視界に広がる茶色の大荒原を、一列のディーゼル車が横切っていく。この緑色の列車は数年前に走り始めたばかりなのに、排気の煤のせいでもう古びて見えた。車窓から見える風景は荒涼たる岩石ばかりで、舞い込む砂塵のこともあって、乗客はみな辟易して重い窓を閉めてしまっていた。そのまま汽車は一筋の警笛を鳴らし、ゆっくりと速度を下げて、これまた古びて見える無人駅へと速度を緩めていく。 数分後。周囲の岩石砂漠から遮るものが何もない、ぽつんと置かれたプラットホームの上に、二人の少女たちが降り立っていた。一人は背が大きく、黒い髪を伸ばした賢そうな女の子で、もう一人はもう少し身体の小さい、しかし活発そうな明るい短髪の女の子だった。 「本当にここで合ってるの?」短髪の方が聞いた。 「合ってるはずよ、確かちょうどこのくらいの時間に……」長髪の子が答えるのを遮って、短髪の方が上空を指差した。 「あ!あそこ!」見れば上空高く、小さく見える灰色のヘリコプターが、プロペラの轟音を響かせながら徐々に大きくなってきた。彼女は大喜びしながら腕を大きく振る。「こっち!こっち!」 そんなことしなくても分かるだろうに、ともう片方は思いながら、それでもヘリコプターの作る影が太陽を遮ったのを感じると、期待がふくらむのを感じ始めていた。ヘリコプターは位置を調整して、彼女たちのすぐ隣に静かに降り立った。黄色い砂塵がぼおっと上がった。 エンジンの音がやみ、ヘリの側方の扉が滑り開く。慣れた手つきでシートベルトを外し、ぴょんと飛び降りてきたのは、彼女たちよりさらに背の高い、大学生くらいの女子だった。 「こんにちは、みなさん。今日の開拓体験の案内をする、私はユリと言います。みんなよろしくね」小さく会釈をして、彼女はそう挨拶をした。 「ふうん。じゃ、二人とも開拓体験は初めて?」四人乗りのヘリコプターの中。運転席から振り向いて、ユリは後ろの座席に座っている二人に話しかけた。 「ええ、あの、はい」短髪の女の子――彼女はニナといった――はそう答えた。「そうだよね、サラちゃん?」 「……はい」長髪の女の子――サラは短く答えた。 「ちょっと気になってたんだけど、二人ってひょっとして姉妹?」 「そうなんです!」ニナは嬉しそうに、頬を赤らめて答えた。「よく分かりましたね!私たち、普段全然似てないって言われるんですよ!」 「うーん……いやなんかまあ、雰囲気がね、見たら分かるのよ」 「すごいですね!」 「ありがとう。じゃあ、離陸するわよ――ニナちゃん、サラちゃん、ベルトは締めた?」前を向いて操縦桿を握って、ユリはバックミラー越しに二人に尋ねた。 「はい!」「……はい」 「じゃあ行くわよ――最初はみんなびっくりだけど――すぐに慣れるから心配しないで!」まず地面に押し付けられるような力を感じて、それから地面の振動が無くなり、ゆっくりと窓越しの景色が下に低くなっていく。サラはそれを首を傾けながら、ニナは両手を窓につけて食いつきながら、興味深そうに眺めていた。 地面にいたときはあれほど大きく見えた一つ一つの岩が、浮上するヘリコプターの内側から見るともうほとんど石ころのように見えた。その中央に走る線路の、枕木に挟まれた幅も、確か人間の歩幅の二歩分くらいの広さはあったはずなのに、こうして見るともう一本の線にしか見えない。上からの視界というのは、こんなに開けて広いものなんだな、と二人は心中に思った。 「そうそう、良く見ておきなさい」ユリは慣れた口調で二人に話しかけた。「これくらいの高さがあっちでの二人の身長だから」 「……!」あっち、という言葉を聞いて、サラは微かに顔を前に向けた。 「……あっち、というのは、つまり……『開拓予定地』のことですよね……」 「そうそう。二人とも、一応今日はどんなことするのか分かってるんだよね?」 「えっ、わたし知りません!」サラが静かに頷いたその横で、ニナが大きく声を上げた。「どんなことするんですか?」 「そっか、知らないかー……サラちゃんは教えなかったの?」 「……すみません……私が半ば勝手に応募したので……」 「そっかー……まあいいよ、じゃあ説明するね」操縦桿を握りながら、ユリは後ろに向かって説明し始めた。 「二人とも、『開拓体験』、ってことで今日は来てもらったんだけどね。なんで開拓する必要があるのか、それは知ってるよね?」 「はい!たしかたしか、この大陸に新しく移ってきた人が増えすぎて、その人たちの食べものが作れなくなってきたから、ですよね!」 「そう。でもね、この大陸は中央部が、見ての通り大砂漠だから、こんなとこで耕作なんて出来っこないんだ。