電話をしながら歩く中年の男性とそれにつきそう若い女性が、作業員風の格好で街を物色している。 静寂に包まれたその街は、人口が著しく減少していた。視線を動かせば、いたるところで建物の基盤が残った更地が見える。その基盤は、やけにキレイに残されていた。 老朽化の進んだビルが立ち並ぶ、かつてはにぎわいのあった繁華街も、道幅が広いばかりで今はほとんど車の通りもなければ人通りもない。 そして老朽化したビルは廃墟となる前に、少しずつ取り壊されていく。 「先輩、次のビルはどこでしょうか」 「んー、次はあっち。7-2」 男性が指をさす。2桁の数値とハイフンで呼称されているビル群が、1-1から10-10までずらりと並んでいる。それらは長い年月をかけて最適化された結果、すべてが同じ形状をしており景色が変わり映えしなかった。 「1-2のビルですね?」 「うん、しちのに」 手に持った資料に目を落とす男性が再度口にする。その紙切れには「7-2ビル、縮小処分」と記載されていた。 「了解です。では縮めてきます」 女性はしちのにをいちのにと聞き間違えたまま、左へ曲がった先にあるビル、通称1-2のビルへ向かって駆けていく——。 本日分の仕事を終え、男女がふたり雑居ビルのテナントから出てくる。その雑居ビルのテナントに掲げられた看板に刻まれた謳い文句には、「縮小処分」の文字があった。 ここ数年で技術は飛躍的に進化していた。とくに物体を拡縮する技術は世界に大きな変化をもたらしている。食べ物を巨大化させれば食糧難にはならないし、ゴミを片付ける時は極限まで縮めてしまえば後処理が簡単だ。 ちなみにさきほどの彼ら二人が回っていたビル群で目についた、基盤だけがやたらキレイに残された更地。あれは彼らが縮小処分した跡地である。ビルだけを選んで小さくしたのだ。 「そういえば先輩。いつものなんですけど……これ、持って帰ってもいいですか?」 「どうぞ。好きに使ってくれていいよ」 「ありがとうございます」 女性の指先には、小さなビルがつままれていた。サイズ以外なんの変哲もない、よくある高層のオフィスビル。 彼女がつまんで持っているこのビルも、役目を終えて使うことがなくなったとして処分することになったものだった。 夜。ワンルームマンションの一室。家具はほとんどない殺風景な部屋だった。テレビさえなく、置かれているのは寝具と冷蔵庫、そして電子レンジくらいだ。 彼女は帰宅して早々、つまんだビルをテーブルに退避させ、荷物を部屋の隅に片付ける。 彼女は暇を潰すのが苦手だった。だが、それはつい最近までのこと。 テレビも漫画も買うお金がない。ちまたではある無料のスマホゲームが流行っていたが、彼女はゲームも好いていない。 ふと、自分のおこないに気づく。無意識のうちに、乳首を服の上からいじって遊んでいた。 テーブルに置いたビルをチラ見した。丁寧に運んできたつもりだったけれど、だいぶ形が崩れてしまっている。 このとき中にまだ人がいる気配がした。 ——気のせいだよね。ちゃんと確認したと思うし。 これ以上崩れてしまってはもったいない。早く使ってしまおう。そう思って、衣ずれの音を響かせ始めた。服を脱ぎ始めると、晒された肌を冷気が撫でていくのを感じた。 「ビルの解体工事、始めますねっ」 下半身を恥ずかしげもなく晒した彼女が、一人暮らしの部屋でつぶやき、解体対象としてミニチュアビルをつまみ上げる。 これが、彼女が大好きな暇つぶしだ。オモチャは毎日供給されるので、お金もかからない。 ビルの中では、残業で残っていた数人の悲鳴が沸き起こっていた。 何度も縦横様々な方向に揺らされて亀裂の入ったコンクリート壁に囲まれた世界。あたりには棚から落下した書類が散乱し、パソコンデスクがあっちこっちに転がっていた。 やっと落ち着いたと思えば、ひび割れた粉々に砕けた窓ガラスの向こう側で、巨大な若い女性が自らの下半身を露出しているのが見えた。 