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グラスの願望
日々トレーニングと学業に励み、ターフを駆けるウマ娘たちが通うトレセン学園。
その中でも国内最高峰である中央のトレセン学園に通う生徒の中に彼女、グラスワンダーはいた。
見目麗しい栗毛に、白い星のような前髪の流星。普段は大和撫子然としたたおやかな雰囲気ながらも、レースに対する熱い想いは本物。
かつて脚に大きな怪我を負って一度レースから遠ざかっていたものの、リハビリによりそれを乗り越えてターフに舞い戻り、「不死鳥」の二つ名をほしいままにする彼女は中央トレセン学園でも有力なウマ娘である。
グラス「はぁ……」
そんな彼女には、最近生まれたとある悩みじみた願望があった。
グラス「大きくなって、「楽しみ」たいです……」
それは、巨大化願望である。
しかも、数メートルだとか数十メートルどころではなく、街だって自らの影に覆ってしまえるほどの大きさの。
なぜそのような願望を持つに至ったのか、それは過去の体験と先日のスペシャルウィークによる出来事が関係していた。
かつてウマレーターで接続したウマネストという幻想世界で、ウマ王として君臨していたゴールドシップとの決戦。
ゴールドシップの最終兵器ゴルシ城に対して、グラスは特殊アイテムの多数使用による巨大化という手段を取った。
その効果は凄まじく、巨大で頑強なゴルシ城を小さすぎて見失ってしまい、探そうと歩き出したら偶然にもその一歩であっさり踏み潰してしまったほどである。
実は152センチメートルと小柄で、彼女を含めたいわゆる「黄金世代」と呼ばれる5人の同期のウマ娘達の中でも、グラスは最も身長が低い。
そんな周囲を見上げることが多い彼女にとって、雲を突く巨軀となってすべてを眼下におさめる光景は、鮮明に心に焼き付いていた。
そして理由の2つ目。
まだ記憶に新しい、ウマレーターから戻ったスペシャルウィークが規格外のチカラを見せたあの出来事。
体育館の床や壁に、何気ない動きで風穴を開けた彼女のチカラに対して、その時は正直に言って恐れ慄いていた。自分では抗うことができないチカラを目の当たりにし、根源的な恐怖を覚えもした。
結果として、その場でのスペの弁と彼女元来の仲間想いで優しい性格により、いまでは恐怖の感情はさっぱり無くなっている。
でもひとつだけ、その日からグラスの心に残ったモノがあった。
それが、圧倒的なチカラに対する崇拝にも似た羨望である。
それはグラスの巨大化の記憶と共鳴し、自らが圧倒的なチカラを振るいたいという願望。とりわけ巨大化願望としてグラスの心を魅了していった。
グラス「ふぅ……」
最近グラスは、その想像に浸ることが多くなった。
放課後の教室にはもう誰もいない。ターフでは今日も、レースのために多くのウマ娘たちがトレーニングやその準備をしている頃だ。
自らも向かうべきだろうが、最近は願望が徐々に強くなり、こうして想像で発散してからでないと身が入らなくなってきてトレーニングの効率が落ち始めてしまった。
グラス(ああ……ビルを踏み潰してみたい。街をめちゃくちゃにしてみたい。叶うならば、国も、星も、全てを私の手で……)
机の上で手を組みながら、今はただひたすらに願う。
こうして自分が巨大になり、そのチカラを振るう想像をするだけで、顔が紅潮し心臓が高鳴る。
実際のところ、グラスの願いは叶えようと思えば叶うものである。
そして、彼女もそれは分かっている。
ウマレーターから、少なくともウマネストやスペが行っていたという仮想世界にダイブすることで実現は容易だ。
ではなぜ実行に移していないか。その理由は単にひとつ、自分からそうすることに恥じらいがあったからだ。
グラスだって……などというと凄みのある笑顔を向けられるかもしれないが、年頃のれっきとした乙女なのである。
特に奥ゆかしさを是とする大和撫子を地で行くグラスは、自ら積極的にそのようなことをするのをはしたないと考え、大きな抵抗があった。
楽しげにウマレーターでの出来事を話していたスペも、当初は恥ずかしさがあったというのだから、グラスであれば尚更だろう。
それゆえこの願望が芽生えたばかりのうちは自制が効いていたのだが、日々を過ごすうちに大きくなる願望は、とうとうトレーニングに影響を及ぼさんというほどになってしまったのだ。
グラス(でもそろそろ、トレーニングに向かわないといけませんね……)
気もそぞろに、グラスは想像の世界から意識を戻した。荷物をまとめ、外に向けて移動を開始する。
グラス(……せめて、何か外からきっかけがあれば)
吹っ切れてこの心のモヤも発散できるのに……と詮無きことを考える。
昨日のこの時間よりも浮かない顔で、やや俯きながら教室を出て廊下を歩いていた、その時であった。
「やぁやぁそこの物憂げな君!」
正面からそんな声が聞こえる。グラスが顔を上げるといつの間にか、白衣を着たウマ娘がそこにいた。
グラス「……え?私ですか?」
急に声をかけられるようなことをした覚えはない。が、周囲には自分とこのウマ娘しかいない。
困惑と少しの警戒をもって、グラスはそのウマ娘に返事をした。
「そう、君だよ!君、ちょっと実験の被験者にならないかい?」
警戒心が増した。
グラス「うーん……いきなりそういう話を受けるわけには……というより、あなたは誰なんですか?」
なにやら物騒なことを語り出したウマ娘に対してやや身構えるグラス。
みたところ上級生であろうが、グラスにしてみれば、いきなり被験者になってくれなんて言われてハイ分かりましたと言えるはずもない。
とはいえにべもなく断るのも違う、まずは話をちゃんと聞くところからだ。
「おっと失礼!私はアグネスタキオンといってね。ウマ娘の持つ「可能性」を追い求めて日々実験を行なっている」
グラス「はあ……」
そういえば、高等部の先輩に日常的に実験を繰り返し、問題行動を起こして注意されてばかりのウマ娘がいるという話を聞いたことがある気がする。
名前や外見までは聞いていなかったが、彼女がそうなのだろうか。
タキオン「見た感じ私よりは下級生かな?気軽にタキオンさんとでも呼んでくれればいいよ。まあ、なんだ。単刀直入に言うけど、君はウマ娘の限界の先というものに興味はないかい?」
いまだに怪しさは拭いきれないが、自己紹介もされたのだし、グラスもきちんと話をすることにした。
グラス「タキオンさん、ですね。ありがとうございます。私の名前はグラスワンダーです。それでええっと……ウマ娘の限界の、先ですか?」
自己紹介を返して、話を促す。
タキオン「ふむ、ではグラス君と呼ばせてもらうよ。そうとも!まず前提だが、我々ウマ娘は、ヒトよりもずっと速く駆けたり、重いものでも生身で扱えるなどといった強い出力を持っている。しかし、骨格が酷似しているヒトとウマ娘で、こうも身体能力に差が出るのはなぜか考えたことはないかい?」
グラス「……たしかに、言われてみると不思議ですね」
グラスにとっては、思ったより興味のある話のようだった。
ヒトとウマ娘の体の構成に、大きな違いはない。外見上も、せいぜいヒトの耳がない代わりにウマ耳と尻尾がついているくらいだ。
聴覚などの五感がヒトより鋭敏であることについてはともかく、身体能力にここまでの差があることへの説明にはならないだろう。
タキオン「そこで私はウマ娘としての力を引き出す、私たちが感知できていない何かがあると考えた。その何かをより引き出すことができれば、ウマ娘の限界の先……私の言う「可能性」を見ることができるのではないか、そんな研究を私はしているのさ!」
タキオンの言っていることは、なんとなくであるがすとんと胸に入ってきた。
グラス「なるほど……タキオンさんの話は分かりました。それで、私に被験体になってもらいたいというのは?」
タキオン「うむ、先ほどそれを一時的に引き出せるかもしれない薬が実験で出来上がったんだ。グラス君には、それを飲んでもらいたいと思いこうして声を掛けさせてもらった」
タキオンの言っていた被験体というのは、その薬を飲むことなのだろう。
目的はわかったグラスだが、まだ疑問も残る。
グラス「それは魅力的ではありますが……なぜ私に?」
タキオン「君が廊下で物憂げな表情を見せていたからだよ。トレーニングかレースの事で何かしら悩んでいたのだろう?そんな悩みもこの薬で解決できるかもと思ったのさ」
なんと、グラスは傍から見てもわかるほど思い詰めた顔をしていたらしい。つまりタキオンは自分の実験のためでもあろうが、善意の気持ちもあってグラスに声をかけたということだ。
それについては感謝を述べるべきであるとグラスは理解はしているものの……内心は冷や汗が止まらなかった。
間接的には彼女のトレーニングにも影響が出ていたので間違ってないのだが、本当に悩んでいたのは--
グラス「あ、えっと……はい、協力させていただきます……」
タキオン「ハッハッハ!協力ありがとう!なに、損だけはさせない事を約束しよう!」
巨大化についてなんです、なんて本当の理由を言えるはずもない。
不安な気持ちと申し訳なさがあったが、本当の理由は隠し、話を合わせるために実験に参加することにした。
それに、個人的にタキオンの話には興味はある。
ウマ娘の限界の先にあるものとは一体何なのか、そしてその果てを見てみたいとも思った。
やや後ろめたい気持ちはあったものの、悪いことばかりでもないだろうと気を持ち直し、改めてタキオンに向き直る。
タキオン「では早速行こうか。こちらへ来てくれたまえ」
グラス「はい」
タキオンに連れられて、校舎を後にする。向かう先は、旧校舎の1階に位置する部屋であった。
グラス「ここが……」
タキオン「うむ、私の研究室だ。まあ無断のだがね。さ、中に入った入った」
グラス「お邪魔します。わぁ……見たことないものがいっぱい……」
タキオンの研究室はまさに圧巻だった。
数々の薬品が棚の中に所狭しと並び、中には怪しげな色をした液体が揺れている容器もある。
タキオン「では、グラス君。そこに座ってくれたまえ」
グラス「わかりました」
タキオンはグラスを部屋の窓際にあるソファに座らせ、机の上にあった1つの薬品を手に取り、グラスに差し出す。
タキオン「これがその薬なのだけれどね。さ、グイッといってくれ」
グラス「はい。では……」
グラスは差し出された試験管を受け取る。
見た目は水のような透明感のある普通の液体で、においも特に感じない。
飲むことへの抵抗がなかったので、グラスは試験管の中身をそのまま一気に飲み干した。
タキオン「どうだい?気分が悪くなったりとかはしていないかな?」
グラス「……いえ、大丈夫ですよ。ちょっと甘い味がしましたが、普通に飲めました」
タキオン「そうか、それは良かった。これで少し待てば、変化が現れるはずだよ」
すぐに影響が出るわけではないらしい。とりあえず、しばらく待つことにする。
グラス「ところで、タキオンさん」
タキオン「うん?なんだい?」
グラス「タキオンさんは、ウマ娘の限界の先を見たいと仰っていましたよね?」
ただ黙ってじっとしているのもこそばゆかったグラスは、タキオンと話をすることにした。
タキオン「ああそうだよ。それがどうかしたかい?」
グラス「どうしてそこまでこだわるようになったんですか?」
タキオン「ふぅン……そうだねぇ。私は生まれつき脚の強度が平均よりも極度に低くてね、走ることには向いていないと言われていたんだ」
グラス「脚の強度が……?」
生まれつき脚が脆いことは、レースで走ることを歓びとするウマ娘にとっては至上問題である。
競走バとしての道を歩むにしても爆弾を抱えるようなものだし、走ることを諦めるにしても心に燻ったものを残したまま生き続けることになる。
どちらにせよ平静にいられる道のりではない。そんな宿命を、タキオンは背負っているというのだ。
この先輩を見る目を改めなければならないと、グラスはそう心に思った。
タキオン「ああ。……それでも、私は諦めなかった。諦めたくなかった。ウマ娘としての可能性を信じて、あらゆる研究や実験、考察を繰り返した。その結果、私はウマ娘という存在が持つ「何か」があると結論付けたわけだ。すべては自分が自由にレースを走れるようにするため。そのために、限界の先を見たいのさ」
タキオンは、自分のルーツと研究に関わることをグラスに話し始めた--
タキオン「--そうして、私は「願望」こそがウマ娘の根源であると仮説を立てたんだ。レースで走ることへの、ただ1人の勝者になることへの強い渇望。それがウマ娘としての能力を引き出す、何よりの原動力であるとね。この薬は、その「願望」をより強く引き出し、一時的に実現する薬となるはずだ。もちろん通常のウマ娘に対して投与してもドーピングでしかないから、私の目的はそれではない。君のような伸び悩むウマ娘が、再びレースへの姿勢を取り戻すきっかけ。私のような満足に走ることが叶わぬウマ娘の望みに、体を応えさせるきっかけ。そういう薬でありたいのさ。……っと、まあこんなところだよ。話が長くなってすまないね」
グラス「いえ、とても身に沁みたお話でした。聞かせてくださりありがとうございます」
タキオン「ハッハッハ!そう言ってもらえると助かるよ。さて、成功していればそろそろ効果が出てるはずだ。どうだいグラス君、体が軽くなったような感覚はあるかな?」
タキオンの話に聞き入っていたが、もう結構な時間が経ったらしい。
グラスは何か変化がないか、少し立ち上がって歩いたり、腕を振り上げてみる。しかし……
グラス「……えっと、その、タキオンさん。言いにくいんですけども……」
言い淀むグラスに、タキオンは察したのか苦笑いを浮かべる。
タキオン「……そうか、今回も実験は失敗かな」
グラス「申し訳ありません」
タキオン「君が謝ることではないさ。そもそも成功する前提ではないからこその実験なんだ。グラス君には時間を取らせてしまったし、迷惑もかけてしまったね。むしろ謝るのはこちらの方だ」
グラス「いえ、そんなことは」
タキオン「いやいや、いいんだよ。さて、迷惑をかけたお詫びにせめて外まで送っていこう。ついてきてもらえるかい?」
グラス「……はい、ありがとうございます」
タキオンの説明が正しければ、この薬はどんなウマ娘にも多少なりとも効果を与えるはずであった。だが、体が軽くなるなどの変化は特に見受けられなかった。
身の上話を聞き、彼女に共感していたグラスは力になれなかったことに申し訳なさを抱く。
そしてタキオンについていこうと彼女の側へ歩いていくが……そこでふと違和感を覚えた。
それは、タキオンも同じようだった。
タキオン「……ん?君、そんなに背が高かったかい?」
グラス「えっ……?」
グラスは、タキオンを「見下ろしていた」。
先ほどまでは、タキオンはむしろグラスより数センチ高身長だったはずだ。
それが、なぜかこの短時間でグラスの身長が伸びていたのだ。
グラス「き、きのせい、ですかね?」
タキオン「……いや、信じがたいがそうでもないだろう。私たち2人とも感じているのなら、それは事実だ」
いつのまにか頭半分ほどグラスがタキオンの身長を上回っていては、さすがに気のせいの言葉一つで片付けることはできない。
しかも……
タキオン「なあ、グラス君……今も大きくなり続けていないか?」
グラス「は、はい……そのようですね……」
その異変は、今なお続いていたようだった。
グラスは今気付いたのだが、体全体が熱を帯びているような感覚があった。
鼓動のたびに、体が大きくなっていく。何かが体の奥底から飛び出してくるかのように。
タキオン「これは……先ほどの薬のせいなのか?だが、こんなことが起こるなど想定もできなかったが……」
グラス「うぅ……っ!」
タキオン「大丈夫か、グラス君!」
グラス「はぁ、はぁ……大丈夫、でしゅ……きゃっ!?」
ぼんやりと夢を見ているような感覚のグラス。
なんとかタキオンに返事をしたものの、その直後に巨大化した体が天井に到達し、頭を打ち付けてしまった。
不意の衝撃を受けたグラスは体勢を崩し、強かにお尻を床へ打ちつけてしまう。
ズン!
