には冷凍食品が入ってたはずだから、なんとか昼飯にはありつけると思う」
「そうだね」と真美も同意した。一旦、司の自宅に帰るべく二人は、駅に向かった。
駅に到着し、電車に乗り込む。運転席に座り、電車を動かそうとする司。
だが、どうしたことか。電車が動かない。
「あれっ?動かないぞ」「故障でもしたの?」
「どうも、走行用の電気が線路に流れていないみたいなんだ。
ちなみに、模型の列車は、線路を流れる電気でみんな動いているんだ。
だから、実際の鉄道と違って、ここには架線がないんだ」
「へぇ~、勉強になったわ…じゃなくて、電気が流れてないってことは、この電車、動かないの?」
「あぁ。だから、家に帰るには線路上一時間程歩かなきゃいけない…」
「ところで、あの元の大きさに戻れる機械はどうしたの?あれがあれば、私が巨人になって…」
「悪ぃ。どうも入り口に置き忘れたみたいだ」
「死ね。百回死んで百回生き返って私に謝罪と賠償を」
「はいはい。カクニンシナカッタボクガワルカッタデス。スミマセンデシタ~」と司が、全く誠意のない謝罪をした。
と、その時、毎度お馴染みのあのドスーンドスーンという音がし始め、地響きがし始めた。
「これって誰かが『巨人』の状態で近づいてるってことだよね?なら助けてもらえる?というか、私達ラッキー?」
「あぁラッキーだな。まったく図ったかのようなタイミングだぜ。いや図られたのかも?
でも、誰の地響きだろ?父さんは展開的にアリエナイ。つか、今札幌に単身赴任だし。
母さんか?それとも、奈央がちょっかいを出しに来たのか?そのどっちかだな」
地響きの中、司は真美に告げた。
司と真美がいる、三方を山に囲まれたこの駅からでは、近づいてくる「巨人」の姿は見えない。
奈央か、それとも司の母親か。
果たして、どちらが「巨人」となってこっちに近づいているのだろうか…
動かない電車の中に避難して、「巨人」の襲来を待つ司と真美。
二人を襲う揺れと音が次第に大きくなる。異変に気付いたのは、真美だ。
「ねぇ、足音の感じが朝、奈央ちゃんが来た時と違うような気がするの」
「言われてみれば、確かにそうかも。なら、近づいてるのは母さんか」
「違うの。そうじゃなくて…」真美が言いかけたその時。
「司。お昼ご飯持ってきたわ。砂浜に足を置くから、砂浜から離れて待ってなさい」と、
奈央とは違う大人の女性の声が、上空から聞こえてきた。
「どうやら母さんが、昼飯を持ってきたみたいだ」 二人は、電車からホームに降りて待った。
司の母親-和美-の上半身が山の向こう側にあった。
和美は、両手でお昼ご飯が載せられた巨大なお盆を持っていた。
そして、奈央が朝、ここにやってきた時と同じように山を一跨ぎで越えて来た。
このあたりは母娘で似ているのかもしれない。
そして、和美は「奈央も足元に気をつけて」と言い、山の向こうに側にいる奈央に注意を促した。
奈央も、両手に巨大なお盆を持って山を一跨ぎしてやってきた。
そう、真美が感じていた「異変」は、二人が「巨人」でやってきたため
揺れと音が前の二回より大幅に大きかったことだったのだ。
小さな砂浜に、四本の巨大な柱が突如として出現したかのような壮大な光景が、司達の眼には、映っていた。
「まず、小さくなる前にこれを置かないと」と和美は、お盆に載せてあった、
「海の家」と書かれた看板がついた小さな家のようなものを手に取り、砂浜に置いた。
どうやら和美は、食事をするための「海の家」の模型を持ってきたようだ。
気がつくと、和美と奈央は、司達と同じ大きさになっていた。
「あなたたち、お腹が空いてるでしょ。こっちにいらっしゃい」と砂浜の方に手招きをした。
タイミング良く司と真美のお腹がぐぅぅと鳴った。
「海の家」は、入り口付近に四人掛けのテーブルと椅子があり
奥のほうには、畳敷きの小部屋があり、昼寝が出来そうなスペースだ。
席について、司と真美は昼食のカレーを食べ始め、奈央は暇そうな顔をして、欠伸をしている。
そんな3人を和美はニコニコしながら眺めていた。
「そういや電車を動かすための電気止めたの母さんだろ?」
「すれ違いになったら困るから、電気を止めといたのよ。
帰るときには、ちゃんと元に戻しておくわよ」
「こっちは、帰れないかもしれないとヒヤヒヤしたんだからさ」
「そうそう、あなたが、噂の真美ちゃんね。司からいろいろ聞いてるわ。
こんなところでよければ、またいつでも遊びにいらっしゃい」
「はい、ありがとうございます」
余程、空腹だったのか司のカレーはみるみるうちになくなっていった。
そして、カレーを先に、食べ終わった司はさっさと海に戻っていった。
「わざわざ家族専用ビーチに呼んでもらったりしてすみません」
真美が改めてお礼を言う。
「そんなに気を使わなくてもいいのよ。ここは、狭い海水浴場だけど楽しんでいってね」
「はい。それじゃ、本当の海水浴場に行けなかった分目一杯楽しんできます。
あと、カレーごちそうさまでした」
「どう致しまして」
真美も、司に続いて海に戻っていった。
「さてと。そろそろ、私は家の方に戻るけど、奈央はどうするの?」
「私も戻る」
「せっかく海に来たのだから、二人と一緒に海で遊んできたら?」
「でもお兄ちゃんと真美さんデート中みたいだし…邪魔しちゃ悪いよ」
奈央は二人に配慮しようとして、こういったのだが、
「奈央ちゃんも一緒に遊ぼうよ」と真美が奈央を誘ってきた。
「別に、デートで来たわけじゃなさそうね。
それなら、奈央も心おきなく参加できるじゃない。午後は海で遊びなさい」
「はーい」少し不満気に返事をする奈央。
「でも、水着は持ってきてないから、着替えに一旦家に、戻らなきゃ」という訳で、
和美と奈央は「巨人」になって、帰っていった。
和美は帰り際に、奈央が着替えてから、ここにまた戻ってくることを二人に告げた。
ここは、中条家の長女、奈央の自室。
鏡の前で落ち込む奈央の姿が、そこにはあった。
奈央が落ち込んでる原因は水着だ。
奈央が学校の授業以外で、プールや海にはここ数年行ったことがなかった。
そしてこの数年の間に、彼女の体は大きく成長していて、かつて着ていた水着は小さくなっていた。
そのため、彼女が着られる水着が一着もなかったのである。
いや、実のところ一着だけ、今の奈央が着られる水着があった。
だが、それは学校指定の所謂「スクール水着」だったのだ。
学校行事でもないのに、スクール水着を着て、海に行くのは気が引ける。
でも、スクール水着が嫌だからという理由で、海に行かないのは母親が許しそうもなかった。
それに、海とは言え、場所は中条家専用海水浴場であり、
奈央のスクール水着姿を見るのは兄である司とその友人の真美しかいない。
仕方なく割り切って奈央は、スクール水着に着替えた。
奈央の部屋がある2階から1階に降り、玄関すぐ横の階段から地下室に降りる。
そして奈央は、地下室のドアを開け、「箱庭」に足を踏み入れた。
この街に再び現れた巨大少女は、こんどはなぜかスクール水着を着用していた。
この水着の胸元に張られた白い布地の上には、でかでかと「2-A 中条」と書かれていた。
胸元の部分に掲載するスポンサー広告を募集したら、多額の広告料が稼げそうである。
幾度となくこの「箱庭」に「巨人」として、足を踏み入れてる奈央であったが、
流石にスクール水着姿で足を踏み入れたことは、なかった。
いつも制服や私服を着ている時とは、なんだか一味違う感触がする。
ふと「巨大スク水少女現る!!」といった言葉とスク水を着た巨大な自分の姿が目に浮かぶ。
「案外おもしろいかも」心なしか、奈央は気分がよくなった。
「でも、今、チビ兄は、海にいるわけだから『都心のビル街にそびえ立つ巨大スク水少女』
っていう感じの写真は、こんど撮ってもらうしかなさそう」少ししょんぼり。
田園地帯を、考えながら歩いているうちに、奈央は本来のルートを外れたところを歩いていた。
「巨人」が歩くべき道は、片側三車線以上の道路と、ちゃんと決められている。
「巨人」の重量で「箱庭」が傷まないようにするためだ。
もっとも、「巨人」の少女一人ぐらいの重さではほとんど傷みはしないが。
司達のいる海岸に行くための道は、鉄道とほとんど並行して走っている。
奈央は、あわてて元の道に戻った。
「箱庭」の入り口から、目的地の海岸まで、「小人」からすれば距離にしておよそ15?。電車で行くなら15分。
しかし「巨人」からすれば、距離はたったの100M。しかも歩いても、2分。
やっぱり「大きいことは、いいこと」なのだ。うん。
何十年か前のCMのフレーズを引用して奈央は自分でそう結論付けた。
そこから一分歩いて、海岸を取り囲む山を、前の二回と同じ様に、軽く一跨ぎで越える。
奈央が、海岸に到着し、足元の砂浜を見ると、こちらに向かって真美が、手を振っていた。
奈央が、司達と同じ大きさになると、奈央の方に司が寄ってきた。
「おいおい、学校指定の水着しか、着れる奴はなかったのか?」
「うるさいな~。海とか来るの久しぶりで、昔着てた水着が全部小さくなってたの~」
「奈央はデカ女だからな。いろんなものが、すぐに小さくなる」
「妹に向かってそんなこというチビ兄は、真美さんに踏み潰されちゃえばいいのに」
「こら。同じサイズの時には、チビ兄と言うな。
俺が、真美に踏み潰されたら、お前の写真を撮ってやる人間がいなくなるぞ?いいのか?」
「あっ」奈央は、墓穴を掘ったことに気付く。
「ところで奈央ちゃん、勝手に私が司を踏み潰すことになってるのはどういうことかな?」
「あっ」奈央は再び自分のミスに気付いた。
「こいつは、どっか抜けてるとかがあるんだよな~」
「でも、そこがかわいいところじゃない」
奈央は、兄とその友人に好き放題に言われて赤面した。
「ごめん。ごめん。奈央ちゃん、そんなに怒らないで」
ぷぅ~とふくれている奈央を見て、すぐに、真美がフォローを入れる。
「そうだ、奈央。ここにわざわざ来て貰ったところで悪いんだけど、頼みごとがある」
「何?別に、あんまり泳ぐ気はないからいいけど」
「もう一回、『巨人』になってくれないか?ただし、今度は俺達から見て10倍サイズの『巨人』にだ」
「なんでそんな中途半端な大きさになる必要があるの?」
「ここは白い砂浜。砂浜と巨人...何かを思い出さないか?」
「もしかして...ガリバー?」
「そう。『ガリバー旅行記』の冒頭を再現してみるんだよ。もちろんガリバー役は奈央、お前だ」
「別にいいけど、私をガリバーに仕立て上げて何するの?」
「何って、こともないんだが...まぁ、真美がどんな感じか試してみたいって言っててな」
「本来なら、ガリバーは男だから、司が適役なんだけど…男の『巨人』はなんだかつまらないし、
もしも『ガリバー』が、かわいい女の子だったら、どんな感じなのかなって思って…ダメかな?奈央ちゃん?」
「真美さんに関しては、特に問題はないけど…お兄ちゃんも参加するの?」
「そのつもりだが、何か不満があるのか?」
「お兄ちゃん、もし調子乗って、私の体に悪戯でもしたら、摘んで海に投げとばすからね」
「分かってるって。そんなに、俺がかわいい妹の大事な体に、悪戯をするような悪い兄に見えるか?見えないだろ」
「一応、警告しといたの。完璧に信用できるわけじゃないし」
「さて、ということで俺達はあっちの方に行って、待ってるから。
準備が整ったら、右手を挙げて合図してくれ」
司達の話にうまく乗せられ、奈央は『ガリバー』役をさせられることになった。
「『ガリバー』役って言っても、実際、ただ砂浜に寝てるだけで、いいみたいだし」
こう思いつつ、奈央は言われた通り、今の10倍サイズに巨大化になり、仰向けの状態で砂浜に、その巨体を横たえた。
奈央が手を挙げたのを確認し、彼女の方へと砂浜を歩いていく、司と真美。
横たわっている奈央の側までやって来て、奈央に聞こえるよう、わざとらしく司は言った。
「うわっ、こんなところで巨人が寝ているぞ」続けて
「巨人って、初めて見たけどこんなにも、おっきいんだ」と真美が、司と同じように言った。
「よし、巨人が眠っている間に、体に登ってみよう」
「うん。そうしよう」
なんだか小学校の学芸会みたいな会話が続く。
司と真美は、「巨人」の手から、体に登り始め、続いて腕を登る。
「巨人」の腕は、白くきめ細やかな肌で覆われていて、しかも歩くたびに、ぷにぷにとした感触が伝わってくる。
腕の上を歩かれて、くすぐったいのか、「巨人」が笑いを抑えているのがわかる。
「小人」の二人は、「巨人」の胴体にまで、達していた。
「小さくなって、人の体に登るような話が、よく漫画とかであるけど…」
「なるほど、こういうことだったのか」小人の二人は、勝手に納得しあっていた。
二人がいる所から見て、「巨人」の頭とは、反対の方に、小さな「山」があった。山の方に近付く司。
「ちょっと司。やめてあげた方がいいよ。奈央ちゃんのおっぱいに登るのは。」
「いいって、いいって。気にすんな」
真美は司を制止しようとするも、無駄であった。
「おおっ、こんなとこに山があるぞ」と言いつつ、真美の忠告も聞かずに、登っていく。
ぷにぷに。この「山」は、腕よりさらに、ぷにぷにしているようだ。
「山」の頂に達したところで、司は巨人の逆鱗に触れたことに気がついた。
「なーに、勝手に妹の胸で、登山を楽しんでいるのかな?お兄ちゃん」
奈央はわざとらしく、司のことを「チビ兄」ではなく、「お兄ちゃん」と呼ぶ。
彼女が、怒っているのは明らかだ。
「あははは、バレたか」
「アレだけ警告したのに...このスケベバカチビ兄め。
さっき言った通りに、海に投げ飛ばすから。悪く思わないでね」
そう言うと、奈央は腕を伸ばし、胸の上にいた司を、指先で軽く摘みあげて海に向かってポイッ。
司は、奈央が手首を返しただけで、飛んでいった。
数秒後、ドボンと水音がしてから、白い水柱が沖の方に立った。
「あはは、奈央ちゃん、結構キツいことするんだね」真美が苦笑する。
「あれは、自業自得です。それに、お兄ちゃんは泳ぎが得意ですし、ためらうことはないです。
あと、真美さんは女の子ですし、私の胸をぷにぷにしても構いませんよ」
「じゃ、お言葉に甘えて。ぷにぷに、ぷにぷに」
真美は、しばらくの間、奈央の胸で遊んでいた。
「真美さん、そろそろ元の大きさに戻りたいので、降りてもらえますか?」
「あっ、ごめんね」
真美は、差し出された奈央の大きな手のひらに、乗せられ砂浜に降ろされた。
海の方で、バシャバシャと音がした。
司が、沖から泳いで戻ってきたようだ。
「はぁはぁ。死ぬかと思った」
司は、泳ぎ着かれたのであろうかぜぇぜぇと息を切らしていた。
「あれは、司が百パーセント悪い」真美がバッサリ切り捨てる。
「妹の胸を触るなんて、お兄ちゃんサイテー。どういう神経してるんだかわけわかんな~い」
さらに奈央が、追い撃ちをかけた。
「奈央、俺が悪かった。頼む。許してくれ」司は、本気で謝っていた。
「奈央ちゃん、どうするの?許してあげる?」
「じゃ、私に向かって『どうか奈央様、こんなに罪深い僕をお許し下さい』って、言えたら、今回の事は、水に流してあげる」
「うわっ、きっつ~い。兄としてのプライドを打ち砕くようなこと言わせるのね」思わず、真美が声をあげた。
「わかった。それを言ったら、なかったことにしてくれるんだな?」
「うん。でも、お兄ちゃんと私の立場の違いをはっきりさせるために…」
突然、奈央の体が大きくなりはじめ、本来の大きさに戻った。
「この状態で、さっきの台詞を言って、謝罪してもらうからね」
そして「小人」の兄は、屈辱に耐えながら『どうか奈央様、こんなに罪深い僕をお許し下さい』と言って、
150倍の大きさの「巨人」の妹に、許しを請い願った。
その光景には、二人の立場の違いががはっきりと表れていた。
奈央は、「お兄ちゃん、よく言えました。じゃあ、今回は許してあげる♪」と言った。
その顔には、満面の笑みが溢れていた。
#3
あの「箱庭海水浴」から、一週間。只今、夏真っ盛り。
真美は、再び中条家を訪れていた。門の横のインターホンを押す。ピンポーン。
「はい」応答したのは、妹の奈央の方だった。
「黒川でーす。今日、お邪魔してもいいかな?」
「いいですよ。玄関の鍵を開けに行くので、少し待ってて下さい」
30秒ほど経ってから、ガチャと鍵が開く音がして、ドアが開き、奈央が姿を見せる。
「司は、『箱庭』の中にいるの?」
「うん、お兄ちゃんは今、『箱庭』にいるんだけど、中で何か作業してるみたいで
『作業してる間は、中に入ってくるな』って言ってし…
今から、お兄ちゃんに、真美さんが来たってことを、伝えに行きますから、待ってて下さい」
「ありがとうね」奈央は、地下へと続く階段を降りていった。
数分後、奈央が戻ってきた。
司によると、自分の部屋に上がって、待っててほしいということだそうだ。
奈央に司の部屋の場所を聞くと、二階の一番奥にある部屋らしい。
二階に上がり、言われた場所に「TSUKASA」とローマ字で書かれたプレートが掛けられていた。
ドアを開けて中に入る。真美が、司の部屋に入るのは、今日が初めてだった。
部屋に入り、全体を見回す。ベッドに箪笥、パソコン机に大量のマンガが並べられている本棚。
いかにも、十代の男の子の部屋と言った感じだ。
ただ、ここは男の子の部屋なので、女の子の部屋とは違う微かなにおいがした。
そのにおいが真美には、新鮮に感じる。
というのも、真美には男兄弟が一人もおらず、加えてここ数年、同年代の異性の部屋に、入ったことがないからだ。
「案外、普通の部屋なんだ」特に、何かを期待してたわけではなかったが、そう思ってしまう。
立ちっぱなしでいるのも、辛いので、ベッドに座る。
ふと、向かいにある本棚に目をやる。
「あっ、『ロスコン』があるじゃん。しかも、最新巻の9巻。へぇ~、司も読んでるんだ」
真美は、話題作の漫画を、勝手に本棚から取り出して、ベッドに寝転がって読み始める。
漫画を読み終えたところで、ベッドの横の平らな部分に、模型の線路と駅が置いてあることに、気がついた。
線路は、ベッドと同じくらいの長さがあり、一方の端には車止めがあり、
もう一方の端の線路は、なんと壁を突き抜け、部屋の外に延びていた。
部屋の外の部分は、トンネルと思われる構造になっている。
覗き込んでも、暗闇のせいで中の様子は全く分からない。
ずっと見ていても仕方がないので、目を離そうとしたところ、
トンネルの奥のほうで、光が見え始めた。
真美が、トンネルに耳を近づけると、モーター音が伝わってきた。
どうも、このトンネルの中を模型の電車が走っているようだ。
真美は、トンネルの出口付近に、顔を置いて待ち伏せる。
いよいよ列車が、トンネルの出口に差し掛かる。
先頭に機関車を二両連ねた列車の姿が、見え始めた。
機関車の後ろには、多数の貨車が、連結されている。
やって来たのは、どうやら貨物列車に見立てた列車のようだ。
列車が徐々に、減速し始め、車止めの手前で完全に停まった。
先頭の機関車の運転室のドアが開き、中から小さな人間が、ホームに降りてきた。
降りてきたのは、真美の予想通り、司だった。
「悪い、少し待たせたな。今から元の大きさに戻るよ」
小さな司が、真美に向かってこう言って、すぐに真美と同じ大きさになった。
「今日は『箱庭』のレイアウトを変えるために、作業してるんだよ」と司が説明した。
「ねぇ、この線路って『箱庭』に繋がってるの?」
「あぁ、俺の部屋と『箱庭』とを直接結んでる。今日みたいに、何か作業する時には、
道具や荷物を乗せて運べるから便利だぜ」
「へぇー、『箱庭』には、まだまだ仕掛けがあるみたいだね」
「仕掛けってほどのもんでもないけどな。で、わざわざ学校帰りに何しに来たんだ?」
「久しぶりに『箱庭』に入ってみたかったけど、今日は、改装工事中みたいだし、遠慮しとくよ」
「別に、入るだけなら問題ないが、入ってきたら作業手伝わせるぞ。手伝いたいなら話は別だが…」
「作業手伝ってもいいの?」
「真美は、手伝いたいのか?手伝ってくれるなら、うれしい限りなんだけど」
「どんな風にして、司が『箱庭』を改造しているのか気になるし、一緒に手伝ってあげる」
「わかった。準備整えて、ここから出発しよう」
それから司は、あわただしく準備をし始めた。
先程、司が乗って来た二両の機関車を付け替え、作業に必要なものを、貨車に乗せた。
「ふぅー。準備完了っと。じゃ、『小人』になってから、列車に乗るぞ」「うん」
それから、司と真美は、ベッドの上で小さくなり、
横にある駅のホームに行き、先頭の機関車に乗った。
「出発進行!」と司が掛け声をして、列車を加速させていった。
列車は、走り出すとすぐにトンネルに入った。
トンネルの中は、急な下り勾配が続いているので、
列車は、ブレーキを掛けて、ゆっくりとした速度を保っていた。
「このトンネルって、どれくらいの長さがあるの?」と真美が質問してきた。
「今の俺達のサイズからすれば、10km弱ぐらいかな」
「結構、長いんだね」
トンネルに入って、およそ15分。ようやく、出口が見えてきた。
「もうすぐ、トンネルの出口だ」と言い、列車はトンネルを抜けた。
「トンネルを抜けると、そこは『箱庭』だった...なーんてな」
ある有名な文学作品の冒頭をもじって、司が言った。
トンネルを抜けても、下りの急勾配は続いていた。
「ところで、『箱庭』のどこに出たの?」
「左側の車窓を見れば、大体分かると思うな」
真美は、言われた通りに、左側の景色を見てみる。
車窓からは、眼下に広がる『箱庭』の小さな街並みが見えた。
「ここからの眺めも綺麗ね」
「この線路は、『箱庭』の壁伝いに走っていてるんだよ。
ここぐらいしか、走らせられる場所がなかったんだけど、
副産物で、物凄く眺めがいい路線になったんだ」と司は、自慢げに語る。
「それにしても、司の部屋を出てから、ずっと急な下り坂が続いてるね」
「何せ、俺の部屋と『箱庭』との900mもある計算だからな。トンネル内で10km、
『箱庭』に入ってからも10km。併せて、20kmも『横軽』もびっくりな急勾配が続くんだ」
「ヨコヤマ・カルロスさん?」
「勝手に日系人を作り出さないの。
『横軽』って言うのはだな、軽井沢は知ってるだろ」
「うん、避暑地で有名な場所だよね」
「その軽井沢と、隣の横川駅との間に、ここと同じくらいの急な峠があって、
鉄道ファンの間では馴染み深い場所だったんだよ」
「だったってことは…もうないの?」
「長野新幹線が開通して、軽井沢横川間の鉄道は廃止されたんだ」
「ふーん。無くなっちゃったんだ」
「で、ここに再現したってわけ」
「『箱庭』って羨ましいな。自分の好きなように、世界を創り出せるんだから」
会話の間にも、二人が乗った列車はどんどん下っていく。
「ところで、どこに向かってるの?さっきまで、司が作業してた場所?」
「そこは、後で行く。でも、作業を手伝ってもらう前に、
真美には模型の扱い方を知ってもらいたいだ。そんなに難しいことじゃないけど」
「そういえば、模型の扱い方、教えてもらってなかったね」
「ちなみに、さっきまで俺が作業していた場所はー」
真美は、司の指差す場所を見た。
その一角だけ、模型の「地」が剥きだしになっていて、やけに巨大なトンカチが置かれていた。
司の部屋を出発してから、30分は経っただろうか。
長かった下り勾配が、ようやく終わり、平坦な場所を走っている。
左手から本線と思われる高架線路が近付き、合流した。
司によると「あの本線の先が、改造中の区画に繋がってる」らしい。
後程、またここを通過することになるのだろう。
10分程本線を走行した後、列車が支線に入った。
「もうすぐ最初の目的地に着くぞ。そこで一時間位掛けて模型の扱い方を教えるからな。
まっ、丁寧にさえ扱えば、特に問題ないから」
目的地へと延びる単線の支線に入った列車は、いつの間にか、家々の軒先をかすめるように走っていた。
「随分、狭いところを走ってるね。何もこんな狭い隙間みたいなところに線路を通さなくてもいいんじゃないの?」
真美は、運転手兼「箱庭」の創造主に言った。
「何を言うか、貴様!!それがよいではないか」
やけに熱のこもった言い方で自分の好みを述べる司。
「それに、この先道路の上を走る区間があってだな…」
「そんな風に、めちゃくちゃに線路を引いたから、着くのに時間がかかるのよ」
「うるさいな~、男のロマンが分からん奴だな」
何か今日は、二人の意見がうまく合わない。
そんな日もたまにはあるのかも知れない。
二人が口喧嘩をしてる間に、列車は道路の上を走行していた。
路面電車でもないのに、道路を走っているのは変な感じだ。
路面走行区間を抜け、やっと列車は目的地に着いた。
司の部屋を出発してから一時間近く経過していた。
周囲にある、停車中の大量の貨車、工場の煙突や大きな倉庫などから察するに、ここは工場地帯の貨物駅を模した場所のようだ。
機関車から、まず真美が降りて、続いて司も線路に降りた。
「早速だが、巨大化してくれ。お前が『巨人』にならなきゃ、何も出来ないしな」
真美は、言われた通りに巨大化し始めた。
真美の体は、瞬く間に近くにあった工場の煙突より高くなり、
ついには、真美の膝より高い建物は見当たらなくなっていた。
ブレザーの制服を着た身長225mの巨大女の姿が、そこにはあった。
本人が気に入るかは別として、今の真美には、
さしずめ「臨海工業地帯に出現した巨大女子高生」という言葉が、よく似合うだろう。
真美が、「箱庭」に「巨人」として出現したのは、今回で二回目である。
前回、「巨人」だった時間はごくわずかだったので、実質初めてと言ってもよい。
それゆえ、司は巨大な真美の姿を見て、奈央が巨大化してる時とは違った感じを受けた。
いつもは身長150cm弱の真美が、今は身長225mの巨大な少女になっているからであろう。
とても同じ人間とは思えない迫力がある。
「これから、どうすればいいの?」
「うまいこと場所を見つけて、俯せに寝てくれ」
「オッケー」
「巨人」の真美は、周囲の小さな建物に、気をつけながら広大な貨物駅の線路の上に、俯せに寝そべった。
いくらここが、広大な場所とは言え、今の真美にとっては広くはない。
「これで、いいの?」と言って真美が轟音を立てて寝そべる。
ブラウスの隙間から、ピンクのブラジャーに包まれた巨大な胸の谷間が、はっきりと司の目に飛び込んできた。
「真美の胸って、こんなに大きかったか?いくら巨人とは言え、あの大きさは犯罪...いや災害レベルだ。
あのガスタンクのような大きさの巨大なおっぱいは、『箱庭』を襲う脅威でしかない。
にしても、巨大奈央は見慣れてるけど...言葉では表しにくいけど...
