「お姉ちゃーん! 見て見て! ちっちゃいお船がいっぱい!」 「あらあら、ほんとね」 きゃっきゃとはしゃぐ幼い少女と、その後ろを付いてゆくあどけなさを残すも大人びた女性。 巨人族の姉妹である。 彼女達は(相対的に)小人の国へと散歩に来ていた。 ひらひらとした布の衣服を纏い、足は足首までを細い布で縛るサンダルを履いている。 姉はロングのスカートを。妹はワンピースのような服を着ていた。 この国の人間から見れば酷く時代の遅れた衣服、もしくはファンタジーな服だった。 だが、それらの違和感を、すべて無に帰せるほどの圧倒的な違和感、大きさの違いが彼女達にはあった。 1万倍の巨人族である彼女達は海をざぶざぶと歩いて渡ってきた。 彼女達にとって小人の国であるここいらの海は水溜りに他ならないのだ。 海に浮かぶ船を見つけた妹はそれを目掛けて走り出した。 妹の足が海に着くたびにそこは爆発したかのような凄まじい水飛沫を上げた。 無数の飛沫は陽光を跳ね返し妹の笑顔を彩った。 ぐらぐらと地面が揺れ、その影響と直接引き起こされた波で転覆しそうになる船たち。 そして300mを超える大型タンカーは、伸ばされた妹の巨大な手によってつかまれ、海から攫われた。 目の前に持ってきたタンカーをしげしげ見つめる妹。 「わぁ〜ちっちゃ〜い。かわいー」 妹の幼い指ですらタンカーよりも巨大である。 「見てみてお姉ちゃん、ちっちゃなお船つかまえたよ」 言いながら妹は姉に向かってタンカーを乗せた手を差し出した。 肌色の巨大な手に捕らわれたまま、ついさっきまで海面にいたタンカーはあっという間に高さ1万m超まで持ち上げられたのだ。 姉は身を屈めてそれを見下ろした。 「ふふ、本当、かわいいわね」 タンカーの船員達の上空を、姉の超巨大な顔が占領した。 この巨人族の女性は笑顔で自分達を見下ろしていたのだが、それでも恐怖を感じる事は無かった。 この笑顔に凄い包容力を感じたからだった。 巨大さにあいまる包容力の大きさである。 美少女、よりも美女と言う言葉が似合いそうなのは、きっと雰囲気がとても大人だからなのだろう。 しかし、彼女が超巨大であることに変わりは無い。 今、我々は1万m超の高さにいるのに、彼女はその自分達を、腰を屈めて覗き込んできたのだ。 大きな身体は雲を吹き飛ばしながら降下してきた。 控えめな印象の服だが、その大きく膨らんだ胸元は、男心をくすぐった。 「ねぇ、持って帰っていいでしょ?」 「それはダメよ。このお船は小人さんたちのものなんだからちゃんと返してあげなくちゃ」 「はーい…」 渋々了解した妹は手の上のタンカーをつまみあげるとしゃがみ、タンカーを海に浮かべた。 のろのろと動き出したタンカーを、妹はしばらく見下ろしていた。 「いいこね。さ、いきましょ」 姉は妹の手を取って歩き出した。  * 二人は陸地へとたどり着いていた。 海からでもその大地が緑豊かな広大な土地であることが良く分かる。 二人は陸の一歩手前から内陸を眺めていた。 未だ海の中に立っているにも関わらず、すでに少女達の足は海面から出ていた。 水位はサンダルの高さにも及ばないのだ。 「きれいだね!」 「そうね。でも陸を歩くときは足元に注意のよ」 「は〜い!」 妹は足元にあった港町を跨いで内陸へと足を踏み入れた。 ずしぃいいん! 長さにして2200mの広大な範囲が妹の履くサンダルで踏み潰された。 そしてさらにずんずんと奥へと歩いてゆく。 一応足元に気を遣っているのか、足を降ろす場所には街がないかちゃんと確認している。 だが、それはあくまで彼女達に見える街のことであって、見えない小さな村や町は知らず内に踏み潰されていた。 それで無くとも今 妹は広大な範囲の森や田園地帯を踏み潰しながら歩いているのだ。 人々の被害は甚大だった。 そしてそれは姉も同じ。 まだ海の上から妹の姿をにこにこと見守っている姉だが、姉とて微動だにしないわけではなく、ちょっと足を横に動かしたりはする。 姉の巨大な足の周囲には幾つもの船がひっくり返って転覆していた。 ただ大型客船やタンカーならいざ知らず、小型の漁船などは、小さ過ぎて彼女達には見えなかったのだ。 全長10mや20mの漁船は、姉から見れば1㎜2㎜の大きさであり、足の周囲を浮いていたとしても気付きもしない。 結果、彼女が少し足を動かしたときにみな発生したその大津波と大渦に飲み込まれてしまったのだ。 