その衝撃はタキオンの研究室を揺らし、机の上や棚に置かれていた薬品がコトコトと音を立てる。
お尻の下では、さっきまでグラスが座っていたソファがぺちゃんこになり、中身を撒き散らし無惨な姿を晒している。
グラスの巨大化は徐々にそのペースを増し、もうしばらくすれば研究室をその体で埋め尽くすのではという勢いであった。
タキオン「ぐ、グラス君……すまない、損はさせないと約束したのに、こんなことに……」
タキオンは巨大化に巻き込まれないよう距離を取りつつ、グラスへ謝罪する。
タキオンからすれば、グラスを実験に付き合わせたせいでこんな状況にさせてしまい、彼女の内に困惑やタキオンへの怒りがあって当然であると考えていた。
しかし、グラスの心には、そのような感情はなかった。
始めこそ困惑が占めていたものの、少し時間が経ち自分の状態を飲み込んだ今は、むしろ喜びの念すら浮かびはじめていた。
グラス(私の体が、大きく--)
周りの景色が小さくなっていく。その事実に、グラスは巨大化願望をせき止めていた恥ずかしさが少しずつ薄れていくのを感じていた。
徐々にぼんやりとした感覚がなくなり、意識が鮮明になっていく。
タキオン「グラス君……」
グラス「……大丈夫ですよ、タキオンさん。むしろ、これが本当に私が望んでいた事です」
タキオン「……えっ?な、何を言っているんだ君は?まさか、この状況を受け入れているというのか?正気とは思えないよ……」
思ってもないグラスの言葉に、戸惑いを隠せないタキオン。眉尻は下がり、頭の上の耳もぺたりと垂れている。
対するグラスは、僅かに興奮を孕んだ表情でさらに話を続ける。
グラス「受け入れるというより……実は私、レースやトレーニングではなくて、最近巨大化したいっていうことで悩んでいたんです。それは、黙っていて申し訳ありません。本当は心に秘めたままにするつもりだったのですが、でもまさかこんな急に訪れるなんて思いもせず……♪」
タキオン「の、望んでいたことだったのかい……?ならば私の実験は失敗とはいえ、君の役には--望んで……?」
突然の告白であったが、なんとかタキオンにもグラスの話が理解できた。
特殊な状況ではあるものの、グラスにとっては嬉しいことらしい。
少しだけ安堵の表情を浮かべたタキオンは……自分の言葉を反芻し、改めて考え込む。
タキオン(彼女はトレーニングやレースでなく、巨大化したいという「願望」を持っていた。悩んでいたというが、おそらくそう見て間違いないだろう。そして私の薬は「願望」を引き出し、実現する効果を持っているはず……)
タキオンの目の前には、すでに常人の5倍ほどの大きさのグラスがいる。
立ち上がらずとも天井に頭がつきそうになっている彼女は、しかし幸せそうであった。
タキオン(まさか、実験は成功していたのか!……しかし、彼女の言う巨大化とは、どこまで--)
--ギギッ、ミシミシミシ
思考の海に沈むタキオンの耳に、研究室のいたるところから木材の軋む音が入ってくる。明らかな異音にタキオンはハッとして、現実に意識を戻さざるを得なかった。
グラスの巨大化により、研究室そのものが悲鳴を上げ始めたのだ。
このままでは研究室が崩壊してしまいかねない。
タキオン「と、ところでグラス君!巨大化という夢ももう叶ったのだろう?私は今すぐ君を元に戻す薬を作れないか試してみる、研究室が壊れる前に一度外に出てもらえないだろうか?」
研究室が壊れては、自分の研究も台無しになってしまうし、何よりグラスを戻す薬の開発もできなくなってしまう。
だからこそグラスに外に出るよう頼んだのだが--
グラス「ぁっ……すみません、ちょっと動けないみたいです……」
タキオン「へっ……」
再びの思ってもない返答に、固まってしまうタキオン。
グラスもタキオンの手前、一度興奮していた気持ちを鎮めて……少し、焦りのような感覚を覚えていた。
ここはウマレーターの仮想世界ではなく、紛れもない現実の世界。仮想世界ならばこの状況を心から楽しめるが、現実で自身の願いのために、取り返しがつかないかもしれない破壊をするのは、グラスにとっては本意ではない。
取り返しがつかない「かもしれない」なのは、なんとかできそうな友人を1人知っているからだが。
グラス「姿勢、変えられなくて……突き破っちゃいそうですっ……!」
タキオン「そ、そんな……」
グラスの脚が薬品の入った棚を押しのけ、試験管やビーカーなどの容器が地面に落ちて割れる音が研究室に響く。
薬品が散乱する様を見て、タキオンへの申し訳なさが募るグラスだが、今は固まっているタキオンの安全を確保するのが先決であると判断した。
グラス「タキオンさん!ここは危ないです!急いで旧校舎の外まで逃げてください!」
タキオン「ぁっ……わ、分かった!すまないグラス君!」
グラスの呼びかけに反応したタキオンは、再度謝罪の言葉を述べ研究室から飛び出していった。ひとまずこれで巻き込まれることはないだろう、そう判断したグラスはほっと一息をつく。
しかし、そうしていられたのは束の間であった。
グラス「謝るのはこちら側なんですけども……さて、どうし--きゃあっ!?」
ズズズズズ!メキメキメキイ!
ズドオオオ!!
タキオンが研究室から離れたその直後、巨大化のペースが格段に増した。限界を迎えていた研究室の壁をグラスの脚が、天井をグラスの頭が突き破り、外からも異変が感じ取れるほどの破壊音が周囲を支配する。
勢いは衰えることなく、ついにグラスの体は旧校舎の屋上を超え、外壁を破壊し、太陽の下にその姿を現す。
あっという間に50倍、76mの大きさに巨大化したグラス。旧校舎の一部を瓦礫の山に変えたところで、その巨大化は一度落ち着きを見せた。
女の子座りで瓦礫の上に佇みぽかんとしていたグラスは、状況を飲み込むとあわてて周囲を見渡す。
急激な巨大化で、タキオンを巻き込んでいないか。そんな不安に駆られていたが、少し離れたところにタキオンの姿を発見したため、安堵の表情を浮かべる。
タキオン「グラス君!大丈夫かい!?」
グラス「タキオンさん、良かった……はい、大丈夫です。でも研究室が……」
タキオン「なに、確かに私にとっては重要なものではあったが、それは君と私の無事あってこそだ!それに、研究の内容だってある程度私の頭に入っている……薬品さえまた揃えることができれば、まあ、なんとかなるだろうさ。--それより、この状況をどうすべきか考えないといけないねぇ」
言葉を交わしながら、周囲に意識を向けるタキオン。
放課後、多くのウマ娘がトレーニングのため外に出ているこの時間に、旧校舎の方からとてつもない轟音が響き渡ったため、誰もが驚きそちらに目を向けていた。
すると視線の先に、座っていても校舎より高いところに顔があるような、巨大なウマ娘がいたのだ。
研究室の存在を知っており、一部の「またタキオンか」と呆れる学園関係者以外は、それはもう大騒ぎである。
さらに、トレセン学園周辺の住人からも彼女の姿が確認できたため、同じくその騒ぎは外部でも広まることとなる。
夕方にはまだ遠い昼下がりの光景に、目を疑う人は多くとも見間違える人はただの1人もいなかった。
どうすれば事態の収集がつくか必死に考えるタキオンであったが、グラスには1人だけ、依然としてこの状況をなんとか出来るであろうウマ娘が脳裏に浮かんでいる。
そしてそのウマ娘もまたこの騒ぎに反応し、真っ先にグラスの下へと駆け出していた。
スペ「グラスちゃ〜ん!」
グラス「スペちゃん!」
グラスワンダーの同期であり、親友でもライバルでもあり、そしてあの日から理外のチカラを得たウマ娘、スペシャルウィーク。
体育館の壁や床を片手間に破壊し、また復元できるほどの彼女なら、この騒動もなんとかなかったことにできるのではないだろうか。
タキオン「ま、待て待て君!危ないから、近づいてはダメだよ!」
グラス「いえ、タキオンさん、彼女は……スペちゃんは大丈夫です。むしろ彼女なら、この事態も解決できると思います。少し彼女とお話をさせてください」
タキオン「そ、そうなのかい?……えーと、君は……」
スペ「はい!スペシャルウィークです!私は絶対に大丈夫なので、どうかグラスちゃんとお話させてもらえませんか?」
どうやらグラスとスペの間では、この状況をなんとかする算段があるらしい。
皆目検討もつかないが、タキオンはしばし考え、彼女たちに委ねることとした。
タキオン「スペシャルウィーク君か……うむ。確かに私には、今どうすべきか正直なところ考えがちっとも浮かばない。君たちが大丈夫というのなら、分かった、2人で話し合うといい」
スペ「はい!ありがとうございます!」
グラス「ありがとうございます、タキオンさん」
タキオン「いや、礼を言われるほどのことではないさ……さて、2人とも。私は、せめて他のウマ娘たちが近づかないように、なんとか説明をしてくるとするよ」
そう言ってその場を離れ、多くのウマ娘が集っていたターフへ向かうタキオン。2人はそれを見届けてから、話し合いを始めた。
スペ「それでグラスちゃん、なんで大きくなっちゃったの?」
グラス「えっと、あの白衣のウマ娘さん。アグネスタキオンさんって言うんですけど、その人の実験に参加して--」
グラスから一通りの話を聞き、スペも状況を把握する。
グラスが巨大化願望を持っていたことにはスペも驚いたが、最近悩んでいた様子だったのはそれだったのかと、話を聞いてあげられなかったことを悔しく思う。
笑うことはしない。自分もきっかけの一つであるみたいだし、チカラを振るうことの楽しさも、それを我慢しようとする彼女の性格もよく知っているから。
そして次が本題、この状況をスペはなんとか出来るのか、ということである。
グラス「--ということなんですが、スペちゃん……私が壊しちゃったところ、直せますか?」
スペ「うーん、私がやったことじゃないから試してみないと分からないけど……とりあえず、その旧校舎を直してみたいから一度離れてみて!」
グラス「ええ、わかりました」
グラスは出来るだけ被害を広げないように、姿勢を低く保ったままそっと抜け出す。
動かした脚や体が旧校舎に少しぶつかり、破壊音とともに瓦礫を増やしてしまったが、それ以外は特に被害もなく瓦礫の山から広いスペースに移動することができた。
グラス「移動できました。スペちゃん、お願いします」
スペ「うん!」
何もない空中を見つめて指を滑らせるスペを見守るグラス。聞いた話では「コントロールパネル」なるものが浮かび上がっているらしいのだが、生憎この目で確かめることはできないみたいだ。
現状ではスペのチカラが頼みの綱であるため、グラスは内心うまくいかなかったらという心配があった。
しかし今回は杞憂だったようで、やがてスペが何かをタップするような動きをすると、かつての体育館の時のように一瞬で旧校舎は元の形を取り戻す。
スペ「あっ、元に戻せたよグラスちゃん!」
グラス「ほっ……そうみたいですね。ありがとうございます、スペちゃん♪」
スペ「いいのいいの!それにしても、私が壊しちゃったものじゃなくても戻せるんだ……不思議だな〜」
グラス「スペちゃんでも分かってないことがまだあるんですね。今度、いろいろ試してみましょう?」
スペ「うん!まだよく見てないものもたくさんあるし……みんなと一緒に、いっぱい調べようね!」
思っていた通りの結果が得られて、ひとつ心配がなくなり和気藹々の2人。
そこに、血相を変えたタキオンが急ぎ足で戻ってきた。
タキオン「ふ、2人とも!さっきこっちの方で崩れる音が--なっ……」
戻ってきた。が、グラスの横で何事もなかったかのように元通りになっている旧校舎を見て、よく分からない体勢のまま固まってしまう。
状況が飲み込めないタキオンに、2人は声をかける。
スペ「あっ!えっと、タキオンさん!元通りにできましたよ!」
グラス「タキオンさん、ご迷惑をお掛けしました。念のため、タキオンさんの研究室も確認していただけませんか?申し訳ありませんが、私には小さすぎて中が見えなくて……」
タキオン「あ、ああ……」
生返事をしたタキオンは、ややふらついた足取りで研究室に向かう。
しばらく2人が待っていると、タキオンが旧校舎から姿を現した。
タキオン「……戻っていたよ」
信じられないものを見たような顔でタキオンが告げる。
実際信じられない光景だったのだろう。グラスの体が研究室を、旧校舎を破壊する様を誰よりも近くで目の当たりにしたのだから。
グラス「良かったです、あとは周りの方々を鎮めることですね♪」
スペ「あれ?グラスちゃんを元に戻すんじゃないの?」
グラス「……えっと、それは後で……そう、タキオンさんが薬をつくってくれるそうなので、今は大丈夫ですよ?」
タキオン「う、うむ。そのことを違えるつもりはないが……研究室も無事のようだし、今すぐ取り掛かることも可能だぞ?」
グラス「い、いえ!まずは周りの方に、もっとしっかり説明しないと!」
どこかアセアセとしているグラス。確かに周囲に状況を説明して落ち着いてもらうことも大事だが、グラスの本音はそこではない気がした。
察するに……
スペ「……?もしかしてグラスちゃん、まだあまり元に戻りたくなかったりする?」
グラス「ぁぅ」
図星である。
2人にはすでに話したことだが、グラスは長らく巨大化願望を抑えていた。事故のようなもので、まだ事態が解決していない現状は不謹慎だと分かってはいるが……まだ満足には遠く、この巨大化を堪能していたい気持ちがあった。
それをスペに見抜かれたグラスは顔を赤くして、両手で顔を覆う。その様子は、悪いことを咎められて体を縮こませる子供のようであった。今は誰よりも大きいのだが。
タキオン(--何?まだ、満足していない?)