巨大真美を見てるとなんかこうムラムラしてくるんだよな...なんでだろ?」
そんな考えが独りでに浮かんできた。
「それにしても今の司、すっごくちっちゃっくてかわいい~」
「むっ、それ、誉めてるのか?」
「うん、誉めてるよ。さっきまで、私に向かってあんなに憎たらしいことを、言ってた男の子が、
こんなに小さくてかわいい『小人』さんに、なってるんだもん。
お姉さん、さっきの君の悪態、そのかわいさに免じて許しちゃう♪」
「勝手に、年上のお姉さん気取りになるな、この巨大女めっ」
「あらあら、『小人』の司くんは、どうやら自分の立場がよくわかってないみたいね。立場の違いを、お姉さんが、教えてあげる」
そういって、真美は、司にしてみれば巨大な指の先っちよで、ちょんちょんっと彼の体を軽く弄んでやった。
司にとっては弄ばれるとかいうレベルではなかったが。
「巨大女」の指先で、軽く弄ばれた司は、あまりの力の差に恐怖を感じたのか、急に卑屈になって
「真美女王様、ごめんなさい。ごめんなさい」と一心不乱に謝り始めた。
司の態度の急激な変化に、真美は戸惑った。
それにしても「真美女王様って…」一週間前の海水浴の時を思い出した。
あの時、悪戯をした司は、妹の奈央に「奈央様、ごめんなさい」と言って謝罪させられた。
もしかしたら、この時に、司は妙な快感を知ってしまったのかも知れない。
にしても、「真美女王様」には真美自身、苦笑する。
「奈央様」よりも一層、卑屈になってる。
真美は、サディストではないので「真美様」とか「真美女王様」と呼ばれても、
全然嬉しくないし、司がドMの変態野郎になっても困る。
司には、普通の男の子であってほしい、そう思う真美だった。
「あれっ、なんで私、司が普通の男の子であってほしいなんて思ったんだろう…」
ここまで考えて、自分の司に対する感情に気付く。
「私が、司のことが…まさか、ね。気のせい、気のせい」と否定しようとするとともに、
司が自分のことを、どう思ってるのかも気になり始めたのだった。
「そうだ、司を元の状態に戻しあげなきゃ。あのドMモードでいられるとこっちが困るしね」
司を正気に戻してあげる真美。
「はっ」っと、司の精神は正常に戻った。
「あれっ、俺なんでこんなところで寝ちゃったんだろ。真美の指先で弄ばれてからの記憶がない」
「今まで、司は気絶してたよ」真美は、あえて司の話に合わせて、司の「真美女王様」発言や「ドMモード」のことは黙っておいた。
言っちゃうとかわいそうだしね。
「気絶なんかしてないで、早く模型の扱い方を教えてよ」
「そうだったな。では、まず車両の持ち方から。車両の胴体の真ん中あたりを、親指と人差し指で摘まんで持つのが、正しい持ち方だ。
あと持つのは、一両ずつな。試しに、さっき俺が言った通りに、列車の最後尾の貨車を持ってみてくれ」
司は寝そべっている真美の顔を見上げて、言った。
慎重に、真美は最後尾の貨車を持ち上げる。というよりかは、摘み上げるかっこうだ。
それくらい真美にとって、貨車は小さいのだ。
「うん、ちゃんと持ち方はできてるな」
「ねぇ、この貨車、ずっと持ったままにするの?」
「次に、車両を線路に乗せるやり方を教えるけど、持ってるのしんどかったら、ゆっくり下ろして置けばいい」
真美は、持つのに疲れたのか、すぐに貨車を置いた。
「車両を、上手く線路に乗せるには、あそこに置いてある緑色の道具を使うんだ」
真美は、司が言ってた道具を見つけた。先程、手元に置いた貨車を再び手に取り、傾斜のついた緑色の道具に乗せた。
貨車は、スーッと滑るようにして線路に乗った。
「真美は手先が器用だし、模型の扱うにしても要領がいいな」司が真美を誉める。
「えへへ」と真美は照れ笑いした。
「これで、模型の扱い方の講習は終わり。後は、練習を兼ねた実戦で慣れればよし。
では、この後使う材料を積んだ貨車が、ここに何両か置いてあるから、
乗ってきた列車の後ろに、連結する作業を『巨大女子高生』の黒川真美さんに、手伝って貰おうかな?」
「そこまでして、小人さんに頼まれると断るわけにもいかないから手伝ってあげる♪ まずは...」
次々に、司は真美に指示していく。
真美の方も、指示通りに、貨車を指先で軽く摘み上げては、線路に下ろしていく。
女の子の色白の細い腕が、軽々と貨車を摘み上げる様は圧巻だ。
あっという間に、貨車の組み替え作業が終わった。
「作業終わったよ、司」
「じゃ、次は...」
また司は、真美に貨車の組み換え作業を命じた。
「また、同じことするの?」
「練習だよ、練習」
「練習って言って、雑用押し付けてるんじゃないよね?」
「うっせーな、やれっつたらやれよ,この巨大女」
嫌味ったらしく言い放つ司。
真美は、そんな司の言い方にカチンときた。
「なによその言い方!めんどくさい作業を、全部私に命令して、押し付けたってわけ?」
「別に、押し付けてるわけじゃねーよ。練習のついでにやってもらっただけなのに」
お互い虫の居所が悪かったのか、さらに不毛な言い争いはヒートアップ。
お互いを詰り合う言葉が飛び交った。
この二人、普段はなんだかんだで仲がよく、二人一緒にいるとクラスメートから「夫婦仲がいいね~」などと茶化されるのだが、
たま~に今みたいに大喧嘩をすることがあって、そんな時は「おっ、夫婦喧嘩が始まった、始まった」などと揶揄される。
さっきから言い争ってるうちに、だんだん互いに自分が悪かったかなと思いはじめるも、引くに引けぬ口喧嘩。
ここまでは司の方が分が悪かったのだが、真美が「箱庭」の中では、絶対に口にしてはならない言葉を言ってしまったのだ。
「そこまで、司が私の方が悪いって言うんだったらね、こうしてやる」
そういうと、真美は、止まっていた貨車に片足を軽く押し当てた。
「アンタが先に謝らないならね、コレ、踏み潰すわ。今の私は、身長225M、体重13万トンの巨人なのよ。こんなに小さなおもちゃの貨車なんてすぐに踏み潰せるんだから。それに踏み潰されるのは、この貨車だけじゃ、済まないかもね。今の私なら、こんなおもちゃの街は徹底的に踏み潰して壊せるのよ。ねぇ、わかった?わかったんなら、早く謝んなさいよ。そうよ、さっきみたいに土下座しながら『真美女王様、ごめんなさい。僕が全部悪いです』って言えたら許してあげるわ」
そこまで、一気に真美は言い切ってから自分が言ってしまったことの重大さに気付いた。
「『踏み潰す』なんて、ちょっと司を困らせようとして、軽く言っちゃったけど…
でも、実際にそんなことしたら…一両のおもちゃの貨車とは言え、取り返しのつかないことになっちゃう…
それに『箱庭』のほとんどは司のお父さんが創ったものだから…だから…」
自らの発言の重大さに、真美の足が軽く震えだした。と、同時になぜか真美の体が小さくなりはじめた。
「緊急避難用のスイッチで縮小化させてもらったよ。
真美、お前が貨車を踏み潰そうとする直前まで、俺は自分のせいで喧嘩になってしまったのだからお前に謝ろうと思ってた。
でも、先に謝りたくないなんて意地を張ってしまった。一番初めの発言に関しては、
『真美女王様、ごめんなさい。僕が全部悪いです』と俺が謝罪してお前の気が済むのならそうしよう。
でもな、その後の真美の言葉を聞いて、正直耳を疑ったよ。
なにせ『こんなおもちゃの街壊してやる』だもんな。
俺が、どれだけこの『箱庭』を大切にしてるか、真美は分かってくれてると思ってたんだけどな。
俺自身を詰ったり、蔑んだりするぶんには全然構わないが、
『箱庭』を俺への嫌がらせで壊そうとするって言うなんてひどくないか?
そんな発言は、許せない。
あっ、そうそうそんなに踏み潰してみたかったら、この辺り一帯は俺が創った場所だから別に壊したきゃ、壊せばいいよ。
でも、もしこの後お前がここを破壊しつくしてて、奈央がその理由を聞いてきたら、俺は正直に言うつもりだ。
奈央も、この『箱庭』が大好きだからな。
『箱庭』を壊そうとする奴は、たとえ姉のように慕ってる人間でも嫌いになるだろうな。
さっきも言った通り、壊したければ壊せばいい。
この『箱庭』を壊してもいいおもちゃだと考えてる奴には、『箱庭』に入る資格はない。
今日のところは、早くここから出ていってくれ」
その時、真美の体が再び「巨人」サイズになった。
「緊急避難用だから、元に戻ったようだな。『巨人』に戻ったことだし、踏み潰すなり帰るなり好きにしろ。
俺は、これからさっきのルートで帰るから。じぁな」
司は機関車に乗り込み、一人で帰っていった。
貨物駅に一人取り残された制服姿の巨大な女の子。
彼女は、立ち上がり、少し離れた場所にある『箱庭』の出口に向かった。
出口に向かって歩いていく巨大な少女の目には、大粒の涙が溢れていた。
#4
「箱庭」から出て、玄関に続く階段を上がる。
その時、真美は司の部屋に荷物を置いてあることに気がついた。
「荷物を取りに行かなきゃ」と考えながら歩いてると、やってきた奈央と正面衝突した。
と言っても、真美と奈央の身長差は20cmほどもあり、奈央の胸に真美が顔を埋めた格好だ。
「真美さん、前をよく見て歩いてくださいよ…危ないじゃないですか」
ぶつかってきた真美の様子がいつもと違うことに奈央は気がついた。
「あれ?真美さん、なんで泣いてるんですか?『箱庭』の中でお兄ちゃんに、なんか変なことされたんですか!?」
「そんなに大したことないから、大丈夫。気にしないで」
「大丈夫じゃないですよ。真美さん、お兄ちゃんに泣かされたじゃないですか」
「司の部屋に、荷物取りに行かなきゃ…」
「真美さん、私の部屋に来て下さい。荷物は私が取ってきます。
箱庭の中で、何があったか話して下さい。いいですね。
でないと、もう『箱庭』に入れて貰えなくなるかもしれないですよ」
奈央は、力強く言って自分の部屋に真美を招きよせた。
「適当に座って下さい。荷物取ってきてから、なにか飲み物を持ってきますから」
奈央が持ってきた麦茶を飲み、心を落ち着かせる。
「じゃ、何があったか話して下さい」
真美は、奈央に促されて事の顛末を語った。
「なるほど。そういうことだったんですか。まず真美さん。
いくらお兄ちゃんにムカついたからと言って、
『巨人』の状態で『箱庭』の街を踏み潰してやるなんて言ったら、
お兄ちゃんは本気で怒っちゃいます。
そういうことを言ったら、ダメだって言わなかった私達も悪いと言えば悪いですけど。
でも、『箱庭』に慣れていない時に、『巨人』の状態で居たら街を踏み潰したくなる気持ちはよく分かります。
小さなビルや電車を見てると、心の底にある破壊衝動が刺激されるからだと思います。
実は、真美さんと同じように、昔、お兄ちゃんも、お父さんに怒られたことがあるんです。
で、かく言う私も、お父さんに怒られたことがあります。
二人とも、怒られた理由は同じでした。
小さな『箱庭』の世界に慣れていないと、どうしても破壊衝動が沸き起こってきます。
模型の電車や建物は壊れやすいから、大切に、丁寧に扱わないとダメなんです。
『箱庭』は『箱庭』で一つの世界なんだから、『箱庭』には守らなければならないルールがある。
こういうことをお父さんに教えてもらいました」
「『箱庭』におけるルール?」
「そうですね、どういうのが『箱庭のルール』と言うと、
例えば、『巨人』が歩いていい場所は、しっかりと決められています。
でもそのかわり、歩いていい部分はお兄ちゃんが、しっかりと補強してくれました。
私の『巨人』になりたいっていうワガママのために、お兄ちゃんが補強してくれたんです。
だから、今では私が『巨人』として『箱庭』を散歩しているだけなら、お兄ちゃんは、何も文句は言いません。
それに、今まで、お兄ちゃんも私もクラスメートを『箱庭』に招待したことなんて
全然なくて、真美さんが初めての人なんです。
真美さんなら『箱庭』に招待しても、問題ないと判断したからこそ、お兄ちゃんは招待したと思います。
その真美さんが、あんなことを言っちゃったからお兄ちゃんは、普段以上に怒った。
でも、『箱庭』に二度と入るなとまでは言わなかった。
つまり、お兄ちゃんは、真美さんが『箱庭のルール』を知り、理解した上で、
改めて『箱庭』に遊びに来て欲しいと思ってるはずです。
でも、やっぱりここはお兄ちゃんが先に謝るべきだと思います。
ですから、私が仲介役を引き受けて、謝罪の場を設けますので、明日にでも仲直りしてください。
今日一日は、お兄ちゃんも真美さんも頭を冷やした方がいいと思います。
でも、出来るだけ早く仲直りした方がいいので明日にします。いいですか?」
「うん、いいよ。ギクシャクした状態が長くなるのは、私だって嫌だよ」
「今日、お兄ちゃんに怒られたことは、一種の通過儀礼だと考えてるといいかもしれません。
でも、真美さん。自分だけが悪いなんて思わないで下さいね。
お兄ちゃんも、昔、怒られたことを思い出したはずですから」
「そういえば、私と司はよくささいなことで喧嘩してたけどすぐに仲直りしてた。
今日の所は、頭を冷やして反省しまーす」
「しっかり冷やしてください。お兄ちゃんもだけどね」
真美の顔に笑顔が戻っていた。
真美は、ふとあることを奈央に聞かなければならなかったことを思い出した。
「ねぇ、奈央ちゃん。前から聞きたかったんだけど、奈央ちゃんはなんでそんなに『巨人』になりたがってるの?」
「そうですね、自分でもなんで『巨人』になりたいのかは、ハッキリとしたことは分からないです。
何か目的があって『巨人』になりたい訳ではないし、
ただ『箱庭』の中で『巨人』の状態でいると、下腹部のあたりがキュンとして、気持ちよくなることが多いです」
「ふむふむ。何歳頃から、そういう風に思ってるの?」
「物心付いた時からだと思います。
幼い頃から、『不思議の国のアリス』のアリスや『ガリバー』になりたいとか言ってたみたいですし。
アリスは女の子だけど、ガリバーは男じゃないかとかよく言われました」
「結構、根が深いね 」
「で、小学校に入ってすぐの頃に、『新急グローバルペンタゴン』に連れて行ってもらったんです。
もちろん、私が行きたい行きたいって駄々をこねてですけど」
「そこって、世界五大陸の名所や大都市が25分の1スケールのミニチュアになって展示されてるテーマパークだっけ?」
「そうです。大都市を再現したミニチュアセットの中に入ることが出来て、
誰でもガリバーになれるっていうのが売りのあのテーマパークです。
まぁ、そういうテーマパークなんで私は、行く前から喜びまくって、
着いたら着いたではしゃぎまわって、帰る頃にはクタクタになってて、帰りの車の中でずっと寝っぱなしだったらしいです。
で、お父さんがここのミニチュアに物凄く感動しちゃって、
我が家にも似たようなものを造ってやるって意気込んで、実際に出来たのがあの『箱庭』なんです。
『箱庭』が、完成した時にお父さんが
『奈央のために造ってあげたんだよ。これで、いつでも好きな時に、ガリバーになれるぞ』って言って、
私が『パパ、大好き』って言っあげたら、すごく喜んでました。親バカというかなんというか。
実際は、お父さんの趣味の鉄道模型を走らせる広い場所が、欲しかったっていうのが本来の『箱庭』の作製目的だったと思いますよ」
「愛娘のためにそこまでするとは、すごいお父さんね」
「完成した当初は、小さな環状線と申し訳程度のビルや家があっただけなんですけど
どんどん『箱庭』が拡大していって、知っての通り今じゃ、あんなにも大きなものになってます。
『箱庭』はもはや一つの世界を構成してる、そんな感じですね」
「しかも私が『箱庭』の中で『巨人』になってる姿を、写真やビデオで撮ってって頼むと撮ってくれたりして。
今では、お兄ちゃんが代わりに撮ってくれますけど」
「奈央ちゃん、そのビデオか写真見てみたいんだけどいい?」
「いいですけど…あんまり期待しないでくださいよ」
奈央が、押し入れの中から、大量のアルバムを引っ張りだしてきた。
「えっと、緑の方が普通のアルバムで、ピンクのアルバムが『箱庭』用のアルバムです」
早速、真美はピンクのアルバムを手に取った。
「おぉ~、奈央ちゃんおっきい~」
真美が選んだアルバムの写真に写ってるブレザーの制服姿の奈央は、スカートの裾がビルの屋上にかかってるぐらいの大きさだった。
「ところで、この写真はいつ頃撮ったの?奈央ちゃん、今とは違う制服着てるし…」
「あーこれは、小学校六年生の時の写真だと思います。小学校卒業記念の写真です。
ちなみに、小学校は私立で制服がかわいいからって理由だけで、入学させられました」
そういうだけあって、奈央が通ってた制服は、真美が見てもかわいらしいものだった。
小学生の制服と言うより、どっかの女子高校の制服と言ったほうがあっているデザインだった。
その後も、なにかにつけて撮影された巨大奈央の写真を眺めていく。
それぞれの写真ごとに、奈央の大きさが違うのが印象的だった。
2Mぐらいからいつもの250M程度まで、多様な大きさの奈央の写真があった。
しかも、『巨人』であることを強調するような構図が多かった。
例えば奈央が模型の電車を摘みあげてたりする写真、大型トレーラーより大きな奈央の黒い革靴だけを撮影した写真、
ビル街の中で奈央が仁王立ちしてる写真がそうである。
写真の中の奈央は、どれもとびっきりの笑顔で写っていた。
奈央が言ってた『箱庭』の中で巨人でいるだけで楽しいって言うのは、本当の事のようだ。
「このアルバムだと、奈央ちゃんはいろんな大きさになってるわけだけど、
私が直接見たことあるのは255Mの時だけなんだけど、理由あるの?」
「単に、一番大きいサイズだと歩く距離が短くて済むからなんですけどね。
真美さんと会ったときは、お兄ちゃんを呼びに来るためだったので、
一番大きなサイズが便利だったわけです。
一人で『箱庭』に散歩しに来た時は、日によって大きさを変えてます。
大きさが変わるだけでも、『箱庭』の風景が新鮮に感じることがよくありますし」
「なるほど、大きさを変えるだけでも楽しめそうね」
次に、真美は緑のアルバムを開いた。こっちは、奈央の遠足や運動会の写真が、メインで中身は普通のアルバムだ。
真美が、ページをめくっていくうちに、一枚の写真を見つけた。
それは、よくある家族写真のようだが、その写真にどこか違和感を感じた。
「奈央ちゃん、なんかこの写真に、違和感を感じるだけど気のせい?」
「これですか?」
真美から写真を見せられる奈央。
「真美さんが感じる違和感が分かりました。
でも、答えを言ってしまうとつまらないので、がんばって違和感の正体を当ててください」
自分で違和感の正体を、見破るしかないようだ。
じっと、写真とにらめっこする、真美。
しばらくして「わかった~♪どういうわけか、司の身長が奈央ちゃんよりひく~い」と真美が叫ぶ。
「正解です」
「なんでこうなってるの?」
「口で説明するのは難しいんですけど...」
12才  13才  14才 15才  16才  17才
司145cm 150cm 154cm 162cm 168cm 173cm
奈央143cm 151cm 157cm 165cm 169cm 170cm
9才 10才  11才 12才 13才 14才
「これが、私とお兄ちゃんの身長の変化を表した図です。
だから、この写真は3年位前の家族写真です」
「あー、なるほどね。司が、中学生の頃は奈央ちゃんに身長で負けてたんだ~♪」
「三歳下の妹に身長で負けるなんて、兄として屈辱的ですよね。
その頃、私は『箱庭』の外でも、お兄ちゃんのことを『チビ兄ちゃん』って呼んでいたんです。
当時は、からかって呼んでましたけど、今じゃ、悪いことしたかなって思ったりします。
で、一昨年ぐらいになってようやくお兄ちゃんの身長が、私の身長に追い付いて、そしてすぐに、追い抜かれました。
でも、やっぱりお兄ちゃんの方が身長が高い、今の方がいいです。
兄より妹の方が身長が高いなんて世間体がよくないですし、それにお兄ちゃんのコンプレックスになったりするといけないし。
今は、『箱庭』の中ではチビ兄ちゃんって、呼んでもいいことになってます」
「それにしても、奈央ちゃんは小学校卒業時点で165cmもあったんだ?
