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ハルが一歩歩くだけで、住宅街ひとつが壊滅した。
3歩歩けば3つの区画が壊滅する。
歩き回れば、それだけで町は瓦礫に変わってしまうのだ。
意図的に攻撃する必要も無い。わざわざ狙って足を下ろす必要も無い。
ハルは、ただ歩くだけで町を瓦礫に変えてしまうことができるのだ。
ハル 「ふぅ…ま、こんなものですね」
自分の足元に広がる壊滅した町を見渡してハルはくすくすと笑った。
ハル 「でも靴下が汚れちゃった、洗わないと…。それに床も片付けないとだし」
持ち上げてみた靴下を履いた足の裏は、土と瓦礫で汚れていた。
しかしそこに踏み潰された何千人という住民の痕跡はどこにも見つけられなかった。
そうやって足の裏を見て言うハルに、
アスカ 「ノープロブレム」
アスカは言った。
アスカ 「これはミニチュア製造機で作った架空の町だから、町を消去すれば…」
言いながらスマホの画面に映る『消去』の文字をポチッする。
すると、ハルの足元に広がっていた瓦礫の町はパッと消えてもとの床に戻っていた。
同時に、ハルの足の裏についていた汚れも消えていた。
ハル 「あっ!」
アスカ 「このとおり全部消せるのです。あとしまつも簡単♪」
ハル 「すごい、画期的ですね♪」
アスカ 「ニシシシ、そうでしょそうでしょ」
笑いあう二人だった。
ハル 「そっか。後片付けの心配がいらないなら、もっと大きな町を壊したほうが面白そうですね」
アスカ 「おお~いいね~。んじゃ、どっか理想の町とかある? 実在する町でもいいよ」
ハル 「えーと、そうですね…。あ、じゃあ丁度今お兄ちゃんの行ってる『東京』で」
アスカ 「おお、王道だね。そいじゃせっかくなんで『ダイナミックモード』にしてあげよう」
ハル 「ダイナミックモード…ですか?」
アスカ 「そうそう。ミニチュア都市をよりリアルに感じられるようになるの。ま、百聞は一見に如かず、試して見た方が早いーね」
ポチッ アスカがアプリを起動する。
すると再び足元に町が作られた。
しかしそれは先ほどお試しで作った町のように足元にだけ広がる小さなものではなく、見渡す限り一面に広がる広大なミニチュアの世界だった。
部屋の壁も消え、どこまでも続いているかのような無限の世界。
上には青空が広がり、まるでミニチュアの世界に来たのではなく、本当に巨大になってしまったかのような感覚。
ハル 「すごい…!」
ハルは感嘆の言葉を口にしていた。
どこを見ても小さな町並み、小さな世界が広がっている。
自分より高いものが存在しない。ていうかほとんどの建築物が、自分の膝の高さにも届かなかった。
アスカ 「これが『ダイナミックモード』よ。本物みたいでしょ?」
笑いながら言うアスカ。
当然、アスカの足元にもミニチュアの東京の街は広がっている。
アスカの履く白のハイソックスですら、周囲の超高層ビルの高さを超えている。
1000分の1サイズの東京が、二人の足元にあった。
肌に感じる風も。空に流れる雲も。
見渡す限りの小さな町も。そして、その合間に蠢く小さな車や人も。
なにもかも、みんな本物のようだった。
ハル 「本当に本物みたいですね」
アスカ 「でも本物じゃないから何をしてもオッケー。全部壊しちゃってもいいよー」
ハル 「あはは、いいんですかー?」
と言いつつも早速片足を持ち上げ、足元にあった低層ビルが密集していた地区に踏み下ろす。
ぐしゃ。ビル群は簡単に潰れ去った。さきほどの小さな住宅街と違って大きさと頑丈さがある分 多少っ感触がある。
だが靴下越しに感じる感触は実に儚く、まるで砂で作った箱を壊しているようだ。
これが立派な建築物なんて信じられないような貧弱さだ。
自分の足の下であっさりと潰れてしまうビルたちの貧弱さといくつものビルを簡単に潰してしまう自分の圧倒的な巨大さのギャップにゾクゾクとする。
テンションが上がってくる。
見れば自分が踏み下ろした足の近くの道路にも無数の点が動いている。
小さな小さな人間だ。自分の足と比較しても比べ物にならないくらいに小さい。
しかしそれが、自分と同じ人間であると思うと心が疼く。
ハル 「ふふ、たっぷりいじめてあげるからね」
ハルは完全にスイッチが入っていた。
*
*
*
「はぁーやっと着いた…」
電車に揺られてなまった体を伸ばす俺。
とりあえず駅を出て、地図を見て、目的の店へ。
と思った矢先、
ずどおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!
とてつもない大揺れが発生し、俺は丁度いたロータリーの地面へ転がった。
シュウ 「い…っ!」
転んだ際に体を打ち付けてしまった。腕が痛む。
顔を上げてみれば周囲にいた他の人たちも同じように地面に投げ出されていた。
皆が打ちつけた箇所をさすっている。中にはそのまま泣いてしまった子供などもいた。
しかもそれだけではない。
幸いにも駅は無事だったが、周囲にあったいくつかの建物は、今の衝撃を受けてガラガラと崩れ落ちてしまった。
まるで映画のワンシーンのような光景。しかしその迫力は映画館のそれすら超えた凄まじさだった。
現実に、目の前で高層ビルが崩れ落ちる瞬間。
思考が止まっている間に、ビルは完全に崩れ落ちて瓦礫になっていた。
ビルが崩れ落ち終わって、ようやく我に返る。
シュウ 「な、何が起きたんだ!? 地震!? 爆発!?」
慌てて辺りを見渡した。
すでに大勢のけが人が出ているらしい。建物が崩れた瓦礫の山に向かって叫んでいる人もいる。
とにかくもう、日常ではないことが起きているんだ。
地震!? ガス爆発!? タンクローリーの大爆発か!?
も、もしくは犯罪組織のテロ!? ミサイル攻撃!?
などと恐ろしげな予想に血の気が引くのを感じながら背後を振り返ったときだった。
そこに、壮絶な違和感を発するものがあった。
周辺の高層ビルなどよりもはるか上空にまで届くとてつもなく高く巨大な、黒い柱。
窓の一つもないそれは絶妙な流線型をしていて建造物というには妙な素材で出来ているようだった。
と、視線をその黒い塔の頂を望むべく上に向けていけば、どんどんと太くなる黒い塔は途中で途切れ、そこからは肌色へと変わっていた。
ここで、俺の中に一つの可能性の火が灯る。
シュウ 「…は?」
まさか。という程度の印象。しかし次の1秒後にはほとんど確信に変わっていた。
肌色の部分の上には、オーロラのようにはためく巨大なミニスカート。
肌色の塔はその中に消え、よくよく見てみればそこからはもうひとつ同じような塔が生えていた。
あらゆる情報をすっ飛ばし、俺は一気にその存在の頂点を見ることにした。
そして見た、その1600m弱の高さの値にあるものを確認して、名を呟く。
シュウ 「ハル…」
それは妹の名。
そして間違いなくそこにいるのは妹である。
1000倍の大きさに巨大化したハルが、俺とは駅を挟んで向かいのビル群に、その黒いニーソックスを履く足を踏み下ろしている。