そんな2人をよそに、タキオンは2人の会話を聞き思案顔になる。
タキオン(そんなはずはない。あの薬は、一時的でも「願望」は余すことなく引き出せるものだった。事実、こうして巨大化という非現実的な物事ですら現実のものとなった。
つまり薬が正しく作用していたのは確かだが……それで満足できていないという結果はあり得ない!)
ならば、他に何か原因があるはずだ。
薬はやはり未完成で、中途半端な効果だったのか?可能性としてはそれが最も高そうだが、どうもしっくりこない。
効果が中途半端なら、今ごろグラスの大きさだって元に戻って--
タキオン(っ!そうだ!よく考えたら、なぜグラス君の大きさはまだ元に戻っていない!?元に戻る薬など作らなくとも、こんな大それた効果は長続きなどしない!もし中途半端な出来であるなら尚更だ!
……前提が違うはずだ。やはりあの薬は成功していて、それでもグラス君の「願望」は途中までしか引き出せなかった。だが効果自体は切れず、彼女の体は大きいまま。
そして今の彼女は、まだ元に戻ることを心の内では拒んでいて……ッ!)
ここまで考えて、タキオンの中に一つの考えが浮かぶ。それはあまりに信じがたい内容であるが、しかし今起きていることへの説明がつく。
すなわち--
スペ「--さん?タキオンさん!」
タキオン「ッハ……ど、どうしたんだいスペシャルウィーク君?」
思考の海に沈むタキオンに、スペから大きな声がかけられる。突然のことにタキオンは思考を中断し、スペに向き直った。
スペ「えっと、タキオンさんがずっと固まってたのと、これからどうするかグラスちゃんと決めたので……あと、私のことはスペって呼んでいただいて構いませんよ!」
タキオン「あ、ああ分かった。ではスペ君、方針はどうなったんだい?」
スペ「私はやっぱりグラスちゃんの意志が最優先かなって思ったので、先に周りの人たちを説得することにしました!早く安心させた方がいいっていうのも確かですし!」
タキオン「ふむ、なるほど。私も異論はないよ」
スペ「ありがとうございます!良かったねグラスちゃん!」
グラス「はぃ……」
まだグラスは先ほどの恥ずかしさが抜けきっていないようで、消え入りそうな声だった。
改めて現状を振り返り、外に目を向ける。物理的な損害は元に戻せることが分かったが、騒動自体はまだ収まったわけではない。
学園のウマ娘たちの方はタキオンの説明により多少は落ち着きを見せているものの、学園周辺の住人にはまだカバーが行き届かず、未だに大騒ぎであった。
巨大化したグラスが姿を見せてから今まででむしろその規模は増しており、遠くからは警察車両のサイレンの音すら聞こえてくる。
3人「「「……」」」
……すでに単なる話し合いでの事態の収束は見込めそうにない。
グラス「……スペちゃん、なんとかできませんか?」
スペ「わ、私ぃ!?うぅ、でも私じゃないともうどうしようもなさそうだよね……むぅ〜、どうすりゃいいんだべ〜……?」
タキオン「……例えば彼らに、グラス君が巨大化してからの記憶を忘れさせることなどはできないのかね?」
グラスペ「「それです!!」」
タキオン「うわっ!?……グ、グラス君は少し声を抑えてくれ!」
グラス「あっ……申し訳ありません、つい……」
タキオンの提案に光明を見出し、思わず2人揃って大きな声をあげる。
スペはともかく、今のグラスの加減されていない声はとんでもない大音量となって、付近のガラス窓をビリビリと震わせてしまう。
近くにいたタキオンにもそれは襲いかかり、反射的に耳を畳んでしゃがみ込む姿と抗議の声に、グラスはただ謝罪の言葉を返すしかなかった。
ちなみにもっと近くにいたはずのスペはピンピンしている。
それはそうと、タキオンの案だ。
スペは再び自分にしか見えないコントロールパネルを開き、目的のための項目を探していく。
だが……
グラス「……スペちゃん、どうですか?」
スペ「……グラスちゃん、どうしよう。できないかも……」
グラス「ッ!?そ、そんな……スペちゃんでも……?」
頼みの綱であるスペのチカラでも、「記憶を失わせる」ことは、今までとは勝手が違うらしかった。
実際のところ、スペは現実世界で人々から記憶を忘れさせることはできない。
仮想世界ならば「住民生成機能」のオンオフを切り替えることで記憶のリセットが可能だが、現実世界の生身の人々はこのチカラで生み出された存在ではないために、たとえ行使しても何の影響も無いのである。
つまり現実世界では実質、スペのチカラの「住民生成機能」そのものに制限がかかっている状態となり、それに伴い記憶を失わせることは不可能なのだ。
とはいえそれを抜きにしても、人知を超えたチカラであることに変わりはないのだが。
余談ではあるが、もしスペが一度でもその気になって仮想世界で行った蹂躙を現実世界で起こしていたら、たとえその後に地球と人々を復活させても世界中の人々の記憶と記録にスペの存在が刻み込まれて、大混乱を起こしていた。
本人は気にしたことはなかったが、今世界が同じ営みを続けていられるのは、ひとえにスペが現実世界で「遊ぶ」気がなかったためだ。
話を戻して、今度ばかりは2人とも途方に暮れる。グラスに至っては、もはや取り返しはつかないのかという思いから、先ほどの恥ずかしさと相まって少し泣きそうにすらなっていた。
そんな状況を変えたのは、またしてもタキオンによる提案だった。
タキオン「……グラス君。これは分が悪いというか、殊更現実味に欠けることなのだが……「周囲の人々から自分が巨大化してからのことを忘れてほしい」と、強く願ってみたまえ」
グラス「……え?は、はい……」
そんなことをして何か変わるのか、という思いがグラスにはあったが、他に手があるかというと、正直なところ浮かばない現状である。
グラスは、学園を取り囲み大声で騒ぎ立てる人々を見下ろし、そして目を閉じる。
グラス(周囲の人々から、私が巨大化してからのことを忘れてほしい--)
そして、心の底から願った。
その瞬間。
静寂。
グラス(--えっ?)
あれだけ喧騒に満ちていた周囲から、しばしの間あらゆる声が消え、ただ警察車両のサイレンの音だけが遠くから響く。
思わず目を開き、再び周囲を見渡すと、タキオンとスペ以外は例外なくぽかんとした表情を浮かべているのがかろうじて捉えられ、皆固まっているのが目に入った。
しかし一瞬後には、思い出したかのように再び喧騒が周囲に響き渡る。
それは学園敷地外の住人からだけでなく、タキオンが説得してある程度収まりを見せていたはずのトレセン学園側からも響いていた。まるで、「今初めて巨大化したグラスを目にした」かのように。
グラス「す、スペちゃん……何かしましたか……?」
スペ「う、ううん!私何もしてないよ!」
今起きた不可解な出来事に困惑する2人。スペはわたわたとし、グラスは思考に耽る。
グラス(スペちゃんが本当に何もしてないなら、私が?でも、私にはそんなチカラはないはず……なぜ--)
タキオン「--ふぅン、やはりか。いやはや、我ながら恐ろしさを覚えずにはいられないな」
グラス「……タキオンさん?何か分かったのですか?」
スペ「えっ!?タキオンさん、教えてください!」
そんな2人をよそに、タキオンはただ1人、物知り顔で納得した風であった。何が起こったのか説明を求めるグラスとスペに、タキオンは頭の中で言葉を纏めてから2人に話し出す。
グラス「……おそらくこれは、グラス君が飲んだ薬の影響だ」
スペ「薬……?グラスちゃんから話は聞きましたけど、その実験は失敗で、グラスちゃんが大きくなっちゃっただけじゃないんですか?」
タキオン「ああ、そういえば言ってなかったのだが……あれはどうも成功だったようだ。いや、成功どころではないな。とんでもない大成功だ」
グラスペ「「……?」」
失敗だったはずが、成功を超えてとんでもなく大成功。
話が見えてこない2人に、タキオンは先ほど導いた考えを話し出した。
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グラス「えっとつまり、私が巨大化したのは、私の中にあった巨大化したいという「願望」をあの薬が引き出したから。それで、実は実験は成功していた。
さらに、途中から「薬が私の願望を引き出す」のではなく、「私が薬で願望を引き出している」状態に変わってしまった。それは巨大化が収まったあの瞬間で、巨大化したいという思いより、タキオンさんを巻き込みたくないという思いが強かったからそこで巨大化が止まった。
一時的なはずの薬の効果が切れていないのは、もはや薬の効果時間ではなく、私がまだ元に戻らないことを望んでいるから。
これだけのことを説明できてもまだ眉唾でしたが、先ほどの出来事から確信を得た。
……それで、とんでもない大成功、ということですか?」
タキオン「ああ、私の考えはそういうことだ。まだ不明な部分もあるが、恐らく間違ってはいないだろう」
スペ「……グラスちゃん、私よりすごいことできるようになってない?」
グラス「私もまだ実感は湧きませんけど、そうなのかもしれませんね♪」
グラスは、願ったことを自在に引き起こすというとんでもないチカラを得ていたことが分かった。
スペのチカラよりも使い勝手がよく、しかも制限らしい制限すら今のところ見当たらない、まさしく圧倒的なチカラ。
このまま小さくなり、再び周囲からこの出来事の記憶を忘れるよう願えば、自分に宿ったこのチカラ以外の全てをなかったことにできるのだろう。
--もう、何だってなかったことにできると分かったのだから。
これ以上抑えているのは、限界だった。
タキオン「ふう……今回ばかりは心の底から焦ったよ。しかしなんとか無事に収まりそうでよかった、さあグラス君、全て元に戻してくれるかい?」
グラス「--ごめんなさい、タキオンさん。今はまだ、戻したくありません♪」
タキオン「……えっ?」
タキオンは一つ忘れていることがあった。それは、グラスはまだ満足していなかったということ。
グラスにしてみれば、自ら踏み出せなかった一歩目を、折角こうして歩ませてもらったのだ。
しかも、思ってもないほどの規格外のチカラまでついてきて。
なればこそ。
このチカラ、心ゆくまで存分に振るいたい--!
ズズズズズズ!
ドゴオオオオオオン!!
タキオン「なっ……ぐ、グラス君!?」
スペ「うわわ!グラスちゃん、大きくなってます……!」
グラスの中のリミッターが外れ、その「願望」が、止まっていた巨大化の再開という形で現れる。激しい地響きが発生し、立つことすらままならないそれにタキオンとスペは手と膝を地面について耐えるしかなかった。
グラスの巨大化は実験室を突き破った時より遥かにハイペースで、女の子座りをしていたグラスはその片脚で旧校舎を一瞬で全壊させ、その先に広がる住宅街をも侵食して更地に変えていく。
反対の脚ではトレセン学園の敷地をすべて敷き潰し、トレセンを囲うように集まっていた住人たちを住宅ごとスカートに包まれたお尻で押し潰す。
巨大化を続け地上を覆うグラスの体は、街の人々に逃げるどころか状況を理解するだけの時間すら与えず、ひとつの学園と街を完全に消し去り、そこにいた人々を1人残らず滅ぼした。
ただ2人、タキオンとスペを残して。
ズズズ……
しばらくしてグラスの再巨大化は落ち着きを見せた。揺れが収まり、2人は顔を上げて左右を見渡す。
学園や街が存在していたそこは、自然も建物もすべて削り取られ、土が剥き出しとなり、ただ瓦礫のみが散乱する更地となっていた。まばらに火の手が上がり、黒煙が立ち上る。その光景に人の姿は見当たらない。
さらにその向こう側、果てなく続く壁かと見紛うほどの、白のニーソを履くグラスの巨大な脚が街の跡地を囲い、存在感を見せつけている。
左右のそれが交わる正面に目を向ければ、ふとももに支えられたスカートの中、純白の下着に包まれたお尻が大地を陥没させている。
そこから視線を上げると、手を伸ばせば触れられるのではないかというほど近くに見える、座りながらにして雲よりもはるか高くから大地を見下ろすグラスの紅潮した顔が広がっていた。
タキオン(ト、トレセン学園も、街も……こんな一瞬で跡形もなく……
グラス君の持つ巨大化願望とは、こんなにも凄まじい破壊力を伴っていたのか……!?)
スペ(グラスちゃん、すっごい迫力……!