だからみんな諦めてた。でもね――」ユリはバックミラーをちらりと見る。「最近、ここらへんの山脈を探検した人がいてさ。その結果、二千メートルくらいのところにでっかい高原があることが分かったんだ。最低でも百平方キロメートルくらいはあるらしい」 「今まで見つかんなかったんですか?」 「けっこう険しいところでね。周りも数千メートル級の山に囲まれてる。で、その奇跡みたいな立地にあった高原は、下と違って良い具合の温暖な気候だし、何よりも山脈のおかげで降雨と積雪、それから湧水まで豊富にあるらしい。だからまあ、絶好の農地だったってわけだ」 「良かったじゃないですか!」 「ただまあ、一つだけ問題があってね――本当にびっくりすることなんだけど――その高地の中には、これまで見たこともない新しい文明というか、人類がいてね……まあ、その、小さいのよ、すごく」 「小さい?」 「冗談かっていうくらい小さい。すごいの、一センチもないの――高さ数ミリメートル。ありえない」 「数ミリメートル!」ニナは驚嘆の声を上げる。「それじゃあ、アリとかと同じ大きさじゃないですか!」 「ええ。下の――つまり私たちのいる世界だったら、おそらくアリなんかと戦って絶滅してたでしょうね、小人さんたち。でも、おそらく隔絶された環境で、外敵なんかが入ることもなくて……だから小さくても全然平気なんだと思う」 「……それ以外は普通なんですか?……例えば、文明って言いましたけど……科学の進展とか」それまで黙っていたサラが尋ねた。 「それがね」バックミラー越しにサラの目を覗いてユリが答える。「すっごく高度なの。まあ、私たちは余裕で超えてて――十数階建ての細長いビルとか大きな競技場とか、あるいは高度に整備された公園とか、そういうのがずらーっと並んでてね。すごく綺麗で大きな街。ずっと視界を埋め尽くしてるの」 「それは……その……小さいんですよね?」 「そう。ミニチュアの未来都市が、視界を埋め尽くしている感じ」 二人の会話を聞いていたニナが、徐々に怪訝な表情を浮かべて、学校の先生に質問するときのように、なぜか右手を小さく上げた。 「なに?ニナちゃん」 ユリはすぐに気づいて尋ねてやる。それまであんなに溌剌と会話をしていたニナの変調が気になったのだろう。 「はい、あの……絶好の農地になるはずの高地には、新しい小さな人類がいたんですよね」ゆっくりと、言葉を選んで言うニナ。「それでその、今日私たちがやる……『開拓体験』、というのは?」 「いい質問だね」ユリは後ろを向いて、ゆっくりと微笑んだ。「いい?今日の開拓体験はね」 「小人の街を破壊して、更地に戻してあげるお仕事だよ」 山脈を越えると、ヘリコプターの中からはいよいよその高地が一望できた。異様に人口密度が高いのか、あるいは高度な産業集積の結果なのか、高原中を灰色のビルや住宅で覆っているのが見える。なかなかに奇妙な形をした高層ビルもあって、まるで未来にタイムスリップしたかのような錯覚を覚えさせる。しかし上空からの景色は、高さにしては縮尺が異様に小さい。さらに目立ったのは、機械で切り取られたかのように綺麗にえぐられた正方形のブロックだった。 その景色を前方に見ながら、慣れた手つきで今日の着陸地――つまり破壊する場所――を探すユリの後ろでは、姉妹が全く正反対の反応を見せていた。姉のサラは窓の外を見て、ほんのりと頬を赤らめながら、これから何が起こるかに思いを馳せていた。その横で、さっきまで元気そうに窓の外を眺めていた妹のニナは、今では両手で頭を抱えて、泣きそうな表情を隠そうとしていた。 「サラちゃん?」ユリは操縦桿を握りながら言う。「ちょっとお姉さんとしてダメなんじゃない?今日何するか、ニナちゃんに言わないで連れてきちゃったの?」 「すみません……ニナは優しくて」妹の様子を見て、さすがに申し訳なさそうに言葉を返した。「一緒について来てくれないだろうなあ、って思ったので……」 「強引だねえ」少し呆れたように息を吐いたが、「まあいいよ」と言葉を繋いだ。「大丈夫。私こういうアクシデントにはそれなりに慣れてるんだ」 「……本当ですか?」 「ここまで酷いのはあんまり無いけど……友達とかから話を聞いて、暴れる気満々で来た女の子でも、いざ生きてて言葉も通じる小人さんを目の前にすると、どうしても踏めない潰せない!って人はけっこういるの。でもみんな最後は満足して壊しつくして帰っていくわ。心配しないで」 操縦席からふっと笑いかけるユリは、サラから見れば数年年上に過ぎないはずなのに、とても頼もしく、自信に溢れていて、そしてどこか楽しんでいるように見えた。 