無駄にキレイな木のドアを叩く。中から宝石の首から下げた女が現れて、私を中に入れる。 「久しぶりじゃない」 「久しぶりです」 覚えられているとは思わなくてびっくりした。正直言うと胸糞悪い。 しかし黙っているのも何かされそうで怖いので、イヤイヤ挨拶を返す。 すでに私はこの女の「お得意様」の所有物なので、暴力を振るうような真似はされないと確信していたけれど、今までされてきたことを思い返すとどうしても一歩引いてしまう。 「なんか里帰りみたいだよね」 「ええ、まあ」 私はご主人さまの命令によって、久しぶりに奴隷商にきていた。 地下の倉庫に案内される。何重にもロックされたドアを開いた先にあったのは、数年前まで私が暮らしていた薄汚い部屋だ。 部屋にいくつも小さなケースが用意されていて、一つに50人のボロ布をまとった少年少女たちが閉じ込められている。その部屋は夏の暑さなんてまるで知らないみたいに、寒くて冷え切っている。 その少年少女たちは、およそ100分の1の大きさに縮められていた。 本来、縮小魔法を人間に使うのはご法度なのだけれども、この方が商品として売買するには便利なので、一部の地域では特例として使用が認められている。 かつての同胞が私を迎える。 里帰りといえば聞こえはいいけれど、実際はそんな温かいものじゃない。 視線が痛い。私はここにいるときからずっと他の子達にいじめられていたので、ご主人様からいい服と、それから人間相応の1分の1サイズを与えられている私を妬む声が嫌に大きく聞こえた。 虫みたいな、本当に小さな声のはずなのに。 「なんでもいいので300匹ください」 「300!? マジで?」 「金額は足ります」 「ふーん、そっか。ならいいよ。適当に6ケース持ってきて」 数を聞いたときこそ驚かれたものの、金額に関して以外は何も追及されることはなかった。ご主人様の言ったとおりだった。 ご主人様が言うには、自分よりさらに金持ちの知り合いの中に縮小したものを元に戻さないまま持ち帰る人がいるらしい。それがちょっぴりリッチに見えるというので、どうも見栄を張りたいご様子だった。 奴隷商の女も、そういうお客を相手にするのは初めてではなかったから、サイズがどうとか聞くことはなかったんだろうな。 300もの奴隷を持ち帰るのに、元のサイズに戻すのは運搬に手間がかかる。とくに連れ歩くのが私なんかじゃ、逃げ出す可能性もあるし。 金額を支払って商品たちを受け取ると、それらをさらに縮めてもらって一つの大きなケースに移し替えた。 1000分の1の大きさだ。もうその元同胞たちの顔や性別なんて認識できなかった。 ご主人様の家に向かう帰路、私はケースの中を覗き込んだ。唾をごくりと飲み込む。なんだか強烈に支配欲が満たされていく。 私みたいな一人の奴隷に、300匹という規模で持ち歩かれてしまう。まるでゴミみたいだ。 私は今、夏の日差しに喉がカラカラになるほど汗をかいている。彼らにとってその汗の臭いはきっとものすごくキツイに違いない。 「ただいまです」 「おかえりなさい」 家につき、ご主人様の部屋まで行くと、女王様みたいな凛々しい声でご主人様が私を迎える。 彼女はほぼ全裸でマッサージ台に横になり、お気に入りの他の奴隷少女たちに全身のいたるところをマッサージさせていた。 ベストタイミングだったらしく、衣装室から服が運ばれてくる。彼女はマッサージ台から降りて、赤い絨毯に足をつけた。 他の奴隷に服を着せてもらいながら私に声をかける。 「足りた?」 「足りました。ちょうど300です」 「そう。ちょっと付き合って。面白いいじめ方を思いついたところなの」 ご主人様が奴隷たちを洗ったほうがいいと言うので、私はご主人様の準備が整うまでの間、ケースの中の1000分の1の奴隷たちを丁寧に洗浄していた。 乱暴に扱うと簡単に潰れてしまうことは、身を持って知っていた。近くで何度も同胞たちが潰れる事故を見てきたのだから。もし1匹でも欠けてしまったら、ひどいお仕置きが待っているかもしれないと考えて、私は潰さないように最大の注意を払って手洗いした。 洗浄が終わって部屋に戻ると、マッサージ台はとうに片付けられていた。 