周囲の全ての船を転覆させても、何事も無かったかのようにそこにある足。 そこにあった港町も津波の被害を被り街の大半が押し流されていた。 「あらあら、あんなにはしゃいじゃって」 頬に手をあてくすくすと笑う姉の足元は、人々が泣き叫びながら逃げ惑う地獄絵図と化していた。 ずずぅん! ずずぅん! 妹がてててて…と走る足元では目に映らないほど小さな家が次々と踏み潰されていた。 そして彼女はサンダルを履いているので自分が家などを踏みながら歩いていることに気付かないのだ。 妹の足の長さは2000m。サンダルは2200m。そのサンダルの厚さは100mほどで超高層ビルでもない限りその高さを超えるものは無い。 皆がその巨大にして広大にして強大なサンダルによって踏みにじられていった。 だが6mの家など相対的には0.6㎜となり、例えサンダルを履いていなかったとしてもそれを踏んだことに気付けるかどうかは疑問である。 大きな森をザクザクと踏みしめながら走る妹の目に大きな街が入ってきた。 森の緑から一気に白い街並みが広大に広がっているのだ。 「わぁ〜!」 突然のコントラストの変動に妹の心が奪われる。 小さな突起物が地面からにょきにょきと生え、規則性の無いその光景にも、見入るものがあった。 街の小人達からは、郊外に立つ、恐ろしく巨大な人間の姿が見えた。 ワンピースのような服を纏った少女のようだったが、その上半身は雲の向こうで霞んで見える。 雲が漂う腰の下には短いスカートがオーロラのように揺れ、その下からは、まだ生足とは呼べる妖艶な魅力は醸し出されていない少女の脚が伸びていた。 ただしそのふとももの太さは1000m以上。長さも、実に6000mは超えているであろう。 その通り、この超巨大な少女は、今、この長い脚で低い雲を蹴散らしながら歩いてきたのだ。 足は巨大なサンダルを履いていたが、足元の森の木々は、そのサンダルの高さにも遠く及ばなかった。 森など、少女にとってはコケがむしているようなものだった。 妹は暫しそこから街を眺めていた。 「う〜ん、遊びたいけど、お姉ちゃんは小人さんをいじめちゃダメって言ってたし…」 指を咥えて物ほしそうな顔で見下ろしていたが、やがて頭を振って思案にけりをつける。 「ううん、ダメダメ! 他のところにいこ」 と、妹が足元の木々を踏みにじりながら踵を返したときだった。 ポン! ポン! 顔の周りで、何かが小さく光った。 「?」 良く見ると何か黒く小さいものがたくさん飛んでいた。 「む、虫かな」 妹は目の前のソレを手で払った。 戦闘機たちは妹の超巨大な手でなぎ払われていった。 大気をまるまる動かすほどの大きさ。空気がゴゴゴゴとうねりをあげていた。 幅800mはあろうかという手だったのだ。 雲を散らしながら現れた手はそこを飛んでいた戦闘機を一機残らず叩き落した。直撃しなかったものも、その凄まじい突風にバランスを崩し地面へと落ちていった。 なんだったんだろう。 とりあえず、目の前の虫は追い払った。 だがすぐに別の虫たちが集まってきてまたポンポンと小さく光る。 みんなが、自分の顔を狙ってくる。 気付くと遠くからもなんか細長くて白いものが飛んできた。 それが顔に当たるのを防ごうと手で遮った。すると…。 ドォン! 「!?」 それが爆発した。 爆発は1cmにも満たなかったが、遮った手のひらを見てみると、そこは黒くすす汚れており、確かにそれが爆発した証拠があった。 なにこれ…。 妹はなんだか怖くなってきた。 その白いのは次々と自分の身体のいたるところにぶつかって爆発する。 痛いわけではないが、凄い気味が悪かった。 「や、やだ…」 ずずん…! 後ずさった妹の足が街に侵入し家々をかかとで踏み潰した。 妹は手を振ってその白いものを落としてゆくが、無数に飛来するミサイルは次々と妹の巨大な身体に命中していく。 「や、やだー!」 妹は再び踵を返し、今度は街の中に向かって走り出した。 無数のミサイルから逃げることでいっぱいの妹は、そこが街であることも、姉との約束も、何も考えられなくなっていた。 ずずん! ずずん! ずずん! ずずん! 走り抜ける中、妹は無数の家々やビルを踏み潰した。 元々ここに来るまでにいくつもの村や町を踏んできたが、今起こっていることはそれまでと比べ物にならない大災害だった。 