「さ、着くわよ……今このヘリコプターのいる区画から、五十メートル……あっちの基準で言えば十キロメートル……四方が私たちの壊す場所。窓の外を見てごらん」 ニナは俯いたまま黙って首を横に振った。サラは微かに唇を舐めながら外を見た。当たりだ、と内心サラは呟いた。視界のすぐ下には、幅の広い高架の上に線路が何本も通っていて、今この瞬間も高速鉄道が走っている。その中央のガラス張りの駅は、たくさんの豆粒大の人々が出入りしていて、駅前の交差点はまるでゴマをふりかけたかのように小さな人でごったがえしていた。その周辺には色とりどりの広告のついた高層ビルが並んでいる。しかも少し視線を遠くに伸ばせば、大きな川と公園まであって、その中には今まさに試合が行われているスタジアムまでが見えた。 ユリもここの地形を確認しながら、なるべく人がいなそうな場所に着陸できないか考えていた。別にここの小人たちに同情している訳では全く無い。彼女はこの破壊が終わったあと、生き残った人間や壊れていないビルをゼロにする、つまり破壊された都市の残りカスを掃除する仕事も残っているのだ。小人の数は少なければ少ないほどいい。ただ、開拓体験のサービスとして、なるべく多くの人間たちを潰す快感をお客様に直接味わってもらう必要があった。例えば今このままヘリコプターで街の中央部に着陸してしまうのは、手間が省けて良いようだけれども、お客様への配慮に欠けた行為に思えた。 いつもなら着陸の絶好地点となる青々とした公園を見つけたが、その中のスタジアムは今まさに試合中であり、何万という人が中にいた。これは取っておかないと、とすぐに判断した。 「ここならいいか……」斜め前方にユリが見つけたのは低層住宅街だった。ここに着陸すれば、小人基準でいえば幅二百メートルはあるこのヘリコプターの下に、何百という家が潰れてしまうが、いつもこういう地味な区画はお客様に相手にされない。ちまちま残った家を始末するのはあまり楽しくないし、ここを先に潰してしまえば楽だろう。というわけで、ユリは操縦桿を操作して、ゆっくりとプロペラの回転数を下げていた。 「そろそろ着くからね」後ろを振り向いて二人に言う。「シートベルトは最後まで締めておいてね。お客様の安全が第一、だから」 地上では今、山の向こうから突然現れた巨大なヘリコプターを目にしている人も多いだろう。上空全てを覆う巨大な床面を見て、彼らは何を思うのだろうか?あるいはこの住宅の一つ一つには、夫婦とその子からなる家族が仲むつまじく遊んでいるかもしれない。今日までずっと普通の生活をしてきた人々だ。このヘリコプターが着陸すれば、彼らは潰されて、死ぬ。着陸の衝撃で、おそらく死体も残らないだろう。ユリがたまたま着陸先に選んだだけで、何千人もの罪の無い人々が死ぬのだ。意味も何もなく、ただヘリコプターの下敷きとして。 ユリは全くそんなことを気に留めなかった。自分で気に入ってやっている仕事なのだ。今更罪悪感なんて感じることはない。ゆっくりと眼下の人々に不安と恐怖を与えながら彼女が考えているのは、二人の姉妹客にどうやって街を破壊してもらうかの計画だ。足元のことなんて全く考えていない。地上の住宅街に投げかけられた、大きな大きな影は、ゆっくりと何百もの一軒家の上に暗く収束していく。 着陸の衝撃があった。地上の小さな人間の町にとっては、これは震度7の大地震だった。大きな縦揺れが街を襲って、街の誰もが、つまり十数万人もの人々が異常事態に巻き込まれたことに気づいた。 もちろんヘリコプターの中ではこれは、とん、という緩い感触だった。ユリは後部座席を見る。二人とも平気な風だった。ユリは胸を撫で下ろしてシートベルトを外した。 「フライト、お疲れ様でした」慣れた手つきでドアを滑り開けた。おおー、とサラが息を呑む音が聞こえた。 ヘリコプターの外に広がっている世界は、まさに模型、ジオラマのような世界。自分の数百分の一の建物、道路、そして人間。それだけではない。こうして窓を一枚取り払って、じかにこの小さな町の前に立つと、混じり気無く澄んだ「開放的な」匂い、意外なほどよく聞こえる街の喧騒の音、そういうものを一気に感じることができる。本当に、本当にこの足元には、小さな人間たちが生活している世界が広がってるんだ。そしてそれを今から……壊してしまうんだ。 「ささ、降りちゃってください」ユリが前の座席から二人に呼びかけた。まずは窓際にいたサラに。 「……なんか見てたら、ちょっと怖くなっちゃって……」恥ずかしそうに口元を抑えて言う。