夜。スマートフォンが暗闇で点灯する。 スマートフォンの画面に表示されているトーク画面には、かわいい女の子のイラストが送付されてきていた。ポニーテールが柔らかそうな子が、サディスティックな表情でこちらを見下ろしている。中学生の私たちよりも、さらに年下に見えた。 ——なるほどなるほど。宮下くんはこういうのが趣味なのかぁ。 「これでお願い」 「OK! 任せて」 私は適当に返信して、宮下くんとのやりとりを終えた。 そのイラストには、背景が描かれていなかった。しかし、よく目を凝らすと切り抜きをした跡がある。画質があまりよくなく、見た感じ拾い画みたいだ。 首をひねる。どうしてわざわざ切り抜きをしたりしたんだろう。 ——まあいいか。女の子に見せられないようなものでも映っていたんだろう。 画像検索をしたらわかるかもしれない。そんなことを思ったりもした。別に私はアダルティなものを見てしまってもなんとも思わないから。しかし、わざわざ調べに行ってまで見たいとは思わないので、やめた。 電源ボタンを短く押して端末をスリープ状態にした。部屋の電灯を消し、布団に入る。明日のデートに備えて早めに寝よう。 日曜日の朝。目を覚ました私はすぐにパジャマを脱いで、私服に着替える。 別に服はなんでもよかった。パジャマを着ていっても問題はなかったけれど、さすがに変身するまでの間パジャマで待ち合わせるのは恥ずかしすぎる。 待ち合わせ場所に到着すると、そこにはもう宮下くんが来ていた。 「ごめん、待った?」 「おう、チカとのデート、楽しみで楽しみで待ちきれなかったわ」 他愛のない会話をして本題に入る。 私は宮下くんから料金を受け取った。お札の枚数を確認する。そこには確かに私が持ってくるように頼んだ金額があった。 「確かにいただきました。そんじゃ、ちょっと目立たないところいこっか」 宮下くんを連れて、人通りのない細い路地に入る。スマートフォンを取り出して、宮下くんから送られてきた画像を開いた。目を閉じて集中する。 「あのさっ」 「どうしたの?」 私が変身をおこなおうとすると、宮下くんが突然止めた。 「希望を変えてもいい?」 「んー、別にいいよ」 正直言えば、直前で対象を変えられると若干メンドイ。 しかし、私には根拠のない確信があった。宮下くんは間違いなく、昨日送ってきたイラストの切り抜き前を提示するはずだ。 自分で言うのもなんだけれど、私はこのデートをする相手からは結構な金額をむしり取っている。欲望を存分に満たそうとしないのはもったいない。 「じゃあ、その、これを……」 宮下くんが見せてきた画像には、予想通り昨日私に送られてきた女の子と全く同じ子が描かれていた。これが切り抜き前だということはすぐわかる。でも、私の想像とは違ってアダルティなものは一切ない。 イラストの女の子が見下す表情で見つめていたその先。切り抜きされていたのは、中心に描かれている女の子の膝にも満たない大きさのビル群と、逃げ惑う人間だった。 「こういう大きい女の子が好きでさ……」 「で、でか! 大きいなんてレベルじゃないよ! 何センチ、いや何メートルこれ? ウルトラマンよりでかくない?」 「んー、まあ500メートルくらい?」 ウルトラマンが何メートルかは知らないけど、東京タワーよりでかいのは理解する。 イラストの中では、女の子が怪獣さながらに街を破壊し、蹂躙している。これが私に求める宮下くんの希望なのだろうか。 「無理そう?」 「うーん、やったことないからわからないなあ。とりあえずやってみるよ」 大きな人間に変身したら、大きくなれるのだろうか。やってみたことがないのでわからなかった。 しかし宮下くんに好かれたい。金を取りつつもそんな心持ちで意識を集中する。 ほんのりと熱を帯びた体の細胞が組み変わっていくのを感じた。これは私の能力「変身」だ。 写真やイラストの中にいる物すべてに変身することができる。目で見ることさえできれば変身できるので、普段から男にちやほやされるために力を使っていた。 左右からメキメキという音、そして押し付けられる感覚がして——何かが砕け散った。そういえばここビルとビルの合間だった。巨大化していく過程でビルを押しつぶしちゃったのかもしれない。 でもまあいいか。どうせ変身で顔も変わっちゃうんだ。知らないっと。 変身を終えた私の視界には、いくつかの白がふわふわと漂う、一面青の世界が広がっていた。ポニーテールが風に揺れる。 視線を下に向ける。さっきまで私を見下ろしていた高層ビルたちが、自分の足元に密集しているのが見えた。まるで航空写真みたいだった。 それでも背格好は、きっとランドセルが似合う姿形になっているんだろう。 肩や腕にゴミのようなものがくっついているのに気づいて、無意識に払い落とす。