12才の時の司と比較すると20cmも違う~」
「もし、私とお兄ちゃんが双子だったりしたらもっとすごい身長格差があったことになります。
兄は、クラスで一番チビ、妹は、クラスで一番デカイ。まるで漫画みたいな話ですね」
「もしかしたら大きくなりたいってずっと思ってたからここまで身長が伸びたのかも」「いいなー、大きくなりたいって思ってただけでそんなに背が高くなるなんて」
「背が高いといってもいい点、悪い点がありますし。高身長気分を味わいたいなら、120分の1位に縮小して『箱庭』に入ってみると面白いですよ。真美さんの身長なら、180cmぐらいになると思いますから」
「180cmの私か...司を見下ろせるかな?」
「見下ろせないなら見下ろせる身長に調整すればいいだけです。
でも、真美さんがそんなことをしたら、お兄ちゃん拗ねると思います」
「そうね、妹から『チビ』って呼ばれてたら、トラウマになっているよね」
二人は司の過去の身長をネタにして笑っていた。
この場に司本人が、居たら激怒しそうだ。
真美は、司の過去のコンプレックスが分かって何気にうれしくなった。
「ねぇ、奈央ちゃん。司の様子を見て来てくれないかな?
私と喧嘩別れして、自分の部屋に『箱庭』から直接帰ったから、そろそろ戻ってると思うんだけど…」
大喧嘩したとは言え、司のことが気が掛かりだった真美。
「わかりました。お兄ちゃんの部屋に行って様子を見てきます。
今日みたいに感情的になった時は、多分、ふて寝していると思いますけど…」
奈央は、司の部屋にそーっと入ってみた。
予想通り、部屋の電気は点いていなかった。司が寝ていると思われるベッドに目をやる。
だが、そこには司の姿はなかった。
「あれ?お兄ちゃん、いないのかな?」
だが、ベッドの横の「司専用駅」には、列車が停車していた。
と、言うことは司はこの部屋の中にいるはずだ。
ベッドに近づいて、よーく見てみると、1cmぐらいの「小人」が寝ていた。
司は、元の大きさに戻らずに寝ていたのだ。
「やっぱり、お兄ちゃん寝てたんだ。
真美さんと大喧嘩しちゃって、心理的に疲れたもんね。
明日には、真美さんとお兄ちゃんを仲直りさせてあげるからね」
と、小さな声で小さな兄にささやいて、奈央は司の部屋を出た。
「司は、どんな様子だった?」
部屋に戻ってきた奈央に、真美が恐る恐る尋ねる。
「お兄ちゃんは、やっぱり寝てました」
「そう。ありがとう。これからどうしようかな。時間もあることだし」
「そうだ、真美さん、ビデオの方も見ますか?
もちろん、私が『箱庭』の中で、『巨人』になってるビデオとかですけど」
「見たい、見たい」と、やたらとはしゃぐ真美。
「分かりました。ただビデオテープは、お父さんの部屋にあって、
しかも、一人じゃ取れない場所に保管されてるので、一緒に来てもらえますか?」
「うん、いいよ」という訳で、二人は、奈央達の父親の部屋に向かった。
二人はドアを開け、部屋の中に入る。
「私も入って問題ない?」
「大丈夫ですよ、特に高価な物や貴重な物はないですし。
勝手に、部屋に入ったぐらいでは怒らないですよ、お父さんは」
部屋は、書斎も兼ねているのか、大量の書物が至る所に、並べられていた。
どこか渋みのあるこの部屋は、いかにも一家の大黒柱の部屋と言った感じだ。
「えーっと、これを一緒に動かしてもらえますか?」
奈央は、本棚の前に置いてある10個ほどの段ボールを指差していた。
「おっけー、これをどかせばいいんだね」
二人は、それぞれ段ボールの両端を持って動かす。
段ボールは、二人で動かすには、それほどの重さではなかったが、女の子が一人で運ぶには危ない。
真美は、ふと段ボールにマジックで書かれた単語を見た。恐らく、中身のことだろう。
「ニュー琴似ヒルズ」「パークサイド黒崎」「ラファーレ新越谷」「マリンビュー高石」etc…
「ところで奈央ちゃん、この段ボールに入ってるのって…」恐る恐る真美が尋ねる。
「日本全国各地のマンション…の模型です」
「なんでそんなものが、ここにいっぱいあるの?」
「もちろん、『箱庭』に設置するためですよ♪」
「奈央ちゃんのお父さんって、何の仕事してるの?」
「住宅販売の会社です。で、この模型は完成して、不要になったマンションの模型なんです。
それをお父さんが、会社から譲ってもらって送ってくるんです。
これも『箱庭』をよりリアルにするためだって、お父さんがやり始めたんですけど…」
「奈央ちゃんのお父さんっていろいろ…そのすごいね」
「ちなみに、『箱庭』の中にある建物の模型は、
鉄道模型用の物やコレみたいに建築模型を転用したりしている物があります。
これは、多分お兄ちゃんが今、改造中の区画に置こうと思ってる模型だと思いますよ。
それは、さておき。真美さん、どのビデオが見たいですか?
どれも、中身の大差はありませんが...」
並べられているビデオテープのタイトルを眺める。
えーっと、「巨大小学生、奈央出現!!」に「不思議の箱庭の奈央」...
とまぁ、やけに凝ったタイトルが並んでる
「タイトルだけ凝っていて、中身は巨大な私を撮影したただのホームビデオです。
お父さんがどうも勝手に付けたみたいで」
「じゃあ~ね、『巨大小学生、奈央出現!!』を見てみたいんだけどいい?なんか特撮か怪獣映画っぽいし、面白そう♪」
「ちょっと恥ずかしい気もしますけど、久しぶりに私も一緒に見てみます」
すぐさま、テープをビデオデッキに挿入して再生ボタンを押す。
画面に映りだしたのは、『箱庭』の街並みだった。
もちろん『箱庭』なので、動く人や車の姿はそこにはない。
ただその代わりなのか、道路には一見しただけで模型とわかる車が「置かれて」いた。
これらの車は、模型なので動くことはない。
「もうすぐ、『巨人』の私が画面に現れると思います」
奈央の説明通りに、画面の中で、地響きと大きな音がし始めた。
現れたのは、小学校の制服を着た奈央だった。
「これは、小学校3.4年の時の私だと思います」と奈央が説明を加える。
カメラは、巨大な奈央を見上げた。奈央の身長は、横にあった13階建てのビルよりも大きかった。
「うわー、ビルや車がこんなにもちっちゃいなんて、私、ガリバーみたいな女の子になっちゃった」
道路を悠然と歩く、怪獣みたいに大きな女の子。
何かを見つけたようにして、奈央は立ち止まった。
「小人さん、道路に違法駐車をしたらダメですよ~。
ちっちゃな車が、道にいっぱいあって歩きにくいです。
この道に違法駐車してある車を、私が片付けてあげるね」
こう言って、奈央は路上に置いてあった車を、片手で掴み上げた。
片手に一台ずつ、車を持った奈央は「車をどこかに、置かなきゃ」と言って歩いていった。
また、すぐに奈央は戻ってきて、車を掴み上げ、またどこかに持っていく。
それが、数回繰り返された。路上に、あった車は全て無くなっていた。
その後も、巨大な奈央は『箱庭』の中で模型の電車を線路から丁寧に掴みあげて電車と戯れたり、
ビルと背比べ(もちろん奈央の勝ち)などをして思う存分遊び(暴れ)回っていた。
いくらかわいらしい女の子とは言え、その子の身長が50mもあれば、怪獣と同じような存在になるだろう。
ビデオを一通り見た後で「とってもかわいらしい怪獣さんだったね」と真美が感想を述べた。
「怪獣だなんて、真美さんひどいです。巨大怪獣と『巨人』の女の子は、私の中では全然違うものなんです」
珍しく子供っぽく怒り出す奈央。
「ごめんごめん。訂正するわ。とってもかわいらしい『巨人』の女の子だったね」
「わかってもらえて嬉しいです」にっこりと笑う奈央。
「あっ、そろそろお兄ちゃんが起きてくる頃かと思うので、真美さんは家に帰った方がいいです。
こんな時に、真美さんとお兄ちゃんが鉢合わせしたら大変だし」
「そうだね。私は、家に帰るね。今日は、あんなことになっちゃってゴメンね。
明日、司には直接会ってちゃんと謝罪するから」
「はい、お兄ちゃんにもそう伝えておきます」
「今日は、いろいろ教えてくれてありがとう。じゃあね、奈央ちゃん」
真美は、家に帰っていった。
「さてと、今度はお兄ちゃんの世話をしないとね...」
~数時間前~
帰りの列車の中で、司は真美との大喧嘩の事を振り返っていた。
「ちゃんと、俺が伝えたかった事は、真美に伝わったのだろうかと。『巨人』は『箱庭』の中で、圧倒的に強い力を持つ存在だから、その力を制限するために『箱庭のルール』がある」ということを、司は伝えたかった。
司のせいではあるが、真美は暴走しかけてた。
それでも、すぐに真美の暴走は止まったくれた。
実際に、建物を踏み潰す前に止まってくれたからよかった。
自分がしようとしてたことの恐ろしさに、自分で気がついたからだろう。
「真美が、自分でそのことに気がついたなら、『アレ』を許してやってもいい頃だろう。
その方が、真美にとっても、奈央にとっても、俺にとっても、そして『箱庭』にとってもいいからな」
司が乗っている列車は、司の部屋まで続く長い長い上り坂を登っていった。
「お兄ちゃん、起きてよ。お兄ちゃん」奈央の大きな声が、聞こえてきた。
奈央は、司を起こしに来たのだろう。
「箱庭」で真美と大喧嘩して、来た道を戻ってきて、部屋に着いてすぐに、ふて寝してたからな。
目を開くと、巨大な奈央の顔が真上にあった。
司は、自分がまだ「小人」だったことに気付き、元の大きさに戻る。
「ん、なんだ、晩飯の時間か?」
「晩ご飯より大事な話なの!お兄ちゃん真美さんと、大喧嘩したんだって!?」
「あぁ、まぁな」
「真美さん、泣いてたんだよ。女の子を泣かすなんて、お兄ちゃんサイテーって、言いたいところだったんだけど…
まぁ、一概にそうも言えない事情があったんだね」
「ってことは奈央は、真美から話を聞いたのか?」
「うん。真美さんから、お兄ちゃんとの大喧嘩の話を聞いて、それから『箱庭のルール』を真美さんに教えておいたよ」
「そうか、サンキュー。相変わらず、手回しが早いな。で、真美はもう帰ったんだな?」
「うん、明日またうちに来るって」
「帰る時、真美はまだ怒ってたか?」
「ううん、『箱庭のルール』について教えるたら、お兄ちゃんが激怒したけとも、納得してくれた」
「ただ、今日のことは俺が先に謝った方がいいな」
「たとえ大喧嘩しても、お互い『絶対許さない。顔も見たくない』なんて言わないあたり、お兄ちゃん達は仲がいいね~(ニヤニヤ)」
「なんだか含みのある言い方だな」
「別に~」相変わらず奈央はニヤニヤしていた。
奈央の「ニヤニヤ」が気になる司。
「そのニヤニヤした表情、気になるからやめれ」
「は~い。それじゃ私は、自分の部屋に戻るね」
真美との関係も、明日謝罪すれば元通りになりそうで、司は一安心した。
#5
司と真美の大喧嘩の翌日、真美は司に直接謝罪するために司の家にやってきた。
予め連絡しておいたためか、奈央が玄関前で待っていて、出迎えてくれた。
玄関に入って、真美が司のことを聞こうとした瞬間、
「真美さん、ごめんなさい」と奈央の声がして、真美は普段の10分の1のサイズの『小人』にされてしまった。
そして「理由は後で、話しますから少しの間我慢してて下さい」と言われ、
真美は体を奈央の巨大な手で掴まれ、奈央の服のポケットに顔だけ出した状態で入れられてしまった。
奈央のポケットから下の床を眺める。
まるで、ビルから下の景色を眺めてるようだった。
奈央は、二階にに繋がる階段を登っていき、廊下を真っ直ぐ進んで司の部屋に入った。
部屋に入り、机の上に奈央の右手を置いて、真美と同じサイズになって待っていた司を乗せる。
「お兄ちゃん、真美さんを連れてきたよ」と、司に声を掛ける。
今、奈央の右手に司、左手に真美が乗せられている。
二人が、顔を合わせるのは、大喧嘩して以来だ。
その間、二人はメールも電話も一切していない。
というよりか、奈央に止められていた。
手のひらに乗せられたまま、気恥ずかしいのか視線を互いに背ける二人。
「じゃ、お兄ちゃんから謝ってね」
奈央は、空中で右手と左手をくっつけて、和解の場を作り上げた。
奈央に、促されておずおずと真美の方に、歩み寄る司。
すぅーっと、深呼吸をして「昨日の事は、俺が悪かった。傷つけるようなことを言ってごめん。
でも、奈央によると、俺が伝えたかったことは、理解してくれたみたいだな。
また、よかったら『箱庭』に遊びに来てくれ。三人で、まだまだしたいこともあるしな」
「次は、真美さんの番だよ」
今度は、奈央に促されて真美が前に出てきた。
「家族みんなが、大事にしてきたこの『箱庭』に対する気持ちを踏み躙るようなことを言ってごめんなさい。
奈央ちゃんから、『箱庭』に関する話を聞いてたら、自分がしようとしてたことの愚かさに気付いたの。
だから、よかったらもう一度、私を『箱庭』に招待してください」
「お兄ちゃんと真美さん、仲直りできたみたいね。はい、二人とも握手握手」
奈央の手のひらの上で、握手する司と真美。昨日、大喧嘩した仲とは思えない。
流石は、クラスメートから「夫婦」だなんて茶化される二人だ。
「なんか奈央ちゃんに主導権握られてるね、私達」
「なんだか知らないけど、奈央の手のひらでおどらされてるみたいだな」
あながち司の言葉は、間違っていない。
「ピーンポーンパーンポーン、真美さんにお知らせしまーす。
あのね、お兄ちゃんが、なんかね真美さんにプレゼントがあるって言ってたから、詳しいことはお兄ちゃんから聞いてね」
突然の司からのプレゼントが、何の事だか分からず困惑する真美。
「コホン。えー、この『箱庭』に、真美がもっと愛着を持ってもってほしいということで、
『箱庭』の一角に真美が好きなようにレイアウトできる区画を作って置いたんだ。
つまり、『箱庭』の中に真美が支配…じゃなくて、管理できる街を作ったやったからな。喜べー」
やたらと、上からモノを言うような口調で、司が言った。
「ほんとっ?司、ありがとう!『箱庭』に私の街が作れるなんてうれしいな」大喜びの真美。
「さらに、これから真美が『箱庭』に出入りする機会が増えると思うから、
『貸出し』と言う形で、真美専用の車両を一両、プレゼントすることにしたんだ」
「でも私、いくら模型の電車とは言え、運転なんて出来ないよ?」
「真美は、普通にケータイ操作できるだろ?それと同じぐらい簡単だから、心配しなくても大丈夫。
実際の電車と違って、あくまで模型の電車だから、運転するのに煩雑な手順はないんだ。
すぐに、運転できるようになるさ。奈央だって、ほとんど運転しないけど、できるにはできるし」
「後、模型の電車の置き場所とか手入れの問題はどうなるの?」
「一両だけだから、ポケットに入るサイズだから置き場所には困らないと思う。
一両だけっていうのは、決して俺がケチだからではなく、こういったことを考えた上での話だからな。
で、手入れはたまに俺に預けてくれたらいいよ」
「そこまで、考えてくれているのね。ありがと♪」
「じゃ、これから真美専用車両を選びに『箱庭』の車両基地まで行くけど、奈央はどうするんだ?
