机の上の町  空が消えた。  冬の晴天が、白い壁紙へと姿を変えたのだ。空を見上げていなかった者も、眩しい日影を作っていた陽光が無くなったことでそれに気づかされた。ビルの上に広がる景色は天井、戸棚、蛍光灯……普段ならば室内にあるべきものが並ぶ。ここは屋外、なのに空のない屋内の空。自分のおかれた状況を理解できない人々は空を仰ぎ、狂った距離感と押し潰されそうな圧迫感にただただ呆然としていた。 「あはは、上手くいった~!」  突如、大気を引き裂く轟音が人々を打ち据えた。立ち並ぶオフィス街のビルの窓ガラスがびりびりと振動し、あるいは割れる。鋭利な破片が降り注ぎ、人間を襲ったが……しかしそれはこれから起こるであろう惨事からすればほんの些細なことだった。 「こんにちは、小人さん。あなたたちは1万分の1に小さくされちゃったんだよ」  ビルの並ぶ地平からぬっと姿を現したのは、金髪の少女だった。ビル郡を映し出す湖のような青い瞳。天の柱のような、通った鼻筋。雪原のような広大な頬は微かに上気して紅く染まっている。まだあどけなさの残る顔立ちながら、美少女。それも、信じられない大きさの。 「こんなに小さくしたのは初めてだから上手く行くか分からなかったけど……バッチリね! うんうん、人間もちゃんと動いてるし……凄い再現性!」  彼女が嬉しそうに頷くと、幼げな顔に似合わない巨大な胸がぶるんと暴れ、街の一端に叩きつけられた。それだけ。たったそれだけなのに、直撃を受けたビルは消し飛び、そうでなかったものも瓦礫を振りまいて崩れていく。地面を這うように広がった黒煙が町並みの間を満たしていくその様はまさに瓦礫の津波。 「お兄ちゃんが帰ってくるの遅いから……それまで相手してもらおうと思って、ね?」  ね? と彼女が首を傾げると、ボリュームのあるツインテールがふわりと追従する。背中のあたりまであるらしいその艶やかな金髪が擦れる音が、町の人々を震え上がらせた。  これから起こる惨劇の恐怖に震える小人の群れ。その中に、周りとは違った恐怖を覚えている人間がいた。空を覆いつくさんばかりの、巨大な妹のその姿に。  そう。帰ってくるのが遅いお兄ちゃんその人が、たまたま標的となった町に居合わせてしまったのである。見知った顔が超巨人となって都市を見下ろしている。これだけでも気が狂いそうなのに、それがよくよく知っている妹ときては。  兄は知っている。妹の欲深さ、こと性欲の強さについて。そして、彼女が持つ特殊な性癖について。 「へへ……それじゃさっそく」  妹はシャツを捲り上げて、胸を露出させた。下着を着けていないのに、だらしなく垂れたりすることの無い張りに満ちた若々しいおっぱい。彼女がぐぐっと胸を張ると、まさに山のような超乳が街の上へと影を落とす。 「おーい! 俺だ!! おにーちゃんだ!! おにーちゃんはここにいるぞー!!」  兄は必死で叫ぶも、妹のサイズは実に1万倍。何の意味も無く泣き喚く愚かな群集の声にかき消され、その訴えは妹の耳に届くことは無かった。 「くそっ!!」  兄は身を翻し、駆け出した。妹の乳房に押し潰されて死ぬなんて死んでも御免だ。 「どう? 綺麗なおっぱいでしょう? クラスで一番おっきいんだよ」  妹は目を細めて愉しげに嗤い、右の乳房をゆっくりと撫で上げた。その様子は扇情的でありながら、まるで断頭台の刃が持ち上がるかのよう。アンダーバストから頂へと至った右手が、手に余るほど巨大な乳房を離れるその瞬間が処刑の時だ。あれが直撃したら、どんな堅牢なシェルターだって消し飛んでしまう。  ぶぅん!!  妹の重たい乳房が唸り、蓄えた位置エネルギーを解放する。ツンと勃起したピンク色の可愛らしい乳首が、ビルのすぐ上まで迫り……ぎりぎりのところで引き返す。たゆん、たゆんと激しく揺れる胸。それに合わせて、突き上げるような強烈な揺れが街を襲う。どうやら今のは本当に胸を見せびらかしただけらしい。  だが、そんな妹の意思とは裏腹に、莫大な質量のおっぱいは触れてもいない街に甚大な被害をもたらした。積乱雲をも凌ぐマクロバーストが街を吹き荒れ、屋根をもぎ取り木々を薙ぎ倒す。逃げ惑う人々はことごとく吹き飛ばされ、あるいは飛んできた瓦礫にぶつかって絶命した。それは彼女の兄も例外なく。 「うわあああぁぁっ!!」  叫んだところでどうにもならないことは分かっていながら、兄は絶叫の尾を引いて数百メートルも吹き飛ばされた。だが、不幸なことに彼はそれで死ぬことは出来なかった。背中に衝撃を感じた時は、コンクリートか何かに叩きつけられたものと思ったのだが……実際に彼が叩きつけられたのは水だった。 