代わりにいつも食事に使うテーブルがあって、そこには10cm四方程度の小さな街のミニチュアと、そんなミニチュアの建物より大きなコップがあった。街の中を覗き見る。中に人の姿は見えなかったが、なんだか生活感が残っている。 これもきっと魔法で縮めたものなんだと思った。 ちょっとした壁で囲まれていて、中に相応のサイズの人がいたとしたら脱出は不可能だ。 「ご主人様が縮めたのですか?」 「いいえ。これは貰い物」 「そうですか」 私は少しほっとした。街を縮めるのも特別な許可が必要だ。私のご主人様は奴隷を縮める許可証を持っているものの、街ごと縮める許可証は持っていないので、勝手に縮めたら捕まってしまう。 なんだかんだで、私をあの奴隷商から連れ出してくれたこの人を好いているのかもしれなかった。 「ここにコップの中身をこぼしたら大変ね」 「そうですね。すべて流されてしまいます」 ご主人様はコップを持ち上げて、その中を私に見せびらかすように動かす。 私は少し疑問に感じた。コップには何も注がれていなかったから。しかし楽しそうにしているご主人様の顔を見るとわざわざつっこむのも野暮だと思って、何も言わなかった。 次は街を指差して、私に指示を出す。 「ここにね……そうだなー、100匹入れましょうか」 「きっちり100ですか?」 「適当でいいよ。あなたが半分より少ない数だと思うだけすくって移して」 私は言われた通り、半分より少ない、おそらく100程度だと思われる数の縮小された奴隷たちを街の中へ移し替えた。 私の手から逃れようとしている者もいたけれど、このサイズ差じゃ私にはかなわないのは目に見えている。 もちろん、縮んだ彼らに街を囲う壁を登ることだってできない。 「次はコップの中に100程度。これもあなたが思う通り、適当でいいわ。数えるのも面倒だし」 指示通り、同じ手はずで奴隷をコップの中に入れる。街を囲う壁よりもさらに高いコップの壁に、彼らはあがくこともせず絶望していた。 「次はどうしましょうか」 「あなた、いじめられるのが自分だと思っているでしょう」 突然、ご主人様が言った。 奴隷たちをなぶるのが好きなご主人様に、付き合ってと言われたらいつもいじめられる相手になってくれという意味だったので、私は勝手にそう思い込んでいた。 そうではないと言っているように聞こえて、私は恐る恐る訊ねる。 「違うんですか?」 「……両方よ」 ご主人様がコップを掴み、一つの椅子の上に置く。 彼女はそのまま先ほど履いたばかりのパンツを脱ぎ、コップを置いた椅子を跨ぐ。スカートにさえぎられて私からはその恥部を見ることはできなかったが、何をしようとしているのかは私にも想像がついた。 ご主人様が紅潮した面持ちで、なまめかしく息を吐き出す。そのときにはすでに、コップに向かって黄金水が注ぎ込まれる音がスカート越しに聞こえてきていた。 もちろん、その中には奴隷たちが入ったまま。 私は惚れ惚れした。さすがは私のご主人様。 私をいじめていた小さな同胞たちを、自分のおしっこに沈める。みじめに死んでいった同胞のことを思うと、なんだか晴れ晴れとした。 ああ、私はとっても悪い子だ。 「その表情を見れば、私はあなたがとってもうれしそうにしているのがわかる。悪い子ね」 放尿を終えたご主人様が、流し目で私を見つめてきて、私はとっさに謝る。 「す、すみません……」 「悪い子にはおしおきが必要だと思うの」 ご自身のおしっこで満たされたコップを持ち上げたご主人様は、それを私に手渡した。何も言わずにそれを受け取る。 水面にあったのはほとんど死体だったけれど、まだ生きている者が何匹が見て取れた。 「あなた、喉乾いてない? 暑かったでしょ、外」 「乾いてます……」 「それを飲むといいわ」 おしっこを飲まされるのは慣れていたので、とくに抵抗なく私はそれを飲み干そうと試みる。 コップの縁に口をつけると、ご主人様のいつも通りのおしっこの臭いがした。そしていつもと違うのは、その中で溺れまいともがいている小人たちがいることと、おしっこの水圧で粉砕された奴隷の四肢が浮いていること。 呼吸を整えようと小さく息を吐きかける。水面が波打つ。一旦縁から口をはなし、まじまじとそれらを観察する。なんとなく彼らが恐怖していることは読み取れたが、やはり表情どころか性別もわからない。 