いつものように『巨人』で来るのか?それとも、ここから俺達と一緒に『小人』になって列車に乗っていくか?」
「私、少しやらなきゃいけないことがあるから一時間ぐらいしたら、『箱庭』の車両基地に行くことにする。
お兄ちゃんたちは、そこにいるんだね?」
「あぁその予定だ。あと、奈央は車両を入れるケースを忘れずに持ってきてくれ。一つでいいからな」
「うん、お兄ちゃん、わかった。一つでいいんだね」
司と真美は、奈央の右手で「司専用駅」 まで運んでもらった。
奈央は、二人を運び終えるとどこかに行ってしまった。
「奈央には、俺達二人とも感謝しないとダメだな」
「うん、奈央ちゃんは私達のためにいろいろとしてくれるよね。ほんといい娘だね」
二人は、それぞれ奈央に感謝していた。気が付くと真美は、周囲の景色に奇妙な感覚を覚えていた。
二人とも小さくなっていたはずなのに、駅に停車している模型の列車はそれよりもまだ小さかったのだ。
「俺達は、10分の1にしか縮小していないから、『箱庭』的視点から見ると俺達は15倍サイズの『巨人』なんだよ。
『箱庭』の世界は150分の1の大きさで構成されているからな」司が、事情を説明する。
「そういえばそうだったね。っていうことは今、私達は『巨人』であり『小人』でもあるんだね。おもしろーい♪」
「そういう感覚を持ち始めてくると『箱庭』は、より一層おもしろい空間になってくるんだ」
「んじゃ、早く『箱庭』に行こうよ。私の電車早く選びたいし~」真美は、本当に嬉しそうだ。
「えっと、これから『箱庭』に向かうわけだけど、今日は特に後ろに連結している貨車が必要というわけではないから、
機関車と切り離す作業をするからな。少し待っててくれ」と言って、司が切り離し作業に取り掛かる。
機関車と貨車を繋ぐ連結機を外して、機関車を力を込めて押す。
機関車がゆっくりと動き出したところで、司が押すのを止めた。当然ながら、機関車はすぐに止まる。
「よし、準備完了っと。真美、出発するから機関車に乗っておけよ」
司と真美は、『箱庭』サイズにさらに縮小してから、機関車に乗り込み「司専用駅」を後にした。
司の部屋と「箱庭」とを直接結ぶこの路線。真美は「司線」と勝手に呼んでいる。
長い長いトンネルと下り急勾配が続いていく。目的地の車両基地までは、割と時間が掛かる。
この時間を利用して、司は真美に列車の操作方法を教えていた。
「大体、こんなもんで一通りの操作は出来る。難しいことはないだろ?」
「う~ん、操作手順は理解できたけど、実際に操作してないから何とも言えないよ」
「だろうな。この下り坂が終わったら、真美も実際に運転してみるといい。『習うより、慣れろ』って言うからな」
しばらく経って、長く続いた急勾配が終わり、列車は平坦な土地を走っていた。
司は、ブレーキを掛けて列車を停止させ、運転席から離れる。
「さっき教えたとおりに、列車を動かしてみてくれ。」
「なんか私、緊張してきちゃった。当たり前だけど、電車を自分で運転するなんて初めてだし…」
「大丈夫、大丈夫。時間通りに走らせる必要もないし、
踏み切りでの人や車の無理な横断もないから、よそ見してても運転できるよ。
ただ困ったことに、たまに『巨人』の少女がやってきて、力づくで列車を止める悪戯をすることがあるんだ。
だから、運転する際には『スピードの出し過ぎ』と『巨人』にだけ注意してればいいよ」と冗談交じりに話した。
司の言葉に安心したのか、真美の緊張はほぐれたようだ。
「出発進行!」と司の真似をして、真美は機関車を加速させていった。
そして、徐々に機関車は加速していった。ある程度、スピードが出てきたところで、
「速度が60キロになったら、加速をやめて惰性運転に入る。
多少速度が落ちてきたなら、また少しだけ加速させて速度を60キロに保つ。いいか?」と司がアドバイスする。
真美の方も、司の教えを忠実に守り、丁寧な運転をする。
真美が運転する単行機関車は、「箱庭」の中を颯爽と駆け抜けていった。
二人の乗った機関車が車両基地に到着し、司と真美が降りる。
基地には、新幹線からすでに廃車となった旧型車両、さらには全国各地の私鉄の車両まで多種多様な車両が数多く停車していた。
このような光景は現実では有り得なく、模型ならではの光景と言えよう。
ただし、真美にこの光景の貴重さが分かるかどうかは怪しい。
一般人からしてみれば、こんなのはただ沢山の車両が並んでいるに過ぎないからだ。
「こんなに大きな『箱庭』を作っちゃう親子だから、これくらいの数の模型を持ってて当然よね」
「一応言っとくが、ここにあるのは3分の1ぐらいしかないぞ。残りは、俺や親父の部屋に保管してある」
「そんなにあるんだ...はは...」
真美は中条親子を少し見くびっていたことを後悔した。
「さてと、真美用の車両を選ぶんだけど...」
「出来ればかわいらしい車両がいいんだけど...」
「んなもん、ないない。鉄道の車両ってのは大体が『いかつい』か『かっこいい』であって
『かわいい』車両なんて全然ないの」
「ちぇ、つまんないのー」
「文句は言わない。文句言うんだったらこの話は無し」
「むぅ~、しょうがないわね~。そういうあたり鉄道模型って、やっぱ男の世界だよね~」
しばらくの間、真美は司を連れ回して、車両基地をあっち行きこっち行きしてようやく、真美専用車両が決まった。
近年、JR西○本の地方電化線区用に投入されている車両だ。
最終的には「うん、これがいい」と、真美も納得しての選択だった。
ただその納得した理由は「コレ、新しそうな電車だし」というの理由だった。真美らしいといえば真美らしいが…
「さて、決まったのはいいけど、奈央が来ない分には持ち帰ることができないな…
今、車両の車両の間にいる訳だから、不用意に巨大化するわけにはいかないし…」
「それなら奈央ちゃんが、来るのを待つしかないね」
待つこと数分。奈央がいつものように、地響きと轟音を立ててやって来た。
奈央の手には模型収納ケースが握られている。
奈央が下を見回して、車両の間にいた司と真美を見つけて
「お兄ちゃん、どれをケースに入れたらいいの?」と奈央が質問する。
司は真美が選んだ車両を指し示して、奈央に伝える。
奈央は、その場でゆっくりとしゃがみ込み、こっちに腕を伸ばして車両を掴む。
司達からすれば、十数トンはあろうかと言う車両を奈央は軽々と指先で持ち上げ、持ってきていたケースに丁寧に仕舞い込む。
女の子が、鉄道模型を手に取りケースに仕舞い込む。
たったそれだけの行為なのに、『小人』の視点から眺めるととてつもない迫力がある。
今は巨大な奈央に慣れたとはいえ、やはり恐怖を感じる。
ケースに入れ終わった奈央が、縮小化して司達の元に歩いてきた。
「はい、コレ」と真美は、奈央から模型が入ったケースを渡される。
「ありがとう、奈央ちゃん」と真美が礼を言う。
「これが、私専用の車両ね~♪」真美は、手渡されたケースに入った模型を眺める
なんだかんだ文句を言っても上機嫌な様子だ。
「これで一つ目の目的が終わったことだし、次の目的地に行くとしよう」
「次の目的地って、司が私にくれるっていう場所?」
「オレからすれば『占領地』って名付けたいところなんだけど...」
「司が土地の一部をくれるっていったじゃないの?
私が悪者みたいな言い方をするのは何でかな?つ・か・さ!」
「昨日、この『箱庭』に、やけに怒った『巨大女』が出現して、
『箱庭』なんか踏み潰して壊してやるって騒ぎ出したから、
慌てた『箱庭』政府首脳陣は『巨大女』の怒りを鎮めるために、領土の一部を差し出しことを決めたらしい」
「つ~か~さ~。アンタって奴は人を怒らせるのが大の得意みたいね」
「なんで真美が怒ってるんだ?俺は『巨大女』の話をしてるだけで、何も真美の話をしてるわけじゃな…グホッ」
真美が、司の腹に冷静に一発蹴りを入れた。
真美は小柄で力もそんなに強いわけではないが、この一撃は辛い。
「『巨大女』さんの怒りを、私が代弁しておいてあげたわ。彼女なら、司を踏み潰してたかもね♪」
「じょ、冗談はさておき、どうやってそこまで行く?『海水浴』をした海岸の先の場所なんだけど…
ここからまた電車を使っていくか…あるいは…」
不意に司の言葉が詰まる。
「あるいは?」
「や、やっぱ、時間は掛かるけど電車にしようぜ。そ、そうだな、電車の方がいいに決まってる」
司は何かを隠すように慌ててしゃべる。
そこに遮るようにして、奈央が会話に加わってきた。
「真美さん、こういう時は巨大化すればいいんですよ。
さっきの暴言の罰として、お兄ちゃんをポケットに入れて、道案内させるのがいいと思いま~す♪」
「あっ、こら。奈央、余計なことを言うな」
動揺する司を尻目に「奈央ちゃん、ナイスアイデア♪」真美の瞳が妖しく光った。
「別に文句はないよね、司?」
こうなったら、真美の言うことに従うほかない。
なんだかんだで結局、司はさっきの罰として真美の服の胸ポケットに入れられることになった。
もはや抵抗する気力さえ起こらない。
「はいはい、わかったわかった」
「暴言のお詫びにはこれくらいしてもらわないとね~」
益々、上機嫌になる真美。
さっきまで「巨大女」≠真美だったんじゃないかと、司が言いたくなったが止めた。
言ったら言ったで、またややこしいことになるはずだ。
司一人で真美と奈央の連合軍に、口喧嘩で勝てるはずがない。
「真美と奈央が姉妹のように仲良くなるのはいいんだけど、こういう風に共同戦線を張られると困るんだよな。
しかも、最近は奈央だけじゃなく真美まで『巨人』になりたがるようになるし。はぁぁ~」というのが司の正直な感想だった。
ため息をつく司の横で、女子二人はきゃっきゃっとじゃれあっていた。
その後三人は、車両と車両に挟まれた狭い空間から抜け出した。
さっきの打ち合わせの通りに真美と奈央が150倍サイズに巨大化する。
ちなみに奈央は『箱庭』にもう用事がないと言うことで、家に帰るらしい。
というわけで、例の『占領地』には司と真美だけが向かうことになった。
『巨人』の真美が司の方に手を差し出して、手に乗せる。
「やっぱりちっちゃい司はかわいいね~」
司を軽く突っ突きながら真美が言った。
10代の男子に向かって「かわいい」はやめて欲しいが、今の自分の大きさを考えると仕方ない。
次第に真美の手が持ち上がっていき、そして、胸ポケットに入るように促された。
入ってみると、丁度首から上の部分だけがポケットの外に出た。
ポケットの縁をしっかりと持って、外の景色を見てみる。
高さ150メートル以上の場所から今度は下を眺めてみる。
高層ビルの展望台から見下ろすような光景が広がっていた。
近くにある建物と比べて、はるかに大きな真美の足。
足の幅だけで何メートルあるのだろうか...
こんなにも真美は巨大だ。
普段なら頭一個分は司のほうが大きいというのに...
しかし、後ろの「壁」が気になる。とにかく気になる。
随分ぽわぽわしてやわらかい「壁」である。
このぽわぽわの「壁」が真美のおっぱいだと意識すると
司の「息子」がむくむく「巨大化」してきた。
「真美って結構胸があるんだな...知らなかった」
10代の健全な男子としてはごく当然の反応ではあるが、
真美に知られると生命の危機だ。
司は、少しばかり胸ポケットに入れられてよかったと思った。
そういえば胸ポケットに入れられているほどに小さい今の自分は、真美からするとなんなんだろうか…
『ちっちゃい司』『小人』『ペット』『小動物』『虫けら』『ゴミ』…
だんだん考えてると悲観的な答えばかり浮かんできた。
本当のところどう思われているのだろう。司は、答を得るべく思い切って聞いてみた。
「なぁ、真美。今の俺のことを、どういう風に思っているんだ?」
幸か不幸か、真美には「今の」という部分が聞き取れなかった。
そのため、司のことが好きか嫌いかを聞かれたのだと勘違いしたのだ。
「べ、別に嫌いじゃないよ。でも…その…何て言うか…。
って、こういうのって男の司が先に言うもんじゃないの?」
「ん、なんか勘違いしてないか?オレが聞きたいのは、『小人』の状態のオレを真美がどういう風に思っているかなんだけど...」
司が鈍感だったおかげで真美の勘違いは帳消しになった。
「あぁ、なんだぁそういう意味か~。
『小人』の司ね...いつもとは違ってちっちゃくてかわいいなって思う以外には特に思うことはないよ」
「俺のことを、『ペット』とか『虫けら』とか『ゴミ』とかだと思ってないんだよな?」
「失礼ね~、いくら司が小さくても『虫けら』とか『ゴミ』なんて思うわけないじゃない。
でも、『ペット』として飼ってみるのはありかもね♪」
「真美は俺をペットとして飼う気があるのかよ…」
意外なことに、どうやら司は真美の発言に怯えてるようだ。
「冗談だよ、冗談」こうでも言っておかないと司がかわいそうだった。
司をペットとして飼うかどうかの議論はさておき、司の話だと前に「海水浴」をした海岸の先に
真美に与えられた土地があるそうなので、真美はとりあえず例の海岸まで行くことにした。
「箱庭」の中を「巨人」の真美が歩いていると、膝と同じくらいの高さのビルがひしめき合う一角にたどり着いた。
このあたりは真美が初めて「箱庭」にやってきた時に司に案内されたところだろう。
「あの時は、わりと高いビルだと思っていたのに、それに街全体が今はこんなに小さいなんて…
まぁ、それだけ私がおっきいんだけどね」
そこからさらに、真美はずっと線路沿いに「巨人用歩道」を歩き、
中条家専用海水浴場を囲む山を跨ぎ越えた先にまでやってきた。
ここで、胸ポケットにいた司がひょっこりと出てきた。
「よいっしょっと。今、真美の足元にあるこの一角が『箱庭』の真美の領土だ。
多少ぐらいは、領土が枠からはみだしてもいい。
模型の線路も建物もある程度数があるから、好きなように街造りをすれば『箱庭』にもっと愛着が持てると思う」
司が指差した「箱庭」の一角は、一辺4メートルの正方形状の土地で、ロープで囲まれていた。
今は、土地の中央部を二本の線路と『巨人』用歩道が貫いてるだけで、後は何もない更地だった。
「ねぇ司、私の土地ってこれだけなの?」
「これだけってな、今、真美が『巨人』だから狭く見えるだけで、『小人』サイズで考えると、一辺600メートルの土地なんだけどな。
『海水浴』をした海岸と見比べてみろよ、こっちの方がかなり広いぞ」
司にこう言われて、真美は少し離れた場所に位置する海岸まで歩いていき、自分の領土と見比べた。
司が言う通り、真美の領土の方が明らかに広かった。
「ごめんごめん、4メートル四方だなんて聞くと、狭く感じるけど実際のところは、600メートル四方だもんね。司に感謝、感謝♪」
「分かればよろしい。ところで真美は、ここをどんな風な街にしたいかを考えたのか?」
「うーん、まだだよ。すぐに自分の街造りのプランなんか思いつかないし…」
「そのうち、やりたいことが沢山溢れてきて悩みだすことになるはずだから、プランが今はなくても焦ることはないよ。
俺が、旅行から帰ってくる一週間後にプランが聞けたら嬉しいな」
「旅行って、月曜から行くって言ってたやつ?」
「あぁ、月曜から金曜まで青春18キップをフル活用して、日本全国を電車で一人旅をしてくるよ」
「お土産よろしくね~」
「へいへい、わかったよ。ただ、行く先は気分次第だからリクエストは受け付けない。で、これからどうするんだ?」
「う~んじゃ、今日はこのへんで帰るね。早く帰って街作りのプランを考えてみたいし」
早くもやる気を見せる真美。
「おう、わかった。ここからの帰り道はわかってるな?いろいろ踏み潰さないように注意して歩け…」
「うん、大丈夫大丈夫。間違って踏み潰しちゃうことなんて絶ぇっ対にないから」
ここまで自信を持って答えられると、逆に恐ろしい。
事実、彼女が「巨人」用歩道さえ歩いてくれれば、何の問題もないことわけだからここは真美を信じるしかなさそうだ。
「そうそう、俺がいない間は奈央に声掛けてくれたら、『箱庭』に入っていいからな」
「それはどうもありがと♪じゃぁ~ね」
真美は手を振り、地響きを立てて帰っていった。
やっぱり「箱庭」の中では、普通サイズの人間、いわゆる「巨人」は異質な存在だ。
司の持論は、「『箱庭』は小さくなってこそ、楽しめる空間だ」という理論だ。
ちなみに、司の周囲には「巨人の方がいいの!」と異論を唱えそうな人物が約二名。
その辺りは価値観の違いということで…
「さ~て、これから旅行の準備をしないとな」
体を伸ばす仕草をして、司も自分の部屋に戻っていった。
こうして奈央の思惑通りに司と真美の親密度がより高まった。
「雨降って、地固まる」とはよく言ったもんだ。
#6
真美がお風呂から上がって、自分の部屋に直行してベッドに倒れ込む。
俯せになって寝転がって、今日一日の出来事を振り返ってみた。
昨日とは打って変わって、今日はうれしいことづくしだった。
いろいろあったけど、何よりも、司が「箱庭」の一角をプレゼントしてくれたことがうれしかった。
「これで私も『箱庭』の中で自分の街が作れるようになるのね…どうしようかな私の街」
試しに、真美は「箱庭」の中の風景を思い出してみた。
高層ビルが立ち並ぶ都市…郊外の美しい田園地帯…山に囲まれた小さな海岸…
どれも実際にありそうなくらいの出来だった。ただ「箱庭」の風景を思い出すだけじゃイメージが沸きにくいので、
司から借りていた鉄道模型の本を読んでみることにした。
その本には、丁寧に作り込まれた小さな鉄道模型の世界を撮影した写真が多数、掲載されていた。
掲載されてるジオラマはこじんまりとしたテーブルサイズのものが多くて、真美の参考になりにくいものばかりだった。
段々、残りページが少なくなってきたところで、ページをめくる真美の手が止まった。
2ページぶち抜きで載っていたのは、大都市を模した大きなジオラマの写真だった。
所狭しと並べられた建物と建物の間を高速道路と高架の線路とが貫き、そこを電車が走っている。
そこには、「これぞ、大都会レイアウトの決定版!!」という見出しが踊っていた。
「このジオラマすごいな~、すごくよく出来てる。
そういえば、『箱庭』のビル街は思ったより小さかったんだよね~。
たぶんこのジオラマよりも小さいはず...」
この前、「箱庭」のビル街を「巨人」として歩き回ったときのことを思い出す。
この瞬間、それまでバラバラだったアイデアが一本の線で結んだように、きれいに繋がった。
「いいこと思いついちゃった♪」
真美の「街作り」計画の概要が決まった瞬間だった。
「司が帰ってくるまでに完成させて、びっくりさせてやるんだから。待ってなさいよ、司!」
一人勝手に挑戦状を叩きつける真美。
「単純明解なコンセプトだけど、私一人じゃできなさそうだし時間も足りなくなりそうだし…」
真美の計画を実行するには、絶対に協力者が必要だ。
と言っても、こんなことを頼める候補者は一人しかいない。
真美は、奈央に「街作り」を手伝って欲しいという内容のメールを送った。
翌日の朝、奈央からの返信メールが届いていた。
真美の予想通り、奈央も「街作り」に参加したいとの事。
ここまでの段取りは順調に来ている。
後は、この週末の間に「街作り」のより具体的なイメージを作り上げなければならないが、
司が持っている模型の都合もあるので、あまり詰めすぎることが出来なかった。
「まっ、いいか。そのあたりは作り始めてみないと分からない部分も多いしね」
結局、真美はそう思って自分を納得させたのだった。
朝食を食べ終えて、真美が自室に戻ろうとすると母親が
「今日、これから新宿に出掛けるけど一緒にくる?」と誘ってきた。
丁度、新しい服が欲しいと思っていたところだ。
付いて行って服を買って欲しいとねだったら、買ってもらえるかもしれない。
「なんか今日はラッキーな日かも」と真美は上機嫌だった。
「司は、自分のいない間に『街作り』の計画を考えておけばいいって言ってたけど...
もう週末の間に完璧に出来ちゃったんだよね~」
なにやら不敵な笑みを浮かべる一人の少女がいた。
今日は週が変わって月曜日の午後。
また真美は「箱庭」の中にいた。
自分に与えられた土地を見下ろす真美。
まだ今は、何もないけど金曜日にはこの場所に立派な街が出来上がってる…はず。
金曜日までに街全体が出来上がるかどうかは分からないけど、
それでも司を驚かしてやろうと真美はとにかく頑張ってみようという気になった。
「真美さんの希望は、ここを高層ビルがひしめく大都会にしたいっていうことですか?」
「うん、そうだよ。司が作った『箱庭』の入り口近くにある街より、ずっと大きな街にしてやるんだから」
真美がやけに力強く宣言した。
明らかに司をライバル視していた。
「『街作り』をする上で、コレだけは絶対外せないとか、そんな感じの具体的な計画はあります?」
「まずね、絶対私の領土内の電車は全て高架の複々線にする!コレだけは譲らないんだから!」
どこで「複々線」などという言葉を知ったのかは不明だが、
真美のわけのわからぬ気迫に押されてしまう奈央。
「あの真美さん、何でそんなに複々線にこだわるんですか?」
気迫の原因が気になったので、その原因聞いてみた。
「複々線って、なんだか大都会っぽいでしょ?
ほら山手線が走ってるあたりなんかそうでしょ?
あんまり詳しくは知らないんだけど」
予想通りあんまり大した理由じゃなかった。
「あっ、でも『箱庭』の中で、複々線になってる箇所はほとんどないので、
これはお兄ちゃんを驚かせるにはいいアイデアだと思いますよ」
「でしょ、でしょ?」
「他に決めてることはありますか?」
「あと、ビルの高さは、私の身長よりも低くする!」etc...
真美の希望は妙なものばかりだったが、実現不可能ではなかった。
「じゃ、まずは何から始めます?
今は、線路と『巨人用歩道』しかないですけど、ここに高架の複々線を作るのなら、
一旦今敷いてある線路を片付けないとダメですね」
「奈央ちゃん、線路とかその他の模型って全部、司の部屋にあるんだよね?」
「確かに、大体の模型はお兄ちゃんの部屋にありますよ。
あっ、でも、線路とか駅舎の模型とかは作業しやすいように、全部まとめてダンボールに入れて、
お兄ちゃん専用駅に停めてある貨車に積んであったと思います。
時間は掛かるけど、作業する度に一々重いダンボールを持ち運びするよりは、楽チンだとかで」
真美と司が大喧嘩したあの日もそう司は言っていた。
模型の街をよりリアルに作り上げるためには、駅舎やその他の建物だけでなく、車や街路樹などの小道具も必要になる。
こういう小道具をバラバラで管理していると紛失や破損しやすいので、
それぞれ袋に小分けして入れたものをダンボールに詰めて、司は貨車に載せておいたのだった。
「ということは、『街作り』に必要な材料をここまで運んでくるには、電車で運ぶ方がいいんだね?」
「そうですね」
ついでに司の部屋から運んできた資材を、どばーっと並べておくことが出来る広い場所が真美は欲しくなった。
これからの作業のことを考えて、この希望も奈央に話してみた。
「それなら、この線路を手前で大きく曲げて一時的に広い場所を作るのがベストだと思います」
他にいいアイデアが思い浮かばなかったので、結局、奈央のこの提案を実行することにした。
まず、二人は必要のない線路を次々と引き剥がしていった。
-箱庭新聞 地域面より 新都心建設に伴う鉄道の複々線高架化事業に反対する市民団体代表のインタビュー-
今、この街に二人の「巨人」の少女がやってきて、線路を引き剥がし、駅を持ち去っている。
何故、彼女達はこんなことをしているのだろうか?
どうも背が低い方の少女(といっても、身長は225メートル!!)が新しくこの地域の支配者となったようで、
彼女はこの辺りを再開発して新都心を建設するという。
新都心を建設するにあたって、彼女はここを走る鉄道の複々線高架化をしたいみたいで、
今ある線路を撤去してるのはそのためだ。
複々線高架化によって、新都心に通じる鉄道の輸送能力の向上が見込める。だが、ちょっと待ってほしい。
事前に、何の説明もなく数日間線路を撤去して、
鉄道の運行をストップさせるという暴挙はいくら彼女が「巨人」で、
なおかつこの街の「支配者」であっても許されるものではない。
我々は、彼女達の行為に断固として反対す
ブチッ...
(編集部からのお知らせ)
市民団体代表の方がインタビュー中に踏み潰されたようなので、
インタビューはここで終わりです。ご了承下さい。
新都心を建設する予定の「巨人」の黒川真美さんのインタビュー;
この街は私のものなの!!この街をどうしたって私の勝手!