彼女は処分予定とは異なる、しかも中にまだ人々がいるビルを縮めて、家に持ち帰ってしまったのである。 「この、えっちなプレス機で……」 自分の女性器を空いた手の指でなぞり、女性が恥ずかしさと興奮を含んだ笑みをその表情に刻む。 今からこの淫乱な——自分の体内に、このビルを入れて粉々に粉砕しようというのだ。 中にまだ居残っていた人々のことに、彼女は気がついていない。 片手でビルをつまんで性器に近づけると同時、淫らな水音が静かなワンルームに響かせて、片手の親指と人差指でその陰唇を押し開く。 彼女は誰も見ていないと勘違いし、大いにその変態行為を楽しもうとしている。息が少しずつ荒くなっていくのを感じていた。 床に膝をつく。彼女が膝立ちの状態になった。 ——これは、オフィスビルか何かかな……今まで人がせっせと働いていたその建物が、いろんな人たちが頑張って作った建物を、その中に残された痕跡ごと……私のえっちなトコが飲み込んで……あぁ……っ!! つまんだ指さえも飲み込まれてしまうくらいに、ビルをその中へと押し込んでいく。ひやりとした感覚を、その粘液をまとった内側の肉で感じ取った。 膝立ちのままおこなわれるそのオナニー。女性器からあふれた愛液がこわばったうちももを伝って膝下へと流れていく。その中にはいくらかの小さなコンクリート片が混じっていた。 股間の下のカーペットが、したたる粘液を染み込ませていく。 壊してしまわないように、ゆっくり、ゆっくりと回転をかけた。角ばったコンクリートの固まりが、彼女を内側から刺激して、興奮をかき立てていく。ビルの角が膣壁にごりごりと削り取られていく。粘液がまとわりついていく。 回転に伴い、中に閉じ込められたままの人々は左右上下のわからなくなるような事態に見舞われていたが、もはやビルは自分自身の中にある。自分の身体の内側の内側で起きている惨事など想定もしなかったし、想定するのもままならないほどに快楽で脳がとろけてしまいそうになっていた。 「いい、気持ちいいのぉ……ッ」 いったいこのビルはいくらかけて作られたんだろう。そんなことを考えて興奮を高めていく。何千万か一億か、それとももっともっとなのか。 重機や多くの作業員が集まっている空き地に、ビルが組み上がっていく様子を思い描く。この高さだと人件費も馬鹿にならないはずだ。 自分の全財産をかけても作り上げることができない圧倒的な存在。それを今、自分の膣で……体内でひねりつぶそうとしている。 ビルの内部では、耳をつんざくような地鳴りが延々と鳴り響いていた。膣壁にこすりつけられるビルが削れていく音だ。 ビルがどんどん圧縮されていくその中で、助けを求める声がそこにある。 だがそれは、一人の女性がおこなうオナニーにかき消され、叫びをあげた当の本人の耳にすら届くことはない。当然、助けが来ることはあり得なかった。 「ああ、あふぅ……んんっ!!」 彼女は自分でした想像に興奮し、膣に強い圧力をかけてしまう。膣の圧力に耐えることができなかったナカの建造物が、粉微塵になったのがわかった。 どろり、と性器から漏れ出した少量の愛液。そこにはほんの少しゴミのようなものが混じっている。ビルの欠片だったが、おそらく虫眼鏡で観察でもしないと把握はできないだろう。 無論、彼女はその粉々になった物体の中で、さらに人型の生命体が潰れてしまったことには気が付かなかった。 オモチャが消費された。もう終わってしまった。そんなふうに落胆する。 ——でも、気持ちよかった……。 高層ビルという人類の文明が築いた建造物を、膣という恥ずかしいところでなぶり、その誇りごと粉々にした。その背徳感に、彼女は酔いしれる。 そして無意識に人間の命を奪ってしまった。そんなことを知る由もなく、彼女は体をシャワーで清め、明日の仕事に備えて眠りにつく。 次のターゲットの収穫も兼ねて。