このくらいの微生物、飲み込んでも問題ないだろう。さっき洗ったし。 そう考えて、私は一気に中身を飲み干した。 「ごほごほ……ッ」 私は咳き込んでしまう。慣れていると言っても、やはり美味しいものじゃない。 生きたまま飲み込まれた小人たちはどうなるだろう。私のうんちになって出てくるのかな。きっと小さすぎて、うんちの中に埋もれていても気づかないだろうけど。 先ほどマッサージをしていたうちの一人が別のコップに水を汲んで持ってきた。無言でご主人様に渡される。 「これでうがいをするといいわ」 「ありがとうございます」 やけに親切だと思ったところで、私は気がついた。水面にいくつかの小舟が浮いている。とても小さくて、あのミニチュアの街に相応のサイズだ。 質感がとてもリアル。これも貰い物というやつなのかもしれない。 「何が乗っていると思う?」 「私が買ってきた奴隷たちですか」 「その通りよ。さあ、早く、うがいして」 ご主人様が急かすので、今度は観察する間もなくコップの水を口に含んだ。数隻の小舟の小さな感触を舌に感じながら、ゆっくりと上を向く。清潔感のある天井とシャンデリアが目に入った。 本当にこれでうがいなんてしてもいいのだろうか。かわいそうなんじゃないかと少し思ったりもした。 でも今更だ。さっき何匹も飲み込んじゃったし。 顎と首をつなぐ筋肉を震わせた。同時に口の中から水が震える音がする。空気と小舟をいくつも巻き込みながら、水が喉の中で動き回っていた。 しばらくその感覚を味わってから、無意識な筋肉の動きで水をまた口の中に持ってくる。少し喉がザラザラした。今の私の喉の内側には、小人たちの小舟の残骸がこびりついていたりするのかもしれない。 あれ。でもこれ、どこに吐き出せばいいの? ご主人様のためのこの部屋に洗面台なんてない。 「その困り顔……とってもかわいい。もっといじめたくなっちゃう。あ、言っておくけど、飲み込んだらダメよ」 どこに吐き出せばいいですか。私は目線で訴えた。 「あそことか、どう?」 ご主人様が指差したのは、テーブルの上に置かれた10cm四方のミニチュアの街だった。確かにここなら壁に囲まれていて、こぼれてしまうこともない。大きさ的にも、中身をこぼすことなく後片付けができるはずだ。いい加減口の中に小舟の残骸を含んだままにしておくのも嫌だったので、私はすぐに街のミニチュアに急いだ。街の中ではさっき私が移動させた小人たちが、いたるところに隠れている。建物の影なんて、真上から見たら隠れていることなんてバレバレなのに。 私は心のなかであざ笑いながら、口の中に含んでいた水を街の上に吐き出した。 うがいで泡立っていた水が一瞬で街を覆い尽くしていく。小さな泡の中に小舟を構成していたであろう小さな木の板が混じっているのが見えて、なんだかおかしかった。 私の口から吐き出された水に侵された街は崩壊し、その中からはすっかり生活感というものが消え失せていた。 水面にはまだ小人が漂っている。 「それじゃ、さよなら」 「えっ」 振り返ったその瞬間、目の前が真っ赤なジャングルになっていた。 空から巨大な肌色が振ってきて、私をつまみ上げる。ご主人様だった。 さっきの真っ赤なジャングルは、絨毯の毛の束だったのだ。 ご主人様は私を先ほどのミニチュアの街の上まで運んで来ると、そのまま下に落としてしまう。 自分がうがいに使って吐き出した水に、自ら浸かることになった。 実際に自分でこのサイズになって、水に沈んだ街を泳いで移動すると、その街の滅び具合がよくわかった。 とくに街の中心は大地が大きくめくり上がっている。そこは自分がちょうど口から水を吐き出した場所だ。 「これ片付けて」 「はい」 ご主人様は他の奴隷を呼び寄せて、街を片付けるように指示を出す。 その中に、私は残されたまま。よく顔を合わせていたその奴隷の顔は今になってはとてつもない大きさに見えて、自分のちっぽけさを身にしみて感じた。後片付けを命じられたこの奴隷も、私のことになんて気づいていないのかもしれない。 自分で小人たちをいたぶって、そして最後には自分自身がその小人に成り下がってしまう。 私はご主人様が思いついたいじめの数々を見てきたけれど、その中でもっとも屈辱的だと思った。