私に逆らう「小人」は踏み潰してやるんだからねっ!(既に実行済み)
冗談はさておき。
線路の撤去作業は反対派住民の妨害?もなかったせいか、順調に進んでいた。
引き剥がした線路の一部を流用して、臨時の資材置場と本線を結ぶ路線を作り上げた。
余った線路と申し訳程度に設置されていた駅を回収して、資材置場に置いた。
これで、準備の段階の準備が完了した。
次は、新都心建設に必要な大量の資材-要するに模型の建物とか高架橋セットとか-を
司の部屋から運んでこなければならない。
なので、二人はひとまず「箱庭」から出て、二階に上がっていった。
司の部屋に入り、ベッドの横にある「司専用駅」を真美が真上から覗く。
駅には、貨物列車が二編成停車していた。
手前の方に停車中の貨物列車を見たところ、
何も積まれていないことからして、奥の方が工事専用列車だろう。
案の定、奥の方の貨車には極小サイズの模型の建物が積まれている。
「奈央ちゃん~、こっちでいいんだよね?」
真美に呼ばれて、奈央も顔を近づけて覗き込む。
「そうですね、必要なものはここに大体揃ってるはずなのですぐにでも出発できます。また足りないものがあれば、後で取りに帰ればいいと思います」
「じゃ、行こっか…って、大事なこと忘れてた」
と言って、真美はポケットから何かを取り出した。
真美が取り出したのは、この間、司が貸出しという形で
真美にプレゼントしたあの模型の電車だった。
停車中の貨物列車の先頭の機関車を貨車から切り離して、
指先で軽く摘んで持ち上げて隣の線路に移し替えた。
代わりに自分の電車を線路に乗せて、貨車と連結させた。
「せっかく、司から自分専用の車両をもらったことだし、運転してあげないとね♪」
あれからあっという間に数時間が経過して、時計はもう5時をまわっていた。
「ふぅ~、やっと終わったね~」
作業が一段落ついて、腕を伸ばしてリラックスする真美。
「そうですね、一段落つきましたね」
二人の目の前には4メートルに渡って、高架複々線が見事な具合に出来上がっていた。
その途中には立派な駅舎を持った駅も設置した。
真美は、それを感慨深げに眺めていた。
「後は、よりリアリティーを出すために線路に架線柱を立てたり、駅の周辺を整備したりするともっといいですよ」
「そうだね。今のままだと駅前に何もない状態だから寂しい感じがするね。
今日のところは、これくらいで切り上げて明日また続きをしよっか?」
その日はこれで作業を切り上げた。
結局、それから数日間毎日、真美は「箱庭」に通い詰めることになった。
作業は順調に進んで、真美の「街」が完成を完成させることが出来た。
後は、司にこの出来ばえを見せて驚かせるだけとなった。
「ついに、ついに私の『街』が完成したんだ~♪」
街の中心部にある駅を跨ぐ形で、真美は完成したばかりの自分の「街」を改めて見下ろしていた。
多数の高層ビルが林立するなかで真美の身長を超える高さのビルはなかった。
これはこの街の「支配者」の「わがまま」...ではなく「要望」だった。
全体としては多少の予定変更はあったものの、ほぼ「街作り」は真美の希望通りになった。
そこから少し離れたところから奈央もまた「街」を見下ろしていた。
「なんだか私も予想以上の出来ばえにちょっと見惚れてしまいます」
「これも、奈央ちゃんがずっと手伝ってくれたからだよ~ありがとうね♪」
と、真美は奈央にぎゅっと飛びつき抱きついた。
「わっ。ちょ、ちょっと真美さん、何してるんですか、あっ危ないですよ」
「私達女の子同士だから、そんな怖がらなくてもいいじゃない♪」
「そ、そういうことじゃなくて、不用意に足が当たって建物とか壊れちゃうかもしれないんです。
またお兄ちゃんが怒っちゃうかもしれないんですよ~」
奈央の指摘どおり真美の足が道路上に置いてあった車に軽く触れ、車は吹っ飛ばされていった。
「あははごめん、ごめん。つい、こう、うっかりと...思わず抱きつきたくなったというか...
にしても奈央ちゃんは羨ましいな~。
こんなモデルさんみたいに足が長くて背も高くて~おまけに顔もカワイイんだから。
私も女の子に生まれてきた以上は、奈央ちゃんみたいな子に憧れちゃうな~」
「そう言われるとうれしいのはうれしいです...
ただ...あのこんなこと聞くのはどうかなって思うんですけど、
私は胸が全然なくて、これから先ずっとこのままの大きさだったらショックです。
前に、ここで海水浴をした時に真美さんの胸をみてからずっと思ってたんですけど...
真美さんの胸って結構おっきい方ですよね?
どうしたらその...胸って大きくなるんですか?」
「奈央ちゃんからして、そんなに私の胸っておっきいのかな?」
奈央は首を縦に二度振ってから、
「少なくともCカップはあるんじゃないかと思ってます。
その...私はまだ...Aなんで...」と声を潜めて言った。
「奈央ちゃんはまだ14だよね?それならまだ発展途上だから、そんなに心配しなくてもだいじょーぶ。
私もね、14過ぎてから段々と成長してきたわけだし...
こんなことで落ち込んでたらせっかくの奈央ちゃんのイイトコロが台無しになっちゃうよ」
「ですよねー、この前学校に行ったら男子達が『やっぱりおっぱいはでかくないと意味ねーよ』とか
言ってたんですけど気にしない方がいいんですね?」
「そういう男子の馬鹿な話は気にしないのが一番。
勝手に言わせておけばいいのよ
私も昔、同じようなこと言われた経験があるからわかるよ」
にっこり微笑んで真美は奈央を励ました。
「真美さんの言葉を聞いて安心しました...
あと、もう一つお願いしたいことがあるんですけど?」
「いいよ、言って言って」
「えっっと、真美さんのことこれから『お姉ちゃん』って呼んでもいいですか?
あのずっと敬語で話すの疲れて...
もう少し距離を縮めてみたいなぁなんて思ってたりしてたんですけど...?
あと私、『お姉ちゃん』って気軽に呼べる人がいたらいいなぁって思ってて...」
「『お姉ちゃん』かぁ...
奈央ちゃんがそう呼びたいのなら呼んでいいよ。
私もなんだか堅苦しい呼び方はあまり好きじゃないしね」
「あ、ありがとうございます」
「まだ堅苦しさが残ってるよ、奈央ちゃん
私のこと『お姉ちゃん』って呼ぶんだから司と話すときと同じようにしていいよ」
「はい..じゃなくて、うん、お姉ちゃん」
奈央はなんとか敬語から親しい口調に変えようとして悪戦苦闘していた。
「そうそう、いい感じいい感じ。あとは慣れることだね。
あっそうだ、せっかく『街』が完成したんだから記念に写真を撮ろうよ」
「じゃ、カメラを取ってくるね」
と奈央はなれないタメ口で真美に告げて「箱庭」の入り口へと向かっていった。
「お姉ちゃん」か...
なんだかそう呼ばれるなんて照れそうになると真美は思っていた。
「妹」の方が20cmも背が高い「姉妹」か...
そのことを思い出すとすこし複雑な気持ちにはなったが、
それでも奈央が「お姉ちゃん」と親しみを込めて呼んでくれるようになることは、
真美にとってもうれしいことだった。
#7
奈央と真美が「箱庭」の「街作り」を完成させた日の夜遅くに、
司は、四泊五日の一人旅から帰ってきた。
「おかえり~、お兄ちゃん」
パジャマ姿で奈央は、帰ってきた司を出迎えた。
「ん、奈央か。ただいま~。
あ~~、めっちゃくちゃ疲れた。风吕だ。
晩メシよりもまず、风吕。とにかく风吕に入りてー」
「もうお母さんも私もお风吕に入ったから、お风吕は大丈夫だよ。
でも、その前に、溜まった洗濯物を洗濯机に入れて、
残りの荷物を二阶に持って上がっていってね」
「あいよ。ったくー、奈央も母さんみたいに口やかましくなったな...」
司がボヤいているそばから、
「ほらほら、お兄ちゃん、早く来てよー」と奈央が急かしている。
「はいはいはい~~」
司は、奈央に言われるがまま洗濯机が置いてある洗面所へと廊下を进んでいった。
「ふぅ~、これでお兄ちゃんに知られずにすんだかな?」と奈央は、溜め息を吐いていた。
とりあえずさっきは、司が「箱庭」に入ってくることを阻止するために、
さっさと、风吕に入るように诱导したのだ。
明日を待たずに、司が「箱庭」に入って中を见てしまったらおもしろみが半减する。
もうこれで今日のところは、「箱庭」に行くことはないだろう。
まぁ、へとへとに疲れて帰ってきた日に、わざわざ行くとは元々考えにくかったのが。
司を风吕に押し込んでから数分后、奈央は「箱庭」に足を踏み入れていた。
真美と二人で协力して作り上げた「街」をもう一度、自分の目で见てみたくなったのだ。
奈央も今回の出来ばえには、少し自信を持っていた。
これならきっと、司も褒めてくれるだろう。
奈央の膝下にも及ばないほどの小さな模型の建物が、
ひしめき合う中にある「巨人用歩道」をのっしのっしと歩いていく。
今まで何度、この「箱庭」に足を踏み入れて「巨人」となって、
この小さな世界を阔歩したのかは、奈央自身でもわからない。
「巨人」になってこの小さな世界を见下ろす度に、
彼女の胸の辺りがキュンとなることは昔から変わらない。
奈央は、自分はいつ顷から「巨人」になるとうれしく感じるんだろうとふと思った。
*
物心付いた时から、「不思议の国のアリス」や「ガリバー旅行纪」などの海外の童话がお気に入りの本で、子どもなりに深く兴味を持っていた、奈央。
最も、幼い子どもなら一度は触れるであろうこれらの著名な海外の童话に、一度くらい兴味を持つのは极々普通の话ではある。
ただ、奈央は他の子とは少しだけ変わっていた。
ある日、両亲が「奈央は、大きくなったら何になりたいのかな?
お花屋さん?それとも、お菓子屋さん?」
と奈央に将来の梦について闻いてみた。
「んとね~、なおはね~、おっきくなったらっね
がりば~さんみたいにこびとさんのくににいきたいの~」
と天使のようにかわいらしい笑颜でこのように答えたという。
初めのところ、両亲は奈央が「大きくなったら」の部分を「大人になったら」ではなくて、
文本通り「巨大化」 の意味で捉らえたのだと考えて、
改めて「大人になったら」と言叶を変えて奈央に质问してみた。
それでも、奈央の答えは同じだった。
奈央の将来の梦に、少し困惑した両亲は质问の内容を変えて、再び奈央に闻いてみた。
「あ、あのね、なお。ガリバーさんは小人さんの国にも行ったけど、
他にも、ものすごく怖くて大きな巨人がいっぱいいるところにも、ガリバーさんは行ったんだよ?
そんな怖いところにも、奈央は行きたいのかな?」
「ううん、いや!なおは、こびとさんのくににしかいきたくないの!!!」
奈央には、本当に「巨人」になりたいという愿望があることをようやく、両亲は悟った。
もちろん现実の世界でガリバーが行った「小人の国」などあるはずがなく、
奈央がガリバーのような「巨人」になれる场所などないと両亲は思っていた。
そして、そのことを理解するにはまだ幼い奈央には无理だとも考えた。
ただ、両亲はまだ幼い娘の梦を壊すようなことはしたくないとも
また、人様から娘があまりにも変な子だと思われたくないとも考えた末に、
ちょっとした嘘を吹き込むことにした。
「奈央、あのね他の子のいる前で『ガリバー』みたいになりたいって言っちゃだめだよ」
「え~、なんでなんで?なんでいっちゃだめなの?」
「実はね、みんなもね奈央と同じように『小人さんの国』に行きたいと思ってるの。
でも、行くことの出来る子は限られてて、みんなが行きたい行きたいって思うようになったら
奈央が行けなくなっちゃうでしょ?
だからみんなには黙ってた方がいいの。
お利口さんの奈央なら、ガリバーみたいにいつか小人の国にいけるよ」と言ってごまかした。
すると、両亲の言っていることの意味を知ってか知らぬかはわからないものの、
奈央の方も「うん」と素直に返事をした。
実のところ、両亲はこのことをそこまで深く心配したわけではなかった。
同世代の男の子が「おおきくなったら、ウルトラマンになりたい」
と将来の梦を语るのと同じような物だと考えたからだ。
ただ、それとは少し方向性が违って、加えて奈央が女の子だということを踏まえても、
奈央がこんなことを言い出すのも、遅くても小学校低学年までだと结论づけた。
何年か経てば奈央だって、世の中を知って成长するだろうし、
他に女の子らしい将来の梦が见つかるかもしれないと。
まぁ、端的に言えば时が解决するのを楽観的に待とうというのが、奈央の両亲が出した答えだった。
最も、この顷の记忆は奈央にしてみれば暧昧なもので、
详しいことは両亲から后になって闻かされたものだ。
それから、奈央が小学校に入ってすぐにあの『新急グローバルペンタゴン』の存在を知ると
すぐに行きたい行きたいと駄々をこねて、その年のゴールデンウイークに连れて行ってもらって...
园内で大はしゃぎして、游び疲れて帰りの车中は、ずっと寝っぱなしだったことまで自然と思い出されてきた。
それから、お父さんがこの地下室に「箱庭」作りを始めて...
少しずつ、それでも着実にこの小さな世界は広がっていった。
结局、奈央が「大きくなったら」行きたいと思ってた
「小人の国」は自宅の地下にあっていつでも好きなときに行ける
近くてやっぱりどう考えてみても近い存在になったのだ。
なにせ「箱庭」には、専用海水浴场からハイキングコースまで、
简単なアウトドア活动が出来そうな场所が一通り揃ってあるのである。
仕事が多忙な父亲にとっても、「箱庭」で家族サービスが出来る点は実に都合がよかった。
こうして「箱庭」は中条家の生活にすっかり溶け込んでいった。
今までを振り返ってみると、毎回毎回「箱庭」にやってきて楽しいと思ってしまうあたり、
奈央は、まだまだ子供っぽいなと自分自身で感じる。
亲戚などの周りの大人たちからは、
「奈央ちゃんは年齢に比べて大人っぽく见えるね」
などと、しばしば言われるが、そう见えるのはただ単に身长と外见が大人っぽく见えるだけだとしか自分では考えていない。
本当の精神年齢は、実际の年齢とそう変わらないはずだ。
そんなこんなで目的地の「街」に到着して、何か异常がないかをチェックする。
明日、せっかくお披露目する以上は、一応、万全な状态でありたい。
とは言っても相手は司なのでそこまで気にしすぎることはないのだが.....
上からチラッと见る限りは异常はなし。
特に问题はなさそうなので、点検はこのくらいにして、自分の部屋に戻って寝ることにした。
どうやら最近の疲れが出てきたようで、さっきから急に睡魔が袭ってきているのだ。
「ふぁ~、なんだか急に眠くなってきちゃった...早く寝よっと」とあくびをしながら奈央は阶段を上がっていった。
*
翌朝、司は午前9时を过ぎるまでグーグー大きないびきをかいてぐっすりと眠っていた。
司の部屋に、奈央が彼を起こしにやって来た。
「お兄ちゃん、もう9时过ぎちゃってるよ~早く起きて起きて~」
「ん、奈央か。ふぁああ、ってもう9时过ぎなのか」
大きなあくびをして、体を起こす司。
「朝ごはんは、もうできてるから早く食べちゃって、ってお母さんが言ってたよ」
「そうか、サンキュー。んじゃ、一阶に行ってくるな」
「それと真美お姉ちゃんがが、もうすぐしたら『箱庭』に游びに来るって、さっき私のケータイにメール着てたよ」
これを闻いて慌てて飞び起きた司は、自分のケータイを确认する。
やはり、司のところにも真美から同じ内容のメールが着ていた。
「げっ、俺が帰ってきた翌日に、早速お土产をせびりに来るとは…」
「それだけ、お兄ちゃんが帰ってくるのを楽しみにしてたってことだよ。仲いいもんね~二人とも。
ほらほら、早く支度しないとお姉ちゃんがやって来ちゃうよ~♪」
「んなこと、わっーてるって」
司は、ドタバタと阶段を降りていった。
「まったく~、手间が挂かる兄を持つと妹の苦労が増えちゃうんだから」
奈央はまた小さな溜め息を吐いた。
司が着替えたり、部屋を片付けたりと慌ただしくしてるうちにすぐに真美が来る约束の时间になった。
そして、约束の时间になると図ったかのように呼び铃がなった。
玄関のドアを开けると「久しぶり~、元気してた?」と真美が明るい笑颜で话し挂けてきた。
「元気かどうかはさておき、昨日までの一人旅の疲れはもう取れたぜ」
「そっかぁ~、で、今回のお土产は何かな?」
「あのな~、こういう场合、普通は『どこに行ってきたの?』とかを闻くのが筋じゃないのか?」
「いいじゃない~、そんなことを闻かなくてもお土产で大体の场所はわかるんだし♪」
「そうですか、そうですか。まぁ、こんな玄関で立ち话しをするのも何だし、家に上がってくれ」
「それじゃ、お邪魔します~」
司が阶段を上がっていき、真美も后に続こうとしたところで、
リビングに続く廊下の奥から奈央が手招きしているのを见つけた。
「ねぇ奈央ちゃん、まだ司にはバレてないよね?」
「うん、お兄ちゃんは家に帰ってきてからまだ一回も『箱庭』には入ってないはず...」
「なら、さっきメールした通りに実行するけど问题はないね?」
「うん、お兄ちゃんには悪いと思うけどこればかりは、仕方ないと思う」
「じゃ、隙を见计らってやっちゃってね」
「やっちゃいますよ?」
「大丈夫、大丈夫♪」
「じゃ、顷合いを见计らってやっちゃうね」
「うん、お愿いね」
真美は、急いで二阶に上がっていった。
*
「ほい、これがお土产の広岛名物もみじまんじゅう!カスタードクリーム味とチョコレート味もあるぜ」
「ありがとうね~♪」
「真美の场合、ご当地ストラップとかそんなのよりかは、
どっちかって言うと食べ物の方がいいかって思ったけど...」
「うん、ヘンなグッズよりもみじまんじゅうの方が好き(笑)」
「そうかそうか、それはよかった。ただし、まんじゅうの食べ过ぎには注意しろよ。
体重が増えても全くもって俺のせいではない。いわゆる自己责任って奴だ」
「あっ、ひっどーい。女の子が一番気にすることをズバリ言うなんて...无神経もいいとこだって、まった~く」
「だから、気をつけろって…」
とそこへ奈央が部屋に入ってきた。
奈央が入ってくるなり「お兄ちゃん、ごめんね」と言って、次の瞬间、
「缩小机」を司と真美の方に向けてスイッチを押した。
すると、ベットの上に座っていた二人が、150分の1の大きさにまで小さくなっていた。
一応、奈央はあらかじめ谢っていたが、当然のごとく、
司は突然のことに「こらー、奈央!いきなり、何すんだよ」と激怒していた。
「はいはい、ストップストップ。ここで、早くも种明かし~♪」
と一绪に小さくなった真美が止めに入る。
「种明かし?何のことだ?」
司が何のことか分からず、戸惑っていた。
「実は、司にね、见せたいものがあるの」
「わざわざ小さくしたってことは、『箱庭』の中にあるのか?」
「ふふ~ん、そうだよ♪普通に『箱庭』の中に入っていったらツマラナイでしょ?」
「でもさ、なにもいきなり何の说明もなくこうすることはないんじゃね?」
「もしかして怒ってる?」
「别に...奈央に突然小さくされるなんて昔から惯れてるし....まぁ、いいけどさ...」
「そっか、なら全然问题ないね。
じゃ、奈央ちゃん、私と司をそこの『司専用駅』まで运んでね」
というわけで真美は、上を见上げて「巨大妹:奈央」を召唤した。
実の兄である司より、真美はうまく奈央を手なずけているような気がする。
お互い、女の子同士だからいろいろと都合がいいのかと、司はずっと思っている。
奈央が、その巨体を二人がいる方に近付けたので、空気が押されて発生した强い风が二人に吹き付けた。
こういうことがある度に、自分がどれだけ小さくなったかを思い知らされる。
しかも、马鹿でかい奈央の手に足を挂けてよじ登らなければならない。
余计に、自分の小ささを思い知らされる。
二人が登るとすぐに、奈央の手がゆっくりと动き出して、二人を『司専用駅』まで运ぶ。
动きが止まったところで、奈央の手から飞び降りてプラットホームに着いた。
「で、ここから『箱庭』までは、电车で行けってことだな?」
「そうだよ、さすがは司。わかってるじゃん」
「わざわざ奈央とグルにまでなって、俺に奇袭攻撃を仕挂けてまでしたんだから、
期待を抱かせるそれなりのものを用意してくれているんだろうな?」
「まぁね。多分、司の期待には応えられる出来だとは思っているんだけど.....」
「真美がそこまで言うのなら俺も期待する。早く行こうぜ」
二人は、駅に止まっていた列车に乗り込んだ。
司が、运転席に座って、ブレーキを解除して、列车を始动させる。
出発するとすぐにトンネルに入って、ここからしばらくの间は、真っ暗な下り坂のトンネルを走っていく。
「で、さっき言ってた见せたいものって何なんだ?
俺は焦らされるのがすごく嫌だから早く教えてくれ」
「そんなにも、早く知りたいの~?」
真美がわざと司の神経を逆なでることを言うものの、
逆に司にギロッと睨まれた。
「わ、わかったわよ。教えてあげるからもうそんな风に睨まないでよ」
ふぅーっと一呼吸置いてから、真美は続けて话した。
「あ、あのね、司から贳った场所にね、私の『街』を完成させたの...」
「か、完成って、俺が旅行に行っているたった五日间の间に!?おいおい、マジかよそれ...」
「司が贷してくれた鉄道模型の本见てたら、あっという间にイメージが涌いてきて...その势いで完成させちゃったんだ♪
それでも、奈央ちゃんがずっと一绪に手伝ってくれたからこそ、こんなにも早く完成させることが出来たんだけどね...
でも、正直言って、びっくりしたでしょ?」
「びっくりしないわけがない。
真美のことだから、旅行から帰ってきた俺に何かわからない点を相谈してから、作り始めると予想していたんだけど...
まさか、完成させてくるとは...想定外だな。
一応、闻いておくが『箱庭』にそぐわないようなものになってないよな?
例えば、変なモニュメントみたいなのを胜手にドカッと街中に置いたり...」
「うん、そんなことはしてないよ。
あの模型の本を参考にして作ったから、変な感じにはなってないと思うの」
「じゃ、出来具合いの自信のほどは?」
「自信のほどは?って言われても、学校のテストじゃないんだし...