私以外の巨大化を間近で体験するのも初めて……大きくなった私って、足元からはこんな風に見えてるんですね♡)
方向性に違いはあれど、その光景に圧倒された2人は言葉を失う。
一方のグラスもまた、かつてのような地平線まで視界を遮るものが存在しない光景に、しばし余韻に浸る。巨大化する自身の体であらゆるものが潰され、弾けていた感触を思い出し、改めて実感が湧いたのか彼女の表情に笑みが浮かんだ。
グラス(空が近い……雲が低い……何もかもが全部見下ろせるほどちっぽけで、私が、何よりも大きい……♪)
20000倍、30,400mにまで巨大化したグラスの、ほう、と吐いた息が雲を散らす。興奮に振れる尻尾が背後の、たった1,000m程度の山を地上ごと薙ぎ払う。
吐息はそのまま地面に到達して瓦礫を巻き上げ、生身で乗り越えるのは不可能なほど深い溝を刻み込む。尻尾の直撃を受けた山は轟音と共に土くれへと成り果て、地上には扇型の新しい更地が形成される。
グラスの何気ない動作が、自然をも容易く征服する。
こうする事を密かに願いつつ、しかしためらい、避け続けた日々。
思いがけず後押しされ叶ったけれど、そこは取り返しがつかないかもしれない現実世界で。
頼みのスペですら解決できない事態に直面した時は、やはり心に留めるべきものなのかと内心で後悔すらした。
ずっと抑圧を受けていた「願望」は今、その反動から、圧倒的なチカラを得たグラスを突き立てる何よりの原動力となる。
グラス「--ふふっ、いい景色♪」
ここまで多くの紆余曲折があった。その始まりとなった「最初」の巨大化でも発した言葉を、赤らめた頬に右手を添え、かつて一つの街だった跡を見下ろしながら呟く。
もう彼女を止めるものは、止められるものは、ない。
ある一つの街があった。
その街には周辺地域の学生も通う大きな学校も、十数階の高さの商業ビルが並ぶビジネス街も、郊外に広がる住宅地も備わっていた。地域の核を担う鉄道駅の周辺には、複合ビルがいくつも建っている。さまざまな目的を満たせるそこは、いつもたくさんの人で賑わっていた。
駅に繋がる幹線道路には多くの車が行き交い、総合して規模の大きめな街であることが見受けられた。
時刻は午後4時になろうというところ。ほぼ全ての学生が部活動に励むか帰路についており、家計を支えるサラリーマンは午後の業務に勤しみ、そんな彼らの帰りを待つ主婦が夕飯となる材料を買いに駅前の商店街へ出かけている。外の人通りは多くも少なくもなく、だが確かな活気に満ち溢れている、そんな時間。
街の生活に身を置く皆がそれぞれの日常を過ごしていた。
ズゴゴゴゴゴ!!
「うわぁぁっ!」
「じ、地震!?キャアアァ!」
「大きいぞ!伏せろぉ!」
平和だった街を大きな揺れが襲う。地震にしては前触れとなる小さな揺れさえなく、突如訪れたそれ。咄嗟のことに自衛ができた者は少なく、バランスを崩して倒れ込み、地面に体を打ちつけた人がほとんどだった。
路上では、大きな揺れにハンドルを取られた車が制御を失う。それらは歩道に乗り上げてビルのエントランスに突っ込んだり、他の車との衝突を起こして連鎖的に事故を引き起こしてしまう。年季のある低層ビルが揺れに耐えきれず倒壊し、避難が到底進んでいない人々を呑み込み瓦礫の山に沈めていく。
このまま揺れが続けば、自分だって一瞬後に生きている保証はない。人々は恐怖し、あるいは覚悟する。
しかしその時間は意外にも早く過ぎ去った。
(……止まった、のか……?)
少なくない被害をもたらした大きな揺れは、その規模の割には不自然なほどすぐに止んだ。外で蹲って耐えていた人々は、節々の痛みに耐えながら体を起こし、顔を上げる。
彼らの視界には、何らかに激突してひしゃげ、火の手をあげる車がいくつも目に入る。家屋や商店、オフィスビルが傾き、その壁にはひびが入り、耐震性に優れた高層ビル以外で無事な建物はほとんど見当たらない。
生きていることを噛みしめつつも、見慣れていた景色の変わり果てた姿に、人々は日常が脆くも崩れ去ったことを知り悲嘆した。
ある男もまた、駅に向かって幹線道路脇の歩道を歩いている途中でこの災害に巻き込まれていた。
幸いにも彼に怪我は特になく、揺れが収まるとすぐに立ち上がり、周囲の状況を確認すべきと辺りを見渡すことができた。
「え……」
あるいは、彼は不幸だったのかもしれない。
「それ」にいち早く気付いてしまい、恐怖に心を蝕まれることになってしまったから。
「な……なんだよ、あれ……」
視線が向いた先は、自分が向かっていた駅のさらに先。
駅の反対側には商店街が、その向こうの郊外には住宅地が広がり、さらに住宅地を囲うように1,000m級の山々が連なっている。
その山の、さらに先。
信じられないほど巨大な、少女の後ろ姿が目に映った。
座っているように見えるのに、上半身は完全に山体より高くに聳えている。腰とお尻の間から伸びる尻尾を見て彼は彼女がウマ娘だと理解した。
白地に青色系のラインが入ったスカートが、まるで空そのものであるかのごとく視界を埋め尽くす。見上げると、太陽に照らされた美しい栗毛の長髪が天幕のごとく広がっている。頭の上にあるはずのウマ耳は、角度のせいかわずかに先端しか目に入らない。
「う、ああ、あ……っ」
その圧倒的な姿に、彼は直感した。してしまった。
この災害は彼女が引き起こしたものであると。そして、この災害は副次的なもので、所詮は序の口にすぎないのであると。
「に、逃げなきゃ……遠くに、逃げなきゃ……!」
へたり込みそうになる体を抑え、彼女に背を向けて走り出す。怪我をしてまだ動けない人々が苦しそうにしているが、彼はそんな光景にも脇目を振らない。
ただあのウマ娘から距離を取りたい。そんな一心で、がむしゃらに走--
ズガガアアアアアアアアアア!!!
「うわああああ!ああああああッ!!」
背後から轟音。そして衝撃。
何が起こったかも分からないまま彼は前方に10m以上吹き飛ばされ、道路を転がっていく。今回は無事では済まず、体のあらゆるところから痛みの信号が脳に伝えられる。
ろくに受け身も取れないまま、転がる体は脳ようやく止まった。頭も打ちつけたのか、感覚が朦朧とする。せめて何が起こったのかを意識が途切れる前に確認しようとして、力を振り絞り顔を上げた。
「--ぁ……」
彼が吹き飛ばされた場所から先が、切り抜かれたようになくなっていた。ビルも、駅も、商店街も、住宅地も。大自然である山ですらも。あのウマ娘との間にあったすべてが更地に変わっていた。
原型をとどめていた街のこちら側も無事ではない。舗装されていた道路はひび割れてでこぼこになり、ガラス窓は枠も残さず砕け散っている。もはや安全な場所は、彼女の「攻撃」によってこの街からは完全になくなってしまった。
街のあらゆる所から、大きなものが崩れる音が響き渡る。これだけの衝撃に頑強だった高層ビルも基礎が耐えきれず崩壊し始めたのだろうと、彼はどこか遠い事のように捉えていた。
もはや自分も長くは保ちそうにない。街の行く末を考えることもできない。だが彼女は、街をめちゃくちゃにした彼女はどう思っているのか。申し訳なさそうにしているのか、それとも笑っているのか。
その顔を拝んでやらねば気が済まない、彼はそんな思いを胸に彼女の顔を見上げ、表情を確かめようとした。
(あれ……?)
しかしそれは叶わなかった。
彼女は未だに向こうを向いていて、その表情が確認できない。彼女が意志を持ってこの街に手か足を叩きつけたと思っていたが、四肢を動かした様子もなく、街を半壊させる前と同じ姿勢で佇んでいる。
であれば一体何がこの街を襲ったのか。その答えは、ずっと彼の視界に入っていた。
(しっ、ぽ……?)
あのふさふさなはずの尻尾がこの都市を「攻撃」し、一瞬で半壊にまで追い込んだ。受け入れがたいが、そうとしか考えることができなかった。
よく見れば、切り取られたような境目は弧を描いているようだった。それは尻尾が薙ぎ払っていった跡であるようにも見える。
俺の、俺たちの街など、目に入れる価値もないというのか。歯牙にも掛けず、ただ尻尾で適当に払い飛ばせる程度の存在だと言いたいのか。彼の心にはそんな怒りと、それを遥かに上回る絶望感が湧き上がっていた。
だが、事実はもっと無慈悲だった。
「--ふふっ、いい景色♪」
おそらくあのウマ娘の声なのだろう。その言葉が物理的にも、精神的にも彼の体を震わせた。
感触、ですらなく景色、と。確かに彼女はそう言いきっていた。
こちらに背を向けたまま。
(な、んだよ、それ……)
彼女はこの街を歯牙にかけていないわけではなかった。
始めから、認識もしていなかった。自分の後ろに大勢の人が住む都市レベルの街があることも。それをたった今尻尾で薙ぎ払い、めちゃくちゃにしたことも。何もかも。
自分たちと彼女では、あまりに生物としての格が違う。路傍の石のごとく目にすら入れてもらえない。そんな無力感に苛まれ、かろうじて繋ぎ止めていた意識が徐々に薄れていくのを感じる。
(いやだ……せめて、こっちに気付いて……)
靄がかっていく意識の中でほんのささやかな願いを抱く。こっちを見てくれ、反応してくれと。街に大きな被害を与えた張本人に、助けを縋るかのように手を伸ばす。
だがそんな彼の閉じかけた視界には、無慈悲にも彼女の尻尾が天高く伸び、鞭のようにしなりながら再びこちらを「攻撃」しようとするところが目に入った。
いや。そんなつもりはなく、ただ尻尾が縦に振れただけなのだろう。
「ぃ……ゃ、やめ--」
--バゴオオオオン!!
その衝撃が、彼の意識を完全に閉ざす決定打となった。
こうして彼はたった一度も、その顔を見ることは叶わず。彼女……グラスワンダーも、ただの一度とてこの街を振り返ることはなかった。
また。
この街はグラスの手にかかった中で数少ない、「一時的だけでも半壊で済んだ街」となった。
ふう……我慢できずにこんなに大きくなっちゃいました♪
でも仕方ないですよね、今までいっぱい我慢してきたんですし。むしろ一気に地球ごと壊す大きさにならないで済んだ方が意外なくらいです。
まあいきなりそんな大きさになったらビルや街の感触なんてなくなっちゃいますし、私の「願望」を正しく反映した結果、まずはこの大きさになったのでしょうか?
しかしもう足の甲の高さもなさそうな建物をしっかり感じられるかは怪しいですね。そこはやっぱり大きくなりすぎたかもしれません。
ですが……
グラス「本当に、いい眺めです……♪」
今まで想像の中だけだったセカイが、想像以上となって目の前に広がってます。これはこの大きさならではですね♪
改めてこれからどうするか、少し迷ってしまいます。何をするか、そんなことはたくさん考えてきました。だから何からするか。さっきまでに比べればずいぶんと贅沢な悩みです♪
グラス「まずは……とりあえず立ち上がりましょうか」
思えば、研究室で尻もちをついてから今まで一度も真っ直ぐ立ち上がっていませんでした。できるだけ被害を広げたりしないようにと今考えれば窮屈な思いやりでしたが、もうそんな我慢をする必要はありません。
グラス「よいしょっと」
ズズゥン……
体を支えようと手をついた地面に大きな手形ができてしまいました。もう、いちいちこんなことで興奮させないでください♪
そのまま足裏もついて膝を伸ばし、久しぶりに立ち上がります。大きくなってからはずっと膝を曲げたままだったので、ある種の解放感すら感じますね。
グラス「わあ……♪」
立ち上がると、もっと素晴らしい景色が広がっていました。
座っていた時よりも高高度から見下ろして、さらに地上が小さくなったように感じます。スカートより低いところを雲が漂っていて、目に映るすべてを俯瞰することができて……唯一太陽だけが、私の上で輝いています。
やや傾いた太陽からの日差しが、とっても大きな私の影を地上に落として一時的な夜を作っています。ふふ、何km先まで私の影に覆われているのでしょう。
……私の影に覆われている場所や、それ以外の場所のあちこちに、街の姿が見えます。これから私に蹂躙されるちっぽけな街が♪
グラス「ふふっ、見えてますかね?大きなウマ娘さんですよー。今から皆さんを蹂躙する、とってもつよくてかわいいウマ娘さんです♪がお〜♪」
辺りの街に向けて、足を肩幅より広く開いて両手を前に出す怪獣さんのマネをしちゃいます。
もっとも、小さな人たちが今までに考えた小さな怪獣さんなんかより、私の方がよっぽど大きいし強いですから。これからは怪獣さんの方が「ギガント・ウマ娘、グラスワンダーちゃんのマネ」としてこのポーズを使わないといけませんよ。がお〜♪
…………
……少しはっちゃけすぎましたかね。反応なんて帰ってこないので、後から恥ずかしさが込み上げてきました……
グラス「……ぅぅ〜」
だんだん顔に熱が集まるのを感じます……それにポーズを取ったとき、ふわりとスカートが捲れて……!
グラス「ッ!み、見ないでくださいっ!」
今日はスパッツ履いてないんでした!急いでスカートを両手で抑えますが……うう、どれだけの人に見られちゃったんでしょう。
……悶えていると、私から見て右側、3歩ほど先のところに中規模くらいの街が目に入りました。なんだか失態を笑われてるような、そんな気になってきます。
グラス「も、もう!こんな気にさせた皆さんが悪いんですからね……!それに人の、ぱ、ぱんつまで覗いて……お仕置きですっ!」
自分でもとんでもなく理不尽なことを言っている自覚はあります。ポーズだって気乗りした私が勝手にやったことですし、そもそも立ち上がった私を地上から見上げれば、スカートの中が丸見えなのは当然のことでしたし……。
でも、もう恥ずかしさに思考が散らされてそれどころじゃないです!この街に向かって八つ当たりしちゃいます!
グラス「えいっ!」
--感情のままに歩み寄り、右足を持ち上げて、街に向け手加減せず振り下ろしました。私の足が、20km四方はある街の片隅を踏み締めた瞬間。
ドゴオオオオオオオン!!
メキメキメキイッ!