巨大な足がビル群をずずんと踏みしめ、そしてもちあげられるときにはその大量の瓦礫を宙へと引きずってゆく。 台風よりもはるかに強力な突風が足に引きずられて吹き抜ける。 それは妹が足を降ろした部分の周辺の、まだ無事だった部分から人々や車、家などを引っ張り上げるには十分な威力だった。 妹が足を降ろす場所では、人々は突然の大揺れに地面をのたまっていると周囲が暗くなり見上げたそれが超巨大な少女の履くサンダルの底であるなど理解できぬうちに何百mを地中へと踏み埋められた。 いくつもの100m級ビルが妹の一歩のうちにクシャリと踏み潰され瓦礫は風圧で吹っ飛ばされる。 街の中には2000mを超える巨大な足跡が残されていった。 ずずぅん! ずずぅん……! ズガガガガガガガガ……ッ! 走っていた妹は突然ブレーキをかけた。 そのせいでそこにあったビルたちは、地面を削りながら滑ってくる足によって砕かれすり潰されるか地面から放り出され粉砕された。 何千平方mもの範囲が削り取られ地面をむき出しにした。 妹は立ち止まった。正面からもミサイルが飛んできたからだ。 キョロキョロと周囲を見回した後、ミサイルのこなさそうな方向に向かってまた走り出した。 「はぁ…はぁ…」 目に涙を溜めながら走る妹は押し寄せるミサイルの嵐から逃げ続けた。 最早足元が街であることは完全に忘れていた。 とにかく今は、その地面を蹴って前へと進んで逃げたい一心だった。 さらに次々と踏みにじられ行く街。 妹の走る速度は時速数万㎞で、こんな巨大な物体がそんな速度で走り抜ければそこを突き抜けるソニックブームは凄まじいものだった。 ビルがその衝撃だけで粉々に粉砕されるほどに。 住宅街の上に踏み降ろされたサンダルはそこにあった数百の家を一瞬で足跡の中に消し去り、学校がその足が持ち上がるときに親指によって蹴り潰された。 そして走っていた妹はまたミサイルの襲撃を受けて方向を変えた。 もう、自分がどこに向かっているかわからなかった。 ミサイルに襲われては向きを変え、また向きを変え、街の上を走り回っていた。 踏み潰された小人の人数などもう数え切れない。 一歩で数千人を足の下に捉えることが出来るのに、すでに街中に無数の足跡が残されているのだ。 と、そのときである。 ガッ 「あっ!!」 妹は足を絡ませ、転んでしまった。 ビル群と住宅街、公園、学校、駅、図書館などもろもろたくさんの場所と人々を身体の下に押し潰し妹は倒れこんだ。 倒れこんだ妹の身体に、ミサイルが雨あられと降り注ぐ。 「うぅ……うあーん! …お姉ちゃん……お姉ちゃーん!!」 そんな絨毯爆撃に晒されて、妹は泣き出していた。 すると。 「あらあら、何泣いてるの?」 住宅街を潰していた顔をあげて見た先には姉がいた。 現れた姉は静かな物腰でゆっくりと歩いてくるが、そのサンダルの下には確かに街を踏み潰している。 逃げ惑う小人の悲鳴がその足の下に消え去っていった。 「お姉ちゃん!」 ガバッと立ち上がった妹は姉に抱きついた。 「あぁ〜ん! 怖かったよ〜」 「ふふ、大変だったわね」 姉は泣きじゃくる妹の頭を優しく撫でた。 その間も二人の身体には無数のミサイルが命中し続けていたが、二人はまるで意に介していなかった。 瓦礫都市と化した街の上で無数の家を踏みしめながら妹は涙を流し姉はそれを優しく抱きしめていた。 「…さてと」 姉は妹を連れて歩き出した。 街の上を今度は四本の巨大な脚が蹂躙して行った。  * 街より少し離れた場所。 山や森が目立ちは始める。 未だ二人の身体にはミサイルが打ち込み続けられていた。 妹はそれらを避けるように姉の手を握りすがり付いている。 「怖がらなくても大丈夫よ」 「で、でもぉ…」 ミサイルが命中するたびに妹はびくりと震えた。 そんな彼女達は山や森を踏み砕きながらあるものを目指していた。 「あ、これね」 目的のものを見つけた姉はそれを見下ろした。 それは山と森の間に作られた白い広大な敷地。 広大と言っても二人から見ればほんの四方数十cm程度のものだった。 基地である。 四方数十㎞の中には無数の戦車と戦闘機がスタンバイしていた。そして無数の歩兵も。 そんな基地を笑顔で見下ろす姉。 「みなさん、よくもうちの妹をいじめてくれましたね」 姉の声が轟く中、兵器たちは次々と動き出した。 戦闘機は空へと飛び上がり、戦車達は砲弾を打ち始めた。 その砲弾は、目の前に鎮座する姉の巨大な足に命中する。 