それは白く冷たい雪の積もった、とてもとても寒い晩のことでした。 「マッチはいりませんか」 汚れた服を着た少女が、道行く人たちに精一杯声をかけています。 彼女はマッチを売っているのです。しかし、誰も立ち止まってはくれません。 少女は靴どころか靴下さえ身につけておらず、その肌はぶどう色になっています。 家を出る時は確かに靴を履いていたのです。しかし、それは母のお古の靴で、少女の足のサイズには合っていませんでした。 この降りしきる雪道をぶかぶかの靴で歩き回るうちに、どこかで脱げてしまったのでした。 風で舞った雪が少女の頬に張り付きます。 少女は寒さをしのぐために、家と家の隙間に潜り、その場でしゃがみ込みます。それでも血色の悪くなった肌はそう簡単には回復しません。むしろ冷え込んだレンガ造りの道に座り込んだことで、お尻がどんどん冷えていきます。 少女がふと自分のお尻のそばに何かを見つけました。小さな小さな小人たちが街を作っていたのです。 座り込んだときに一部をその下に敷いて押しつぶしてしまっていました。彼女は今、寒さに痛覚さえもが麻痺しているのです。だから気づかなかったのでしょう。 しかし大したことではありません。小人たちはそのサイズのわりにとても広々とした街を作り上げます。まだ街は広く残っていました。 指でつまんでしまえそうなサイズの小人たちが、突然現れて街を破壊した少女に恐怖し、ぶるぶると震えています。 「かわいそうに。あなたたちも寒くて仕方がないのね」 ですが小人たちはあまりに小さな存在です。表情を読み取ることさえ困難なのです。 彼らが自分に恐怖して震えているだなんて、彼女は微塵も考えません。 「そうだわ」 少女は思いついたようにマッチを取り出します。 震える手でその先端をレンガ造りの壁にこすると、小さな火が灯ります。マッチの火はとても暖かでした。 「なんて温かいんだろう……」 しかし、マッチの炎はすぐに夜の闇に吸い込まれるにして消えてしまいました。 少女は名残惜しそうに光の失せたマッチをしばらく見つめていました。しかしすぐその場に捨ててしまいます。 少女はまた、マッチをすってみました。 あたりがぱーっと明るくなります。 少女はまるで勢いよく燃えるストーブの前に座っているような気がしました。 それもそのはずです。 少女のすぐそばで、さきほど投げ捨てたマッチに残っていた小さな炎が、小人たちの木造住宅に引火してしまったからです。 周辺の小人たちは少女が座り込んで住宅街をそのお尻に敷き潰したとき以上の恐怖を味わうことになります。街に襲いかかる炎に、彼らは大パニックになりました。 少女にしてみれば些細な火種に過ぎませんが、小人たちにとっては民家を次々と焼き払う業火なのです。 「あら、小人さんたちが元気に走り回ってる」 ようやく少女が惨事に気が付いたときには、マッチの落ちた周囲の民家はほとんどが焼け落ち、人の住めない状態となっていました。 「この街を焼けばもっと暖まれるわ。小人さんたちも一緒に暖まりましょう」 少女が再度マッチをすり、その先に炎を灯します。 今度は火が弱まる前に火の付いたマッチを小人の住宅の上に放り投げます。住宅に熱が伝わって間もなく、彼らの住処は焚き木と同等の扱いを受けることになるのです。 少女はしばらくぱちぱちと音を立てる小人の街で、暖をとっていました。 「ああ、まだ寒いわ」 少女は自分を抱きしめるように腕を背中に回し、ぎゅうと腕に力を入れます。 少女は小人の街に視線を下ろしました。さきほど彼女が火を灯した一角です。このとき、少女は火の勢いが弱まっていることを知ります。 小人の一団が、懸命に消火活動にあたり火を沈めようとしているではありませんか。 「小人さんたちまで私を凍えさせようっていうのね、許せないわ」 少女は一旦立ち上がり、そしてお尻をくもり空に突き出すように伏せました。もちろんその下に広がっていた小人の家々は、少女の冷えた胸と手のひらの下敷きです。 彼女がその視線の先に認めたのは消火活動をおこなう小人の一団です。決死の消火活動をする中、彼らは背後に突如として現れた二つの巨大な瞳に悲鳴をあげます。 少女は自分の顔の前に消火活動をする人々を見据え——自分の口元に火の根本を近づけて口をすぼめました。 勢いよく呼気を吹きかけます。少女の息を受けた小人の一団がゴミのように散り散りに舞って吹き飛ばされていきました。 ふーっ、ふーっ、と何度も何度も小人の住宅が密集する火の根本に自分の呼気を届けます。すると徐々に火の勢いが回復していきました。 火の根本をのぞきこむ少女の視界では、小人があちこちに逃げていく様子を見ることができました。 きっと勢いを増した業火に恐れをなしたのでしょう。少女は再び暖かな時間を享受することができるようになって満足げに微笑みました。 「暖まったことだし、続きを頑張りましょう」 こうして、マッチ売りの少女は焼け焦げた小人の街をあとにして商売に戻ったのでした。 まだ彼女の身体は傷んだぶどうのように痛ましいままです。 しかしその表情は、靴をなくしてふさぎ込んでいたときとはまったく別人のように変わって、笑みに満ちあふれていました。 めでたしめでたし。