グラス(あっ--)
私は初めて、今の自分の「強さ」を自覚しました。
ローファー越しに何かを踏んだような感触は無く、しかし足の下で確かに「潰した」という実感。
何万人か、ひょっとしたらそれ以上にいたであろう人々も。そんな彼らではどうにもできない頑丈な建造物も。たくさんのものがあったはずなのに、私に刺激すら与えずあっさりと踏み潰されてしまいました。
さらに振り下ろした足を中心に、地面が爆発したかのような衝撃が発生して辺りに広がっていきます。直接踏み潰さなかったエリアに襲いかかったそれは、かろうじて識別することができるビル群を埃のように巻き上げたり、大きな地割れを発生させてあらゆるものを飲み込んでいきます。
やがて衝撃波は街全体を覆い、周囲の小高い山まで到達し、そこにあった全てを蹂躙しました。巻き込まれた人たちなんてひとたまりもないことは、考えなくてもわかることでした。
グラス「……すごい、です」
たった一歩、力強く踏み出しただけ。それだけで辺りの地形ごと街を一つ、こうもたやすく破壊……いえ、消滅させてしまえるなんて。
右足を持ち上げると、ローファーの底と同じ形をしたクレーターが深く刻み込まれていました。靴底からは多くの残骸がパラパラと街の跡地に降り注ぎます。
全部、私の足元で起こったことです。
グラス「……ふふっ♪」
さっきまで恥ずかしがっていたのが途端にバカらしくさえ思えました。目にも見えないほどちっぽけで、何万と集まっても私が足を振り下ろすだけで簡単に命を落とす。そんな微生物のような人たちにスカートを覗かれたところで、何を恥ずかしがる必要があるのでしょう?
それに忘れかけていました。今や何だって私が願った通りになるのですから、私の考えたことこそが正しい。だから私に対して覗きを行った不埒な輩を裁くのは、どうあれ理不尽などではなく当然の罰です。
グラス「そうでしたね。私が決めたことを、皆さんが拒否する権利はありません。異を唱えることも許しません」
私が、この世界のルールそのものなのだから。そう心の中で付け加えて、辺りの街に……いえ、世界に対して強く宣言します。
グラス「私は、楽しむと決めました。なので精一杯私を楽しませて下さい。
私は、大きくなると決めました。なので私の身体のどこかで潰されて下さい。
私は、この世界を蹂躙すると決めました。なのであらゆる方法で私に蹂躙されて下さい。
何をしようと無意味です。助かりたければ、私の気まぐれを祈ることですね♪」
いくら逃げ出したところで、この世界はもう私の掌の上ですから♪
……まあ後でちゃんと元通りにはするので、これは私の自覚を高めるための宣言です。
さて、そろそろ始めましょう♪
その瞬間、世界中で不可解な現象が発生した。
世界中の人々が、突如としてとある映像が直接頭に流し込まれたような感覚に陥った。寝ていようが関係なくすべての人に同時に発生したその現象だけでも問題だが、さらに問題なのはその映像の内容。
雲をはるか置き去りにするほどの超巨大なウマ娘が、廃墟のような跡を踏み締めながら「世界を蹂躙する」と宣言していた。
それは言語の壁を超えて、世界中の誰もが不自然なほど明確に理解することができた。まるで「理解しないことを許さない」かのように。
とはいえ多くの人々は困惑止まりで、現状ではそれ以上になることはなかった。まさか人類に一斉に起こった現象とは思いもせず、せいぜいが今起こったことについて近しい人と言葉を交わすくらいだった。国家が動くこともなければニュースになることもない。一瞬、誰しもが謎の感覚と映像により動きを止められたものの、しばらくして世界ではほぼいつも通りの日常が再開された。
ただ一ヵ国、日本を除いて。
日本だけは、ほとんどの地域が混乱の渦に叩き落とされていた。その理由は大きく分けて2つ。
1つ目の理由は、その映像の超巨大なウマ娘ことグラスワンダーが、日本で有名だったこと。中央のレースで最前線を走る彼女の姿をテレビで知り、応援する人々は全国にいる。彼らにとって映像の中の彼女を見間違えるはずはない。
全く理解できない現象の中で、よく知るウマ娘から、世界を蹂躙するという宣言を聞いて。混乱が起こらないはずがなかった。
そして何より2つ目の理由。
映像の中と同スケールの彼女が、ずっと視界の先で存在しているから。
彼女はいつの間にかそこに立っていた。30kmを超える身長で東京に君臨するその姿は、関東一帯はおろか東北地方や中部地方の一部からでも見ることができた。
東京から2つ隣の県のとある街からも、その姿は確認できていた。
最初はまだ良かったのだ。街の誰もが何かのイベントで巨大な立体映像を使っているのかと思っていた。何を言っているかは遠くてよく聞き取れなかったが、怪獣のようなポーズをとったり慌ててスカートを押さえてたり、年相応の可愛らしさを感じもした。
「あの子って、グラスワンダーちゃん?」
「そうそう!私ファンなんだよ!有マ記念での走りを見てから、すっかり好きになっちゃって!」
「何のイベントなんだろうね?それにしても可愛いなぁ〜」
外を歩く人は足を止めて、遠く離れた東京の巨大なグラスの姿を見つめる。状況はよく分からずとも、彼女について親しい人と和気藹々に話し合う。
それを続けられたのは、視線の先で彼女が足を持ち上げて、強く踏み込むまでだった。
……カタカタ……
彼女が足を振り下ろした動きに合わせて、遠く離れたこの街が揺れた。震度1程度の微弱な揺れですぐにおさまったが、彼女とやけにシンクロした出来事に皆が開いていた口を噤んだ。
もしや、あそこに見える彼女は立体映像などではなく本当に?では彼女の足元は?
憶測が憶測を呼び、不安が肥大化してきたころ……彼女の纏う雰囲気が、ガラリと変わった。底冷えするような、もう手が届かないような。
少なくない人が嫌な予感に汗を流したそのとき、「それ」が脳裏に流れ込んできた。
グラス「ーー何をしようと無意味です。助かりたければ、私の気まぐれを祈ることですね♪」
世界を相手取る……いや、一方的に嬲るという宣言。頭の中で流れた「それ」を行ったのは、紛れもなく視線の先の巨大な彼女だった。彼女を視界に入れることができた者は例外なく、その現象によって巨大な彼女が実在していることを知る。彼女が本気であることは、その嗜虐すら湛えた表情が証明していた。
こうして日本のほぼ全土……とりわけ彼女を中心とした広範囲が大パニックに陥った。
「あ……う、うわあああああ!」
「グラスワンダーさん、どうして……!?」
「ゆ、夢に違いない……彼女がそんなこと、するはず……」
「グラスワンダー!ドッキリなんだろ!?そう言ってくれよ……なあ!!」
受け入れたくない。でも理解「させられて」しまった。
彼女のチカラによって相反する感情を同時に抱くことになった彼らは、その多くが現実を直視できなくなり、わずかな希望に縋っていた。
先ほどの街も例外ではなかった。
皆が遥か彼方の彼女に届きもしない声を張り上げたり、止まってもらうよう祈りを捧げていた。しかし視線の先の彼女は、そんなことは無意味と言わんばかりに本格的な活動を開始した。
そして彼女の宣言から数分したころ。はるか視線の先の彼女は大地を蹴り、宙に飛び上がった。突然の光景に群衆が悲鳴を上げて、来たる衝撃に備えて咄嗟にしゃがみ込んだ、そのすぐ後。
ーーゴゴゴゴゴゴ……
東京から200km以上は離れている、この街を襲う確かな揺れ。彼女が飛んで着地した、それだけで引き起こされた衝撃に街の人々は思い知らされる。
遠く離れた自分達も傍観者ではなかった。祈ったりなどしている場合ではない。まだ大きな被害が及んでいないうちに、早く逃げなければならないと。
揺れが収まり、人々はしゃがみ込んでいた体を起こして顔を上げた。
彼女の青い瞳が、こちらを見ていた。
「ひっ……あ、ああ……」
次はこっちに向かってくる。この街の誰もがそう思った。そしてそれが正しいと裏付けるように、彼女は歩き出す。
「いやだ!来ないで!来ないでよお!」
「助けて下さいぃ!」
「グラスワンダーさまぁ!!」
群衆は狂乱状態に陥った。いつ自分達が巻き込まれるかわからない、ですらない。もう時間の問題であった。
一心不乱に、逃げるしかなかった。
振り返って見上げる彼女はただ歩いているだけ。時折立ち止まっては、狙いを定めて足を振り下ろしたり、もはやスカートも気にせずしゃがみ込んで地面に手を叩きつけたり、あらゆる手段で地上を破壊していた。心からの楽しそうな笑顔を浮かべながら。
きっと彼女の足下には街があって、たった一撃で彼女に滅ぼされているのだろう。その度にこの街にも揺れが発生して、彼らの恐怖心を増大させる。
その揺れもだんだん強くなり、彼女が近づいていることを教えてくる。やがて彼女の歩きだけでも、揺れが伝わるようになった。
ズン……
ズゥン……
ズドォン……!
ーーズガアアアアアアアン!!
だんだん彼女が歩く揺れに足を取られそうになってきた。そう感じた次の瞬間、一際強い揺れに襲われる。人々は例外なく地面に打ち付けられ、一部の建物が倒壊していく。
後ろを見ると、さっきまで遠くにいた彼女はもう目と鼻の先に聳えていた。
街のそばを流れている川の向こうに、超巨大なローファーと白のニーハイソックスに包まれた、塔のような脚が鎮座している。
あそこには橋で結ばれた隣街があったはずだ。彼女の足元で、隣街がどうなったかは想像に難くない。そしてこのままではこの街も同じ運命を辿るということも、また容易に想像できた。
絶望する彼らに追い討ちをかけるように、天上から声が響く。
グラス「ふふ、次はみなさんがこうなる番ですよ♪」
その声ですら街中の窓ガラスを震わせる。一瞬見えた彼女の表情は悦に浸っていて、しかし持ち上げられた足に遮られすぐに見えなくなった。土くれと残骸が靴底からパラパラとこぼれ落ち、隣街の末路を目に焼き付けてくる。
やがて街の上空が完全に覆われた。一切の日の光が遮断され、迫る足に圧縮された空気が鳴動する。数秒後の街の運命は、火を見るより明らかだった。
そこで奇跡が起きた。
「…………ぅ、ぁ、あれ?」
日が差し込んだ。
人々が恐る恐る目を開くと、彼女の足が上空から退けられていくのが目に入った。当然この街は踏み潰されていない。
「……助かった?」
「生きてる。生きてる……!」
「良かったぁ……!」
今この瞬間、命があることを実感する人々。
しかしなぜ彼女はやめたのか?その答えは、直接彼女からもたらされた。
グラス「うーん……戦闘機、ですかね?」
再びの彼女の肉声がビリビリと大気を震わせる。しかしその内容は先ほどと違い、人々にとっては喜ぶべきものだった。
澄んだ青空を見上げると、数えきれないほど多くの戦闘機が猛スピードで彼女に向かって飛んでいた。
「じ、自衛隊だ!自衛隊が来たんだ!」
「やったぞ……!グラスワンダーを止めてくれ!」
「お願いします!お願いします!!」
数機ごとに編制、統率された自衛隊の姿に、人々は希望が心に宿るのを感じた。
日本は、彼女に対してただ手をこまねいているだけではなかった。「都心が壊滅」し、あらゆる指揮系統が混乱するかつてない異常事態の中でも、ただちに彼女を鎮圧すべきと命令を飛ばしていたのだ。
すでに被害は甚大で、多くが帰らぬ人となってしまった。しかしもうこれ以上はさせてなるものかと。
日本の盾が、とうとう彼女の前に姿を現したのだ。
グラス「〜〜♪」
私、今とっても楽しんでいます♪
すっかり顔が緩んでいるのが、自分でも分かっちゃいます♪
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あの宣言のあと、私は沢山の街をいろんな方法で蹂躙しました。
とある小さな街は、しゃがみ込んで手のひらを叩きつけました。足では感じられなかった建物の感触が、手では直に伝わってとても気持ちよかったです。ひとつひとつではなくて、まとめて何とか感じられるってくらいでしたけど。
中くらいの街の時には、街の中心部を挟み込むように、体重をのせて両膝を突き立ててみました。インパクトで街が一気に崩壊する様子を、立っているよりも近くで見れて征服感に包まれました。少しだけ残った奥側の建物には、四つん這いになってから息を「ふぅー」って吹きかけてあげました。風で巻き上げられた落ち葉よりも軽そうに飛んでいましたね♪
ちょっと大きな街は、体を倒して全身で押し潰したりもしました。それは一際強い衝撃を発生させ、目標の街はもちろん近くの小さな街まであっさり壊滅していて思わず笑ってしまいました。倒れ込んだまま街だった地面をよく見ると、廃墟に転がる建物と車の残骸が目に入って、改めて自分の強大さに気分が高揚しちゃいました。
何より1番楽しかったのは、東京23区での出来事です。
私から見ても絨毯のように広がる建物と高層ビル群の絨毯に、他とは一線を画す高さを持つ有名な電波塔が目に留まり、思わず感心のため息をついてしまいました。全て蹂躙するのは、難しくはないですが少し骨かもしれないと思ったほどですから。
そこでふと閃きました。
グラス(……ふふ、ものは試しですね)
私はそれを早速実行に移すために、膝を曲げて力の限りジャンプしました。
私が考えついたのは、全体重を載せた一撃を叩き込むこと。さすがに一度では足りないでしょうが、効率はぐんと上がるはずです。何度か繰り返せば、都心といえどすぐに壊滅させられるでしょうと。そう思ってのことでした。
ガッシャアアアアアアアアン!!!
ゴオオオオオオッ!!
グラス「!!……♪」
その考えは、いい意味で裏切られました。
何度もする必要はありませんでした。
勢いをのせた両足が地表を踏み締めた瞬間、大地が悲鳴を上げて崩壊を始めます。
ビル群は倒れるどころか基礎ごと跳ね上がり、空中分解を起こしながら地上に降り注ぎます。あの電波塔は根本から崩壊しているようでした。
何本もの路線を束ねるターミナル駅も、東京を首都たらしめる建物の数々も。全てが衝撃で砕け、瓦礫の山となり、何処からか発生した火炎に包まれます。地面がひび割れ、地下鉄が走っているであろうスペースに次々と崩落を起こします。
すぐに都心部は完全に瓦礫と炎と黒煙に覆われ、そんな地獄のような光景をただ1人、私だけがキラキラした顔で見つめていました。
間違いなく、今の私ができる最大規模の蹂躙でした……♪
ただ、あまりにも強すぎたのか東京周辺の街もたくさんなくなってしまったので、今度は適当に遠いところへ歩いて行くことにしました。
もちろん進行方向にある街は残さず滅ぼして、です♪
そしてしばらく歩いて目に入ったのが、川を挟んだ位置関係にある2つの街でした--
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グラス(んー……どちらも私の足と同じくらいの、小さな街ですね〜。同時に壊してしまわないように手加減してあげましょう♪)
ちょっとした気まぐれですが、ある意味残された街の人たちを怖がらせるには効果的かもしれませんね。
決して強すぎず、でも弱すぎないように。絶妙な力加減でまずは右側の街を踏み潰します。
ズズゥゥン!