街が悲鳴に包まれて、パニックが起きた。 そして気づく。今払い落としたゴミは、さっき私が自分の体で押しつぶしちゃったビルのコンクリート片だ。コンクリートの欠片が雨のように降り注ぐ様子を想像する。その惨事の恐ろしさに身の毛がよだった。しかし、その惨事を私という存在が引き起こしていると思うと、なんだか気分が爽快になった。 ——そうだ。宮下くんどこだろ。 これは宮下くんのための変身だ。宮下くんの希望に沿ったデートをする必要がある。 しゃがみこんで人ごみに目を凝らす。スカートの中が丸見えになっているけれど、どうせ私のパンツじゃないので恥ずかしくはなかった。 宮下くんを見つけ出して回収する。潰さないようにつまみ上げた彼は、表情を肉眼で認識するのが難しかった。合わせて何かを叫んでいるのは聞こえてきたけれど、何を言っているのかまではわからない。 足を動かす。あっ……と思ったときにはすでに遅く、小さなビルを壊してしまった。中にまだ人がいたのかもしれなかったけれど、現実味がまったくなかった。 一体何人の人間を殺してしまったんだろう……そんなことを考えながらも、興奮にぞくぞくとしている自分がいる。 建物が崩壊し、人々が蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。唾を呑み込んだ。すごすぎる。 矮小を極めた人間という存在と、それに対して優位な立ち位置の私。文明の利器によって地球上でもっとも繁栄しているといっても過言ではない人類よりも力ある存在になった自分に、私は酔いしれる。 宮下くんが送付したイラストを思い返す。女の子が怪獣みたいに街を壊すイラスト。 相変わらず彼の声は耳に届かなかったけれど、あのイラストっぽく街を壊せば希望に沿うことができるんじゃないかと思った私は、宮下くんを優しく包み込んで胸ポケットに入れて、行動を起こそうとする。 大きな一歩を踏み出すべく、足を持ち上げる。スカートが持ち上がり、足がスースーした。数えるのも億劫になるほどに視界に入る虫けらみたいな人間たちにスカートの中を見られているのを感じて、興奮がやまない。 思い切り足を踏み下ろす。今まで自分たちがいたはずの大通りの一角が、一瞬で私の足の下に消えた。足の触れたビルがドミノみたいに倒れる。 最高に気分がいい。学校でたまったストレスを解消するにはもってこいだ。 力の面白い使い方のきっかけを与えてくれた宮下くんには感謝しないといけない。 ぴこん、ぴこん、ぴこん。スカートのポケットに入れていたスマートフォンから立て続けに音が鳴った。トークの通知音だ。 スマートフォンに目をやると、宮下くんからメッセージが届いていた。そうか。声が聞こえなくてもこうやってやりとりすればいいんだ。 「おっぱい押し付けられてやばい。死にそう」 「乳首勃起してない?」 「つか、ポケットの中じゃ何してるのかまったくわかんないよ」 「えっち」 送られてきていた三つのメッセージを眺めながら、ぼそっとつぶやいた。私の口から出た声は、予想以上に幼い声だった。 しかしそんなことを言いつつ、胸ポケットをつんつんする私がいる。自分の乳首にかっこいい男の子を押し付けて独占しているという事実にささやかなよろこびを覚えていた。ブラはついていない。シャツを合わせた二枚の布だけで隔てた先で、彼は乳首に触れてしまっている。 てか言われてみれば確かにポケットの中じゃ私が何をしているのか彼にはわからない。もっと安全で、見晴らしのいい場所に案内してあげないと。 私はスマートフォンを地面に置く。スマホの面積だけでいくつもの車や街路樹が下敷きになったが、もはや気にしていなかった。 私はポケットから宮下くんを丁寧につまみ出すと、適当にビルの屋上に下ろしてあげる。 「どう? 特等席でしょ」 微笑みかける。するとバイブレーションとともに、スマートフォンからまたメッセージの受信を伝える通知音が2回ほど響いた。 直に街に置かれていたスマホがバイブレーションによって振動したことにより、近くのビルのガラスが飛び散る。 「すごいな。これチカがやったの? めちゃくちゃじゃん」 「てか、スマホのバイブやばいな。地震みたいだ」 「マジで? ちょっと通話かけてみてよ。出ないけど」 私はわざとスマートフォンを移動させる。比較的まだ壊れていない街の一角に置いて、通話がかかってくるのを待った。 やがて、スマートフォンが振動する。音と振動のコンビネーションでどんどん高層ビルのガラスが割れ、コンクリートの壁に日々が刻まれる。あちこちで黒いつぶつぶが動かなくなった。あまりの振動に、人間たちが立っていられなくなったのかもしれない。 