と言ってもそれはサンダルの高さもあいまって、前に突き出された足の指の腹が限界であったが。 「仕返しさせていただきます」 言うと姉は片脚を持ち上げ、そのつま先だけを基地に踏み入れた。 それだけで数百とあった戦車達は全滅した。 戦車など彼女達から見ればたかが1㎜である。 これがサンダルでなく素足だったなら、足の指の作り出す空間に逃れることができたのであろうが、サンダルは一つの戦車も取りこぼすことなく全車両を地中深く埋め踏み潰した。 踏みしめた足をまたもとの位置に戻すと、基地の白い敷地に、サンダルの丸い形の足跡がくっきりと残っているのが見えた。 そうこうしていると、高度17000mの高みにある姉の顔周辺を戦闘機が飛び始めた。 顔の表面にパチパチと小さな火花が爆ぜる。 だが姉の笑顔はかわらなかった。 ブォオン! 山さえも握り潰せる超巨大な手が戦闘機たちを一瞬でなぎ払った。 たった一回振り払われただけで大半が墜落してしまった。 わずかに残っていたものも、姉の口がすぼめられ「ふっ」と息が吐き出されたとき、その凄まじい吐息によってすり潰された。 姉は自分の顔に向かって飛んでくる一機のミサイルをパシリと受け止めた。 受け止めた手を開いてみるとそこには長さ1cmほどの細い小さなミサイルが転がっていた。 彼らから見ればそれは100mのミサイルだ。 そのミサイルを摘み上げると、基地内の施設の一つの上に弾頭を下にして持ってきた。 「これはお返ししますね」 姉は指を離した。 するとミサイルは真っ直ぐ下に落ちていき、その施設に着弾して激しく爆発した。 施設は木っ端微塵になった。 しゃがみこんだ姉は手を伸ばすと残っている施設を次々と指で押し潰していった。 長さ600m、太さ100mの指の下で、小さな箱のようなビルはくしゃりと潰され地面に押し付けられた。 ある施設は親指と一指し指の間に挟まれて潰され、別の施設は指ではじかれ粉々に粉砕された。 ほとんどのの施設が破壊され煙を上げる中、残っているのは司令施設のみ。 するとそこで姉は、この基地施設の土地の中に、まだ無数の歩兵が残っているのに気づいた。 彼等はみな銃を自分に向けてひたすらに弾を撃ち続けていた。 身長0.2㎜にも満たない小さな小人達だった。 今自分は膝を折り曲げるようにしてしゃがんでいる。 ロングスカートを穿いているとはいえ、小さな彼らからはスカートの中が見えてしまうかもしれない。 「あらあら、エッチな小人さん」 姉は彼等がいるであろう場所を人差し指の爪でカリっと削り取るとそれを目の前まで持ち上げてみた。 だが覗き込んで観察してみたときには、爪の裏にコンクリの地面ごと削り取られ乗せられ持ち上げられた小人達は皆息絶えていた。 しゃがんでるとはいえ、彼女の目の高さは数千mの高さなのだ。 そんな気圧もなにも違うところに一瞬で持ち上げられれば小人なんてあっという間に炸裂してしまう。 爪の裏のゴミをふっと吹き飛ばした姉は、まだ彼等が残っているその土地の上を手のひらでパタパタ仰いだ。 それだけでそこにいた数千の歩兵達は皆どこかへ飛ばされてしまった。 「さあ、最後は…」 姉は司令施設へと手を伸ばした。 その小さなビルを指で摘むと慎重に地面から引き抜いて持ち上げた。 「小人さん、もう二度と妹をいじめないで下さいね。でないと…」 ビルを摘む指に力が込められた。 ビル全体がギシギシと歪み、ヒビが入って崩れ始める。 「…今度はこの国の小人さん全員に仕返ししますから」 瞬間、 くしゃ ビルは捻り潰された。 指をこすってゴミを落とした姉は立ち上がって妹に言った。 「これでもう大丈夫よ。さ、帰りましょ」 「あ、ちょっと待って…」 姉の腕にすがりついたまま、妹は片足を振り上げると基地の白い土地の上に踏み降ろした。 「この! このっ!」 ずしぃん! ずしぃいいん! 基地だった土地は妹の巨大な足で何度も踏みつけられ、やがてあの白い土地はどこにもなくなってしまった。 踏み固めた地面の中にあの白い基地が残っていないのを確認して妹は足を降ろすのをやめた。 「これでもう、あの怖い白の飛んでこないね!」 「ふふ、そうね」 にぱぁっと笑う妹に姉も笑みを返した。 気付けば夕日が辺りを照らしている。 巨人族の姉妹は海をザブザブと歩きながら夕日の向こうへと去っていった。 途中には幾つもの街を踏みしめながら。