「降りる……って言っても、どこも足の踏み場が……」 ここなら大丈夫そうだな、と思っていざ靴を下ろそうとしてても、地面に近づくにつれ足元の道路が思っていたより細いことが分かってしまう。どう頑張ってもその周りの家が、おそらく数軒という単位でぺちゃんこになってしまうのだ。 「……ユリさんから先に、どうですか?」 「それじゃもったいないの。初めてが一番リアクションも大きいのに……勇気を振り絞って、がんばってみて」 「はい……」 サラはようやく決心がついたようだ。ヘリコプターの縁にかがんで、足元の家や道路を見ながら、両足をいっぺんに伸ばしていく。ゆっくり、ゆっくりと――その緩慢さがかえって足元の人間たちを泣き叫ばせているとは知らず。両足の下には、道路、それを挟んだ家や雑居ビルが数軒。人影は見えない――これなら大丈夫――ぐっと靴を近づけた。一軒の扉が開いて、中から絶叫する男がでてきた――彼の視界は暗く、土の匂い、そして重い質量の迫る低音がする――上を見る――巨大で黒い靴裏の模様――それが最期に彼の見たものだった。 サラはついに小人の町に立った。 「やった!立てました!」ユリの方を向いて、サラは嬉しそうに声を上げた。 「お疲れ!次はニナちゃん――だけど今、彼女グロッキーなのよね」ユリは後部座席を見て、ニナが今もそんな状況にあったのを確認した。 こういうお客様にはわりと慣れていた。ユリは「えいっ」とヘリコプターから飛び降りる。足元のことなど全く気にしていなかったが、今の一瞬で十数軒の家が吹き飛んだ。そのままユリは数歩歩いて、ニナがへたっている後部座席の前が見える位置へと行った。 「ニナちゃん」外から話しかける。「こっち、見て?」 ニナは恨みがましそうな目をこちらに向けた。にこりと微笑んで、ユリは右足を見せ付けるように高く上げると、ヘリコプターの付近を足でなぎ払い始めた。家も、ビルも、人間も、何にも止められることなく、まるでゴミを箒で掃き寄せるように、足は無慈悲に全てをなぎ払っていった。誰も泣かない――誰も叫ばない――全ては一瞬のうちに、理不尽なほど巨大な足によって破壊された。もうもうと土ぼこりが上がって小人の町を包んだが、ユリにもサラにも見えるほどではなかった。 「私の足元を見て」ユリは優しそうな表情を浮かべたままだ。「建物も家も、みーんなもう壊しちゃった。だからニナちゃん、あなたが降りてきても大丈夫。誰も死なないし、誰も怪我しないわ」 その言葉を聞いて、ニナの視線は和らぎ、元の好奇心を少し覗かせた。じりじりと、ヘリコプターの窓際に近づく。そして、ストン、という音を立てて、ニナもまた地上に足を下ろしていた。街のどこからでも、遠景に三人の巨大な少女がいるのを見られた。大空を覆うような摩天楼の、そのさらに上に覗く巨大な女の子たち。よく見える、というのは彼女たちのほうからもそうで、今は三人とも上から周りを興味深そうに眺めていた。 「さて、じゃあ、行きましょうか」ヘリコプターの中から荷物の詰まったバックパックを取り出して背負うユリ。「まずはあなたたちに手伝って欲しいことがあるの」 「よしっ!ここで合ってる!」十歩程度歩いて、ユリはリュックを地面に降ろし、その中から丸まった白いものを取り出した。 「それは何ですか?」サラが尋ねる。 「これはね、縄。どう?見たことあるでしょ?」 「はい……小学生のときに」サラは不思議そうに言った。 「これはね、跳ぶだけじゃなくて、測量とかにも使えるの」 測量?疑問を浮かべているサラに、ユリは紐の片端を手渡した。 「これ、持ってて」 もう片端を持ったまま、ユリはリュックから方位磁石を取り出した。そして彼女はサラの肩を叩く。 「よーし、準備完了!そこで立って待っててね!」 ユリは方位磁石を見ながら歩き始めた。彼女はサラのいた場所から、真っ直ぐ北に進もうとした。一歩、二歩、三歩、足元になんか気を払うことなく、方角だけを気にしておよそ三十歩も歩くと、縄がぴんと張るのを感じた。 「ありがとー!サラちゃん!」聞こえるように大声で叫ぶ。「ちゃんと持っててくれたんだね!」そしてもう一度方角を確認する。サラの方向は真南。大丈夫だ。「座っていいよ!」 サラは縄を持ったまましゃがみこんだ。縄は勾配をつけてゆっくりと下がり、その下の小人の街に影を落とした。 「よし。じゃあ、ユリちゃん!ここまで来て!」彼女にも叫んだ。「手助けが必要なの!」 「でもぉ……」 「お手伝いしてほしいの。おねがい!」 予想した通り、最初はニナは躊躇っていたが、それでも数秒後、ニナはゆっくりと小人の街へと踏み出した。足元を見て心配しながら、一歩ずつゆっくりと。そしてついに彼女はユリの目の前まで来た。 