縮小願望のある健一は、最近巷で流行っているという「サイズフェチクラブ」に興味を抱いていた。 1回の利用料が10,000円と高額であることが信憑性も与えているが、なかなかフリーターの身ではきついものがある。 とはいえ、自らの願望を抑えきれなくなった健一は、都内の繁華街の一角にあるサイズフェチクラブに潜入してみた。 一見すると、壁がすすけたどこにでもあるビルだが、この3階に件のクラブがあるという。 抑えきれないほどの高揚感を持ちながら、いざクラブの中へと潜入すると、一人の小柄な女性が受付に佇んでいた。 受付嬢「いらっしゃいませー。」 簡単な手続きを済ませた後、受付嬢になけなしの福沢諭吉殿を渡す。 すると、受付嬢は健一にカードと機械のようなものを手渡した。 受付嬢「お客様のお相手は、このカードの人物が担当します。3番の部屋にお入りくださいね。」 薄暗く狭い通路を進むと「3」の札が貼られたドアが見える。 健一はおそるおそるその扉を開けてみる。 萌「お客様、いらっやいませー。」 出迎えてくれたのは、ミディアムヘアーで前髪がきれいに切りそろえられた女性であった。 健一に真っ直ぐに向けられた瞳に、思わず顔を赤らめる。 萌「サイズフェチクラブにお越し下さりありがとうございます。どうぞ、中にお入りください。」 健一は、萌に促されるまま部屋の中へと入る。 ここで、健一は受付で渡されたカードに視線を移す。 そこには、「中野萌(なかのもえ)」という名前と写真、身体のデータが記載されていた。 果たして、目の前の女性が何をしてくれるのか。 ミニチュアの建造物でも破壊するのか。 映像やCGなどを駆使するのか。 様々な想像が健一を掻き立てるが、ひとまず中野萌の指示に従うこととした。 萌「では、受付で渡された機械をいただきます。いいですか?」 先程受付で渡された機械を使用するらしく、健一は素直にその機械を差し出した。 萌「お客様・・・、何倍の設定をお望みですか? ご希望に合わせますよ?」 唐突な萌の質問に健一は言葉が詰まる。 これは、何を聞かれているのだろうか。 こういう場合は、下手に知ったかぶりして答えてもロクなことがないことを経験的に知っている。 健一「はぁ・・・、えーっと、お任せしますよ。」 その健一の言葉に萌は一瞬、健一の方向を振り返る。 萌「ああ、お客様・・・、ご利用は初めてですか?」 健一「そうです・・・。すみません。」 萌「いえいえ。そうですか・・・。じゃあ、100倍にしますからね。よろしいですね。」 健一は、微かに口元が笑っている萌の表情に気が付いていた。 しかし、萌の言動や行動が何をもたらすことになるのか全く想像もつかないため、ただただ健一は成り行きにその身を任せていた。 すると、程なく健一の体が熱を持ち始め、視界が揺らぎ始める。 健一「え・・・。こ、これは・・・。」 ここで、健一の意識が遠のいた。 萌「・・・・・・。」 健一の耳に何かが聞こえてくる。 健一「う、う~ん・・・。」 徐々に健一の意識がはっきりしてくる。 萌「お客様、気が付きましたか。」 健一「いや、こちらこそすみません。急に意識が飛んでしまって・・・。」 健一が周囲を見渡してみるも、萌の姿が見えない。 萌「お客様、上です。上を見てください。」 健一「上・・・?」 健一が上空を確認すると、なんとそこには山のように巨大な萌が屈みながら健一の様子を窺っていたのだ。 健一「う、うわあああ!!」 萌「あ、お客様。驚かないでください。この機械でお客様が縮んだんですよ。」 健一「えっ・・・。」 健一が落ち着いて部屋の様子を見れば、確かに入室してきた際の部屋の内装がそのまま大きくなっているようだった。 萌「お客様、どうですか? すごいでしょう?」 健一「え、ええっ・・・。」 萌の問いかけに対しても、現実を理解するのに時間がかかっていた健一は生返事で答えを返した。 それを見越したかのように萌は発言を続ける。 萌「これが100分の1の世界ですよ・・・。ぜひ、堪能してくださいね。」 健一「うわ・・・」 萌の説明を聞き、健一は改めて自分自身の体を見つめる。 とても100分の1に縮んだようには見えないが、目の前にいる萌の姿を見ると、強制的にこの現実を受け入れざるを得ないようだった。 萌「さて、では・・・。」 自分自身に起こった状況を概ね飲み込んだ健一の背後で、突然萌が立ち上がる。 圧倒的な大きさに健一は思わず息を呑む。 と同時に、健一は言いようのない不安に包まれる。 健一「えっ!? 何、何・・・?」 健一は背後にいる巨大な萌に大きく手を振り、自らをアピールする。 健一「も、萌ちゃーん! どういうこと?」 健一は萌に手を振りながら接近を試みた。 そんな焦りの表情を浮かべた健一に構うことなく、萌は左の素足を持ち上げる。 萌の左の足の裏の様相が健一に見せつけられる。 萌の体重が圧し掛かっていたこともあり、床との接着面だったところは白っぽく変色していたが、徐々に赤みを取り戻す。 萌「さあ、私のこの大きな足を使って・・・。」 