はっきり言ってわからないよ。
でも、私と奈央ちゃんが二人とも満足するくらいの出来だったから、
司にもきっと気に入ってもらえると思ってる...」
「それなら、大丈夫そうだな」
进行方向のずっと先に、小さな明るい点のようなものが见えてきた。
ようやく长い长いトンネルの出口に达しそうだ。
とは言え、真美に提供した场所は、街を通り过ぎ、海岸を越えた先にあるので、到着まではまだまだ时间が挂かる。
その间、司は旅行中に见かけた変なおばあさんの话をして、逆に真美は奈央と一绪に游んだ时の话をしていた。
列车は段々と目的地に向かっている。
トンネルを抜けて「海水浴」をした海岸付近を通り过ぎて、すぐさま再びトンネルに入る。
そして、二つ目のトンネルを抜けると何もなかったはずの场所に大きなビルがそびえたっていた。
かなり大きい...200メートルは余裕であるだろう。
「おいおい、アレはなんだよ...」
「私の『街』の一部だよ。でも、详しい说明はあそこに着いてから♪」
*
実际に、司が駅に到着して、街中に入ってみると先程以上の惊きの连続だった。
何もなかったあの场所がわずか5日间で作り上げたとは、
とても考えられないレベルに仕上がっていたからだ。
キレイに整备された駅前ロータリー。
両侧に背の高い木が植えられた大通り。
そして、通りに沿ってあるのは、20阶くらいは优にあるビル。それも一つだけではない。
动く人や车がない以外は、どこかの大きな都市に来たのかと错覚するぐらいだ。
「それでね、さっきから司が気にしてたあのビルは、この街のシンボルなの」
こう言って、真美はビルがひしめき合う街中でも、圧倒的な高さを夸ってそびえ立っているビルを指差した。
ここに到着する前に、电车から见えていたあのノッポビルだ。
「确かに、あのビルだけダントツに高いな。かなり远くからでも见えてたし。
近くで见るともっとすごいな。この街のシンボルタワーか...なるほど」
「あれだけは新しく买ってきて组み立てたんだよ、奈央ちゃんと二人でお金出し合って。
少しばかりお财布にダメージがあったけどね(笑。
そうそうちなみに、あのビルの高さは本当の私の身长より少しだけ低くしてあってね、なんでかって言うと....」
「つまり、真美より背の高い建物はこの街にはないから、ここに『巨人』でやってくると少しばかり优越感があると...」
「あ~、私より先に言うなんて、ヒドイ。せっかく司に自慢しようと思ってたのに...」
「残念でした~っと」
それはともかくとして、駅を中心に整备された街のこれら全てが、どうやったらこうもうまくいくのかわからなかったが、
とにかく、奈央と真美の二人のみの手によって、この街は作り上げられていた。
司は、心の底から出来ばえに素直に感心してしまった。
この「街」にケチをつけることなんて无理だった。
「真美がこういうことに向いているのなら任せよっかな~。
俺は、线路以外の构造物を并べるのは不器用であまり得意じゃないし、ぶっちゃけ手抜きになってるところもある。
こういうことにも向き不向きってあるからな。
当たり前だけど、真美がこの5日间レイアウトを作っていて楽しかったらの话だけどな。
ここ最近は、自分が作った线路ばっかり走ってるもんだから、新鲜味がないと言うか、面白みがないというか。
まぁ、いわゆる『マンネリ』気味だったから、たまには、外部の风を『箱庭』の中に入れてみたりしたかったし。
とにかく、うまいこといってよかった」
司が、うんうんと颔いてみせる。
「でもね、そんなに毎日のようにここに通って迷惑にならない?」
「今まで今日を含めて六日间も连続して、ここに通っている人间が今さら何を言ってるんだか...
真美が毎日ここに来たぐらいじゃ迷惑になるわけないし、
それに『箱庭』には家の中を玄関だけ通れば行けるからラクだろ?
ウチの母さんは、迷惑が挂かるとかそういうことは、あまり気にしないから大丈夫だって。
それと、これはここだけの话。
この前な、ウチの従姉がウチにやって来て、『箱庭』に小さくならずに入ってきたんだけど、
线路にデカい足载せて塞ぐやら、车はそのデカい足で蹴飞ばすやら、ビルに服の裾を引っ挂けて倒すやら。
で、とどめにミニチュアのビルが沢山密集している地域でこけやがってさ。
従姉がこけた时、俺は『小人』で少し离れたところにいたんだけど、结构足元が揺れたからな。
震度で言うと3か4くらい。それに、音も结构すごかった。あんなすっげ~轰音闻いたのは、2回だけだよ」
「2回ってことは、前にもあったの?」
「昔、奈央が、同じようなことやらかしたがあってな。その时は、不可抗力だったからしょうがなかったけど。
でもな、人间がこけた瞬间がスローモーションで见れるって、中々面白いんだぜ」
「へぇ~、确かにそんな瞬间は见たことないな~」
「んで、结果的に従姉がこけた周辺は、もうまさに大怪獣が暴れて壊灭した迹のような状况になって。
というか、実际巨大怪獣みたいなもんだったな、アイツは」
「年上のお姉さんなのに、そんな言い方していいの?」
「ただ自分の方が年上と言うだけで、オレを散々弄缲り回してきた人间だから、これくらい言っても大丈夫だって。
で、さっきも言ったけどその后片付けというか『箱庭』の复兴作业が大変だったわけですよ。
わかるだろ?あの大変さ。経験者にしかわからないんだよな、アレは。
夏姉ぇ...じゃなくてその従姉が一回やって来て挂ける迷惑なんかと比べたら、
毎日真美がやって来て挂かる迷惑なんて微々たるものだから、うん。
愚痴混じりになって悪いけど、コレが本音だ」
「司も大変なんだね、アハハ」
真美が苦笑する。
「そうやって今、笑ってる真美も『巨人』の状态でこけたら同じような大惨事になるんだけど、わかってる?」
「ん~、そういうこと言わないでよ~、ちゃんとわかってるってば~」
「さて、どうするんだ?この后は」
「どうしよっか、ハハハ」
少しばかりの沈黙が二人の间に漂った。
「えーっと、特に何もこの后のことについては、考えていないということか?」
「うん、だってここ数日间は、この『街』を完成させることだけに集中してたから、后のことは何も考えてないの...
あーでも、久しぶりに何かこう、やり遂げた感じがする~。
后しばらくは、『箱庭』とはサヨナラしてもいいかな?ずっとここに居たから少し饱きちゃった♪
私はね、『箱庭』には、たまに来るのがちょうどいい感じがするの。
あんまりここに居るのに惯れると新鲜味が薄れてきちゃう気がするし...
でも、また一周间かそれぐらいしたらまたここに来たくなると思うから」
「なるほど、オレとか奈央は小さい顷から『箱庭』に惯れているから、
もう今更、そういう小さくなったり大きくなったりすることに新鲜味を感じることはないけど、
真美は、ここにくる度に何か普段の生活とは违う感じを楽しんでいたわけか...」
「ん~そうね、私からすればここは『テーマパーク』みたいなものかな...
楽しいけど、毎日来るとちょっと疲れちゃう。けど、やっぱりまたここに来たくなっちゃう。
小さくなっておっきな奈央ちゃんを见上げたり、逆に、小さな模型の街の中に入って巨人みたいに上から见下ろしてみたりなんかしてね、
『非日常的』な体験をして楽しいときを过ごすっていう点でよく似てると思うよ」
「なら今日はこの后普通にさ、せっかく来たんだし、少なくとも昼ぐらいまで、奈央も含めて俺の部屋で游んでいかね?
外は出挂けるのもうんざりするぐらい暑そうだから、クーラーガンガン挂けてインドアな一日を过ごすというのはどうだ?」
「うん、そうするよ♪ねぇ、なんか私でも出来るゲームあるの?」
「それは、オレの部屋の押入れにあるソフト类と相谈しなければならないな...
でも、确かパーティーゲーム系ならいくつかあったし、多分。これくらいなら大丈夫...だよな?」
「うん、それ系のゲームならなんとかなる」
「じゃ、一旦帰るかオレの部屋にな。駅まで戻ろうぜ」
「あっ、ちょっと待って、司。
もうすぐ奈央ちゃんが迎えにきてくれる手筈になってるから、じっとしていた方が危なくないよ...」
「そうだな、妹に踏み溃されそうになるのはゴメンだからな。
そういやさ、さっき、奈央がお前のこと『真美お姉ちゃん』って呼んでた気がするけど、この五日间でなんかあったのか?」
「あれれ、钝感な司君にしては変化に気付くなんて上出来ね」
「二人だけで话が进んでるとあれこれ疑わざるを得ないな」
「いいじゃない、女の子同士で秘密を共有するくらい♪」
「むぅ~、そう言われてしまうとうまく言い返せないな...」
すると、ドーンドーンと大きな音がしだして、地面が震えだした。
「どうやら...」
「约束通り、奈央ちゃんがやって来たみたいだね♪」
毎度毎度、巨大な奈央が登场する际のお驯染みの前触れである。
こうして、夏休みの间という长いようで短い期间で、三人の関系は急速に変化していったのだった。
#8
熱戦が繰り広げられた夏の甲子園の決勝戦も数日前に終わって、
長くて短い夏休みもいよいよ、終盤に差し掛かったある日のこと。
朝から司は、「箱庭」の中で久しぶりに電車を走らせていた。
ここ最近は、自分自身の一人旅やら真美が作り上げた「街」のお披露目式やら、
祖父母が住む父親の故郷へのお盆の帰省やら、夏休みの宿題のレポートやらで
「箱庭」に長時間入り浸って電車を走らせる暇がなかったのだ。
昨日、ようやく課題レポートが大体完成し、
高校の夏休みの宿題にケリがついたところで、
こうして「箱庭」で自由気ままに電車を運転して過ごしているのだ。
久しぶりに味わう爽快感に思わず鼻歌を口ずさんでいた。
「今日は、あの『巨人姉妹』がここにやってくる予定もなく、
こうして誰にも邪魔されずに幸せな時間をすごせるんだ~♪」
司の頭の中で思っていたことが、勝手に歌になっていた。
歌の中の「巨人姉妹」とは当然ながら、真美と奈央のことだ。
ちなみに、今日を含めここ数日間の午前中は、奈央は塾の夏季講習があり、
真美の方は友達の家に遊びに行っているらしい。
「今日は、あの巨大女二人組がやってこないとわかっているとウキウキしてくるぜ♪」
普段から奈央と真美は、司のように縮小化することなく、
「巨人」としてこの「箱庭」に遊びにくる。
そのため、今日みたいに司が「小人」になって電車を運転するには、
彼女達「巨人」がいると少々不都合なのだ。
もちろん司の本音としては、奈央と真美が、ここに「巨人」として入ってくることには別に文句はない。
奈央は自分の妹だし、真美は自分から招待したのだから構わないと思っている。
ただ、少し前から、奈央と真美が二人揃って「巨人」の状態でいることが
少し恐く感じるようになったのだ。
何せ、彼女達の足の大きさだけで30メートル以上はあるのだ。
そして身長は200メートルを優に超えている。
この前、そんな二人が「箱庭」の中を歩いている様を「小人」視点で電車の運転中に、
何気なく眺めていたら背筋が寒くなったのだ。
一瞬、二人が「箱庭」を襲う大怪獣に見えたのだ。
もちろん、そんなことは実際には有り得ないと即座に否定できるくらい、司は二人を信用している。
ただ、どこか頭の片隅が拒否反応を示したのかもしれない。
司が忘れてしまった過去の出来事が原因なのかもしれない。
幸いなことに、この不快感は大したものではなく、少し落ち着けば症状は緩和される。
ただ、あまり気分のよいものではないのは確かだった。
それからというもの、二人が同時に「巨人」として、
「箱庭」にいる時は、極力、運転を控えて、
この気分の悪さは、一時的な気の迷いだと結論付けて、もう気にしないことにしたのだ。
それが功を奏したのか、それ以降、不快感を感じることはなかった。
*
さっきからずっとそんなことを考えていたら、いつのまにか
司の運転する列車は、真美と奈央が作り上げた「街」のあたりを走っていた。
この前、初めて、ここに通されたときはあまりの出来ばえに驚いた。
まさか自分が旅行に行っているたった五日間で奈央が手伝ったとは言え、
ほぼド素人の真美がここまでのものを完成させるとは夢にも考えていなかったからだ。
悔しいながらも司は、出来ばえを褒めてやるしかなかった。
本当のところは、「箱庭」にまた一つ華やかの場所が出来上がっていたので、司自身も実は気に入っていたりするのだ。
ただ、その気持ちを真美には素直には伝えていない。
司は、少しばかり真美の隠された構成センスに嫉妬してしまっていた。
それと、後は単に、司がそういった気の利いた言葉を言うほど出来た人間でもなく
加えて彼がそういう場面ではどうしても照れてしまう性質だからだ。
と、昔の事をあれこれと思い出している間、
司は前方に対する注意が疎かになっていた。
司が気がついた時には、何かとてつもなく巨大な物体が、列車前方の線路上を塞いでいた。
司は、衝突を避けるために慌てて、急ブレーキを掛ける。
キィーっという特有の音が周囲に響きわたり、
ようやく列車がストップした。
あと十数メートルでぶつかるところだった。
命が助かったところで線路を塞いでいるこの巨大な物体の正体に気がついた。
それは巨大な「靴」だった。
形からして女性物のパンプスだろうか。
ヒールの高さだけでも10メートルはありそうだ。
それが「どーん」と二本の線路を塞いでいるのだ。
そして巨大なパンプスからは黒色のストッキングを履いた脚が、
女性らしい丸みを帯びた曲線を描いて上に向かって伸びている。
司が今現在立っている場所からでは、
この巨大な靴の持ち主の顔ははっきりと見えない。
さて、気になるのはこれが誰の足かということである。
そもそもこの「箱庭」は家の中にあり、
外部の人間が簡単に侵入してくるはずがないので、
おそらく司の顔見知りであるはずだ。
まず始めに奈央かと思ったが奈央はまだこういった靴を持っていないので却下。
それに、線路上に「巨人」が足を置いてしまうミスなんて、
少なくとも、「箱庭」には慣れている奈央では絶対にしない。
では真美はどうだろうか?
真美はまだこの「箱庭」に不慣れな面もあるが、慎重な性格ゆえに足元には十分注意するはずだ。
それに、今日のこの時間、彼女は友人の家に遊びに行っているはずだから、
わざわざ友人との予定をキャンセルしてまで、司の家に来る可能性は限りなくゼロに近い。
となると、まさに今、「巨人」になって「箱庭」に侵入し、
その巨大な足で線路を塞いでいるのは誰だ!?
司は、正体を確かめるべく列車から降りた。
*
司が上を見上げるとそこには、真美とも奈央とも違った若い女性の巨大な顔があった。
「やっほー、司♪久しぶり~遊びに来てやったよん♪」
「のわっ、夏姉ぇ。な、なんでここにいるんだよ?」
巨大な足で線路を塞いでいたのは、藤沢夏姫,司と奈央の従姉にあたる女性だった。
彼女は今は、都内の名門私立大学に通っている大学生だ。
司は幼い頃から彼女のことを「夏姉ぇ」と親しみを込めて呼んでいた。
夏姫とは祖父母の家で顔を合わせることはよくあったが、
司達の家まで、やってくることはあまりなかった。
夏姫がしゃがんで司の方に顔を近づけてきた。
「あれっ?おばさんから、今日私が来ること聞いてなかったの?」
「そんな話はぜんぜ~ん聞いてない」
「ありゃりゃ、ごめんごめん。
てっきり知ってるもんだと思ってた。
司が『箱庭』にいるって、おばさんから聞いてここに来たんだけど、
ついつい、足元への注意が疎かになって線路塞いぢゃった♪
私は、あまりここに入ったことがないからね...、びっくりさせちゃったね」
夏姫は、苦笑いしながら司に謝罪する。
「危うくもうちょっとで、夏姉ぇの足に激突して死ぬところだったんだから。
とにかく、夏姉ぇもここに小さくならずに入ってきたら、
ゴ○ラとかキング○ドラなんかの巨大怪獣と同じようなもんだから気をつけてくれよ」
「ハイハイ、今度から気をつけま~す♪
ねぇ~、ところで司。
このままのサイズだと話しにくいと思うんだけどなんかいい方法ない?」
「ん~それなら、俺が元の大きさになるか、
反対に夏姉ぇが小さくなればいいと思う」
「それじゃ、私を小さくしてちょうだい。
ただし!せっかく、私が怪獣気分を味わってるんだからあまり小さくしすぎないでよ」
というわけで、夏姫はさっきの5分の1ほどの大きさ
(それでもまだ身長50メートルはある!)まで縮小した。
周囲の建物は、夏姫の胸あたりまでの高さしかない。
「うん、なんだか、この大きさの方がさっきよりもいい感じ。
じゃ、私の手に乗って」と夏姫は司の目の前に、自らの巨大な手のひらを差し出した。
「へっ?」
「アンタをどっか、丁度いい高さのビルの屋上まで連れて行ってあげるの。
そこで話の続きをしましょ。ほら、グズグズしないで早くして」
「なんで俺がそんなことやんなきゃなんねーんだよ」
「姉に従うと書いて従姉のお姉さん。つまり私のことね。
つべこべ言わずに私の言うとおりにしなさい。いいわね!?」
「ったく~、わかったよ~。言う通りにしないとまたどうせろくな事になんないから言われた通りにやってやんよ」
返事をしてすぐに、司が差し出された巨大な手によじ登る。
夏姫が年上のせいか、司は会話のイニシアチブを完全に握られていた。
司を乗せた夏姫の手がだんだん上昇していく。
落とされないように、司は張り付くばっていた。
手のひらの上昇が夏姫の顔の高さで止まり、
「司、こっち向いて」と彼女に呼び掛けられた。
司が声に反応して、振り返ると前方から突然、猛烈な風が吹き付けた。
「うわっ」
「おっきなお姉さんの突風攻撃♪」
口をすぼめて息で司を攻撃するとは、この巨大女、完全にノリノリである。
どちらかと言うと「小人」の司は、夏姫に完全にもてあそばれているという方が正しい。
司が、声を荒げて抗議をするも
「どう?怖かった?驚いた?」と夏姫は気にも留めずに、笑顔で尋ねてくるのだから恐ろしい。
「夏姉ぇ、マジで恨むよ。死ぬかと思ったんだから」
「はいはい、ゴメンゴメン。これでいい?」
「謝り方に誠意が感じられないんですけど」
「謝ってあげたんだから文句言わないの。
でもね、司がそんなに小さいとついついいじめたくなっちゃうの。
まるで、昔に戻ったみたいだね♪」
「俺にとっては、夏姉ぇが楽しそうに語る日々は単なる地獄でしかなかったんだけど...」
「あらやだ、司ったら、あの甘くて懐かしく、そして切ないあの夏の日々を地獄だなんて」
「俺にとっては、プロレス技を掛けられたり、
のしかかられて馬にされた苦い記憶でしかないんですけど…」
「私は、そんな野蛮な真似をした覚えなんてございませんわ、ホホホ」
「夏姉ぇめ、完全にとぼけやがったな」
「司君ったらヒドいわ。お姉さんをそんな風に言うなんて」
口調をガラリと変えて妙な演技をし始める。
「夏姉ぇ、ふざけるのもいい加減にしたらどう?」
「んもう、司はノリが悪いわね。
じゃ、今から歩き始めるからしっかり捕まっててよ。
私の手から下に落ちても、知らないからねっ」
*
夏姫の大きな手に乗せられて司は軽々と運ばれる。
夏姫の指一本でさえ、今の司の体より、確実に大きくて太い。
別に、夏姫の指が特段に太い訳ではない。
若い女性らしい細く長くスマートに伸びた夏姫の美しい指。
それでも、小さな司には大木のように感じられてしまう。
司が腕を回しても、恐らく両腕の先同士が届くことはないだろう。
これでも夏姫は通常の3分の1程の大きさに縮小している。
でも奈央は、大体「箱庭」には縮小せずにそのままの大きさで入ってくる。
そして、昔から司は小さくなって奈央の遊び相手になってあげていた。
もっとも、身長200メートルを優に超す奈央の遊び相手になってやるのは大変だったが...
何回か死に掛けたことがあるくらいなわけで。
だから、司の本音としては現在の夏姫の大きさなんて、
奈央と比べたらかわいいもんだといった感じがする。
「夏姉ぇ~、足元ちゃんと見て歩いてよ。
道路には車とかいっぱいあるんだから蹴飛ばしたり...」
「えっ、司?今、何か言った?」
夏姫は、手元にいる司の声に気を取られてしまった。
丁度その時、夏姫の足が路上に停車していた
(というよりか置いてあったと言うべきか)模型の自動車を蹴飛ばしてしまった。
蹴飛ばされた自動車は近くに止まっていた車に次々に衝突していって、最後にビルに激突して停止した。
「あちゃ~やっちゃった」
「な~つ~ね~ぇ~。
だから、足元には注意しろって言おうとしたのに...」
「わ、私は全然悪くないわよ。
こ、こんな狭いところに車が置いてある方が悪いのよ。
絶対そう!つまり、車を置いていた司の自業自得!」
「ちょっ、夏姫ぇ!!こっちに責任転嫁すんなっ!
夏姉ぇが怪獣みたいに、『箱庭』の中をどかどか歩くから、こういうことが起こるんだよ!」
「う、うるさーい。年上の私に口応えした上に、怪獣呼ばわりするなんて...司、覚悟しなさい!」
そういって夏姫は自由だった右手の指を司の体に絡ませて、「軽く」握りしめた。
「な、夏姉ぇ...く、苦しい」
司は、首から下の体の自由をほとんど奪われて、
それでもなんとか少しだけ動かせる足をバタバタさせて、夏姫の手の中でもがいていた。
だが、いくら司が逃れようと抵抗しても、巨大な夏姫の指はびくともしなかった。
「ふふ~ん♪お姉さんに逆らったから、こういう風に痛い目に合うのよ。まっ、でもこれ以上いじめるのはかわいそうだから、今日のところはこれくらいで許してあ・げ・る♪」
夏姫は司を握り締めていた指の力を抜いて、司を解放してあげた。
昔から、司は祖父母宅などで夏姫と会う度にいじめられてきた。
当時は泣かされぱなっしだったが、お互いに成長した今ではそんなことも自然となくなっていた。
「いつの間にかアンタに身長は抜かされちゃったし、
それにアンタは男の子だから、もう力で敵うはずもないし...
なんかさびしいなって思っていたら...