「な、なんだ……これ!?」  水が、高さ2メートルほどのドーム状になって道路に落ちているのである。 「そうか、縮小されたってことは……これは表面張力ってやつか」  身体がぴたりと水面に張り付いてしまって離れない。けれど、水道管が破裂した様子も無いのにこんな水どこから来たのか、と兄は首をひねる。 「唾か……」  妹が先ほど喋った際に飛んだ唾。その飛沫のひとつというわけだ。妹の唾に捉われて動けない兄、なんと情けの無いことか。 「えっへへ……今からこのおっぱいで……街を、潰しちゃうんだ……」  はぁ、はぁ、と息の荒い妹。そこに兄がいるとも知らずに、そのたわわな胸をゆっくりと街に近づけていく。その様は、まるで月が落ちてくるかのよう。この程度の街ならば、片胸で簡単に押し潰せてしまうだろう。 「んっ!」  妹の乳首が、ビルに触れた。ただ触れただけで十分だった。兄は唾に貼り付けられたまま、崩落の様子をありありと見せ付けられることとなる。あんなに頑丈に見えた高層ビルが、桃色の乳首にちょんと触れられた瞬簡に地面に飲まれるようにして崩落してしまうその様子を。普段なら指でこねくり回すことの出来る妹の乳首が、今はビルを丸まる一つ押し潰して、ビル街の中心に堂々と突き立っている。この違和感、そして恐怖。人間が技術の粋を集めて作った高層建築すら、妹の乳首には成す術もないのだ。もしあれがこっちに来たらと思うと、逃げられない兄は最早絶望するより他なかった。 「あぁ、ちっちゃいビルが乳首で潰れて、気持ちいい……」  うっとりと、妹が呟く。彼女は胸をぐりぐりと動かして乳首の先だけで町の中心部の高層ビル群を蹂躙した。ピンク色の化け物が、ぐにぐにと暴れまわってビルを払い、磨り潰し、あるいは地面に50メートルも突き刺さって掘り返し、あっという間に更地にしてしまう。  それだけに飽き足らず、彼女はまるで町に絵を描くみたいに胸を動かし始めた。恐ろしい速度で動く乳首が、まるで波を蹴立てる船のように街を裂いて走る。高速道路があろうが、雑居ビルがあろうが関係なく、全てを粉砕して気ままに、何に邪魔されること無く奔放な落書きを描いていく。  兄の目の前で、オフィスビルが爆ぜた。それも、3棟まとめて。一瞬で道を横切り、反対側のビルを砕いて去っていった彼女の乳首は、もはや乳首とすら認識できないほどの大きさだった。乳腺に突き刺さった木々や電柱、電車や電線を引きずって街を引き裂くそれは化け物に他ならない。だが、どうにか動く首を回して見上げてみれば、柔らかそうで艶やかなおっぱいに、その持ち主の無邪気で可愛らしい顔。このギャップに兄は思わず震え上がる。妹は、人殺しをしているとは思っていないのだろう。彼女の目の前にあるこれは、ただのオモチャなのだ。 「うん、そこそこ気持ちよかったよ」  妹は満足げに笑って胸を持ち上げ、そしてその先を口に含んだ。ビルのような巨大な乳首が、ビル街を丸ごと飲み込めてしまえそうな口の中で、どんな建築物よりも大きな舌にぺろぺろと舐め取られる。その暖かで柔らかい感触に、妹は一際大きな喘ぎ声を漏らした。この街に対して彼女は大きすぎて、彼女を最も感じさせることが出来るのは彼女自身になってしまっているようだ。 「んー、やっぱり小さすぎるとダメだね、もう終わりにしちゃおうか」  ついに下った、死刑宣告。兄は狂ったように妹の名を叫ぶが、当然今更それが届くわけも無く。口に含まれて暖かく湿った乳首が再び街へと降りてくる。まるで地球侵略に来た巨大な円盤のように都市の上空を覆い尽くして。今度は、乳首だけではない。乳首が地面を穿ち、乳輪がその周りを均す。いよいよ柔らかなおっぱい本体が地面へと至り、むにーっと広がるようにして周囲の街を飲み込んでいく。  柔らかな肌色の壁が形を変えて、ありとあらゆるものを飲み込みながら迫り来るその様は、他の何にも例えようが無かった。他の何に例えて逃れることも出来なかった。兄は、今、妹のおっぱいで潰される。それ以上でもそれ以下でもなかった。  テーブルの上に置かれた1万分の1の街は、妹の乳房の下に消えた。  妹は胸についた粉を払うと、シャツを整えて席を立った。兄が帰ってくる前に、この街を作り出した装置を片付けなければと、テーブルの上に置かれているプリンターのような小型の機械をベッドに下に押し込む。  その機械はオーバーテクノロジーの産物、レプリケーター。指定したものを縮尺自在に複製する神の機械。いろいろあって何故か彼女の手元にある。  つい先ほど、1万分の1サイズの兄の複製をその胸で押し潰したことなど露とも知らず、彼女はベッドに寝転んで兄の帰宅を心待ちにするのであった。