スマホが振動するだけで窓が壊れてしまうなんて、なんてもろいんだろうと思った。私は嗜虐心がくすぐられていく。 着信を示していた画面が消灯した。しかしまたすぐに点灯する。そこには「画像が送信されました」のメッセージ。 しゃがみこんで地面に置いたスマホを持ち上げる。一緒に少し土を削り取ってしまった。 トークを開くと、新たな画像が添付されてきていた。その画像は全裸の巨大な女子高生が、ビルにまたがってよがっているイラストだった。 宮下くんを乗せたビルの屋上に顔を向けて叫ぶ。 「ちょっ、へんたい! えっち、すけべ!」 なんとも思わないつもりだったけど、思わず声を出して取り乱してしまう。 「今、近くを飛んでたヘリがポニテに当たった」 私が言うのとほぼ同時に、何事もなかったかのようにメッセージを送りつけてくる宮下くん。先ほど彼がいる方向に振り返ったとき、ポニーテールが大きく揺らいだのでそれに激突してしまったのかもしれない。まあ、私にはまったく感じなかったけど……。 「やってみてよ。ビル跨いでさ」 「えー、でも昨日言ったでしょ。何度も変身するの疲れるんだよ」 えっちなことをやらされること自体は構わない。だってそれを含めてのデートで、その上で出してもらっている金額だから。 「じゃあそのままでいいから脱いでやってみようぜ」 スマホのトーク画面を眺めつつため息を吐く。宮下くんの押しに負けた私は唇をとがらせながら、しょうがないなぁ、なんて漏らしながら両手を反対側の腰に回して、上着とシャツを一緒に脱ぎ捨てる。街に放り出された服は、ビルを押しつぶしていった。 ブラはついていないので乳首がそのままあらわになる。ちょっと寒い。 続いてスカートから足を抜き取って、そしてパンツを脱いだ。冷えた空気がおまんこをくすぐっていく。 「じゃあ、いくからね。ちゃんと見ててよ」 私はまたスマホを地面に置いた。 私はちょうどまたぎやすい大きさのビルを見つけ出すと、大きく片足を上げて跨いだ。着地した片足が、当たり前のように人間たちを踏み潰す。私はもはや何も思わなくなっていた。 ゆっくりと腰を下ろしていき、最期には膝立ちになってしまった。ビルの屋上の備え付けの貯水タンクや落下防止の柵が私の股間の下でひしゃげた。 「んっ……」 鉄筋コンクリートが上げる悲鳴を聞く。体重をかけて座ってしまうと潰れてしまうので、私は少し浮かせた股間で何度も屋上を行ったり来たりした。 頑丈なはずの建物が、ごりごりと私の股間で削り取られていくのがわかる。ふと、ビルにはまだ人が残っていたかもしれないなんて思った。けれどもう理性が吹っ飛びかけていて、自分の意志で股の動きを止めることができなくなっていた。 はぁはぁと荒い呼吸を繰り返しながら、ビルに乗っかった股間を前後させる。少しずつビルの背丈が低くなっているのを感じた。私がすり潰してしまっている。 「あ、ああぁ!! 気持ちいい……気持ちいいよぉ……」 スマホが何度か通知音を響かせ、そしてバイブレーションで地震を起こしていた。宮下くんも興奮してくれているのかもしれない。 私が気持ちよくなって、それを宮下くんに楽しんでもらう。それだけのためにビルが使われて、街が使われて、壊れて廃墟になる。なんだかおかしかった。 やがて脳天に突き抜けるような電撃が走る。気が付いたときには私の股間にはぐしゃぐしゃに潰れたビルの残骸がこびりついていた。その下にはねばついた粘液溜まりがあって、ビルの残骸をひとまとめにしている。 私はちゃんとスマホを回収してから元の姿に戻る。少し通話で宮下くんと話をした。少し離れすぎてしまったので今日はこれでお開き。宮下くんとは現地解散だ。 通話を切る。あたりにはえっちな臭いが充満していて、自分でもちょっと嫌な気分になった。しかし、このえっちな臭いを何人もの人たちが嗅いでいるのだと思うと再び興奮が高まってきて、いつの間にかその嫌な気分も相殺されていた。 ふと、心が冷める。冷静になって壊れた世界を見た。 廃墟と化した街と、そこにいる私。ビルはほとんどなぎ倒され、あるいは粉々にされ、あたりは都会とは思えない殺風景になっていた。変身前は山なんて見えなかったのに、今はどちらを向いても山が見える。 警察や消防のサイレンが鳴り響く非日常がここにはある。この非日常を作り出したのが私なんだ。そう思うと、まるで耳元に新しい心臓ができたみたいにバクバクしてくる。 やりすぎた。私はとんでもない罪を犯してしまったのかもしれない。息が荒くなる。 だけど同時に、大きな征服感が芽生えてきた。 「はぁはぁ……」 少しくらいなら……続きをやってもいいよね? 「こういうおっきな女の子の画像って、どういうサイトで拾えるの?」 私はほとんど無意識で、宮下くんにメッセージを飛ばしていた。