「がんばったね、ニナちゃん」頭を撫でてあげると、ニナは安心に目を閉じた。「えらいえらい」 「ありがとうございます……」 「それじゃあニナちゃん、よく聞いてね」ユリは説明を始めた。「今からニナちゃんにやってもらう仕事はね、今回私たちが開拓する土地と、そうでない土地の間に線を引いて分かりやすくする仕事なの。わかる?」 ニナは何も言わずに頷いた。ユリはサラと同じ高さにしゃがみこんで、縄を上から見て地面すれすれ――下から見て上空十メートルのところにまで近づけた。 「今からこの縄に沿って、そのかわいい靴で地面に線を引いてほしいの。内側が開拓予定地――つまり私たちがぶっこわしちゃう場所。外側は未開拓地――まあいずれはぶっこわされちゃう場所よ」ユリは意地悪な笑みを浮かべた。この行程は彼女が必ずお客様にやらせるようにしている、つまりとっても楽しい作業だった。「靴のてっぺんを深く地面に刺して、小人さんがそんなに簡単に逃げられないようにしてね。そうしないと逃げられちゃってこれからが面白くなくなるし、開拓のためには中を完全に整地しなきゃいけないの」 ニナはその残酷な言葉を聞いて少したじろいだが、人のお願いを断るのはいやだった。しごとなの――これはおしごと。だから、しょうがない。そう自分に言い聞かせた。 「はい、これ」そう言ってユリがリュックから取り出したのは、濃い茶色のブーツだった。町で売られている安物ではない、しっかりと光沢があって、そして硬い靴だ。すとんと地面に落とした。「履いてね。じゃないと、汚れちゃうでしょ?」 「あ、はい……」普段こういう丈の長い靴は履かないのだろう、かかとを踏みながら慣れない様子で足を入れた。「……よしっ」 紐が足首にかかるようにして、右足のつま先を地面に突き刺した。ぐっと力をこめると、ブーツは地面へとめり込んでいった。 「ワーキングブーツって言ってね。女の子が普通履かないような頑丈なやつなの」ユリがその靴を見ながら言う。「でも、ニナちゃんが履くとかわいいわよ、すごく」 「そう……ですか?」 「上の服が子供っぽすぎて、ちょっとアンバランスだけどね」あはは、とユリは笑った。「武骨なブーツが物凄い勢いで天から迫ってきて、上を見るとニナちゃんの可愛らしいスカートがぴらぴらしてるの。どう?」 「どう、と言われても……」 「まあ必要なことだから。頑張ってね」ユリは真面目な顔をしてみせた。 「はい」ニナも応じて、これはおしごとなの、と自分に言い聞かせながらブーツを爪先から降ろし、縄に沿ってぐりぐりと線を引いていった。可愛らしい爪先はその下にあったものを地中奥深くへと押しつぶし、悲鳴を上げる人々を物言わぬ肉塊にしながら、ゆっくりゆっくりと進んでいった。 地上のとある道路。ヘリコプターが着陸した大きな揺れと、その後にも続く断続的な縦揺れのためにすべての車が停止していた。車を捨てて逃げるような人も中にはいたが、ほとんどの人は車のガラス越しに、現実離れした巨大さで迫りくる女の子たちの姿を茫然と見上げていた。地方からの高校の修学旅行生を乗せた、六台編成の観光バスの列もまた例外ではなかった。 てらてら光るスコップを持った巨大な女の子の姿が、とてもゆっくりと右側から近づいてくるのが見えると、男子生徒たちはバスの右側の窓に張りついて騒ぎ、女子生徒たちは悲鳴を上げながら左側へと逃げ込んだ。女性ガイドや担任の静止を無視して騒ぎ続ける彼らの声色に恐怖の色はなく、むしろ突然の非日常への好奇心に動かされているようだった。 「……こちら3号車。巨大な人影が右方向から接近中。退避しますか?どうぞ」無線は六台すべての運転席へと響いた。 「こちら1号車。人影があのままの方向に直進したとしても、数十メートル距離が離れていますから下敷きになることはありません。このまま待つか、あるいはバックして縄から離れるべきではないでしょうか。どうぞ」 4号車の運転主は無線を聞きながら考えていた。ありえないくらい太いせいで遠近感がおかしくなるが、縄は前方のけっこう遠くに見える。確かに女の子は縄沿いに進んでいるから、このままでいれば踏みつぶされることはないだろう。しかし……。 「こちら4号車。彼女が片足で線を引きながら歩いているのが見えます。あれは破壊する場所としない場所に線引きをしているように思われます。その場合、線引きの外に出ることが大切ではないでしょうか。どうぞ」 無線に数秒の無音が生じた。 「……こちら1号車。道路には多数の車が停止している以上、むやみに動くのは危険だと思うがどうか。どうぞ」 「こちら4号車。