人形みたいにこんなに小さくてかわいらしい司を見つけたから
つい...その...いじりたくなっちゃって...ほ~ら、うりうり♪」
巨大な夏姫の人差し指が司の股間につんつんと一応やさしく、触れた。
自分の大事な部分を突然触られて、思わず声を上げて飛びのく。
「うわっ、いきなり何すんだよっ」
「ただの悪戯♪司も男の子だからここに『かわいいもの』をつけてるのかな~って♪
もっと言うとキレイなお姉さんを見て興奮して、ズボンにテント張ってたりしないかな~なんて思ったり♪」
「そんなわけ...ないだろっ」
「おやおや~、私の目にはズボンのあたりが、膨らんできたように見えるんだけど気のせいかな?」
「男はココに刺激を受けると反応してしまうんだから、し、仕方ないだろっ。セクハラすんな、この野郎!!」
「司君は変態さんだね。親戚のお姉さんに大事なところをいたずらされてコウフンしちゃうなんて♪」
「あーもう!なんで今日はそんなに俺をいじろうとするんだよ!」
「だって、司をいじめるのが楽しいんだもん。
それに、中々いいリアクションしくれるからもっといじめたくなるし♪
よーするにアンタの存在自体が『いじめて下さい』と言わんばかりに私のS心を刺激しちゃうのよね~。
『いじめられっこオーラ』があるのよ。
もしかして学校でもいじられキャラ?」
「いや、そんなことはないって。
オレをいじめるのは夏姉ぇと...いや、夏姉ぇぐらいだって」
「ふ~ん、それは本当のことなのかな?
司が見栄張って嘘を吐いてるとも考えられなくはないわけだし....
まぁ、いいわ。そんなこと」
*
夏姫が司を手から降ろすのにどこかいい場所がないかと周囲を見回すと、近くの住宅街の中に学校を見つけた。
隣接する校庭も夏姫が立ち入るには十分な広さがあった。
学校の周囲に立ち並ぶ家々を踏み潰さないように、幅の狭い路地に慎重に足を降ろしていく。
路地の幅は、夏姫の足の幅より少し広さくらいしかない。
数本の路地と十数戸の家々を跨いでいってようやく学校のすぐ横の道路に到着した。
それから夏姫は、校舎のそばにしゃがみ込んで、まずは屋上に司を降ろした。
そして夏姫は再び、その場で立ち上がった。
黒のストッキングに包まれたすらっとした夏姫の脚が校舎の横に高くそびえ立っていた。
そこから、軽く校舎をまたいで足を校庭側に持っていく。
この校庭はそこまで広くはないものの、
夏姫が腰を下ろすことができるくらいの余裕が十分にあった。
「よいっしょっと」
夏姫が校庭に腰を降ろした。
巨大なお尻の着地の衝撃が小さな揺れとドスンという音に変わって周囲に伝わる。
屋上に設置されていた金網越しに、座っている夏姫の巨大な顔と目があった。
模型の学校であるからだろうか、転落防止用の金網の高さは司の首の位置ぐらいまでしかなかった。
下に転落しそうで恐怖感があった。
ただその分、顔を外に出すことが簡単に出来たので夏姫と会話はしやすかった。
「ここは本物の小人の街みたいだね。ビルも家も学校もあって、車までちゃ~んとあるんだから。ガリバーみたいに小人の世界の街中を歩くのは気持ちいいね」
夏姫は「箱庭」を気に入ったようだ。
「で、今日は何しにウチに来たんだ?」
「何しにって、司に会いに来たんだけどな~」
「それは、絶対に嘘だろ。さっさと本当のこと話したら?」
「アンタ、ほん~っとに素直じゃなくなったわね。まったく、もう~」
夏姫がなぜか溜め息を吐いた。
「確かにアンタに会いにきたわけじゃないのは事実じゃないわよ。まぁ、単純に言うとウチの家族みんなでこのあたりに買い物にきて、近くにアンタの家があるから寄ってくってことになっただけなんだけどね」
現実世界とはそっくりなようで、全てのもの大きさが全く違う、この小さな「箱庭」の世界。
夏姫は「箱庭」の中のミニチュアの街を歩いたり、
「小人」の司と遊んでるうちに、ある種の優越感を感じたのだろう。
司だって「箱庭」の管理をする時には、
当然ながら縮小化することなく「箱庭」に足を踏み入れる。
だから司も夏姫の言うことに共感できた。
「ねぇ司。ちょっと元の大きさに戻ってみてもいい?
どうせなら色々大きさ変えてこの世界を探検してみたいしね」
「仮に、俺がダメって言ってもどうせ無視するつもりだったんだろ?
もう、勝手に好きにしたらいいよ」
夏姫には何を言っても無駄だということがわかったのか
司は夏姫の好きなようにさせることにした。
「ありがとう~♪流石は司だね~。
お姉さんのいうことはちゃんと聞いてくれるね♪」
今までの発言を180度ひっくり返すようなことを言って、
夏姫はやけにうれしそうな表情を浮かべた。
「じゃ、少ししたらまたここに戻ってくるね。
えっと元の大きさに戻るスイッチは...」
夏姫が、手に持っていた縮小機をまだ慣れない手付きで操作する。
しばらくすると、夏姫の体が次第に大きくなっていった。
元々、巨大怪獣サイズはあった夏姫の巨体がさらに巨大化していく様は壮大だ。
もしも夏姫のそばにいるのが司ではなく、
「箱庭」や「巨人」になれていない人間なら生命の危機に感じられるかもしれない。
さっきまで夏姫の体全体で占領されていた校庭は、
今となっては夏姫の左足だけで占領されていた。
夏姫のもう一方の足は校舎を挟んで反対側に置かれていた。
たまたま、足が置かれた場所は空き地だった。
夏姫がうまく空き地を見つけたようだ。
建物や家屋が、夏姫の足で踏み潰されるようなことは何とか免れた。
*
さて今、夏姫は校舎の真上で両足を少し開いて立っている。
少しといっても、実際には、足と足の間は100メートル近くはある。
そして、司の頭上には夏姫のスカートが悠然と翻っていた。
ということは、もちろん夏姫の直下にいる司には、中身が丸見えだった。
「司、私がここから動く前にスカートの中を見たら、学校ごと踏み潰すから。
アンタの考えてることはすべてお見通しよ!」
真上から降ってきたのは夏姫からの死の警告だった。
おそろく踏み潰すというのは、冗談であろうが司には冗談には聞こえなかった。
夏姫は、司がいるはずの場所を把握していた。
司のおよそ150倍はある夏姫の巨体から発せられた声は、
周囲の大気を震わせるほどの音量だった。
さっきまでの夏姫の声の音量とは、比べものにならないほどデカい。
夏姫から死の宣告を受けたからと言って、司だって男だ。
夏姫の足元という絶好のポジションにいるというのに、
多少脅された程度でみすみす見逃すわけにはいかない。
これが妹の奈央のスカートの中だったら、
さすがに覗くことはしないだろう。
(たまに見えてしまうことがあるができる限りみないようにしているが
やっぱりどうしても見えてしまうことがある。コレは不可抗力だ)
ちなみに一週間前見えてしまった時には青と白の縞パンだった。
司の「息子」は正直者なのか、ついつい「反応」してしまった。
自分が兄として少し情けなくなった。
だが、しかーし。今回の相手は夏姫だ。
性格と口に多少問題点があるが、
黙っていれば基本的にはキレイなお姉さんである。
この超ローアングルな場所から夏姫の覗いてはイケないところを、
あえて覗き見る価値は十分にある。
加えてさっきから、夏姫からは散々嫌がらせを受けている。
その反撃として頭上に目を向けてスカートの中を一瞬見るくらいなら、
夏姫は許さないにしても、神様は許してくれるはず。
司は自分にかなり都合のいい言い訳を考え出して、自分自身を納得させた。
「ちょっと、司。私がどのあたりを歩いていいか教えなさい。
教えてくれないとそこらへんをテキトーに歩いてくから。
建物踏み潰しちゃっても知らないわよ」
「女王様」は、さらに巨大化してもっと傲慢になったようだ。
「箱庭」を傲慢な巨大女王様の魔の手....じゃなくて魔の足から守るため、
渋々、司が現在いる位置から一番近い「巨人」用歩道が通ってる場所を教える。
「ありがとっ」
「女王様」も小人に礼を言うくらいの優しさは、一応持っていたようだ。
思いきって頭上を見上げると上空にピンク色の部分が見えた。
夏姫の下着だ。しかも女の子らしいピンク色。
夏姫の好みは乙女チックだったので司には以外に感じた。
それは実にすばらしい光景だった。
男なら興奮しない者はいないだろう。
今晩のオカズが瞬間的に決まった。
それに、司としては先程からヤケに高圧的な態度を取って、
自分をコケにする夏姫のスカートの中を見れたことで、
少しはリベンジできたような気がした。
その一方、夏姫は本当に司がスカートの中を覗き見ていることには、全く気付かないまま歩いていった。
夏姫自身、まさかあの司が上を見上げて本当にスカートの中を覗くとは予想していなかったからだ。
先程から何度も小さな地震-震度で言えば2か3くらい-と同じような揺れが続いている。
この揺れは全て、夏姫が歩くことによって発生している。
数秒ごとに夏姫の巨大な足が地面に達する度に揺れる。
夏姫のように「小人」になったことのない人間にはわからないだろうが、
「巨人」が歩くだけで本当に地面が小さな地震と同じくらい揺れるのだ。
夏姫の姿は、彼女が歩いているところから「小人」の感覚からして数?離れた、
司がいるこの場所からでも十分に確認できた。
視界を遮るような高い建物がないのでよく見える。
それ以前に、夏姫の大きさがこの「箱庭」の世界で異質だからだとも言える。
しかしながら、自分自身が歩く姿がこんなにも壮大なものだと、夏姫は気づいていないだろう。
今のこの光景をカメラの録画して映像として見せればきっと驚くだろう。
一度、「小人」の視点に立って目撃しなければ想像しがたい。
今ごろ、夏姫はきっと大怪獣気分を味わってることだろう。
確かに模型の街並みを上から見下ろしてみたり、
「巨人」になって「箱庭」の小さな街並みの中を歩りたりすると、
言葉では表しにくい優越感を感じるのは司も同意できる。
問題は、その優越感が度を過ぎると色々と厄介なことが巻き起こることだ。
そのことを証明する前例は、真美の一件だ。
あの時は、何とか真美を説得できて事無きを得た。
説得できてなければ真美との仲も取り返しの付かないものになっていたはずだ。
「箱庭」に慣れていない人間が長い時間いると元の世界に戻ったとき、物の大きさが変に感じられる。
特に関係はないが実際に物の大きさの感覚が異常に感じられる病気があると聞いたことがある。
確か、「不思議の国のアリス症候群」とか言う中々洒落た名前だった。
この調子だと夏姫も後で感覚の不一致に襲われることになるだろう。
通常の感覚を取り戻すまで割りと時間が掛かる。
医薬品のCMのように『「箱庭」は使用上の注意をよく読み、用法、用量を守って正しくお使いください』
とでも言ってあげたほうがよかったのか。
*
それにしても、夏姫は中々戻ってこない。
さっきはすぐに戻ってくると言っておきながら、
もう既に15分以上は過ぎている。
いかんせん、縮小機を夏姫に奪われた上に、
一人ぼっちでいると何もすることがなくて退屈なのだ。
それに夏姫が小さな街並みの中で何かやらかしてしまわないかと心配でならない。
服の裾が引っ掛かっただけで、沿道の建物が倒れたりすることもあるのでヒヤヒヤする。
だから「箱庭」に慣れていない夏姫には、本当に、本当に注意して歩いて欲しかった。
仕方なく、夏姫の姿を目で追っているのだ。
最も、夏姫が何かをやらかしてしまった時に、
この大きさだと司が夏姫の行動を制限できるはずがなかったので
無意味と言えば無意味だった。
何か夏姫を呼び戻す方法がないか、司は考えを巡らせ始めた。
携帯で彼女を呼び出すことをまず最初に思いついたが、ここ「箱庭」は地下なので電波が届かないので、これは不可。
だからと言って、他にトランシーバーのような特別な通信機器を持ってるわけではなかった。
なんとなくポケットの中に何か使えそうなものがないかと探り始める。
するとポケットの中で手が何かを探り当てた。
「おっ、これは...フムフム...となると...いいこと思いついたぜ~」
司は、ポケットの中から「ある物」を取り出して操作し始めた。
それは、ラジコンのヘリコプターのリモコンだった。
このラジコンは元々、屋外で飛ばすために買ったものだが、
最近では公園でラジコンを飛ばすことが、禁止されたりして使う機会が減っていた。
ただ部屋に置いておくのは、実にもったいないと思っていた。
そこで何か有効な使い方はないかと考えた末に、「箱庭」の中に置くことにした。
そのままの大きさだと、「箱庭」の世界との縮尺が合わなかったので、その点は縮小機を使って調節した。
プラモデルの戦車と一緒に並べておいてみると、ちょっとした軍隊の基地っぽくなって気に入っていた。
その後、鉄道模型に同じようにヘリコプターに超小型カメラとスピーカーを付けたら、
なんだか色々と面白そうだということになって、
機体にカメラとスピーカーを取り付ける改造を施すことにしたのだ。
ただし、取り付ける場所は機体の下部にした。
機内に取り付けてみても、ヘリコプターの機内から見える映像はおそらく「箱庭」の壁しか映らないと考えたからだ。
機体の下部なら、真下に広がる街並みが綺麗に撮影できるはず...
というわけで、改造したヘリコプターに搭載したカメラで模型の町並みを撮影した映像を実際に見てみると
まるで本当に街を空中撮影したかのような映像だった。
それからは、「箱庭」の中で鉄道模型だけではなくヘリコプターも操縦するようになった。
「確かヘリコプターの機体はいつもの場所に停めていたはずだから、うまいこと操作して,,,,」
今いる場所からでは目視確認はできないので、
とりあえずヘリコプターを高く上昇させてから位置を確認することにした。
しばらくすると司の視線の先にヘリコプターが見えてきた。
「あとは、これを夏姉ぇのいる方に気づかれないように低空飛行で操縦して....」
司が計画した悪戯は徐々に進行していく。
低空飛行でヘリコプターが夏姫に気づかれないまま近づいていった...
*
無事に夏姫に気付かれずに接近させることができた司は、ヘリコプターをその場で急上昇させた。
夏姫が突然急上昇してきたヘリコプターを避けようとして足元への注意が一瞬、疎かになった。
すると、見事なことに夏姫が足元にあった何かにつまづいた。
「き、きゃーーー」
夏姫が悲鳴を上げるが、一度崩れた体勢をそこから立て直すことはもはや不可能だった。
ヘリコプターを操作していた司の目には、その光景がスローモーションで目に映った。
人がこける瞬間をあんなにもはっきりと見たことはなかった。
次の瞬間には、夏姫の十数万トンもの巨体が、地面に叩きつけられていた。
腕が近くのビルに直撃して倒していき、
道路上にあった何台もの自動車が夏姫の下敷きになった。
それから、凄まじく鈍い轟音と震動が順を追って司がいた場所に到達した。
夏姫はただ歩くだけで地震を起こしていたのだから、
全体重によって引き起こされたこの揺れは、
さっきまでの揺れとは比べ物にならない。
その場に立っていられなくなった司は思わず地面にへばり付いて、この揺れをやり過ごした。
「痛たたた...車が下敷きになって体のあちこちに食い込んじゃって痛いし~」
夏姫が地面に打ちつけたところに手を当てて起き上がる。
「つ~か~さ~、ヘリコプターなんかを近づけていきなりビックリさせないでよ。危ないでしょ~が」
「巨大女が当機に気付いた際、驚いて勝手に転んだ模様。なお、巨大女が転倒したことにより付近一帯に甚大な被害が出た恐れあり」
堅苦しいように見えて、半分ちゃかした感じのする口調で現在の状況が実況された。
「へっ?」
夏姫は一瞬、今流れている音声が何について言っていることだか判らなかった。
「繰り返す、巨大女が道路上で転倒した模様。転倒時の衝撃で付近に甚大な被害が出た恐れあり」
当然ながら、この実況は「巨大女」こと夏姫の耳にも入るわけで...
夏姫はヘリコプターのスピーカーから流されてる実況の意味をようやく理解した。
ブチッ、ぶちっ、ブチッ。
何かがキレた音がした。
それも一つだけではなく、複数。
実にいやな予感を催す音だ。
「ふ~ん、司ってばこんなことしちゃうんだ~」
一見すると優しげにも聞こえる口調ではあったが、
実際の夏姫の心の中は、司に対する怒りで煮えたぎっていた。
*
キレた夏姫の行動は非常に素早かった。
夏姫がすくっと立ち上がり、そして高度を下げていたヘリコプターを見つけるや否や
逃げる時間を与えることなくヘリの胴体をガシッと鷲づかみにした。
「ふ~ん、これね。さっきから何やらいろいろと私の悪口を垂れ流ししているのは。
わざわざ、スピーカーを使ってまでやるとわね...」
巨大な女の手がヘリコプターの胴体を鷲掴みにしている。
司が、ヘリコプターの操作をしようにもがっちりと掴まれていて動かせなかった。
まるで、どこぞのB級ハリウッド映画のような光景になっていた。
「わっ、夏姉ぇ~ラジコン離せー」
「さっきからこの私に向かって、ずいぶんと生意気なことをベラベラしゃべるのは、どの口かしら~?
一度、しっかりとお仕置きしてあげないといけないとね~」
夏姫は、ヘリコプターの胴体の腹側に
付いてある小型スピーカーを取り外そうとする。
「ちょっ、スピーカー外すな、夏姉ぇ!
また取り付けるのメンドーなんだから!」
「私に生意気な口を聞いた罰よっ!」
夏姫がスピーカーを取り外そうと悪戦苦闘するも、
スピーカーは機体にしっかりと固定されているので中々上手くいかない。
「マジで壊そうとすんな、とにもかくにもやめてくれー」
「うるさいうるさーい。
アンタが全部悪いんだからさっさと謝りなさいよー
早く謝らないと、このラジコンを下に落とすわよ」
二人は距離と体の大きさを超越して口喧嘩をしていた。
*
「ねぇ、お兄ちゃん達はさっきから何してるの?」
そこに、たまたま奈央がやってきた。
いや、「たまたま」と言うよりむしろ司と夏姫の間に割って入るタイミングを覗っていたと言う方が正しい。
どうやら塾の夏季講習が終わって、家に帰ってきていたようだ。
「ウチに帰ってきてみたら夏姫お姉ちゃんが、今日、遊びに来てるってお母さんから聞いて、
それでお兄ちゃんと二人『箱庭』にいるから気になって来てみたけど...」
奈央はラジコンのヘリコプターを片手に大人げない行動を取っている従姉と、
姿は見えないものの何処からともなく声だけは聞こえる兄に困惑気味だった。
「あっ、奈央ちゃん、久しぶり~。元気してた~?」
夏姫はヘリコプターを鷲掴みしたままで、奈央に声を掛けた。
「えっ、うん」
自分の出した質問の答えが得られないまま、
夏姫につられて返事をする。
「奈央ちゃん、また身長伸びた?」
今度は、邪魔になったのか手に持っていたヘリコプターを無造作にビルの屋上に置いた。
夏姫の膝より下の位置にあるビルの屋上にはしゃがまないと手が届かず、
彼女がヘリコプターを乱暴に扱ったために、置いた後に機体が右に傾いてしまった。
「夏姉ぇ~、ラジコンを乱暴に扱うなー」
スピーカーを通じて司の声が届いたが、夏姫に完全無視されて虚しく響き渡るだけだった。
「えっと、春に測った時で...170.5センチだったかな...」
「じゃ、私よりも17センチも高いね。いいな~」
「それより、お兄ちゃんはどこにいるの?
さっきから声だけは聞こえるんだけど...」
「司ならあっちの方にある学校の校庭にいるはずよ」
「夏姫お姉ちゃんありがとう。
それじゃ、お兄ちゃんを回収してくるね」
「どういたしまして♪
あっ、気をつけてよ、さっきの私みたいに何かに躓いてコケたら危ないんだから...
って、奈央ちゃんはここに慣れているからそんなドジは踏まないか、ハハハ」
夏姫が後ろから見守る中、学校に置き去りされた司を回収するために奈央は、
「巨人用歩道」から自分の靴よりも小さな建物がひしめき合って立ち並ぶ一画に入っていった。
本来なら、現在の奈央の大きさであれば、
こういった混み入った場所には侵入禁止なのであるが、
今回は司を救出するという大義名分があるので、問題はなかった。
高い部類に入るビルでも奈央の膝より、
かなり下の位置ぐらいの高さしかない。
うっかり足を置いたら潰れてしまいそうだ。
その中を、建物にぶつからないように器用に足を動かして、
司が取り残されている学校に少しずつ近付いていく。
こうやって小さな建物の間を縫って歩いていくのは、
自分の巨大さをひしひしと感じられるので奈央は好きなのだ。
*
しばらくして学校のある場所が見えてきた。
三階建ての校舎を真上から見下ろしてみる。
奈央の巨大な影が校舎全体を覆う。
屋上に小さな人影を見つけた。
こっちに気づいたのか、司が見上げ返してきた。
「ちび兄ちゃん。今から校庭に足を降ろすから、10秒以内に校舎の中に避難してね」
「小人」の兄のために、注意を促す。
司が避難し始めたのを確認してから足を移動させる。
ほんの少し足を持ち上げるだけで校舎のよりかなり高い位置にくる。
着地の衝撃で地震を起こさないように、
ゆっくりゆっくりと上から足を降ろしていく。
そして、奈央の巨大な足は静かに地面に達した。
校舎の中に避難していた司には,着地の衝撃はほとんど感じられなかった。
「危ないからもう少し待っててね」
再度、注意を促す。
奈央は気配りがよく出来る妹だと、司はつくづく思う。
それに、中学生になっても、まだ「お兄ちゃん」と呼んでくれる。
ここがよく出来た妹の証だ。
でも、未だに「ちび兄ちゃん」と呼ぶのはやめて欲しいとも思うのであった。
ここが珠にキズなのだ。
それとなぜだか、奈央は学校用のローファーを履いてきていた。
外行きでもないのに、履き間違えてそのままに履き替えずにきたのかも知れない。
さて、本来なら制服と合間って年頃の女の子を
より魅力的に見せる黒いローファーも30メートルもの大きさともなると、
もはや要塞かとも思えてくる程の存在感がある。
加えて黒の単一色なので、重厚感、威圧感が抜群にある。
このくらいの大きさ、革の厚さがあれば、戦車からの攻撃ぐらいではキズ一つ付きそうにもなさそうだ。
「ちび兄ちゃん、もう出て来ても大丈夫だよ」
奈央に呼ばれて、司が避難先の校舎から外に出る。
奈央は、さっきより小さくなってしゃがみ込んで待っていた。
司からしておよそ25倍程の大きさだろうか。
一応、奈央の身体は校庭の中に収まっている。
「今から私と同じくらいの大きさに戻してあげるから」
それから「縮小機」のスイッチをリバースに変えて、
司を自分と同じサイズまで大きくした。
「サンキュー、奈央」
自分を助け出してくれた妹に感謝する。
いいタイミングで奈央がやってきていなかったら、
ここで少なくとも、数時間は過ごさなければならなかっただろう。
助けを呼ぶにも、ここは地下なのでケータイの電波はまったく届かないのだ。
「じゃ、とりあえず夏姫お姉ちゃんがいるところまで戻るね」
「あぁ、そうだな。まずは、ここから出ないとダメだな」
そこから近くの「巨人」用歩道まで狭い路地を通り抜けて、
この場所で、司は本来の大きさに戻ろうとした。
「ねぇねぇ、ちょっと待ってよ、お兄ちゃん。今のままの大きさで、夏姫お姉ちゃんのところに行ってみない?」
「なんでそんなことするんだ?