そう、萌が言葉を発した後、その巨大な足は猛然と健一に迫ってきた。 大型のダンプカーともブルドーザーともいえる巨大な肌色の物体が猛スピードで健一のいる空間へと振り下ろされようとしているのだ。 健一のいる空間は、萌の巨大な素足が作り出す影が支配し始める。 健一「うわあああ!!」 健一はたまらず、全速力で萌の右足の方向へと走り出す。 ズシイイン!! 時間にして、数秒経っただろうか。 健一の背後に物凄い重低音が響き渡り、健一はその衝撃で前のめりで転んでしまった。 健一「う、ううっ・・・。」 全長24mにもわたる萌の巨大な素足が健一の背後に鎮座していた。 健一の視線の先にはややオレンジ色に染まった肌の色とは対照的な萌の白っぽい土踏まずが見えていた。 萌「おしいっ! あと少しで踏みつぶせたのに・・・」 萌の巨大な素足に釘付けになっていた健一の耳に信じられない言葉が聞こえてくる。 堰を切ったかのように、健一の怒りは爆発した。 健一は、言葉こそ敬語を使うようにしたものの、生命の危険にさらされた恐怖感を乱暴に言葉で並べ立てた。 そんな健一の必死の形相を萌は気づいたらしく、しばらく健一の様子を見つめていた。 しかし、小さく息を吐き出すと、萌は何やら機械を操作し始めた。 萌「はぁ・・・。うるさい奴・・・。200分の1にするわよ?」 健一「はぁっ・・・?」 怒りに身を任せていた健一は、萌の発言をしっかりと聞き取れずにいた。 程なくして、健一の意識が再び遠くなる。 健一「う、ううっ・・・。」 しかし、今回はもともと縮尺が小さかったこともあったのか、健一は意識を失うまでには至らなかった。 そして、健一は頭を横に何度も振ることで、意識を正確に保とうとしていた。 健一の真横には、萌の巨大な左の素足がそのサイズをさらに巨大化させ、その異彩な存在感を放っていた。 健一「え・・・。うそだろ・・・。本当にさらに縮めたのか・・・。」 自身の小ささを実感することを優先していた健一は、このとき、周囲が闇に覆われつつあることに気が付くべきであった。 健一は、言いようのない殺気を背後に感じ始める。 健一「な、何だろう・・・」 背後を振り向こうとする健一は、何かが急速に接近していることに気付く。 ズドオオオン!! 健一「うおおっ!」 物凄い衝撃で反射的に目を瞑った健一がおそるおそる目を開けると、そこには圧倒的に巨大なヒトの足の裏が出現していたのだ。 一つの山ほどもある巨大な足の裏は、足の指の付け根付近が突き出ていて、5本の足の指が後方へと反り返っていた。 さながら、ロッククライミングの格好の練習場にも見えてしまう。 一方、床に着地している踵付近は、水分が少ないのか多少のひび割れが確認できた。 しかし、目の前にある巨大な萌の素足は何と肉厚なものなのだろうか。 むちっとした爪先部分からは、どっしりとした質量感があり、所々、光に妖しく照らされた肌からは瑞々しさをも感じることができる。 萌の巨大な足の裏をまざまざと見せつけられていた健一は、すっかり素足の虜になっていた。 健一「ん?」 このとき、萌が小刻みに巨大な素足を動かしていたことに健一は気づく。 踵をずらしたり、足の角度を変えたりと、何らかの目的をもって萌が素足を動かしているようなのだ この異様な行動に健一は徐々に不安を覚え、少しずつ少しずつ後ずさりを始めた。 萌「これでいいわね。」 ここで、健一はようやく萌の意図に気が付いた。 萌は、矮小な存在になっている健一を、踏み潰すべく素足の位置を調節していたのだ。 確かに健一の位置は、萌の素足が振り下ろされた際の中央部分にあった。 健一「し、しまった!!!」 萌「あっはは・・・。もう逃げても無駄よ?」 その瞬間、一気に萌の素足が床へと落下してきた。 健一の上空のほとんどすべてを萌の足の裏が覆い尽くす。 前方に見えるわずかな光の差す空間を目指すも、萌の巨大な素足が作り出す影がその闇を濃くしていくため、絶望的であった。 健一「ぐはっ!」 健一の頭頂部に強い衝撃が加わり、健一は強制的に前へと倒される。 間髪を入れず、萌の巨大な足の裏が健一を押さえつける。 ズッシイイイン!! 萌「よーしっ!!」 確かな感触を足の裏に感じた萌が右の素足を持ち上げると、哀れにもペチャンコにされた健一の死体が足の裏と床にこびりついていた。 萌「さて、元に戻してあげるか。復元スイッチ作動!!」 萌は大きく深呼吸すると、機械を操作し、復元スイッチを作動させる。 すると、足の裏や床にこびりついていた肉片が徐々に集まり始め、健一の肉体が再生を始めていった。 萌「お客様・・・? 私にベッタリと踏み潰されたので終了となります。お疲れ様でした!」 再生が続いている健一に萌はサービス終了を告げるも、この短い時間に起こった出来事を消化するのに精一杯の状態だった健一の耳には萌の言葉は届いていなかった。 萌「お客様、またのお越しをお待ちしております。どうも、ありがとうございました。」 こうして、ものの数分で10,000円を消費した健一は、ふらふらと足元がおぼつかないまま帰宅したのであった。