確かに危険ですが、以前遠くの市で同じような事例があったと聞いています。縄で区切って線が引かれ、その内側の家や人は一人残らず踏み潰されたと……」 再び無音が生じた。「……どうぞ」4号車の運転手は慌てて付け足したが、それでも無音は続いた。しかし数秒後、 「1号車。発進します」そう言うと、1号車が猛烈なスピードで前進しはじめた。慌てて他の隊列も続く。感じたことのない加速に車内の生徒は悲鳴を上げた。 1号車の運転手は、路上に放り出された車や人を辛うじてかわしながら、必死に全力でアクセルを踏んだ。大きな人影はすぐそこにまで迫り来ている。車内には四十人の高校生がいる。後続を合わせれば、その数は優に二百を超える。彼らの命を、あんな残酷な巨大少女たちに奪わせるわけにはいかない! 縄はどんどん大きく見えてきて、そして頭上に抜け、後ろへと遠ざかっていった。「やった――」運転手は後ろを振り返った。巨大な革の壁が見えた。「あ、れ……?」 「おいしょ、っと……」上空から可愛らしい声が聞こえた。運転手がガラスの向こう側に認めたのは4号車――2台の車と中にいた生徒は巨大な靴に轢かれて跡形もなく消え去り、4号車から6号車の百人以上が巨大娘の遊び場の中に閉じ込められた。運転手の視界は絶望に反転した。 途中サラにも交代しながら、巨大な姉妹はその靴できれいな正方形を描くことに成功した。 「お疲れ!ありがとうね!」ユリは二人に明るく声を掛け、ブーツと縄をぐるぐる巻きにしてリュックの中にしまった。「よくやったわ!」 「ありがとうございます!」ニナは最初のほうこそ苦しい表情をしていたが、一辺目を書き終わったあたりで様子を変えた。自分の爪先わずか数センチで引いただけの線は、地上の小人たちの高さ十メートルにもなり、幅も優に五メートルを超えていた。自分が引いたちびっこい線も越えることができず、深い溝の両端で声を張り合う人々。向こう側に渡ろうとわざわざ深い溝の底に入っていき、出ることも戻ることもできずにぐちゃぐちゃした肉塊の上で絶望する人。 「ほら見て、あそこ」ユリが指さした先では、数十もの制服姿の小人たちが溝を挟んで対峙していた。すると先頭の何人かが溝の底へと入っていき四つん這いになった。さらに数人がまた底に入って、その人たちの上に乗っかり、また四つん這いになる。 「おもしろい……組体操みたい」ニナがつぶやく。そうこうしているうちにも小人の層は四重になった。一人一人の背丈は溝の幅にも深さにも全く及ばないが、小人たちは密集することでなんとか溝を埋めようとしているのだ。うなりを上げ、ぐらつきながら、黒い制服の人たちはようやく溝を埋めることに成功した。 「ニナちゃーん……?」ユリは彼女の顔を覗き込んで、そしていたずらっぽい笑みを浮かべた。その顔は紅潮していた。「ちょっと思いついたことがあるんだけど、やっちゃっていい……?」 「……?」ニナは首を傾げた。足元では最初の生徒――おそらくは女子――が渡り始めている。「どうぞ?」 「ありがと」ユリは恍惚した笑みを浮かべると、微かに唇を動かし、 「ぺっ」唾の塊を人の橋の上にかけた。 唾は上空数メートルの唇から放たれると、自由落下以上の速度で生徒たちの上に激突した。ぴちゃん!という音を立てて。 粘性のある液体は甘い香りを放ちながら、渡っていた女子、そして最上段にいた男子たちを衝撃で粉々にし、続いて溝の底のほうへと溜まっていった。底にいた生徒たちの視界を半透明の光沢が埋め、何が起こっているのか分からないまま唾液の海に溺れていく。当然ピラミッドは崩れ、上段で海に沈んでいなかった人たちも音を立てて水の中に沈み込んでいった。 一体何があったのか。彼らの一部がなんとか水面に浮上し、崖に視界を阻まれながら上を見上げると、くすくすと笑う女の子の顔があった。女の子はからかうように唇をすぼめる。小人たちは周りに漂う甘い匂いを感じる。そして彼らは自分が浮いている海が、女の子のツバにすぎないと気づくのだった。 三人は溝の中の阿鼻糾喚を見て、顔を見合わせてにこにこと笑った。そして立ち上がって顔を上げ、小人の街に引かれた大きな線の内側を見回し、期待に胸を躍らせた。 この中の全部、私たちの好きにしていいんだ。 小人さんの大きさはたった二百分の一といっても、彼らが編み出した技術はやはり傑出している。ヘリコプターの下敷きとなった住宅街は例外のようで、今日の開拓地のうちのほとんどは密集したビルに覆われていた。周縁地域のビルは数階建てで三人の足の高さにも届かず、巨大少女たちにサクサクとした感触しか与えられなかったが、駅に近い中心部分は優に三十階を越える建物があり、遠目から見ても彼女たちの膝丈か、もしかすると腰くらいまでの高さに届きそうなくらいだった。 