当然、その街は私の足跡に成り果てます。反対側の街は……少し被害が出ていそうですが、しっかり原型はとどめていました。上手くいきましたね、狙い通りです♪
グラス「ふふ、次は皆さんがこうなる番ですよ♪」
残された街に向かって、今しがた振り下ろした足を持ち上げて靴底を見せつけます。屈辱的でしょうか?怖いでしょうか?それとも、諦めてそんな感情も無くなったのでしょうか?
まあどのみち関係ありませんね♪恐怖を煽るように、足でしっかり上空を覆ってからゆっくりと下ろしてーー
グラス(……おや?)
街を見ていた視界に、何か動いているものを捉えました。すごくゆっくりですが、私にも見える速さなら本来は相当なスピードなのでしょう。
興味が湧きました。足を元の位置に戻してその正体を観察することにします。
よく見るとそれはひとつではなく、複数の小さなものが集まっているようでした。きれいに隊列のようなものを組み、空を駆け、私に向かってまっすぐ飛んできます。
グラス「うーん……戦闘機、ですかね?」
考えてみれば答えはすぐでした。
つまり彼らは私を止めようとしている軍隊さんなのでしょう。こんなに大きいわたしにも立ち向かうなんて、勇敢な人たちですね。
ほんのちょっと、気が変わりました。今は街から彼らに相手を変えることにします。良かったですね、皆さんは確かに街を一つ救いましたよ。これから先どうなるかは皆さん次第ですけど♪
では少し、「お邪魔」してみましょう。
グラス「「--こんにちは、軍隊の皆さん♪」」
「「……なっ!?通信が!?この声は……!」」
グラス「「聞こえてるみたいですね。皆さんが倒そうとしているウマ娘、グラスワンダーですよ〜♪」」
「「どうやって通信から!?い、いや……それより、何故こんなことをする!街を、都市を、無辜の人民を!何故!!」」
パイロットの方々の無線を通じて意思疎通を試みましたが、問題なくできました。さすが私のチカラです♪誰かの声を聞くのはこんなに大きくなってからは初めてですね。
当然ですが、軍隊の皆さんは混乱しているようです。ふむ……どうやって、何故、ですか。
グラス「「特別にどちらにもまとめて答えてあげます。私がそうしたいと思ったから、ただそれだけです」」
「「……は?ど、どういう意味だ!」」
グラス「「言葉通りの意味ですよ。私がしたいと思ったから、皆さんの通信に割り込むことができました。私がしたいと思ったから、今こうして地上を蹂躙しています。それより上でも下でもありません。分かりましたか♪」」
「「な……か、怪物めっ!」」
怪物、ですか。意味は違いますが、純粋に私自身をそう評価されるのは嬉しさがありますね。
グラス「「ふふっ。ええ、どう呼んでいただいても構いませんよ♪っと、それで皆さんと会話を始めた理由ですが……皆さんを見込んで、チャンスを与えようかと思いまして」」
「「チャンスだと……?」」
軍隊の方々がザワザワとしている様子が感じ取れます。むぅ、さっきといい理解が遅いですね。こんな気まぐれでもなければ、すぐに全滅させていたところです。
グラス「「一度しか言わないので、よく聞いて下さいね?果敢にも私に立ち向かう。その勇気に敬意を表して、皆さんに完全に先手を譲ります。皆さんの攻撃が終わるまで、私は動きません。弾切れになっても構いませんよ。皆さんが諦めるその時まで、一切の手出しをしないことを約束いたします。どうです、大チャンスでしょう♪」」
「「ッ……!その言葉、偽りないな!もし我々の攻撃が終わる前に被害を出した場合、直ちに破壊活動をやめてもらおう!」」
グラス「「ええ、それも呑みましょう。決して違えることはありません。ここからは通信に割り込みもしないので、しっかり話し合うといいですよ♪」」
「「その余裕もいつまでも保つと思うな!すぐに後悔することになる!」」
ふふっ、随分と自信があるようで。
もし彼らが約束を破らせることに成功したら……その時は、その時です♪
「「……総員!我々は低層ビルならば木っ端微塵にできる強力なミサイルを大量に積んだ、計150機の編隊である!ヤツが一歩でもよろめいて地上に被害を出したり、我々を巻き込めばヤツは約束を反故にしたことになる。我々が攻撃を続けているうちは、ヤツは身動ぎひとつ許されん。諦めなければ、必ず我々が勝つのだ!我々の引き金で新たに死者を出すのは気乗りせんが……日本の命運が我々の両肩にかかっている!それと引き換えならば、例え命を落とすのが私でも臆しはしない!日本の誇りにかけて、何としても成し遂げるぞ!弱点を一斉に集中砲火する、私に続け!」」
グラス「(なんて、割り込みはしませんが聞き取らせていただきました。その自己犠牲すら厭わない精神は好ましく思いますよ。
しかし体の表面で1番の弱点は目ですが……この高度では戦闘機も届かないでしょう。
かといってしゃがんであげるのも、おそらく地上に被害が出るから「約束」で出来ませんし。さて、彼らはどう頑張ってくれますかね♪)」
ネタバレを受けないように、聞き取るのもここまでにしておきましょう。私にとっては気まぐれな茶番ですが、彼らにとっては決死の覚悟で臨む攻撃ですから、ちゃんと正面から受けてあげませんと。
尻尾が戦闘機を巻き込んでしまわないようにだけ気を張らないといけませんね。目を閉じて、気を落ち着かせ暫し流れに身を任せましょう。
皆さんご自慢のミサイルとやら……せめてマッサージになるといいですね♪
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グラス「……」
目を閉じたまま20分間待ちました。
……何の動きもありません。
グラス「(さすがにおかしいですね。少し確認しましょう)」
腰より上に彼らは来れませんから、顔は動かせます。目を開き、少し下に顔を向けて彼らを探して……見つかりません。髪に気をつけてそっと後ろを振り向いても、やはり見つかりません。
どれだけ体の周囲に目を凝らしても、1機も見当たりません。もしかして逃げ出したのでしょうか?だとすると期待外れもいいところですが。予定にはありませんでしたが、念のため一度チカラを使って問いかけてみましょう。
最後に声を張り上げてた、隊長のような人を選んで……よし。
グラス「「--もしもし?聞こえてます?」」
「「ッ!?ア、アイツの声か!?」」
グラス「「(あら……?)」」
問題なく繋がりましたが、さっきの時とは似ても似つかぬ焦燥しきったような声色ですね。声は同じなので相手は間違ってないはずですが。
うーん……やはり逃げ出していて、後ろめたさから来る反応なのでしょうか。
グラス「「完全に先手を譲るとは言いましたが、待たせすぎですよ。
……私がそう提案したのは皆さんの勇気を見込んだからです。まさか逃げ出してなど、いないでしょうね?」」
「「ーーぅ……ぁ……」」
少し怒気を含んだ口調になってしまいましたが、あれだけ啖呵も切って敵前逃亡などするような相手ならばやむ無しです。それにこんなに長い間私を待ちぼうけにさせたのですから。
暗に込めた「これ以上は待たない」というメッセージも届いたのか、すっかり萎縮したようです。でも口撃を緩めるつもりはありません。
グラス「「……図星のようですね。もういいです、あなた方には失望しました。これから私は無駄にした時間を取り戻さないといけないので、あなた方は自分達の行いが招いた末路を眺めていなさい」」
「「ッ……ち、違う、待ってくれ……俺たちは逃げ出してなんかないから……だから動かないでくれ……」」
グラス「「この期に及んでもっと失望させるようなことを言わないでください。私の周囲には、ただの一機たりとも見当たりませんでした。戦略的撤退だから違うとでも言うおつもりですか?」」
「「ぅぁぁ……違う……違うんだ……」」
……何とも情けない。これが日本の運命をその両肩に託され、自分が死んでもいいと豪語していた者の姿か。
グラス「「はぁ……では、逃げていないのなら、今あなた方がどこにいるか言えますね?誤魔化したりしても無駄だとだけ先にお伝えします。虚言など口にした場合は、ただでは済ませませんから。ーーーー早く答えなさいッ!!」」
「「ヒィ!!わ、分かった!言う!言うから……!」」
今私の怒りを買ってもいい事などないと分かっているでしょうに、じれったいですね。だんだんと苛立ちが募っていくのを感じます。
さて、どんな言い訳が聞けますかね。
「「今俺たちがいるのは、あ、あんたの……その……スカートの中だ……」」
グラス「「……………はい?」」
思ってもない返答に、理解が遅れてしまいました。私のスカートの中、ですって?確かに私から直接見える場所ではありませんが、それにしたってこの人たちは……
一応チカラを使って確かめてみます。……本当に、スカートの中に多くの戦闘機の反応がありました。
グラス「「……嘘ではないようですね。確かに私から逃げてはいないみたいです。それで?20分もの間、私のスカートの中で下着でも見上げ続けていたのですか?私から大義名分を得てずいぶんと余裕があるじゃないですか」」
怒りというより、もはや呆れから伝える言葉も冷たいものになります。あれほど戦意に満ちていたのにこの始末では、全くの見込み違いだったようですね。
すっかり冷めてしまいました。もう約束など関係ありません、とっとと潰して--
「「--違うッ!俺は、俺たちはあんたを攻撃していた!ずっと攻撃し続けていた!!」」
グラス「「何ですって……?」」
攻撃していた?
感触がなかったので、その線は最初から捨てていましたが……
「「最初は脛だ!でも靴下に阻まれてるからか、全然効いていなかった!だから次は肌が露わになっている、腿への攻撃に変更した……だけどあんたはピクリともしなかった!その時はもう、俺たちも追い詰められはじめてたんだ……。それでっ……みんなで話し合って、恥を忍んで……一番の弱点になる「あそこ」に攻撃してたんだ……!そうしたら、あんたが少し動いたような気がした!だからやっと効いたって、格好がつかなくても無駄じゃなかったんだって、そう思って!ーーそれなのに違った!動いたのは俺たちを探したからで、あんたは結局何も感じてなんかいなかった!挙句、俺たちに逃げ出したのかとすら言い出したんだ!!」」
グラス「…………」
あまりに必死で、悲痛な叫びでした。
……真偽を確かめるために、彼の記憶を辿ってみました。
〜〜〜〜〜
私が最後に聞いた通信の後でしょうか。私に向かって戦闘機を駆り、意気揚々とミサイルを放っています。先陣を切った彼に続いて他の戦闘機からも同じものが放たれ、一斉に白いニーソに直撃します。集中砲火を受けた私のそれは……ほつれ一つない、まっさらな状態のままで変わらずそこにありました。
場面が変わって、次は私のふとももに攻撃しています。さっきの出来事が効いたのか、その顔には焦りが浮かんでいます。先ほどと同様に、同じ場所へ何百発とミサイルが着弾して、小さな山くらい軽く吹き飛ばせそうな威力なのが見受けられます。そんな大爆発は……私のふとももに比べてあまりにも小さく、頼りないものでした。
そして最後。彼もその他も「あそこ」を包むパンツに向かって、やぶれかぶれにミサイルを発射しています。もはや集中砲火という体は成しておらず、ただ散発的に天井のようなパンツの表面でチカチカと小さな光が点滅しているようでした。
彼の顔は悔しさからか顔が涙で滲んでいて、当初の自信満々な姿は影も形も消え失せていました。……ここで私が待ちかねて彼らを探しだし、その動きを感じたのでしょう。反応らしきものがあったと希望を見出して、直後の私からの問いかけにも切羽詰まった返事をしていたわけです。
そして、その内容に。
その後の会話に彼の心が折れたのが、記憶越しでも読み取れました。
〜〜〜〜〜
グラス「「……そう、でしたか。皆さんの全力は、私に感触一つ与えられませんでしたか……♪」」
「「ヒグッ……もう、いやだ……俺たちが悪かったですから……!おねがいです、ゆるして、ください……!」」
待たされたと思っていた20分の間に彼らは必死に戦っていました。でも私はそうとも知らず、気付くこともなく。そこに追い討ちをかけた私の言葉は、彼に最後まで残されていた希望と尊厳を徹底的に踏み躙ったようでした。
訂正しなければなりません。この時間は、無駄などではありませんでした。
グラス「「ええ、そうですね。あなたは、皆さんは戦っていました。私が間違っていたようです。不用意に追い詰めてしまった分のお詫びをしなければなりませんね。申し訳ありませんでした」」
まさか感触すら与えられないとは思いもしませんでしたが。とはいえ、私のチカラを際立たせ、彼らを屈服させるという意味では何よりの結果でした。
彼らは彼らなりに、その無力さをもって最後まで私を楽しませることに成功しました。
「「っ……じ、じゃあ!」」
グラス「「でも諦めちゃいましたよね?」"
ですので。
「最期」まで、楽しませていただきましょう♪
「「ぇ……ぁ……」」
グラス「「もういやだって。自分たちが悪かったから許してほしいって、そう言いましたよね。約束、忘れたとは言わせませんよ♪」」
「「わ、忘れてません!でも、今お詫びをするって、言ったじゃないですか!」」
グラス「「ええ、だからお詫びしたではありませんか。申し訳ありません、と。まさかこれ以上を望むのですか?」」
「「ぁ……せ、せめて。せめてあと数分待ってください……このままじゃ俺たちが……」」
グラス「「私も頑張った皆さんのためにそうしたい気持ちは、少しだけありますが。でもダメなんです」」
「「そん、な、なんで……」」
すっかり英雄たらんとした姿から程遠くなってしまった彼。しかしもうそれに失望することはありません。
今は、そうなるよう言葉を選んでますから。
グラス「「だって皆さんが諦めるまでは私から手出ししないって約束なんですよ?ーー諦めてからもまだ手出ししなかったら、意味がなくなっちゃうじゃないですか」」
「「……そ、そんなの……少しくらい、いいじゃ……!」」
グラス「「これも言いましたよね?私は、約束を違えることはありませんって。しっかりあなたに念押しもされましたから、私は最後までそれを厳格に守らなければいけないんですよ♪」」
「「ヒッ……はぁ、ハ……あああっ……!」」
まあ、一瞬破りそうになったのは秘密ですけどね♪
それにしても私の言葉一つにこんなに怯えて、ゾクゾクしちゃいます……。もっといい反応が見たくて、ほんの少しだけ、腰を下げてみます。
グオオオ……
「「う、うわああああああああっ!!!」」
グラス(あらあら、すごい悲鳴♪それにこれだけでも気流に揉まれて……戦闘機って繊細ですね)
この様子では、何機かは墜落するかパンツに巻き込んじゃいましたかね。ふふっ、私のスカートの中で一生を終えるなんて……やっぱり彼らは、私をしっかり楽しませてくれたいい人たちです♪
でも頑張った彼らの苦しみを、私が楽しむためにこれ以上長引かせるのもかわいそうですね。……そろそろ一思いに、終わらせてあげましょう。
手向けの言葉は彼への通信越しではなく、全員に聞こえるよう自分の声で。
グラス「……皆さんは間違いなく勇敢でした。心こそ最後に折れましたが、人民を守る使命を背負い、それを果たすべく私に抗い続けたことに心からの敬意を。そして私を楽しませてくれたことに感謝を。--それでは、さようなら」
「「そ……総員、撤退!!撤たーー」」
グラス「ふふっ、それはいけませんよ♪」
グオォォォ……ズシイイイイン!!