俺達は見ての通り、まだ通常の6分の1の大きさなんだぞ。
奈央だって見えるだろう?
俺達の6倍はある夏姉ぇがど~んとあそこにそびえ立っているのがさ」
司と奈央は、今、「箱庭」の人間のおよそ25倍の大きさだ-ウル○ラマンと同じくらいだと考えればいいだろう。
「だからこそ、面白そうじゃない?
今、私とお兄ちゃんは『小人』からすると、
もちろん今は誰もいないけどね、いるとすればの話ね。
そうすると私達は 『巨人』と同じでしょ?
でも、夏姫お姉ちゃんからしてみると、えっーと、大体2,30センチの小人になるわけでしょ?
こういうのって面白いなぁ~って思うんだけど...」
「ん、まぁな。でも、俺にしてみれば面白いというよりか変な感じがするな。やっぱり。
あっ、それとも何だ?夏姉ぇと同じ大きさに戻って人形サイズの俺を見てみたいとか?」
「別に、お兄ちゃんじゃなくてもいいんだけど、それはやってみたいの」
「相手はおれじゃなくてもいいって言っても、
夏姉ぇが今から俺と同じ大きさになるわけにもいかないんだから、
結局は俺がやってやるしかないんだろ?」
「....うん」
「しょーがねーな、付き合ってやるよ。
奈央がこういうことが好きなのはよく分かってるからさ。
但し、今は無理だから後でな。それでいいか?」
「うん、ありがとう。お兄ちゃん」
「ちょっと~二人とも、おそ~い」
夏姫が待ちくたびれて、シビレを切らしていた。
司の目には夏姫の黒ストッキングに包まれた脚しか見えなかった。
足元にあるのは、長さが1メートル以上はあるパンプス。
さっきは危うくこれにぶつかって仕舞うところだった。
そこから首が痛くなるほどの角度まで曲げないと、
夏姫の顔を眺めることはできなかった。
そして今の夏姫の顔には優越感から来る笑みがこぼれていた。
*
数字の上では、夏姫は司の約6倍の大きさでしかないが、
こうして見上げると数字以上に大きく感じる。
司が感じている威圧感はさっきとさほど変わらない。
これでもウルト○マンとほぼ同じ大きさなのに、まるで自分は「小人」のように感じるのだ。
夏姫がもし地球を侵略しようとする宇宙人なら
ウル○ラマンでも逃げ出すかもしれない。
そう考えると、ウル○ラマンと同じ大きさで地球を侵略しにくる怪獣たちは意外とフェアだ。
司の妄想が妙な結論に至った
奈央にとっては今の状態が楽しいものなのかもしれないが、
司はこの大きさのまま留まったことを後悔した。
この小ささだとどうせあの巨大怪獣女-夏姫にまた弄られるのは目に見えている。
そうだ、これから心の中で夏姫のことを
巨大怪獣女と呼んでやろうと司はひそかに決めた。
口から破壊光線は出したり、目に見えた破壊行為はしないけど
「箱庭」の住人を脅かしていることは確かだ。
実にかわいらしくない呼称。
しかしながら、今の夏姫には相応しい。
本人にこの呼び方が知られたら、何をされるかわからない。
バレたら、ただじゃ済まないだろう。
それでも司は「まっ、心の中で呼ぶだけだし夏姉ぇにバレるわけないよな」
と甘く考えていた。
それから司と奈央は元のサイズに戻った。
そばに居た夏姫を見下ろして、
「へぇ~、案外夏姉ぇって身長低かったんだな~」
と夏姫の頭に手を置いてポンポンと軽く叩いていた。
元の身長では司のほうが性別の差もあってか夏姫と比べて圧倒的に高かった。
今までとは反対に司の顔に優越感から来る笑みがこぼれていた。
「むぅ~司の癖に生意気なことするなんて...絶対に許さないんだから」
「これで形勢逆転だな、ニヤニヤ」
さっきから夏姫の威勢がなくなっている。
久しぶりに3人が揃ったことで話が盛り上がる。
さっき奈央がここに来るまでの話やら
普段司と奈央で「箱庭」でどうやって遊んでいるとか他愛もない話をした。
「奈央ちゃん、ちょっとこっちこっち」
と夏姫が手招きをしている。
奈央が夏姫に呼ばれて傍に近付いていき、
なにやら女同士でヒソヒソ話をし始めた。
奈央が夏姫の言うことにコクコクと頷いている。
少ししてから「司もこっちに来て」と、
夏姫が先程と同じように手招きしながら司を呼んだ。
「なんだ俺にも関係ある話なのか」と司は油断してしまった。
その油断が命取りに繋がるのだ。
相手が、策士でいじめっ子で司に対してはドSの夏姫だということを忘れていた。
司が二人がいる方に歩み寄っていく。
夏姫ではなく、隣にいた奈央が縮小機を司に向けてスイッチを押した。
「ヘッ?」
司の体がゆっくりと小さくなっていく。
なんだか前にもこんなことがあったような気がする。
「あわわわわww」
「何驚いてんのよ。いつも小さくなって遊んでるんじゃないの?
そんなに小さくしたわけじゃないから心配しなくていいわよ、フフフ」
司は身長130センチくらいにまで、小さくなったところで縮小化が止まった。
これは、司が小学校3,4年生だった頃の身長だ。
モデル並みの170センチという長身の奈央は当然として、
女性としても低身長の夏姫よりも頭一つ分くらいは小さい。
「これなら誤って踏み潰すこともなく、
チビな司を思う存分可愛がってあげられるわね~」
にんまりとした夏姫の顔には、悪意がたっぷりと含まれた笑みが溢れていた。
またまた形勢逆転だ。
「さてと、さっきからずーっとお姉ちゃんに向かって生意気な口を聞いている
悪い男の子はごめんなさいをしないといけないよね?」
体格面で優位に立った夏姫。
司は冷や汗を掻きながら、夏姫を見上げている。
二人がこんな感じで向き合うのは何年ぶりだろうか。
司は、小学生の時の夏姫におもちゃにされて弄ばれたトラウマが甦ってきた。
「あわわっわぁ」
言葉にならない叫びを上げつつ逃げだそうにも、
夏姫に腕をしっかりと掴まれているので逃げ出すのは不可能だった。
「逃げようなんて思ったらダメよ。
お姉ちゃんが満足するまでしっかりと可愛がってあげるんだから♪」
やけに夏姫がお姉さんぶった振る舞いをする。
「な、奈央ー助けてくれ~。
このままだと命とか貞操の危機だか...」
「お兄ちゃんがんばってー」
奈央は無邪気な笑顔でこう返した。
*
中条司。彼の女難の人生はまだ始まったばかりかもしれない。
#9
今日はとある休日。
せっかくの休日だというのに、外は朝からシトシトと断続的に雨が降っている。
こういう天気のため、外に遊びに出かけようにも気が進まなかったので、
司は昼ご飯を食べた後、そそくさと自分の部屋に戻ってベッドに寝転がる。
そして、お気に入りのマンガを読んでささやかな幸せを味わっていた。
だが、彼のささやかな幸せの時間は余り長くは続かなかった。
例によって、大いなる陰謀が彼の知らぬところで蠢いていたのだ!
コンコン。
司の部屋のドアがノックされた。
「お兄ちゃん、入っていい?」
声の主は妹の奈央だ。
「おう、いいぞー」
特に、妹に見られたらやばいこともしていなかったので、司は素直に応じた。
これが、「おとこのこの秘密の時間☆」とかだったら別だったが...
カチャリとドアが開く音がして、奈央が入ってきた。
「ねぇねぇ、お兄ちゃん。今、ヒマ?」
奈央は退屈そうにベッドに寝転がっている兄の姿を見ると、うれしそうな表情になって、
「ねぇねぇ、下に行って遊ぼうよ~」と司を誘ってきた。
「今、オレは忙しいんだ。下で遊ぶんなら一人でやってこいよ~」
「忙しいって、お兄ちゃん漫画読んでるだけじゃん~、ケチ~」
「奈央ももうガキじゃないんだから、一人で...」
「ごめんね、お兄ちゃん。今日はどうしても一緒に遊んで欲しいから...」
奈央はポケットに隠し持っておいた縮小機を取り出し、司に向けて使用した。
妹だから警戒心が無くても仕方がないが、よくあるように司は奈央に縮小機が発する光を浴びてしまった。
「ちょ、またかよ...」
司にとって、奈央に勝手に身体を縮小化させられることは、もはや日常茶飯事になっていた。
だからこそ、驚くことはあってもあまり怒りも込みあがってこない。
あるのは、呆れる感情のみ。
「はぁ~」と、思わず司が溜め息を吐いた。
「今回はね~、縮小率90%にしてみたの。コレだと現実的な大きさでしょ~?」
奈央の言う通り、司は小さくされたものの、現在150?くらいの身長だ。
これだと司が中学校に入学した頃の身長だから、そこまで奇しくはない。
奈央の足で、踏み潰される恐れもない。
しかし、今の二人の身長は頭一つ分違っていた。
もちろん、兄の司の方が背が低い。
それもはっきりと感じとれるくらいに...
170cmの妹と153cm(仮)の兄。
これが、司にとって絶望的な差となって壁のように立ちはだかるものだと思い知らされることになる。
「はいはい、さっさと元に大きさに戻せ~。わざわざ小さくなってやったんだからコレで満足しただろ?」
「いやだもんね~」
「おい、奈央。屁理屈を捏ねないで早く戻せ!」
「だってお兄ちゃん、自分の縮小機使えばすぐに元に戻れるじゃん」
司は、慌てて普段自分用の縮小機を保管している机の引き出しを開けた。
が、そこには司用の縮小機はなかった。
「あらかじめ、お兄ちゃんの縮小機は私が取っておいたの。
後でちゃんと返してあげるから心配しないでね」
そういって奈央は、自分用と司用の二つの縮小機を見せ付けた。
「こ、こらっ、奈央。オレの縮小機返せー」
奈央のあまりにも用意周到すぎる行動をしかる余裕もなく、司は何とか抵抗しようとする。
「今のお兄ちゃんの身長だと届かないでしょ♪えへへ」
奈央は、高い身長と長い腕を活かして、二つの縮小機を司がジャンプしても届かない位置でブラブラさせた。
「くそっ、っら!!」
司が必死にジャンプしても、奈央によって軽くかわされてしまう。
「妹に見下ろされる気分ってどうお兄ちゃん?」
「ハァハァ、んなもん、良くないに決まってんだろっ」
「このままだとずっとお兄ちゃんは私に勝てないんだよ?
だったら、私と遊んでくれるよね?」
*
「ったく~。わかったよ、一緒に遊んでやるよ。
ただし、時間は2時間以内な。それ以上付き合うと疲れそうだから...
いいな、時間はちゃんと守れよ」
「ありがと、お兄ちゃん♪」
奈央は満面の笑みを浮かべていた。
「兄をこき使おうとするなんて...まったく...」
「私、お兄ちゃんをこき使おうとしてないもん。
私がお願いしたら、お兄ちゃんがやってくれるって言ったから...」
「そのお願いする過程に問題ありだっつーの。小さくなるのは別にいいが、いきなりはよせって」
「だって~、お兄ちゃんがびっくりするのおもしろいんだもん♪」
「オレに警戒心がないのが悪いのか...って、おい...」
「エヘヘ、お兄ちゃん、小さくなっちゃってかわいいね。頭なでなでしてあげる♪」
奈央は、頭一つ分背の低い兄の頭を優しくなでた。
こうなってしまうと、もはや兄としての尊厳などというものは完全に無くなっていた。
「くそ~、覚えてろよ~奈央。こんな兄いじめを続けてたらいつかしっぺ返しがあるはずだからな~。神様はちゃんと見てるはずだって...」
「お兄ちゃんは、優しいからひどいことは私に出来ないはずだもんね♪ねぇねぇ、それより早く下に降りようよ」
「はいよっと。先に、この本を棚になおしてからな」
司は奈央が来るまで読んでいたマンガを元の位置に戻すために手を伸ばした。
が、奈央に身長を縮められているせいで、いつもなら余裕で届くはずの棚に、
必死に手を伸ばしても目的の段には届かなかった。
「あれれ、どうかしたの、お兄ちゃん?
まさか背が低いから棚に届かないとか...?」
それを見ていた奈央が横から覗き込んできた。
奈央の顔には、なぜか笑みが浮かんでいた。
少しばかり、司はこの笑みにドキッとした。
いつも見慣れた妹の笑顔の裏に、何か恐ろしいものの片鱗が見えたような気がしたからだ。
だが、一瞬の出来事だったので気に掛けることはなかった。
「悪かったな、チビな兄貴で...」
「も~拗ねないでよ~、お兄ちゃん。今だけじゃん、私より小さいのは。はい、貸して、その本」
結局、奈央が代わりにマンガを元の場所に戻した。
「じゃ、行こっか、お兄ちゃん♪」
奈央は小さくなった兄の手を取り、部屋から連れ出した。
その光景は何も事情を知らぬ者が見たならば、仲の良い姉と弟のように映っていただろう。
*
「お母さん~、お兄ちゃんと一緒に『箱庭』に行ってくるね」
「あら、どうしたの。司が小さくなってるじゃない」
奈央より頭一つ分小さくなっている司を見ても和美は大して驚かなかった。
突然、人間が小さくなったりするのは、
この世界では空から雨が降ってくるのと同じくらいの日常茶飯事なので、差し当たって驚くことではない。
「うん、ちょっとだけお兄ちゃんに縮小機をかけてみたの」
「奈央、あんまりお兄ちゃんを縮めていじめたりしちゃダメよ。
お兄ちゃんにだってプライドがあるんだから...」
「は~い」
プライドの問題だけ済むのかはよく分からないが、
かつて奈央が司よりも背が高かった時期の二人のギクシャクした関係を知る二人の母親は、
基本的に兄妹が仲良くしていれば問題ないと考えていた。
そして二人は、一階まで降りて「箱庭」に続く階段までやってきた。
「お兄ちゃん、もう少し小さくなって欲しいんだけど...ダメ?」
「オレがダメって言ったら?」
「...ちょっとしょんぼり」
それから少しの間があった後、
「わーったよ。ったく...しょーがねーな。いいぞ、小さくしても。
それから、何を企んでいるのか知らねーが、オレの身を第一に考えてくれよ。
奈央が『巨人』で、オレが『小人』なんだから...
『巨人』の奈央が歩けば地震は起きるわ、突風が吹くわで地上は大変なことになる。
だから、何かアクションを起こす時は前もってオレに言うこと。
これが守られなかったやめるからな」
特にシスコンというわけではないが、司も奈央に対しては甘くなってしまう傾向がある。
「は~い、お兄ちゃん」
「まぁ、いい返事だ。さぁ、やっていいぞ」
「じゃ、元の3分の1の大きさまで小さくするね♪」
奈央は縮小機の倍率設定を90%から33%に変えて司に向けた。
縮小機が起動し、すぐに司の体が小さくなっていき、身長60センチちょっとにまで縮んでしまった。
この身長だと目の前にいる奈央の股の下を司が、立ったまま余裕でくぐることが出来てしまう。
小さな司からすれば奈央は身長5メートルはある大きな妹だ。
奈央のスカートの裾が、司の目の前にある。
(まぁ、「箱庭」だとこれがビル街の上空にあるんだよな...
つか、いつものことだがコイツ、どんだけデカいんだよ...)
なんてことを思っていたら奈央が「しゃがむよ、お兄ちゃん」と警告してきた。
奈央がしゃがんでも司が妹を見上げるのは変わりなかった。
3倍の差は伊達じゃない。
「立っているお兄ちゃんよりしゃがんでる私の方が大きいね♪」
さっきから奈央は必要以上に、司の小ささを強調する言動を取る。
その言葉は現状、認めたくはないが事実であり、
昔に比べたら幾分マシになったとはいえ、身長コンプレックスを持っているには、
ボディーブローのようにじわじわ効いている。
「でも、今のお兄ちゃんが『箱庭』に入ったら身長80メートル以上はあるよ♪」
「そりゃ、比較対象が小さすぎるだけだろ...」
「お兄ちゃん、少しじっとしといてね」
「ちょっ、こらっ!オレを掴みあげるな!」
奈央は優しく兄を掴み、そのまま持ち上げた。
司は自由に動かせる両足をバタバタと抵抗するも、
今の彼の大きさではもう、力で奈央に逆らうことなど不可能だ。
「大丈夫だって、ただお兄ちゃんがどのくらいの重さがあるのか知りたかっただけ。
今のお兄ちゃんは、理論上、2キロちょっとしかないはずだからすごく軽いんだよ♪
このまま階段降りるからあまり動かないでね」
司は奈央に抱っこされたままで「箱庭」に運ばれていった。
*
階段を降りて、奈央は抱き抱えたままの司をその場で降ろす。
そして、内開きのドアを開けて照明のスイッチを押す。
すると、真っ暗闇だった空間が一瞬で明るくなり、
眼下に広がる「箱庭」の街並みが視界を占める。
「で、どうするんだ?」
「とりあえずねー、お兄ちゃんが乗る電車を取りに行かないといけないから、車両基地のあるあそこに行くの~」
「ということは......げっ、オレはこのサイズで基地まで歩くのかよ」
「そんなに遠いところじゃないしいいよね?」
「そういう奈央は、デカい分だけ短くてラクに済むじゃねーか」
「まぁまぁ、そんなに怒っちゃダメだって~」
「なんでだよ?」
「心が狭いと真美お姉ちゃんに嫌われるかも知れないよ?」
「って待て、コラ。なぜそこでいきなり真美が出てくるんだ!?」
「ううん、なんでもないよ♪ほら早く行こ。置いていっちゃうよ、お兄ちゃん」
そう言って奈央は、先に行ってしまった。
「あっ、待てコラ。オレを置いてくな」
司は慌てて奈央を追い掛け始めたのだった。
*
3分の1に小さくされている司とは違い、奈央は行く手を阻む建物があっても、
それをひょいひょいと跨ぎ越していく。
小さな小さな建物に足が触れないように、足場を見つけて歩いていく術を奈央は持っていた。
歩きやすい「巨人」用歩道に入ってもその差は縮まることなく、むしろ広がっていくばかりだ。
奈央が一歩で済む距離を、司は三歩掛けて歩かなければならない。
ずんずんと小さな街並みの中を突き進む巨大な妹の背中を目で追い掛ける。
もう足で追い付くのは不可能だ。
しかしながら、どうせ目的地は同じ。
ならば、こちらはゆっくりと行く方が得策だ。
いつまでも妹にペースを握られたくはない。
そう思い、司は歩く速度を緩めた。
あれだけデカい「巨大妹」がと後ろから見ていて、
何かを壊してしまうのではないかと心配してしまうが、
不思議と奈央はそういう「事件」を起こさない。
ここらへんが夏姫との大きな違いなのだ。
自分の大好きな「箱庭」だからこそ大切にしたいと考えているのだろう。
*
前を行く奈央が歩みを止めた。
どうやら目的地に着いたようだ。
後に付いて来ているはずの兄が何処にいるのかと、探すためこちらに振り返った。
すぐに奈央と目があった。
「お兄ちゃん~早く来て~」
奈央は一刻でも早く遊びたいのか、司を急かす。
「もう少しで着くから大人しく待ってろ」
わざとゆっくり歩いてきた司がようやく奈央のもとに着いた。
「チビ兄ちゃん~、わざとゆっくり歩いて時間稼ぎしてるんでしょ~」
「『箱庭』の中で走るわけにはいかないだろ?
それに時間が2時間もあったらこんなチンケなやり方で、時間稼ぎしてもあまり意味がないと思うけどな」
「む~、それはそうだけど...とにかく早く遊びたかったんだもん~」
「で、何をして遊ぶつもりなんだ?」
「きょうはね~、チビ兄ちゃんと私が『競争』するの♪」
「げっ、よりによって『競争』がしたいのかよ...」
「だって最近、チビ兄ぃやってくれなかったもん~」
「はぁ~、せっかくの休みが奈央に振り回されて終わってしまう...」
司がこの日何度目かのため息を吐いた。
*
「競争」とは二人が昔から「箱庭」でやっている遊びの一つだ。
どういうものかと言うと、名前の通り「箱庭」のある地点から、
ある地点まで(大抵は「箱庭」一周がコース)競争するのだ。
ただし、司が電車に乗って、奈央は歩きでだが...奈央の大きさにもよるが、ほとんどの場合、
「巨人」の奈央が圧倒的に有利な条件のため、勝負は無意味だ。
そのため速さを競う以外のことがメインになる。
そこで、何をするかは奈央の気分次第...
司の役割は、巨大少女のいたずらに翻弄される小人を演じることだ。
*
「じゃ、お兄ちゃんには電車に乗ってもらうから、もう一回小さくするね♪」
奈央は縮小機の設定を33%から、一気に「箱庭」標準サイズの約0.6%まで下げた。
司の体がどんどん小さくなっていき、奈央の足元にある模型の電車に乗り込めるまで小さくなった。
「こうなりゃ、こっちも本気出すか...もうここまで来れば俺も自分のテリトリー内で楽しまないと損だな。
さて、電車はどれにしようかな...」
司は、車両基地に並ぶ自慢のコレクションの中から乗る車両を選び出すことにした。