「本当に綺麗ね……」サラがつぶやく。足元の建物は本当に細かく、一歩靴が地面に接地するたびに数十の建物がまとめて瓦礫になっていった。 「そうねえ」ユリは相槌を打って言った。「想像してみて?一個のビルにはだいたい四つ五つフロアがあって、一つ一つのフロアに五六人は働いてる……」 ユリは歩くのを止めることなく二人に語る。 「だから一個の建物には二十人はいるでしょうね。一歩で三十棟が潰れるとして六百人?見えないだけでたくさんの人が働いてるの……ビルの一棟一棟に違う会社が入ってて、違う仕事をしてて、違う人生を送ってる……彼らには家族もいて、夢もあって、だから必死に働かなきゃいけないの。でもほら――」ユリは足を見せつけるように高く掲げて、そして一気に降ろした。「これで終わり。私がこんなに簡単におろした一歩で、六百の人生も、六百の努力も、六百の夢も、みーんなぐちゃぐちゃになっちゃうの。靴の裏についた汚れはね、ただの赤いシミくらいにしか見えないけど、このシミはさっきまで生きてて、考えて、会話してた人間なの。それを考えると、なんだか、もっと興奮しない?」 サラは恥ずかしそうにうつむいて、しかしはっきりと頷いた。ニナは快活そうに笑って頷いた。彼女はさっきの仕事でブーツを脱いだので、今は脱ぎたての裸足で、飛び跳ねるようにしてビルを踏んで遊んでいた。 ユリは歩く速度を遅めた。線的な破壊では開拓にならない。この地域をぜんぶ全部壊す必要があった。 「サラちゃん、ニナちゃん、そこで待ってて」ユリはそう言って、ブロックの対辺のほうまで走っていった。土埃をもうもうとたち込めさせながら、ユリは自分と二人の間に低層地帯しか挟まないような場所に行った。 「これでよし、と。二人とも、ここまで競争してきて!だけどルールが一つ」ユリは声を張り上げた。きっと街中どこにでも響く大音量だ。「二人とも、仰向けになってー」 ニナはすぐさま地面に飛び込んで、サラは恥ずかしそうにゆっくりとしゃがみこんで、二人は街の上に仰向けに寝転がった。背中のいたるところで、ビルや人が壊れていく感触があった。 「よーし、その状態からスタート!手足は使っていいけど、背中はぜったい地面から離しちゃだめだよー!」 うつ伏せでどう進めばいいのだろう?二人は初めきょとんとしたが、ニナがいち早く動いた。右足を曲げて膝を立て、後ろへと地面を蹴りつけることで、反動で前へ進んだのだ。続いて左足でも同じことをした。 爆発的に蹴り飛ばされた足元は何も残らないほど破壊されたが、より酷かったのが彼女の肩や髪の下敷きになったビル群である。彼女は仰向けで首や肩を地面につけたまま、人間が逃げるよりもはるかに速いスピードでどんどん進んでいったから、進路中にあったビルや人間や車は彼女の長い髪か、あるいは可愛らしく凹んだ鎖骨に激しく衝突して、彼女の身体に轢かれて服のシミになった。一蹴り、二蹴り、三蹴り、ただ歩くのとは比べ物にならないほど多くの建物や車が破壊され、数えきれないほどの人間が訳も分からないままこの世から消え去っていった。 サラもニナの進み方を真似して初めの一歩を蹴り、徐々にスピードを上げていった。姉妹の和気藹々とした競争ごっこに巻き込まれて、二条の太い破壊の跡が、ビル街だった場所に引かれていく。 そしてサラの進みはニナよりも速かった。身長が高くて足も長く、一歩ごとに進める距離がニナよりも大きかったからだ。進んでいくにつれ二人の距離は縮まっていき、コースの四分の三くらいのところで、サラはニナを追い抜かすことができた。そしてそのまま一目散にゴールした。 「はい!前半戦はサラちゃんの勝ち~!」二人が服から土埃を払って立ち上がると、ユリはそう宣言した。彼女の視線からは、二本の生々しい破壊の痕をまざまざと見ることができた。 「えっ?前半戦?」サラは声を上げる。「まだ後半があるんですか?」 「そうだねー。だってほら見て?まだまだ手つかずのビルがたくさん残ってる。逃げ出そうとしてる人もいるよ。これじゃ開拓にならないじゃない?」 「ってことは、同じことまたやるんですか?」 「……じゃ、次はちょっと趣向を変えてみようか」ユリは思いついたかのように言う。実際はもう十数回も、違うお客様相手に繰り返してきたことだけど。「ところで二人とも、服だいぶ汚れちゃってない?」 「そうですね」サラが答えた。ニナも頷いた。 「じゃあさ、下着はつけてていいから、まずは上の服だけ脱いでみて?」 「え、でも……」 「二人は姉妹だし、大丈夫でしょ?