勢いのままに地面まで座り込んじゃいます。まだ繋がっていた彼の声はプツリと途切れて、再び聞こえることはありませんでした。
やはり、戦闘機を潰した感触はありませんでした。
グラス「ふぅ……感触を求めるなら、個人よりも街や地面を相手に蹂躙する方がいいですね……♪」
座ってみて久しぶりに感じた、自分の身体で大地を押し潰す感覚が気持ちいいです。じっくりと彼我の力量差を教え込み、実感するのも良かったですが、退屈な時間が生まれるのは難点でした。やはり巨大化したからには、蹂躙は大規模にいかなければ♪
グラス「……そういえば、まだ街がありましたね」
軍隊さんが出るまで相手しようとしていた街が近くにあったはずです。
街の人たちにとって軍隊さんが現れたのは希望だったと思います。私と戦闘機の皆さんとのやりとりは聞こえてませんですし、もしかしたら私がずっと動かないのを見て、私を倒したと歓喜していたかもしれません。
えっと、川がここに流れているので……あ、ありました。
グラス「あら……半壊しちゃってます」
お尻をついた衝撃が原因でしょうか。街の形はまだ残っていますが、建物と人の被害は大きそうです。ずっとほったらかしにされたのに突然のことで、さぞ驚いてしまったでしょう。住んでいた人達には悪いことをしました。
まあそれはそれですね、長い寄り道をしましたが当初の目的を果たすことにします。座ったまま左脚を持ち上げてまっすぐ伸ばし、街の上にセットします。ちょうどかかとの真下くらいに街が来る格好になりました。
グラス「そー、れっ♪」
バゴオオオオオオン!
そのままギロチンのように振り下ろすと、左脚の下にあったものはすべて消し飛びました。当然一番強い力を受けた街もひとたまりもなく。
一挙一動で街を破壊するのは、何度体験しても飽きません♪
グラス「ふあ……少し疲れました……」
ここまで大いに楽しんできた分と、放課後までの1日で過ごした疲れが座り込んだ身体にどっと押し寄せてきました。眠気を消して蹂躙を続けるのも悪くはないですが……どうせ期限などないのですし、ここはひと休みしてしまいましょう。
でも地面にそのまま横になるのははしたないですね。せめて枕になるものが欲しいところです。今の私の枕になりそうなものといえば……
グラス「日本には、あれしかありませんね〜」
そうと決まればすぐに向かいましょう♪
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歩いて向かう途中、また軍隊さんが戦闘機に乗って現れました。でも今回は相手をする時間が惜しかったので、近くにあった街ごとまとめてズシンって踏み潰しちゃいました。
道中の街も、歩くのと同じ具合に適当に踏みつけたり、蹴飛ばしたり、少し雑な対応になってしまいました。生き残った人は結構いるかと思いますが、まあ「最終的」にはそんなことも関係なくなる予定なのでいいでしょう。それよりも今は寝るための枕です。
ほぼずっと歩き続けること数分、「それ」がある場所に着きました。
グラス「あなたなら、きっと私の枕になると信じてますよ♪」
日本一の高さを持つ霊峰、富士山。永久凍土の白い山頂に、遠目では青の山体を持つ神秘的な見た目のこの山は、一部では信仰の対象でもあるとか。
そんな山を頭に敷いて寝るなんて、長い歴史でも私が初めてでしょうね。神様のバチが当たることはありえません。私の方が格上ですから♪
グラス「ではさっそく……ん、しょっと……」
ズウゥゥゥン……
私から見て20センチくらいの高さなので、少し高すぎるかもと思いはしましたが……頭を乗せたら山頂からずぶずぶと沈んで、ちょうどいい高さと硬さになりました。背中の下の森林もいいクッションですね。よく寝られそうです。
横になって空を見上げると、もう夕方に差し掛かっていることに気づきました。このままだと寝てる間に夜になるでしょうか?
寝てる間はさすがに無防備ですから、体が冷えるかもしれませんね……先にチカラを使って、「時間だけ」戻してしまいましょう。
グラス「……うん、ばっちり。成功です♪」
太陽がパッと高いところに移動して、強くなった日差しが体を温めてくれます。少し眩しいですが、それ以上に微睡みを増長する、心地よい温かさを、感じます……
おやすみなさい……
グラス「すぅ……すぅ……」
彼女が睡眠を始めて3時間。
世界はグラスワンダーという絶対者に、絶望させられていた。
その少し前のこと。世界の人々がもう脳裏に流れた映像のことなど忘れかけていた頃に、それは起こった。
世界中の時間が突然、およそ6時間も巻き戻った。人々の生活はそのまま、太陽を含む全天の配置と時計の時刻だけが。
しかもあらゆる機材が、巻き戻る前の記録もしっかり残している。気のせいでは済まされないこの超常現象に、多くの人が今日起きたもう一つの不可思議な出来事と、その内容を思い出した。
そこからは早かった。
本腰を入れて調査をすれば、すぐにあの映像の中で宣言していた彼女の実際の姿が、世界に認識された。それはあらゆるメディアで報道され、拡散されてあっという間に世界中の人々の知るところとなる。
人工衛星が記録していた、彼女の日本での蹂躙劇と共に。
彼女が活動してから1時間足らずで、関東のほぼ全土が彼女による何らかの被害を受けていた。居住域は8割以上が壊滅、もしくは完全に消滅させられ、街があった場所は超巨大なクレーターに成り果てている。様々な大きさのクレーターは、約4.7kmのいくつもの足跡で結ばれていた。
特に被害が酷いのは東京の都心部で、死者・行方不明者800万人超、負傷者150万人超、壊滅率100%というむごい有様。
建造物が例外なく崩れ落ち、未だ消えない炎に覆われ、周辺地域の地盤までもが崩壊した凄惨な光景を彼女はただのジャンプ一度で作り上げた。日本の心臓部が彼女の宣言通り、完全に蹂躙し尽くされた何よりの証左であった。
しかし首都機能を失いながら尚、日本は諦めていなかった。たまたま大阪にいて難を逃れた防衛省職員上層部の指示で、直ちに彼女のもとへ自衛隊が急行する。
だが、彼女の動きをしばらく止めた以外の成果は無し。それでも効果はあったからとわずかな希望を託したなけなしの二度目に至っては、まともに相手すらされず街ごと全滅させられた。
そのうえ彼女はかの富士山を枕がわりに扱い、挙句の果てに時間を巻き戻すという超常のスケールを見せつけ、日本全土及びここまでの彼女の行いを知った世界の人々を震え上がらせた。
情報を得た彼らが何もしなかったわけではない。彼女を史上最大の脅威とした人類は、直ちに団結して彼女へ向けてあらゆる軍隊や兵器を差し向けた。
ここから、人類の反撃の狼煙が上がった。上がるはずだったのだ。最新鋭の戦闘機で急行した連合軍は、そのおよそ半数が眠る彼女の吐息によって墜落したり、寝返りによって髪や腕、ウマ耳などの体のあらゆる部位に巻き込まれて潰された。残ったものは距離をとって彼女に攻撃し、あまりに大きい対象に弾を外すことはなく全弾命中させるが、彼女は身動ぎひとつしなかった。
後がないと投入したリーサルウェポンの核兵器ですら、彼女の「んぅ……」という寝言を引き出すのみ。空高くまで舞い上がった爆煙も、半分起きた彼女が不満げに尻尾でひと払いするだけであっさりと散らされてしまった。
人類の総力は、彼女が着てるだけの衣服にも、ツヤのある髪とそれを彩るリボンの髪飾りにも、白磁のようななめらかな肌にも一切の影響を与えることができなかった。
寝ていてこれなのだ。彼女の理外のチカラは、起きている時にしか使えないはずなのに。
倒すどころか、無防備な彼女を満足に起こすことすらできず。彼女を映し続ける映像の中で、あどけない寝顔のままで眠り続ける可愛らしい姿が、ただそうしているだけで人類に絶望を突きつけていた。特に彼女が起きた時、真っ先に被害を受けるであろう日本へ残された人々に。
「こんなの、どうしようもないじゃないか……」
「逃げましょう!まだ彼女が寝てる間に、遠くに逃げましょうよ!」
「逃げてどうするんだよ!アイツに怯えながら生きるのか!?そんなの死んでないだけだ、俺は絶対にそんな惨めな生き方はイヤだ!そもそも、どこに逃げ場があるってんだよ……!」
助かるには彼女の気まぐれを祈るしかない。ここにきて、皆が彼女の言葉の意味をひしひしと感じていた。
彼女に敗北するどころか勝負すらさせてもらえない。どれだけ抵抗しても、逃げ出しても、祈っても。いずれ自然と目を覚ます彼女がどうするか、人類の未来はその匙加減でしかない。
そう悟った彼らは正しかった。
だが、同時に。それは完全に正しくはなかったと、人々は最悪の形で知ることになる。
ザッ……
「……え?」
突然、彼女の姿を映し続けていた世界中の映像媒体で、前触れもなくその映像が途切れて暗闇を映す。
テレビやモニターの故障ではない。テロップは残っているし、ニュースキャスターが困惑している姿はしっかり映っている。となれば、彼女を捉えていた人工衛星に異常が起こったにほかならない。
まさか、彼女は寝ていてもチカラを行使できるのかと、誰もが最悪の想像を膨らませた。
それになんだか、日本の空が暗くなってきたような……
バガアアアアアアアアアン!!!
「うぐあああああ!?」
「イヤアアアアッ!!」
その瞬間、日本を中心に世界をも揺るがす衝撃が発生した。
地球そのものが起こせる地震を遥かに上回る揺れは、人工自然を問わず日本における高さを持つものを一瞬で砕き崩壊させる。地上にいたものは突き上げるような衝撃に何メートルも宙を舞い、海上ではどれだけ大きい船もあっさりと傾いて転覆し、飛行機ですら日本上空を飛んでいたものは機体がバラバラになり、なす術なく墜落した。
爆心地となった日本はプレートが砕けたため、本州を含めたすべての島が沈み行く運命となった。すでに小さな離島は完全に水面化へその姿を消してしまっている。
刺激を受けた活火山が日本のあちこちで噴火を起こし、巨大な地割れからマントルが溢れ出る。もはやそう遠くない未来に日本が地図から姿を消すことは、誰の目からも明白だった。
「急に……一体、何が……」
彼女が、グラスワンダーが寝ているうちはまだ安全だと、そう思っていたのに。
さっきまで映っていた映像を見ていた者は、起きておらずとも地球を揺るがし、一つの国の運命を決定付けた彼女のチカラに恐れ慄いた。
だが当の日本、彼女の近くでその姿を肉眼で見ていた者にとっては事情が違った。なぜなら、「グラスワンダーが飛び起きて慌てている」姿を見てしまったからだ。
「……!?彼女のしわざじゃ、ないのか……!?」
「なんで、アイツが慌ててるのさ!」
「もう何が起こってるか分かんないよぉ……!」
人類が挑むことも許されなかった彼女にすら想定外のことなんて、どうにかできるわけがない。まさしく理解の外の出来事。
絶望的な状況に体力も気力も根こそぎ奪い尽くされた彼らは、失意のままに喪神し、発生する地割れに次々と飲み込まれていった……
グラス「すぅ……すぅ……」
スッ……
グラス「すぅ……んん?ふぁあ……」
明るかった空が、暗くなったような気がします……
さっき煙たくなったから払い飛ばしたばかりなのに、今度は何ですか……?
ドゴオオオオオオオン!!
グラス「ふゃあーー!?」
本当に何ですか!?私からしても大きな衝撃ですよ、絶対にただごとじゃありません!
目もすっかり覚めました……慌ててしまいましたが、一旦落ち着きましょう。空は依然として薄暗いまま。周囲には私でも足を引っ掛けそうな亀裂があちこちに入ってーーというか、見渡す限りそんな感じでボロボロじゃないですか……
グラス「人類の隠し玉、ではないですよね流石に……私、何かやっちゃいました?」
「ーーううん、違うよグラスちゃん♪」
グラス「っ!?スペちゃん!?」
スペ「えへへっ、我慢できなくなって大きくなっちゃった!」
突然の声に振り向いて見上げると、太陽の方角。西の方に、私よりも遥かに大きいスペちゃんが高々と聳えていました。
私と同じローファーと白のニーソに包まれた両足は、それぞれ日本海と太平洋を踏み締めていて、日本を完全に股下に納めています。スペちゃんからは山だって平らにしか感じられないし、雲ですら地面の模様の一つにすぎないのでしょう。
なるほど、この衝撃も全部スペちゃんのしわざでしたか……
スペ「はわぁ〜……あんなに大きかったグラスちゃんよりももーっと大きい私、すごいなぁ……♡」
グラス「えっと〜……スペちゃん?嫌な予感がするんですが、我慢できなくなって、っていうのは……?」
スペ「はっ!そうだよ、グラスちゃんってば大きくなってから、私とタキオンさんのこと忘れてたでしょ!」
グラス「あっ……」
正直、すっかり忘れてました……。
スペちゃんにはチカラがありますし、今もこうして楽しんでいるので問題ないですが、タキオンさんは……うう、「願望」を叶えてくださった方に、結局仇を返すマネをしてしまいました。
スペ「それにグラスちゃん、たっくさん蹂躙してたもんね〜。それを見てたら私もつい遊びたく……じゃなくて、そんなわるいグラスちゃんにお仕置きっ!」
グラス「絶対前半が本音ですよね!?いえ、後半も聞き逃せませんけど!」
白い歯を見せて、キラキラした笑顔ですけど……つまり私で遊ぶってことですか!?
ま、まずい状況です。なんとかやめさせなければ……
グラス「す、スペちゃんとタキオンさんのことを忘れていたのは謝ります。ですが、今はスペちゃんの方がもっと大きな被害を出しています!それなのに私にお仕置きするのは、筋違いになりませんか!?」
スペ「あっ……うーん、そうかぁ……確かにそうだね。1000000倍まで大きくなったの失敗だったかな〜。日本ってちっちゃい……」
グラス「ひゃっ……」
私より桁が2つも違うじゃないですか……
とはいえ納得してくれたみたいです。スペちゃんが純粋で助かりましたね。もし私だったら、「関係ありません」でバッサリ切り捨てちゃいそうですから。
スペ「ん〜…………あ、そうだ!ーーきゃー、グラスちゃんにパンツ見られてますー。お仕置きですー」
グラス「ぷふっ!…………ってそれ、私が最初にやったやつじゃないですか!!」
スペ「うん!グラスちゃんもやったんだから言い訳できないね♪」
グラス「むうぅ〜……!」
わざとらしいセリフでスカートを抑える姿に吹き出しちゃいましたけど、直後にかつての醜態を思い出してしまいました。
目に見えない人たちは構いませんが、目の前でスペちゃんにマネされると恥ずかしいです……それに、確かに言い訳のしようもありません。考えましたねスペちゃん……!
スペ「というわけで、グラスちゃんが固まってる隙に……それー!」
グラス「……え?あっ!?ちょ、スペちゃ」
ドッゴオオオオオオン!!
グラス「んぐーーー!?!?」
気付いたら視界いっぱいが制服で埋め尽くされて、その直後に仰向けに押し潰されちゃいました。
位置的に胸でしょうか、柔らかさを感じることにどこか敗北感を覚えてしまいます……柔らかいですけどやっぱり苦しい!苦しいです!
スペ「んっ……♡おっぱいの下でグラスちゃんが暴れてるのと、日本がぐちゃぐちゃになってるのが分かります……♡」
ゴオオォォ!ベキベキベキ!!
グラス「んぐぐ!?むぐぅーー!」(スペちゃん!?グリグリしないで下さい!)
スペ「あっ……マントルかな?あったかくて、気持ちいい……♡」
グラス「んん〜〜!!」(やめて〜〜!!)
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グラス「…………」
スペ「あ、あはは、やりすぎちゃった……グラスちゃん、ごめんね……?」
グラス「……」プイッ
スペ「あぁっ……グラスちゃ〜ん……」
結局スイッチが入ってしまったスペちゃんは、私の抵抗も虚しく数分にわたって「お仕置き」を続けました。
その影響で日本は壊滅。海底に沈むか、土とマントルの混ざり合った荒地に成り果てるかの違いはありますが、完全に地図から姿を消してしまいました。私からは確認できませんが、おそらく周辺諸国にも被害は及んでいるのでしょう。
私が抵抗する気力もなくなってきたあたりで、ようやくスペちゃんは我に返ったようでした。解放された私は……スペちゃんに背を向けて、日本の跡地に体育座りをしています。
上空からスペちゃんの言葉も聞こえてきますが、今の私は聞く耳持たずです。拗ね拗ねモードです。
グラス「……やめてって何回も言ったのに、ちっとも聞き入れてくれませんでした」
スペ「ぁぅ」
グラス「そもそも、気持ちよく寝てたところを急に叩き起こされました」
スペ「ぅぅ……」
グラス「それに……まだじっくり楽しもうと思ってたのに、スペちゃんにたくさん「横取り」されちゃいました」
スペ「ご、ごめんなさい〜〜!」
チクチクと刺してくる私の言葉に耐えられなかったのか、世界中で聞けるのではという謝罪の声が響き渡りました。スペちゃんの方がずっと大きいのに力関係が逆転したかのようです。
まあスペちゃんも「我慢」と言っていましたし、私の思いの丈も知っているので今日は私を立てようとしていたはずです。そのはずがこんなことをしてしまって、スペちゃんの中ではきっと罪悪感が渦巻いているのでしょうね。
……そろそろ許してあげましょうか。
さすがに、タダでは許しませんけど。
グラス「ふふっ。……ねぇ、スペちゃん」
スペ「!なぁに、グラスちゃんっ」
グラス「ひとつだけ「お願い」を聞いてくださいませんか?そうしたら、今回のことは水に流しますよ〜」
スペ「うんうん!なんでもするからなんでも言ってよ!」
簡単に言質が取れましたね。スペちゃんってば、あまりお話を聞く前からなんでもと言ってはいけませんよ♪
スペ「……あれ?「お願い」なんかしなくても、グラスちゃんが本気で願えばなんでも叶うんじゃ……?」
グラス「いい着眼点ですねスペちゃん。でも今回は、それでは意味がないのですよ〜。ちゃんとスペちゃんに聞いてもらうことが大事なんです♪」
スペ「??」
グラス「では早速お伝えしますね。スペちゃん、少し私のイスになっていただけませんか?」
スペ「???う、うん!よく分からないけど、分かったよ!
……ん、しょっと。えっと、これでいいの?」
グラス「ええ、ばっちりです。そのまま動かないで下さいね〜」
スペちゃんが四つん這いになって、日本跡地の空を覆います。手や膝が大地を穿つたびにとてつもない振動が襲いかかって、改めて50倍の体格差、1000000倍の大きさというものを実感します。
スペちゃんやタキオンさんから見た私も、これほどの威圧感があったのでしょうか。今の私に比べたらちっぽけな時の大きさですが……巨大化とは奥が深いですね。
では、こちらも準備にまいります♪
スペ「……あれ?グラスちゃん?グラスちゃーん!……見えなくなっちゃった。どこに行ったのかな……」
スペちゃんが私の姿を見失ったようです。辺りをキョロキョロと探していますが、もう私はその辺りには……いえ、地上にはいませんから絶対に見つけられないでしょうね。
可愛い姿を眺めているのもいいですが、そろそろ私の居場所を教えてあげましょう♪
グラス「スペちゃん、こっちですよ〜♪」
スペ「えっ!う、上!?
……わあー!?グラスちゃんがまたおっきい!」
さっきまで私の50倍の大きさだったスペちゃん。
今の私はその、さらに50倍。50000000倍の大きさでスペちゃんを……地球を見下ろしています。
周囲の宇宙空間は星々の光に彩られて幻想的な雰囲気を醸し出しています。その中で青と緑に富んだ地球は本当に綺麗で……でもスペちゃんがいるあたりだけは赤黒く変色していました。そこに目を瞑れば世界で一番精巧な地球儀ですね♪
スペ「……あっ。ねぇ、グラスちゃん。もしかして……」
グラス「ふふっ。私も、スペちゃんを見てたら一気にどかーんって、やりたくなっちゃいましたから。それではスペちゃん、「お願い」しますね♪」
スペ「やっぱりーー!?む、ムリムリムリ!ごめんグラスちゃん、許してー!」
グラス「こ〜ら〜?二言はいけませんよ〜?」
スペ「あうぅ……やっぱりグラスちゃん怒ってるよお……」
これはさっきの分のお返しを兼ねてるんですから、当然です♪
さて、地球に背を向けて、スペちゃんのいる場所に狙いを定めます。私から見てだいたい直径25cmくらいの地球ですが……こちらもイスとしては随分と小さいですね。何秒持ち堪えられるでしょうか?
スペ「ひえぇ……グラスちゃんのお尻、地球よりも大きい……」
グラス「…………」
ズガガガガガガガ!!
スペ「きゃあーー!?グラスちゃん、尻尾!尻尾が当たってますーー!」
グラス「あらあら……それはすみませんね♪」
もちろんわざとですけど♪
まったく……スペちゃんといえどデリカシーのない発言は控えていただかないと、先に地球の方がなくなってしまいますよ?
地球だって、毛先がほんの少し触れただけなのに抉られたような溝ができてますし……イスとしての期待は薄いですね。少し訂正します、どうあっても先に地球の方がなくなっちゃいそうです。
グラス「それではいきますよ〜♪ーーえいっ♪」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!
スペ「あっ!?ま、まだ心の準備がーー」
ズッドオオオオオオオオオン!!!
ミシミシィッ!バガアアアアアン!!
スペ「むぎゅううぅぅーー!?!?」
そっと腰掛けたつもりでしたが、スペちゃんにとっても地球にとっても、耐えられるものではなかったみたいです。まあスペちゃんは、さっき私がスペちゃんに胸を押しつけられたのと同じかそれ以上の衝撃を受けていると思うので想像通りです。こちらは分かっていたので及第点です。
地球の方はダメダメですね。お尻を乗せた瞬間たくさんのヒビが入って、すぐ粉々に砕けて爆発しました。1秒持ち堪えたと言えるかも怪しいです。私のイスには不合格です。
グラス「でも、お尻の下で弾ける感触は気持ちよかったですよ♪今後はその方面で精進してくださいね♪」
スペ「きゅ〜……」
グラス「あらあら、スペちゃんもすっかりのびて……」
宇宙に漂流してしまわないうちに保護しましょう。まあスペちゃんならそうなっても問題なく戻って来れそうですが、放っておくのは寝覚めが悪いですし。
グラス「ふう、今日は十分楽しめました。そろそろ戻りますか〜♪」
少しイレギュラーもありましたが、とても満足のいく結果でした。もっと早くから遊んでおけばという思いはありますけど、そうしていたらきっとこのチカラも得られなかったでしょう。運命とは数奇なものです。
地球を復活するよう願うと、粉々になったそれが元の青と緑の姿を取り戻して目の前に現れます。
グラス「もう我慢はしませんから。またいつか、遊ばせてくださいね♪」
地球に向かってウインクを飛ばし、スペちゃんと一緒に体の大きさを元に戻して帰還します。そうして全ての出来事を無かったことにすれば、また私たちの日常が回り始めました。
タキオン「グーラースーく〜〜ん!?」
グラス「す、すみませんタキオンさん!落ち着いて下さい!?」
タキオン「落ち着けるものかー!大元の原因は私の薬にあるとはいえ、こっちは早々君に巻き込まれて命を落としたんだぞ!いくら君のチカラで元に戻ると分かってたとはいえ……割に合わん!」
スペ「ま、まあまあタキオンさん、その辺で……」
タキオン「ふぅン……?聞けばスペ君もグラス君と似たようなチカラを持っていて、あまつさえ私をもダシにして楽しんだそうだねぇ。一緒に怒られたいのかい?」
スペ「すみませんでした。続けてください」
グラス「スペちゃん!?」
あの放課後の時間まで遡って、戻ってきた私とスペちゃんを待っていたのは、笑顔で額に青筋を浮かべたタキオンさんでした……
その後はもう大噴火です。私もスペちゃんも、チカラを持ってないはずのタキオンさんの烈火が如き気迫にすっかり萎縮して、頭が上がらない状態です。
そしてこの場には他にも3人、私に起こった出来事の説明に集まってもらった人物がいました。
エル「ーーアッハハハハ!ヘィグラァス!スペちゃんの胸で押し潰されたって本当ですかー!?その仕返しがグラスのデカい尻で……胸じゃなくて尻で!アッハハハぎゃほおおおん!?」
グラス「エ〜ル〜?……後でお仕置きですよ」
エル「今バチってしたデス!絶対グラスのしわざデース!もうお仕置きされましたー!」
グラス「その程度で済ませるわけないでしょう?辞世の句は用意しておきなさい」
エル「ヒィーーー!すごい物騒になってるデース!?」
スカイ「……怒らせちゃいけないのは相変わらずだねー」
キング「そうね……元からエルさん以外ほとんど関係ないけど」
スカイ「エルちゃんはこれから毎日サバイバルだね〜、ご愁傷様」
「エル、スカイちゃん、キングちゃん、私とスペちゃんを合わせた黄金世代の他のメンバーには、交流も深いので事情を説明することにしました。みんなスペちゃんの時にも居合わせていたので、ありがたいことにすんなりと受け入れてもらえました。……1人、順応しすぎな子もいますが。」
タキオン「……グラス君?貴重な私の説教中に他を説教するとは、いいご身分じゃないか」
グラス「ぁ……」
手抜かりでした……助けて……
*
スペ「そそくさ、そそくさ……」
エル「あっ、スペちゃんが逃げ出してきたデース」
スカイ「あのお説教を聞いてるとしょうがないよねー」
キング「いえ、しっかりお説教を受けるのも大切なことよ。戻りなさいスペさん」
スペ「ええ!?」
キング「ふふっ、冗談よ。お疲れ様。……それにしても、このキングの世代にとんでもないウマ娘が2人も増えてしまうなんて青天の霹靂だわ」
スペ「あっ!でもでも、レースにはこのチカラは使わないよ!勝つなら自分の全力で勝ちたいもん、ズルはしないです!きっとグラスちゃんも同じ考えですよ!」
スカイ「真剣勝負好きだもんね〜2人とも。その性格で助かったよ」
エル「逆にセイちゃんならレースでも遠慮なく使ってきそうデース」
スカイ「エルちゃん??」
スペ「あ〜……そんな感じするかも」
キング「否定できないわね」
スカイ「みんなまで!?あーこれはセイちゃん怒っちゃいましたよ!そんなものなくても私が1番速いって証明してあげましょう!ターフの上!3000m、右回りで勝負です!」
キング「ちょっと!それじゃ私だけ不利じゃないの!せめて中距離になさい!」
スペ「受けて立ちます!」
エル「望むところデスよー!」
キング「あ、あら……?そ、それじゃあ1200m、左回りで勝負よ!」
3人「…………」
キング「なんでよーー!!」
グラス「(みんな……楽しそうでいいですね……)」
タキオン「グラス君には反省が足りな「もう少し配慮というものを「実験「発光「モルモット君のごはん「聞いているのかい!?」
グラス「は、はいっ!……うぅ〜」