何なら私も脱ぐから。それとも小人さんに見られるの心配してるの?」 「ええ、まあ……」 「大丈夫。サラちゃんの下着を見た小人さんたちはみんな、今日の日没までにはこの世から生き残ってるわ。死んじゃえば安心でしょ?」 「そう言っちゃうとそうですけど……」 「恥ずかしがらないの」ユリはなだめて、自分のコート類を全部脱ぎ、その下のシャツを脱いだ。豊満な胸をピンクのブラジャーが支えている。「これで、どう?」 「……」サラは俯いたが、しかしユリが脱いでいるのに自分が着ているわけにもいかないから、そそくさと服を脱ぎ始めた。白い下着が見えた。ニナが続く。 「あれ、ニナちゃん、ブラジャーは?」 「ニナはまだしてないんです。なんというか……まだする必要ないでしょ?」サラが代わりに答えた。ニナが服を脱ぐと、そこにはほとんど膨らみのようなものはなかったが、ピンク色の乳首がぷくりと膨れ上がっていた。 「あー……そこまで脱ぐ必要はないかもだけど……まあいっか」ユリは少し目を逸らして言った。「後半戦の説明をしよっか。といっても単純。今度は逆にうつ伏せになって、上半身を離さないように進むの。分かった?」 「「はい」」二人は声を揃えて言った。そして素の肉体を晒すのを恥ずかしそうにしながらも、二人は地面の上にうつ伏せになった。今度は背中が天を向いていて、地面に最初に擦り付けられるのは、二人の胸だ。 「よーし、じゃあ私はゴールに行くから。さっき壊した場所は通っちゃダメだよ!勝った人には賞品――というかあとでいいことあるから、頑張ってね!」そしてユリは満足そうに、前半戦のスタート地帯へと戻っていった。 ユリの指示のおかげで、二人はまだ破壊を免れていた場所をコースに進んでいった。今度はニナのほうが明らかに速く、サラがようやく半分を通り過ぎたあたりでもうユリの下についてしまった。 「やったー!一等賞!」足元からユリの顔を見上げ、乳首に微かについた汚れを払い落しながら、ニナは嬉しそうに叫んだ。しかしユリの目線はこちらを向いてくれず、まっすぐ向こう側を向いていた。 「……?」なぜ?と思いながら、ニナは半身を起こしてユリの目線の先を見つめた。それはゆっくりと進むサラの姿だった。 彼女の速さはさっきよりも遅い。のろ、とニナは思ったが、しかし重たい胸を地面に擦りつけながら楽しそうに進むお姉さんの姿を見て、次第に神妙な気持ちになってきた。 二つの柔らかい胸の前には、十数個のビルがあり、混雑した道路をかき分けながら、逃げようと懸命に走る人々が群をなしていた。彼らは背後に迫る巨大な肌色の乳と、空中から垂れ下がってきらめく黒髪のカーテン、そして自分たちを見下ろして笑う巨大な女の子の顔に囲まれて、女子の汗とシャンプーの混ざりあった匂いに眩暈を起こしながら、唯一光が差し込む方向へと必死に逃げようとしていた。倒れる人を飛び越え、背後から突っ込んでくる車をかわし、視界を阻む髪を潜り抜けて光明の前に出て、彼らはようやく助かったと思った。しかし次の瞬間、彼らはドンという強い縦揺れに襲われ、何人かは反動で空中へと突き上げられた。くるくる回る視界の中で、彼らが見たのは綺麗な白い肌――柔らかそうなふくらみ――そして強い衝撃を受け、彼らはその裸胸の上にこびりついたシミへと変わった。ふふふ、と女の子の高い笑い声が響いた。 「はい、勝負はニナの勝ち。だけど、サラのほうが楽しそうだったね?」サラがようやくゴールへ辿り着いたあと、笑いながらユリは二人へ言った。 「……うっ、すみません……」サラは恥ずかしそうに俯いた。その胸にこびりついた汚れはユリが綺麗に拭き取ってくれたので、今は元のきらめきを戻していた。 ニナは黙って姉を見上げた。低い視点からだと姉のおっぱいがとてもよく見えた。『わたしだっていつかはそうなってやるもんね!』ニナは心の内で毒づいた。 「二人ともお疲れさまでした!太陽がかんかんに出てきて暑いわねえ」 「そうですね」サラは相槌を打った。露わになった凹んだお腹を、恥ずかしそうに右手で押さえていた。 「朝からずっとやってきて、そろそろ真昼ってとこね。二人とも、お腹すかない?」 「はい!」ニナが嬉しそうに頷いた。やや遅れてサラも頷いた。手をお腹から外すと、ぐうと鳴る音がした。 「あらあら」ユリは微かに微笑んで、ぐるりと周りを見渡した。破壊されて煙がたちこめ、なんとか彼女たちから逃げようとする人や車に埋め尽くされた街の中、手つかずに残った公園と、その中のスタジアムを彼女は忘れていなかった。 「じゃあ、お昼の時間にしましょうか!」彼女がそう言うと、ニナやサラは嬉しそうに笑った。